2020.12月号

ArayZオリジナル特集

未来を拓く経営 ~コロナ禍の今こそ経営の基本に立ち返れ~

この記事はPDFでダウンロードできます

ダウンロードができない場合は、お手数ですが gdm-info@gdm-asia.com までご連絡ください。

※入力いただいたメールアドレス宛に、次回配信分から定期ニュースレターを自動でお送りしております(解除可能)

コロナ禍で世界経済は激動している。そのような状況下、企業は何ができるのか。今回は2021年の企業経営における方向性を求めて、チュラロンコン大学のサシン経営大学院で日本センター所長を務める藤岡資正氏に寄稿を求めた。
寄稿者プロフィール
  • 池上 一希 プロフィール写真
  • チュラロンコン大学サシン経営大学院日本センター所長
    明治大学専門職大学院教授

  • 藤岡 資正 Professor Takamasa Fujioka, PhD.

    英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。

新型コロナウイルスの世界的な拡大は収束の兆しを見せることなく、未だに私たちの社会経済に大きな影響を及ぼしています。こうした危機的状況にあって、どのような処方箋やアドバイスを皆様に提供できるのでしょうか。

今回は感染症拡大の影響による国境を跨ぐ移動制限を受け対談を行うことが難しいことから、「コロナ禍における企業経営について読者の皆様へメッセージをお願いします」という編集長からのご依頼に基づき、私はこの寄稿を現在(10月29日)東京の研究室で書いています。

本特集が皆様のお手元に届く頃には感染症の状況が好転していることを願っています。ただし、感染症の専門家が示しているように、気温の低下と共に再び感染が拡大しやすくなる傾向があるようなので、日本においてはこれから冬になり引き続き感染症と付き合っていくことになりそうです。

 

一方でタイは新型コロナウイルスを上手くコントロールしており、感染対策を取りながら社会経済活動を再開しています。タイでは大学などの授業も基本的な対策を取りつつ現在までにすべて対面で行われているどころか、スポーツの大会やハロウィンパーティーまで開催されています。

しかし、パンデミック(感染症の世界的流行)による人の移動制限によって、毎年3000万人~4000万人近くを受け入れてきた観光業を中心としてタイ経済は大きな打撃を受けています。19年度は約3980万人の方がタイを訪れ、インバウンド観光収入はタイのGDPの約10.5%を占めており、国家経済開発局の統計によれば観光業全般で20%近くまでになっています。

タイ政府はこの数字を対GDP比で30%まで引き上げる目標を立てていましたが、コロナ禍で厳しい状況が続くことになるでしょう。日本がインバウンド観光収入のGDPに占める比率は約0.5%程度であることからも、タイにおける影響の大きさを理解することができると思います。

世界の経済指標は軒並み厳しい数字が並んでいますが、本特集では21年を展望するにあたり、まずは皆様の関心が高い感染症そのものについて少し整理をしてみましょう。

【第1部】グローバリゼーションと感染症、人類の関わり

パンデミックはこれまでも人類が繰り返し直面してきた大きな試練です。だとすれば人類が現在に至るまでどのように向き合ってきたのかを歴史から学ぶことも大切だと思います。

私たちは現在の社会経済への対応と、将来へ向けた歩みの2つを考えなくてはなりません。そのためには現状認識と理想的な将来の在り方の間に横たわる差異を適切に認識する必要があり、歴史から学ぶことで「現在」についての認識を変えることもできます。  未来に迷った際には今一度歴史を辿り、本質的な問いに立ち返ることで直面する現状への認識に変革を加えることができるかもしれません。そこで少し人類と感染症の歴史を振り返ってみましょう。

図表1のように人類は繰り返し感染症に苦しめられてきたと言え、こうした辛い暗黒期を幾度も乗り越えることで新たな時代を切り開いてきました。

コロナ禍で一般に広く用いられるようになった隔離や遠隔という意味の英語quarantineの語源は、イタリア語のquaranta giorni(40日の意味)にあ るそうです。中世、イタリアの美しい海上都市ベネチアは交易の中心地であり、各地を航海してきた船から様々な物産や財宝が運ばれ、しばしば疫病も一緒に持ち込まれてきました。

そこでベネチアでは、当時のヨーロッパで大流行していたペストの感染拡大を防ぐために、寄港してきた船をラグーザという都市で40日間待機させた後に上陸を許可していたそうです。こうしたことから、「40日」を語源に持つquarantineが隔離という意味で用いられるようになったと言われています。

恐ろしいことに当時のペストの致死率は100%に近かったと言われています。14世紀中頃には犠牲者は2500万人~4000万人にもなり、なんとこれは当時のヨーロッパの人口の30%~40%、研究によっては50%を超えるとも言われ、その影響の大きさに驚くばかりです※1。

※1 より詳しく知りたい方は小長谷正明『世界史を変えたパンデミック』(幻冬舎新書、2020年)、加藤茂孝『人類と感染症の歴史』(丸善出版、2013年)等を参照ください

ペストで生まれた世紀の発見

その後、イギリスのロンドンにおいても17世紀半ばにペストが大流行しました。今の私たちのように遠隔で授業を行う技術があるわけではなく、イギリスの大学では感染拡大防止のため休校措置を取ったそうです。

そうした時期にケンブリッジ大学で学んでいたのが、あの有名な自然哲学者・数学者・物理学者・天文学者でもあるアイザック・ニュートンです。大学の休校で仕方なく帰郷していた際に、ニュートンは万有引力の法則などを着想したと言われています。

大学が休校されることがなければ、世紀の大発見は大幅に遅れていたかもしれません。ニュートンは当時を振り返り、2年近くに及んだ休校期間を「創造的休暇」であったと述べています※2。

ニュートンよりも一足早く生まれた劇作家・詩人のウィリアム・シェイクスピアもペストのパンデミックを何度も経験しています。日本でも人気の高い『ロミオとジュリエット』が発表されたのは、ロンドンで多数の犠牲を出したペスト終息後です。その後、ペストが再度ロンドンで流行して劇場が閉鎖され、社会が恐怖感と絶望感に覆われた中で名作『リア王』は書き上げられました。

そうした時代背景を考えると、「人は熊から逃げるが行く手に荒れ狂う海が待ち受けるなら、翻って熊の牙に立ち向かうだろう」(『リア王』第3幕第4場:運命の波に飲み込まれてしまわないように、逃れられないなら戦うしかない)という人間としての強さと誇りを伝えようとするシェイクスピアの言葉を、より深く理解することができるのではないでしょうか。

そして、「ああ、時よ。このもつれ、解きほぐすのはお前であり、私ではない」(『十二夜』第2幕第2場)の「時に頼る しかない」というメッセージは特効薬が未だ開発されていない中で、時こそがコロナリスクを考える上で一番の薬になることを私たちに教えてくれるのです。

パンデミックによる社会変革

感染症は人々を苦しめ暗黒時代をもたらしました。その一方で、古い社会システムや構造を大きく変化させる契機となってきたことも分かっています。

165年から167年頃にかけてメソポタミアからローマに到達した天然痘の一種による「アントニヌス・パンデミック」がキリスト教の拡大とローマ帝国の衰退に結び付いたとも言われています※3。

また1300年代のペストの流行によって人口が激減したことで労働者不足が生じ、労働賃金が急上昇したことが分かっています。そして犠牲者からの遺贈や遺族からの寄贈によって慈善的寄付が大幅に増加したと言われています。

中世においても次々とペストの犠牲者が出る中で、どのような立場であっても命を奪われることに人々が気付き、身分の差が持つ意味について改めて考え直す契機となりました。

終息後からルネサンスが花開くにはしばらくの期間を要しますが、パンデミックによって人々が改めて人間とは何かという根源的な問いに向き合う契機となったことが、創造的な文化活動を生み出してルネサンスを形成したとも言われています。

見方を変えると、災厄によって社会様式が変わることでパラダイムシフト(規範の遷移)が引き起こされ、人類は感染症と向き合いながら中世からルネサンスへ、そして近代へと文明史的な転換を遂げてきたと考えることもできます。

改めて危機は常に機会と隣り合わせであることが認識できるとともに、コロナ後の世界を暗黒時代とするのか、人間社会を創造的に豊かにしていくのかを決めるのは、感染症ではなく歴史的岐路に立つ私たちの選択の問題であることに気が付くでしょう。

影の裏には必ず光があり、痛みや苦しみは私たちに生きるための知恵と力を与えてくれます。夜空の星をガスとガスの燃えカスから成る意味を持たない光の配置と見るのか、想像力を働かせて星の集まりを線で結び付けて夜空に北斗七星を描くのかは私たち次第なのです。

※ 2 石弘之『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫、2018年)
※ 3 ジェニファー・ライト(鈴木涼子訳)『世界を変えた13の病』(原書房、2018年)

【第2部】新型コロナウイルスとどう向き合うべきか?

人類はこれまで多くのウイルスの攻撃に晒されてきました。現在は、風邪の症状をもたらすコロナウイルス(日常的な風邪の10%~15%はコロナウイルスによって引き起こされているそうです)の一種によって多くの国々で犠牲者が出ています。

微生物は40億年を生き抜いてきたと言われ、人類の20万年とは比べ物にならないほどの強者です。長い感染症との闘いの中で私たちが根絶できたのは天然痘のみなのだそうです。このように感染症との向き合い方は、疫学的にも一筋縄ではいかない大きな課題であることが分かります。

そして新型コロナウイルスの拡散から半年以上が経過した今、感染症の影響は私たちの社会経済のあらゆる活動に及ぶことが分かり、疫学的アプローチのみではなく、複雑かつ幅広い課題に対して学際的なアプローチが求められるようになりました。

このことは先に述べた隔離に加えて、社会的距離の確保、イベント等の自粛、出勤や通学の抑制など非薬学的な アプローチを多くの国々が採用していることからも見ることができます。

一方で人間が強い薬を飲んだ際に副作用が起こるのと同様に、社会経済活動を強く抑制すれば私たちは大きな副作用を覚悟しなくてはなりません。

経済学では消費行動対感染症による死者やGDP対公衆衛生など、経済活動と感染症抑制のトレードオフに関して様々な研究が発表されています。

例えば今回の感染症の特徴の一つとして、高齢者や基礎疾患を持つ方により深刻な症状を及ぼすという点があります。マサチューセッツ工科大学のDaron Acemogluらの研究(2020)によると全国民に対するロックダウンによって死者数を0.2%以下に抑えるには、GDP換算で約37.3%の経済的コストが生じるのに対して、グループをそういった高リスク群に限定することで24.9%程度までコストを抑えられることが示されています※4。

ほかにも感染症の脅威や影響、そして受け入れ方の違いによって生じる世代間の対立や、唯一の正解がない中で価値観の相違による社会の不協和が顕在化しつつあります。このように、もう一つの感染症の恐ろしい点は、人々の精神的な不安による社会経済への影響です。

つまり疫学的に見た新型コロナウイルスという脅威に加えて、人々が不安に陥りパニック状態になることで社会経済が混乱し、ウイルスそのものよりも人間自身が問題を大きくしてしまう側面です。

近年の情報技術の進展によって、パンデミック(Pandemic)ならぬ、Information(情報)+Epidemic(感染流行)のインフォデミック(Infodemic)と言われるように、不確かな情報が瞬く間に世界中に拡散してしまうのです。

図表2に示されているように、1920年頃のスペイン風邪流行時を1とすると2020年現在では情報拡散度が爆発的に上昇していることが理解できます。

未知のウイルスの脅威がいかに大きな社会不安をもたらし、人々がパニックに陥った結果としてどのような社会問題が引き起こされてきたのかについては、疫病の歴史を紐解くと理解することができます。しかし、残念ながら幾度となく直面する危機において、人類は同じ過ちを繰り返しているのです。

「社会がパニックに陥り、罹患者を罰することや、比喩的であるにしろ火あぶりにしてはなりません。何度もパンデミックに直面すると人々は過去の歴史と同じ過ちを繰り返してしまのです」という作家ジェニファー・ライトの警鐘に耳を傾ける必要があるでしょう。

※ 4 Optimal Targeted Lockdowns in Multi-Group SIR Model, NBER Working Paper

感染症がもたらす社会不安

現代になっても世界中でトイレットペーパーの買い占めが起こり、マスクやティッシュを奪い合う人々やマスクを高値で転売する人まで出現しました。

日本では感染した人々を心配するどころかメディアも含めてバッシングするという恐ろしい現象が起こりました。

当初はニュースで次々と著名な方々が罹患され亡くなったことが報道され、私自身も含めて人々は大きなショックと恐怖を感じました。

ウイルスという不可視で得体が知れず、適切な処置の方法も分からないという不安や恐怖が人々を混乱させ、自らが混乱の因子となってパニックをさらに増幅させてしまったのです。

感染症を抑制すれば経済活動が滞り、人の往来も制限されるなど社会経済活動に大きな影響を及ぼすことになります。何を優先すべきか、何が正解であるかに関しては様々な価値観があることから、意見の分かれるところです。

先に挙げたライトが指摘するように、人類が感染症を抑制するのは疫学的なアプローチや科学者のみの努力ではないことを思い知らされたのです。また、日本のシステムの様々な問題点が露呈することになりました。

もっともこれまでの日本の比較的落ち着いた状況は気候の影響もあったと思いますが、社会全体で感染症の抑制に取り組んだ成果であり、医療従事者の献身的な取り組みによるものであると思います。今後、感染症の再拡大が起こるにせよ、現在のような対策を続けて現状を維持するにせよ、安全性の高い有効なワクチンなどが開発されるまでは感染症としばらく向き合っていくことになるでしょう。

いずれにしても、長期戦になると社会全体として感染症対策によって被る 損失や対策の網から漏れてしまう社会的弱者の存在を含めて、感染症との「付き合い方」を改めて考えていく必要があるでしょう。

新型コロナウイルス感染症がもたらす致死率を他の病気と比べると、より致死率が高い病気が多くあります。

また、日本では一定の人口当たりの死者数は、交通事故や自殺の方が新型コロナウイルス感染症よりも多くなっています。

東京や日本全国の自殺者数が毎日ニュースで流れることはありませんが、命の数という点では違いはありませんし、自殺に関しては社会で取り組むことで減らしていくことのできる課題でもあります。

私たちはこれからも新型コロナウイルスと向き合っていくことになるのですが、その影響は時とともに変遷するということを理解したうえで、唯一の正解がない中で、どのように社会として向き合い折り合いを付けていくのかを考えなくてはなりません。

これまでも疫病などの流行期には不確かな情報が人々を混乱に陥れ、人類は幾度となく同じ過ちを繰り返してきました。近年の情報技術の発展はデマも含めて大量の情報を氾濫させることで社会を混乱に陥れ、不要な対立を顕在化させるインフォデミックを引き起こす危険性が高まっています。

ここで問題なのは情報技術そのものではなく、利己的なメンタルモデルが自分本位な行動を誘発し、さまざまな課題が重層的に重なることで人類は繰り返し過ちを犯してきた点です(図表3)。

コロナ禍で顕在化している社会混乱に限らず、繰り返される金融危機や国際的な対立、貧困問題などの解消には、こうした根源的な課題に向き合わなくてはならないのです。

>次ページ:コロナ禍における企業経営を考える

この記事はPDFでダウンロードできます

ダウンロードができない場合は、お手数ですが gdm-info@gdm-asia.com までご連絡ください。

※入力いただいたメールアドレス宛に、次回配信分から定期ニュースレターを自動でお送りしております(解除可能)

gototop