アジアでの「CFO経営」

Vol.17 タイと日本の クロスボーダーM&Aの実務⑤

日本とアジアで20年、1300社の経営に寄り添ってきたエスネットワークスが解説する、在アジア日系企業の経営管理術。

 タイローカル企業とのM&Aを行う際に(日系企業がバイサイド(買手)を想定)、社内で意思決定ができず、交渉が長引き結果的にディールできなかったケースが多く見受けられます。

 弊社ではタイローカル企業のセルサイド(売手)アドバイザリー業務を行い、日系企業に売案件を提供してきた中で、なぜM&Aが成立しないのか、どのようにすれば成立するのかを分析しており、M&Aの実務的な目線からその分析結果を数回にわたり解説します。

提示資料と実体数値の乖離

 タイローカル企業は正常収益力が非常に見えにくいです。IM(Information Memorandum:売却対象となる企業・事業等に関する情報を詳細に記載した資料)やセルサイドFA(ファイナンシャル・アドバイザリー)からの説明は一見、将来有望な事業を行っているように見えますが、実態の会計数値を分析した場合、プレゼン資料と実際の数値や事業計画が結びつかないような事例が多いです。事業内容のプレゼン資料を元に、いい案件と判断して本社内でM&Aの社内調整や稟議等を進めると、実態の会計数値が開示された際に、プレゼン内容とは違うため、DD(M&Aの対象会社に対する事前調査)スタート前から難航するケースがあります。

 一般的にタイローカル企業で日本企業レベルの経営管理を行っている企業は、上場会社ぐらいであり、精緻な事業部別損益や事業計画は管理されていません。また、オーナー企業であることが多く、個人的な資産、資金流用、グループ間取引等を行っているなど、プレゼン資料と実際の数値が結びつかない場合がほとんどです。投資検討を行う際には、まずプレゼン資料のみではなく、会計数値を元にオーナーサイドとディスカッションを行い、大よその修正数値を作成する必要があります。

正確な数値の確認法

 実際に正確な数値の確認には、正常収益力及び修正BS(貸借対照表)を財務DDでの作成が必要です。財務DDを担当するアドバイザーに、オーナーの個人的な費用、グループ間取引等を除いた会社単体での収益力、事業部別損益を正確に作成してもらい、IM資料との数値の乖離等を明確に把握できるように依頼します。

 また、修正BSについてもオーナー個人資産、簿外資産・負債、必要運転資金(オーナーの個人口座を使っている場合が多い)、資産性の調査等を行い、実態に沿ったBSの作成を依頼し、実態純資産額を把握します。

 正常収益力を算定後、改めて当初のプレゼンテーション、IMとの乖離を確認し、投資を行うか行わないか意思決定を行う必要があります。また、財務DDについても日系企業(外資含む)にレポーティングをした経験の少ないアドバイザー会社に依頼すると正確なレポートが出てこない可能性があるので、ある程度の予算を持ってグローバルファームに依頼することをお勧めします。

奥村 宙己
Hiroki Okumura
立命館アジア太平洋大学卒業。2014年、(株)エスネットワークスに新卒として入社。スポット支援として事業計画作成、事業デューデリジェンス、財務デューデリジェンス、M&Aアドバイザリーを担当。常駐支援として管理体制構築支援、月次決算体制構築支援、再生企業の事業計画実行支援、クロスボーダーPMIを担当。タイ国において進出サポート及び会計・税務コンサルティングに従事。

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