新たな視点で時代の動きを読み取る ASEAN経営戦略

ASEANキャッシュレス決済がもたらす機会と脅威 Vol.02

ASEANキャッシュレス決済の現状とともに、それがもたらす日系企業への影響について3回に分けて論じる本稿の、今回はその第2回である。前回は、ASEANキャッシュレス決済の概要として、特徴的な要素をお伝えした。今回は具体的なプレイヤーの概観について触れていく。

ASEANのキャッシュレス決済プレイヤー

ASEANのキャッシュレス決済プレイヤーは、出自が異なるもので主に5つに分類できると考えられる(図表1)。ASEANキャッシュレス決済のひとつの特色とも言える配車サービスなどが主導する「交通系」(公共交通機関が運営会社のものもここに分類)、銀行やクレジットカード会社が推進する「金融系」、国や政府機関、財閥が莫大な資金力とネットワークで自国のキャッシュレス決済化をトップダウン的に進める「政府・財閥系」、携帯電話キャリアやインターネットプロバイダーの「通信系」、そして「Alipay」や「WeChat Pay」といった中国から南下を進める「中国系」だ。

キャッシュレス決済プレイヤーのカテゴリーの違いはそこに存在するユーザー数とセグメンテーションの違いであり、パートナリングを考える際にどういった組み方ができるかにも関わってくる。例えば、金融系はクレジットカードや銀行口座を保有するユーザーが前提になる場合も多く、ASEANでは一定以上の所得水準を持つ消費者となる。ASEANで特徴的な配車タクシー等の交通系は、モビリティーサービスを起点としながらフードデリバリーやペイメントへと領域を拡げており(スーパーアプリ化)、キャッシュレス決済を通じて取得できる購買情報の範囲が広いと言える。これは、既に自国で確立したスーパーアプリによるデジタルエコシステムを完成させ、ASEANにもその覇権を拡大しようとする中国系にも同様のことが言える。

ASEANではまだまだ群雄割拠のキャッシュレス決済市場であるが、現状はASEANローカルのプレイヤーの勃興が著しい。もはや説明の必要もないポピュラーなものも多いが、それらを含めていくつかを紹介したい

交通系

Grab Pay

「Grab Pay」の母体となるGrabはASEANでも最も有名な配車サービスだ。2012年にタクシーの配車サービスとしてマレーシアで設立されたASEAN版「Uber」である。マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、カンボジアとASEANの多くの国で展開をしている。配車だけではなく、フードデリバリーや買い物代行など日常に根付いた多くのサービスメニューを付帯する。

2017年にはインドネシアのOnline to Offlineプラットフォームである「Kudo」を買収。この買収が示すことは、GrabはGrab Payを自らのアプリ内での決済だけでなく、他社サービスも含めたASEAN内でのキャッシュレス決済のデファクトを構築しようとしていることだ。最近の動向として、OVO(インドネシア財閥のリッポーによるキャッシュレス決済)との提携もあり、デジタルプラットフォームとしての面的な幅を大きく拡げようとしている。

政府・財閥系

Prompt Pay

2017年にタイで開始された国家電子決済システムが「Prompt Pay」だ。経済発展を背景に銀行口座保有率が80%近くにまで達した一方で、クレジットカード保有率は10%以下というタイの状況を踏まえ、インターネットバンキングやATMといった銀行由来のインターフェースを使って決済できる仕組みが構築された。乱立し始めているQRコードの統一規格を打ち出すという目的も持ち、今やタイの飲食店やコンビニなどのレジ横にはPrompt PayのQRコードを目にすることも多い。

eWarung

少し毛色の異なるキャッシュレスとして、インドネシア政府が貧困層救済のために生活保護システムに電子ウォレットという要素を取り込んだものが「eWarung」だ。日本でも同様の問題はあるが、生活保護金の用途が適切ではないというケースがある。政府は電子ウォレットとして一枚のカードを受給者に渡す。受給者はこのカードを使ってインドネシアのワルン(インドネシアの零細商店)でキャッシュレスで決済するため、受給金使用先が明確になった。

通信系

True Money

タイの通信大手であるTrueが運営するキャッシュレス決済サービスである。オンライン決済、請求書支払い、オンライン送金などの幅広い機能を備えているが、特筆すべきは地理的展開だ。母国タイを中心にその周辺国であるベトナム、ミャンマー、カンボジア、インドネシア、フィリピンで展開している。

ASEANローカル勢としては、Grab PayがASEAN広域の覇権を握ろうとしている中、True Moneyにはその中でも陸のASEAN、メコン地域を死守しようという気概が見られる。

金融系

PayLah!

シンガポールの大手銀行DBSが提供するモバイル決済サービスであり、様々な機能を付帯させた先進的なアプリを提供する。具体的には、電子商取引(EC)での支払い、QRコード決済はもちろん、公共料金の支払いやアップルウォッチへのリンクなど提供サービスの幅は広い。Grab PayやGo-Payとは異なり、出自が配車サービスではなく、そもそもがモバイル決済アプリとしてスタートしている。

中国系

Alipay / WeChat Pay

アリババのAlipay、そしてテンセントのWeChat Payもデジタル領土を拡大しようとASEANへ南下を始めている。AlipayはタオバオというECサイトでの決済に利便性と信用をもたらす目的で付帯されたが、WeChat Payは、コミュニケーションアプリのWeChatを始まりとしてそこに日常の支払いを可能とする機能としてもたらされた。

ASEAN各国の商店のレジ横でAlipay、WeChat PayのQRコードを見ることも増えたのではないだろうか。現状は、ASEANへ旅行する中国人に向けた決済であるが、中国人旅行者向けであろうと一度面を取ってしまえばローカル消費者も使うQRコードのインフラになり得る。アリババ、テンセントがそれを狙っていることは明らかだ。

また、詳細は割愛するが、アリババがASEAN版のAmazonである「LAZADA」の買収、シンガポールの割引アプリ「Fave」との提携、マレーシアのプリペイドカード決済の「Touch’n Go」との提携など、ASEANへの注力を多方面で進めていることは有名である。単にキャッシュレス決済を抑えるだけではなく、ASEAN消費市場のデジタリゼーションでの支配権を包括的に握ろうとしているのだ。


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