2019.12月号

新たな視点で時代の動きを読み取る ASEAN経営戦略

ASEANキャッシュレス決済がもたらす機会と脅威

ASEANキャッシュレス決済がもたらす機会と脅威

ASSEANキャッシュレス決済の現状とともに、それがもたらす日系企業への影響について3回に分けて論じる本稿の、今回はその最終回である。これまでASEANキャッシュレス決済の特徴、そして、具体的なプレイヤーに触れてきたが、それらを踏まえた日系企業への影響について述べる。

日系企業が検討すべき3つの論点

ASEANキャッシュレス決済の主導権を握るのは、シンガポールのGrabといった配車サービスなどのモビリティサービスプロバイダーか、もしくはアリババ、テンセントなど中国の巨大企業か、またはその他のプレイヤーか。ここに答えを出すのは現時点では難しいかもしれない。いずれにしても、あと数年でASEANにキャッシュレス決済が根付くことはほぼ間違いない。

では、キャッシュレス決済が浸透すると、ASEANで事業展開している、もしくは今後進出しようとしている日系企業(特に消費財企業、サービス企業)にとってどのような影響がもたらされるだろうか。大きく3つの論点について考察したい。

データを活用した商品開発/マーケティング

まずはじめに考えられることとしては、どのキャッシュレス決済プレイヤーと組むかという論点だ。比較すべきはキャッシュレスインフラの利便性やユーザー数の多さだけではない。彼らが持つ消費者の購買ビッグデータを活用した商品開発やマーケティングまで考えると、その効果を最大化するためには、どういったセグメントのユーザーを持つキャッシュレス決済プレイヤーと組むかがより重要な論点となる。

実際、このような提携は中国で既に始まっている。例えば、資生堂とアリババは2019年に入って戦略業務提携をしており、既存商品の改良や新ブランドの立ち上げ、そしてそれらを売るためのマーケティングを共同で行う。資生堂がこの提携で期待するものとしては、アリババが持つ莫大な消費者のデータである。

海外という、日系企業が本質的には捉えにくい現地消費者のニーズも、定量データがあればより簡単に、より精度高く収集・分析できる。特に多様性がキーとなるASEANにおいて、的確に消費者ニーズを捉えていくためには、キャッシュレス決済プレイヤーとの提携は早晩必須になってくるかもしれない。

他方、キャッシュレス決済プレイヤーがこのビッグデータを独占し、これらを活用してプライベート・ブランド(PB)展開をしてくる可能性もある。もし実現した場合、ASEAN現地でシェアを持つ日系の化粧品や洗面道具などトイレタリーを中心とした消費財企業にとって脅威になるはずだ。

伝統的小売への流通拡大

Eコマースが伸長しているとはいえ、金額ベースで見ると、ASEANではまだまだ実店舗での購買が大部分を占める。特に、いわゆる露店やパパママショップと言われる伝統的小売が重要なチャネルであり続けていることは間違いない。図表1はASEAN諸国の伝統的小売の割合だが、多くの国で小売市場全体の30%程度以上を占めている。少しずつ大型ショッピングモールやEコマースに置き換わっているとはいえ、まだローカルの零細商店が消費者にとって重要な役割を担っているのだ。

これら伝統的小売にはこれまで様々な問題があり、日系の商品を流通させることは容易ではなかった。代表的なところで言えば、例え商品を卸したとしても代金を回収できないという与信上の問題があった。しかし、伝統的小売にもキャッシュレス決済システムが普及していけば、少なくとも小売販売が実行されたものについては一定の代金回収を可能にする。

この巨大なリアルチャネルで流れている商品はローカルメーカーのものであったり、場合によっては商店による手作り商品だ。ここに高い品質と合理化された生産工程で価格を抑えた日系消費財メーカーの商品が入る余地は実は高いはずである。

ラビットカード決済端末画像
タイでもキャッシュレスサービスが広がっている

ASEANを実証実験の場に

最後にキャッシュレス決済の実証実験の場としてASEANをうまく活用していくことを提案する。これは単体企業に向けた提言というよりは、日本の商社や現地の財閥等も含めたコンソーシアムが検討していくような内容かもしれない。

ご存知の通り、日本のキャッシュレス決済は世界的に見ても遅れている。平成の終わりにかけてから、様々なプレイヤーがキャッシュレス決済の分野で覇権を握るべく積極的な取り組みを見せている。だが、まだ時間がかかるというのが一般的な見方だろう。浸透に向けた群雄割拠という意味ではASEANも同じ状況ではあるものの、残念ながら日本よりも先へ進んでいるというのが現実である。

しかし、この状況をノウハウを積む好機と捉えて、日系プレイヤーがASEANのキャッシュレス決済市場に入っていくことは、今後の日本での展開に示唆を得るという意味でも有効だと考えられる。キャッシュレス決済先進国である中国は既に先を行っている上に、ジャイアントが一気に面を取ったという点でも少し特殊だ。だが、ASEANにおけるプレイヤーの乱立ぶりは日本が歩もうとしている道に近いと言える。

もちろん、キャッシュレス決済は小売や金融、消費財等、あらゆる産業が複雑に絡み合って成り立たせる領域であるゆえ、日系企業が単独で今から殴り込むのは難しい。だが、現地のキャッシュレス決済プレイヤーとのアライアンス(場合によっては出資も含む)を組むことで、共に戦い、そこから学びを得られる可能性は十分にあると考えられる。

ASEANへの中国人旅行者を足掛かりにアリババ、テンセントが攻勢をかけることになぞらえると、ASEANの日本人駐在者、日本人旅行者はキャッシュレス決済プレイヤーにとっても軽視すべきではない一つのマーケットになりつつあるはずだ。この辺りから攻めていけば、日系企業がASEANキャッシュレス決済プレイヤーに近づいていける可能性は、十分にあるのではないだろうか。


図表1: ASEAN各国の伝統的小売が小売市場全体に占める割合(金額ベース)[%]


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