ビジネス・経済 2019.08月号

優秀タイ人を惹きつける 人事マネジメントとは~経営視点で抑えるべき人事の観点~


「どうすれば優秀人材を確保し、育てることができますか?」
弊社に最も多く寄せられる問いです。赴任している多くの方が人事の専門性を持って赴任しているわけでは無いので、これは決して簡単なテーマではありません。しかし、「右手に人事、左手にファイナンス」という言葉があるように、人事は経営の要です。本稿では5つのポイントに分けて重要な点を述べたいと思います。

まず、経営で最も大切なのは「理念」

 人間は、お金や仕事内容だけでなく、仕事に「意味」を求める生き物です。そして日系企業は優れた理念を持っていることで知られています。古くは「三方よし」の近江商人の理念や松下幸之助などの「人間」を中心とした経営観など、日本企業の最大の強みは経営理念であることは世界中で知られています。みなさんの企業はどういった「価値観」「らしさ」を持っているでしょうか。そうした理念がタイ人に理解され、ココロに届く状態になっているでしょうか。自社が何を目指しているのかタイ人のココロに届くようにしましょう。成功企業では「タイ法人の理念をタイ人と一緒に作る」といった取り組みも見られます。そういう取り組みは組織をさらにローカルから愛されるものにする効果があります。「理念は、タイ人には高尚過ぎる」という向きもありますが、むしろ逆です。タイ人は理屈よりも「ココロ」で動きます。ココロに届くのは、JDでもKPIでもなく、理念なのです。

次に重要なのは採用

 人材採用を「バスに乗せる」と表現することがありますが、間違った人をバスに乗せてしまうと、後から降ろすのが大変ですし、また同乗者(組織のほかのメンバー)にも影響するからです。よく言われるようにタイでの採用は需給バランスが悪く、簡単ではありません。加えて、弊社の調査でも、昨今は優秀な人材から見て日系企業の人気が低下しているという傾向が見られます。採用においては、優秀人材を「惹きつける」という姿勢で臨めているでしょうか。面接に来た人から「選ぶ」だけでは不十分で、採用ブランディングを行う、魅力的なビジョンをリーダーが語るなどの活動が必要です。また、日系企業は基本的には「人物採用」が得意です。逆に、経歴やスキルなどの「スペック採用」はあまり得意ではありませんが、タイでは人間性を見ずにスペックだけで採用しがちな例も散見します。先述した理念に基づいて価値観ベースでの「求める人材像」を明確にしましょう。

採用の後は育成

 弊社はタイでの教育研修を多く手掛けますが、「日本人とタイ人をなるべく分けない」ことを提案しています。タイ人に研修をすると「日本人上司こそ問題だ」という声が上がります。これは何もタイに限った話ではなく、企業での教育というのは「上司も部下も一緒に育つべき」ものなのです。家庭でも「子育ては、親育て」などと言ったりするのと同じことです。研修は貴重なコミュニケシーション、また信頼構築の場でもありますから、日本人とタイ人を混ぜて、普段できない話や問題意識の共有などを行うべきです。言語の問題は、研修の設計の仕方を工夫すればクリアできます。

次にエンゲージメント

 つまり個々が働き甲斐を感じられる組織文化を作ることです。エンゲージメントには「心理的安全性」が重要であると昨今言われています。状態の悪い組織は陰口や批判が横行し、社員が委縮しています。一方、状態の良い組織は心理的安全性があるため、意見が言いやすく、自発的な行動が行われます。心理的安全性を作るためには「対話(ダイアローグ)」が必要です。「リラックスしながら真剣なテーマを議論する語り合い」の場という意味です。「今の仕事のやりがい」「個々の人生で悩んでいること」といった普段なかなか話さないようなテーマについて話すのがダイアローグです。こうした話をゆっくりと語っていくことで、お互いの「普段は聞けない想い」を確認し、少しずつ「心理的なつながり」を作ることができます。また、リーダーが積極的に自己を開示したり、時に弱みを見せたりすることもとても大切です。

最後に、評価

 毎年の給与交渉、またリテンションのための交渉などは頭の痛いものですが、そこには明確な基準を持って臨むべきです。理念と方針に基づき評価基準を作成します。誰を優遇するかについては、西郷隆盛が「功あるものには禄を、徳あるものには地位を」と言いましたが、その考え方が重要です。成果を上げた人には報酬を与え、行動や態度の良い人にポジションを与えましょう。時々悩ましい事例として聞くのは「パフォーマンスの高い問題社員」ですが、そうした人に役職を与えるのはさらに問題を大きくします。これを実現するためにも、理念に基づいた求める行動をしっかりと言語化しておき、「わが社はこういう人物を評価します」ということを明確にしておくことです。またタイの人材は日本人より短期的にキャリアをとらえます。キャリアステップを明確にして、ステップアップ感を社内でも感じられるように制度設計しましょう。
  以上、5つのポイントを短く紹介しました。こうした施策は「何をやるか」よりも「どうやるか」のほうが大事です。つまり、こうした施策の目的やこめた想いを語れるか。また、リーダーこそ率先垂範で取り組めるか。日本人の様子をタイの方々は日々見ています。「私は変わらないがあなた方は変わりなさい」という態度に見えてはいけません。タイ人へのリスペクトを忘れず、自らを変えるチャレンジをともに頑張っていきましょう。

中村 勝裕
Asian Identity Co., Ltd CEO&Founder.
愛知県常滑市出身、上智大学外国語学部卒。ネスレ、リンクアンドモチベーション、グロービスを経て2014年にタイに渡り同社を設立。タイ人向けビジネス漫画Su Su Pim!原作者。

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