【野村総合研究所】タイ、アセアンの自動車ビジネス新潮流を読む

第43回 鴻海とPTTとの提携が持つ意味

台湾の鴻海精密工業(Foxconn)がタイの国営石油PTTと、EVとその部品の生産で提携することを発表した。これにより、タイのEVメーカーは鴻海のオープンプラットフォームを利用できると表明。世界最大の受託生産で知られる鴻海のタイ参入は、タイでの早期EV普及に懐疑的な見方が多い日系自動車業界にも衝撃が走った。

EV開発期間の短縮などが可能に

鴻海とPTTの協力の可能性

鴻海は2020年10月、EVのオープンプラットフォーム「MIH」を発表し、自動車メーカーや部品メーカーなどに参加を呼びかけ、既に1,620社が参加を表明している。

「MIH」は鴻海が1,000億ドル以上投資して開発した。プラットフォームとは車の基本的な構造となる車台であり、EVであればモーター、バッテリー、バッテリーマネジメントコントロール(BMC)、足回りなどで構成される。

鴻海は自社開発のプラットフォームをオープンにすることで、自動車メーカーのEV開発の短縮化、低コスト化、リソースの節減に貢献できるとアピールしている。資金や資源の制約がある中堅自動車メーカーや新興メーカーは特にメリットが大きい。

鴻海は共通プラットフォーム及びその部品を多数のブランドに提供しながら、必要であれば完成車の組立まで引き受ける。スマートフォンの受託生産で培ったビジネスモデルのEV展開である。

既に、新興EVメーカーのFiskerとは23年から米国で年25万台の受託生産することで合意。同社はソフトウェアのプラットフォームの開発も進めており、自動車・部品メーカーなどにEVや自動運転関連のアプリケーションやソリューションを提供し、ハードからソフトまでのプラットフォーマーを目指している。

PTTと提携した背景には、鴻海が受託生産拠点を探していたことが挙げられる。それはベトナムの新興メーカーVinFastに、EVの生産ラインの買収を提案したという報道からも伺える。

「MIH」はまだ開発・試作段階であり、今後量産拠点の確保が必須となる。その拠点としては製造コストが安く、サプライチェーンが発展し、輸出インフラが整備されているタイが望ましい。PTTも国営企業として政府に協力する形で、リチウムバッテリーの開発や充電スタンドの設置などEVバリューチェーン全体に投資する方針を打ち出していた。

鴻海からプラットフォームが提供され、量産化まで協力を得られるのなら、PTTは早期にEVの生産が可能となり、上流から下流までバリューチェーンへの参入が実現する。また、PTTが開発している部品がグローバルバリューチェーンで流通する可能性もある。

今回の提携はこの2社に留まらず、より多くの自動車・部品メーカー、その他サービスプロバイダーなどが加わることで、将来的に幅広い「事業プラットフォーム」に発展させることを視野に入れている。鴻海が生産拠点をタイに持つことで、より多くの新興メーカーがタイのEV市場に参入する可能性が拡がる。

一方で、今回の提携では誰が車両モデルを構想し、車体をデザイン、販売し、アフターサービスを提供するのか、全体のバリューチェーンが見えない。PTTのガソリンスタンドなどを活用できるとしても、鴻海とPTTには車全体を設計し、安全評価する能力はない。機能ごとに別々の会社と提携すれば、コストアップや調整コストは避けられない。

いずれにせよ鴻海のタイ進出は「オープンプラットフォーム」と「受託生産」により、ブランド、工場、サプライヤーの間で水平分業体制が形成・拡大される余地が生まれ、これまでの自動車メーカーを頂点とした垂直的な業界構造を揺るがす可能性もある。

寄稿者プロフィール
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  • 野村総合研究所タイ
    マネージング・ダイレクター田口 孝紀

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    URL : www.nri.co.jp

    399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua, Wattana, Bangkok 10110

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

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