ArayZオリジナル特集

タイのアフターコロナ展望~日系企業と日本人はこれからどうあるべきか~

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タイのアフターコロナ展望

昨年からのコロナ禍における大きな社会変化によって、今後の在り方を見つめ直す企業や個人も多かったのではないだろうか。今回は、組織人事コンサルティング会社のAsian Identity Co., Ltd.の中村勝裕CEOに、コロナ後を見据えて日系企業、日本人がどのように歩むべきかを3部構成で寄稿していただいた。

変化の渦中だからこそ、改めて未来の道筋を考えてみたい。

寄稿者プロフィール
  • 中村勝裕 プロフィール写真
  • Asian Identity Co. Ltd. CEO&FOUNDER 中村勝裕

    バンコクを起点にアジアに特化した人事・コンサルティングファームAsian Identityを経営。ネスレ、リンク&モチベーション、グロービスを経て現職。タイを拠点としながらアジア各国でのコンサルティングや講演活動を手がける。バンコクにおいてタイ人向けビジネス漫画「SuSuPim! (がんばれピム!)」を執筆、販売。

  • アジアに特化した人事コンサルティングファーム。 「アジアの人々の良さを生かした強い組織づくり」を目指し、 タイを中心に顧客企業の支援に取り組んでいる。

    Tel. +66-2-115-9655

    Email: info@a-identity.asia

    Web: http://asian-identity.com

    M Thai Tower 5Fl., Unit 2A, All Season Place, 87 Wireless Rd., Pathumwan, Pathumwan, Bangkok 10330

各コラム

新型コロナウイルスのパンデミックが発生し1年以上が経過しました。本記事を執筆している5月時点では一向に終息の見込みが見えないどころか、変異株の脅威などもあり、ますます先行きが不透明になっていると言わざるを得ません。

本特集では、そのような状況下で「今、タイの日系企業はどのようなことを考えているのか」というファクトを把握し、今後の展望について最大限の考察を試みたいと思います。もちろん最終的な判断やアクションは個々の会社やリーダーによって異なるとは思いますが、判断の材料となるような記事にできればと思います。

まず第1部では、「アフターコロナ展望調査」と題して、今後5年~10年を日系企業各社がどのように捉えているかをアンケート調査結果を基に考察します。第2部ではその中でも、日系企業の重要トピックスであった現地化経営、および駐在員制度の今後について考察していきます。

最後に第3部では、この1年の間にコロナ禍においても優れた対応をしたリーダーはどのような在り方だったのかを振り返り、我々タイで働くビジネスパーソンが今後どのような能力を身に付け発揮していけば良いのか、について考察をしてみたいと思います。

【第1部】アフターコロナ展望調査
~日系企業にとってのタイのこれから~

第1部では4月から5月にかけて日系企業142社に実施したアンケート調査を基に、今在タイ日系企業が将来をどのように展望しているかを考察していきたいと思います。もちろん、実際の事業戦略は業種業界や企業規模によって違いもあるとは思いますので、あくまで全体傾向を示すアンケート結果に過ぎませんが、一定の示唆が得られる結果にはなっていると思います。

「タイの重要度は増す」と答えた企業は38%

まず、「これまで」と「これから」のASEAN拠点への期待に関して聞くと、製造拠点としての期待は最も大きいながら変化はなく、「B・技術や製品の開発拠点」としての期待が約1.6倍、「C・地域統括拠点あるいはアジア地域への中継地」という回答が約2倍になっています。

タイ拠点の主要な役割を「これまで」と 「これから(5年~10年先)」でご回答ください

そして「今後のタイ拠点の重要度について」の質問に対しては、「重要度は増す」と答えた企業が38%ありました。反対に、「重要度は下がる」と答えたのは9%のみでした。

今後、貴社グループ全体の中で「タイ拠点の重要度」は どのように変わっていくと思いますか?

重要度が増すと答えた主な理由として多かったのは、「東南アジアの製造拠点とするため」「アジアの統括機能をシンガポールより移管したため」といった統括拠点や製造のハブ拠点としての期待が8割方という結果となりました。

他には「顧客先の中国生産リスク削減でのタイへの生産シフト」「日本本社での人材不足」「ミャンマーの政情不安」など消去法的な理由で、やはりタイに頼らざるを得ないといった理由も少なからず見られました。

昨年のコロナ発生当初は生産の国内回帰などの予測もされました。そこから1年が経ち、各国にそれぞれのリスクがあることを鑑み、依然としてタイの重要性は変わらない、あるいは増すと捉えている企業が多いようです。

反対に9%のみとはいえ「重要度が下がる」と答えた方の理由を見ますと、「本社(日本)から指示を行い、タイ拠点はオペレーションを実施すれば良い」というマネジメントの日本回帰の理由と、「ASEANの中ではタイ周辺国の経済成長が大きい」というタイ経済の成長鈍化の理由に二分されました。

現地化経営は「ますます進む」、駐在員は5割強が「減る」

次に、現地化経営の今後については、「ますます推進していくと思う」と答えた方が53%となりました。

経営の権限を現地に移譲する「現地化経営」の 度合いについては今後どうなっていくと思いますか?

理由は従来から言われる「日本人駐在員コストが高いため」「そうしないと現地スタッフが育たない」が大半でした。同時に、「ローカル企業相手の商売を増やす必要性がある」「取引先の決済者、担当者がタイ人になっているので日本人の役割重要度が減っている」といったビジネス上の理由も少なからず見られました。

一つ印象的な点として、「日本人出向者の確保が困難」「日本サイドに管理できる実力を持っている人間が少ない」といった、日本人側の理由を挙げている会社が数社ありました。海外で活躍できる素養を(意欲面、能力面ともに)持った日本人の確保が多くの企業において課題になってきているというのは最近よく耳にします。

昔に比べて相対的にローカルスタッフが優秀になっていることや、日本の若手人材で海外に行きたがらない人が多くなっているということが背景としてありそうです。長期的なトレンドとして少し気になるところです。

駐在員についても5割強が「減っていく」と答えました。

日本人駐在員の数はコロナ以前と比べて どうなっていくと思いますか?

コスト面の理由に加えて、「日本人がいなくても会社が回ることに気付いた」「特にデスクワークはリモートワークが当たり前になっている状況で、わざわざ駐在させる意味が薄れている」「色々とリモートでできることがバレてしまったから」といったこの1年でリモートワークを活用したからこそ得られた発見があり、それが脱・駐在員の方針に大きなインパクトを与えていることがわかります。

駐在員の数について「今までと変わらない」と答えた方も36%いらっしゃいました。ただしその多くは「すでに必要最低限の人員でやっている」という理由が大半で駐在員削減余地がない企業規模、あるいは現地化をすでに推進してきたステージにある企業がそのように答えたと思われます。

総じて、一部の例外を除いて駐在員は削減トレンドにあり、新型コロナウイルスの影響が少なからずそこを後押ししているという流れは明らかです。

なお、減った駐在員の業務が誰に引き継がれるのかという質問への答えは、55社(39%)が「タイ人幹部・マネージャーへの引継ぎ」となっており、「日本からのリモートマネジメント」「駐在員一人当たりの業務が増える」がそれらに続く理由となっています。

日本人駐在員の業務は、どのように引き継がれますか?

重要テーマトップ3は
「人材の採用・育成・登用」 「海外への販路拡大」 「競争激化への対応」

最後に今後のタイ法人の重要テーマについて質問しました。

今後のタイ拠点での重点トピックスはどのようなものだと思いますか? 「特に重要度が高い」と感じるもの「上位6つ」を以下のリストからご選択ください。

トップ3は「人材の採用・育成・登用」「海外への販路拡大」「競争激化への対応」となり、現地化を進めるとともに他国への販売拠点としての戦略的位置付けが増す、という回答トレンドと符合する結果となりました。

以上、第1部では日系企業各社がタイの今後をどのように展望しているのかのファクト(実態)を押さえることを試みました。全体傾向としては、タイの重要度は位置付けを変えながらも高まっていく。そしてそれを「現地化経営」「脱・駐在員」の方針をこれまで以上に明確にしながら実現させていく。そんな方向性であると言えそうです。

では果たしてその方向性は達成されるのか。

それを考える上では、「これまでなぜ現地化経営が十分に達成されてこなかったのか」「果たして現地化は必要なのか」にもう一度遡って考える必要があると思っています。

第2部では引き続きその点を考察していきたいと思います。

【第2部】現地化経営および 駐在員制度のこれから

第2部では、長年に亘って日系企業の重要トピックスである「現地化経営および駐在員制度」について考察していきます。まず企業の国際経営戦略を分析する「I-Rフレームワーク(図表1・2)」を通して、日系企業にとっての現地化の方向性を再確認したうえで、コロナ禍を経て今後の駐在員制度の在り方について考えてみます。

I-Rフレームワーク

産業群ごとの現地化の方向性(仮説)

① グローバル産業群~現地化の必要性が低い

まず、グローバル統合の圧力は高いが、ローカル適合の圧力は低いセグメントが「グローバル産業群」(左上)です。

このセグメントは競争が世界的に行われ、場合によっては世界的に寡占化が進んでいるため、グローバルを前提にビジネスを考えないとそもそも競争できないケースが多いです。

代表的な例は製薬業界です。医薬品は、国を跨いで商品性を変える必要が基本的にはありません。また開発に莫大な資金が掛かるので、世界規模で販売する前提で研究開発を一元管理した方が効率が良く、グローバル経営の必然性が高い業界と言えます。

同様のセグメントに属する業界としては金融業界や、鉄鋼、工作機械などが挙げられるでしょう。  こうしたセグメントは過度な現地化は戦略上正しくありません。ゆえに、すでに多くのタイ現地法人では駐在員主体での経営がなされているように思います。

もちろん、駐在員主体の経営は一方で優秀な現地人幹部の活躍を阻害します。しばしば成功例として見られるパターンは、日本人をアドバイザーとして配置し統制を効かせつつマネジメントの現地化を図っていく方法です。

合わせて本社のグローバル化も重要です。製薬業界の日本本社の幹部に外国人が比較的多く見られるのも、こうした産業特性と関係しています。

② マルチドメスティック産業群 ~現地化が大前提

先ほどとは逆で、グローバル統合の圧力は低いが、ローカル適合の圧力が高いセグメントが「マルチドメスティック産業群」(右下)です。

このセグメントに属する産業には、国によって消費者の志向や商習慣が大きく違い、現地の言語や文化を理解しないとビジネスがうまくいかない産業が多く見られます。

代表例は食品でしょう。食文化や味覚は国によって大きく異なります。古くからある産業ですから流通や商習慣とも密接に絡み合っています。海外からそれらを理解してビジネスを行うのは極めて難しいと言えます。従って、現地に権限をある程度持たせることが重要になります。他には小売りや通信などの規制産業も、このセグメントに分類されると言われています。

ただし、同セグメントではグローバルな巨大企業が多いのも事実です。彼らは世界的に強いブランドを育てながらも、国ごとの適合を進めることで各国で成功しています。

私が以前所属していた食品メーカーのネスレでも、ネスカフェというグローバルブランドは国ごとに微妙に味が違い、キットカットなども日本独自の商品開発をするなど絶妙なバランスを保っていました。

このセグメントでは多くの企業で比較的現地化が進んでいるはずです。営業、マーケティング、広告宣伝などのキーマンに現地の人材を配置しないと現地での競争に勝つことができません。

比較的強い消費財ブランドを持つ会社であればリクルーティングブランド(採用時の知名度)も高く、優れたタイ人幹部を採用しGMなどに配置できているケースも多く見られます。

今後もその方向性を推進するとともに、それに見合った報酬制度の整備などが課題となっていくでしょう。

③ グローバル統合産業群~現地化は戦略による

最後にグローバル統合圧力とローカル適合圧力が双方共に高い、「グローバル統合産業群」(右上)です。

経済そのものがグローバル化している中で、多くの産業が徐々にこのセグメントに移行していると言われています。

タイで多くの日系企業が従事する自動車産業はその代表格です。各地域で自立的に経営しながらもグローバルで効率を上げていく、両者のバランスが問われるステージとなっています。

多くのメーカーが世界をいくつかの地域(=極)に分ける「極経営」といったスタイルを志向していますが、これはそのバランスを取るための方策と言えるでしょう。

このセグメントの企業に現地化がどの程度求められているか、というのはひとえに「企業による」という結論になってしまいます。

比較的決まったものを量産している段階であれば現地化していくことも可能ですが、モデルの現地開発や統括機能を期待する場合は、高い技術力や高度な判断ができる部署をタイに置いておく必要があり、必ずしも現地化が必要ではないかもしれません。

また、取引先の現地化度合いによっても大きく影響されます。そうした自社の置かれた状況を適切に見極めなくてはいけません

私見ですが、そうした分析の基に「当社は現地化しなくても良いのでは」という判断をする企業が少なからずあっても良いと思っています。

第1部のアンケート結果が示すように、タイの相対的な戦略的重要度はこれから上がっていきます。そうした位置付けの変化と、経営の現地化を並行して進めるのはなかなか難易度の高いアクションではないかと感じています。

また、経営幹部を現地化しようと思うと、高い採用力が必要です。採用力(リクルーティングブランド)は、マーケットにおける認知(コンシューマーブランド)と比例します。

知名度のある完成車メーカー等は有利な採用ができていると思いますが、サプライヤーは市場での一般的な認知度が高くないため、採用へのブランディング投資が必要となります。

そして採用ブランドの構築には年数が掛かります。幹部を採用し維持できるだけの報酬制度も必要です。そうした整備には労力とお金が掛かりますし、それができるのであればもっと前に現地化できていたのではないか、という振り返りも重要だと考えます。

特に3つ目のセグメントについては「我が社が目指す現地化とはどういう状態か(あるいは目指すべきかどうか)」というゴール設定の議論を改めてしてみても良いのではないかと思います

以上、フレームワークを用いながらタイ現地法人の現地化戦略について考えてきました。読者の皆さんそれぞれの現地化戦略を考えるヒントになりましたら幸いです。

駐在員制度について~そもそもの目的に立ち返る~

さて、前頁までは現地化の是非を論じましたが、全体としては駐在員は減る方向であることは間違いありません。ここでは脱・駐在員を進める上での注意点を考察しておきます。

まず駐在員制度の本来の目的を確認します。

駐在員制度には「コーポレート・ガバナンス」「技術やナレッジの移転」「日系企業との取引円滑化」「グローバル人材・経営者の育成」の4つの目的があります。脱・駐在員を進めていく前に、これらの目的を損なうことが無いかどうかを明確にしておく必要があります。

最初の3つ、「ガバナンス」「技術ナレッジ移転」「日系企業との取引」は、先ほど述べた各社の戦略と密接に関わってくるはずです。自社のタイ法人の位置付けが今後どのように変わるのかにより、これらの目的が引き続き重要なのか、あるいは重要度が下がるのかが変わってくると思います。

一つだけ種類が違うのが「グローバル人材・経営者の育成」の部分です。これは見落としがちですが、実は重要な役割を果たしていると思います。

海外駐在というのは大きな役割を急に任され、異文化の中で孤独に向き合いながらミッションを遂行する、いわゆる「修羅場体験」として非常に大きな人材育成効果があります。本社のジョブローテーションの中でも、重要な役割を果たしているはずです。

駐在員を減らすことによって、現地法人目線ではコスト削減と現地人の登用が促進されるので望ましいですが、一方で本社目線では人材育成の貴重な手段が一つ減ることになってしまいます。

現地法人の駐在員が減ったとしても、全社的にはグローバル人材の育成の重要度は変わりません。駐在に代わる代替手段を人事戦略上講じておくことは忘れてはならないと思います。

その前提で、脱・駐在員を進める際に3つほど留意すべき点を挙げておきたいと思います。

いきなり!リモートは危険

第1部のアンケートでも「駐在員を置かなくてもリモートでできることが分かった」ということを多くの会社がコメントで書かれていましたし、実際にそうだったと思います。

しかしながら、ご経験された方も多いように、リモートマネジメントはスキルが無いとリアルよりも格段に難しいです。ましてや異文化・多言語環境でというのはかなり難易度が高いミッションであると思った方が良いと思います。

リモートマネジメントは「ある程度の関係性・信頼性の構築がなされた前提」の上で機能すると思っています。私自身もこの1年はかなり長い期間をリモートマネジメントをしましたが、もともと作っていたタイ人チームとの関係性に助けられた部分も大きく、全くベースが無い中でのリモートマネジメントはもっと大変だったと思います。

ゆえに、関係性を作るプロセスを疎かにしてはいけません。

海外拠点で関係性を作るためには「私は現地の文化をリスペクトしています」ということが相手に伝わる必要があります。駐在員が現地の人と食事をしたり、言葉を覚えたりしてそうしたプロセスを踏んでいると思いますが、今後はそれが難しくなります。

対策としては一旦赴任させ、途中で帰任させてその後はリモートマネジメントをさせる。あるいは、海外赴任経験者をリモートマネジメントの任に当てる、といったことが考えられます。

海外赴任を一定期間経験すると異文化コミュニケーションのポイントが分かってきます。それらをベースに持っている方に任せることは、まったく未経験の方に任せるよりもずっと効果的だと私は思います。

任期を長くする

駐在員を減らす代わりに、「一人当たりの任期を長くする」というソリューションがあり得ると思います。例えば、任期を2倍にすることで、少なくとも赴任時・帰任時に掛かる金銭的・物理的にコストは半分になります。

かねてより、駐在員の任期(3年~5年)は短すぎるのではという意見がありました。3年では現地に馴染み、言葉や文化に慣れて人間関係ができた頃に終わりが見えてきてしまいます。

東南アジアは「関係性ベース」の社会の色合いが強く、信頼していた上司が去ってしまうというのはそのまま部下の退職リスクにも繋がります。良くも悪くも「人に付く」というタイ人の気質をご経験されている方も多いでしょう。

任期が長くなれば、それだけ駐在員の「人選」の重要度が増します。これまでは「たった3年なんだから、とりあえず海外を見てきなさい」的なノリで、ややもすると海外に興味も適性も無い人を赴任させるという風潮もありました。

こうした人材は赴任すると残念ながら現地に馴染めず、成果も出せません。結果、本人も部下も3年間我慢することになるということが起きてしまいます。

英語と多様性が弱点である大多数の日本人にとって、海外で働くということは簡単なことではありません。きちんと素養と動機のある人を選出すべきです。

赴任期間を長めに設定するということは、おざなりになりがちだった駐在員の選抜プロセスを明確化することにもなるのではないでしょうか。

現地採用日本人の活用を検討

それぞれの国には自分の判断で海外に渡って仕事をしている、現地採用の日本人の方々が沢山います。それらの方々は現地の言葉と文化に精通し、なにより現地に愛情を持っています。

同時に日本人的な感覚も理解でき、現地スタッフとの貴重なブリッジパーソン(橋渡し役)としての役割を果たしています。

しかし、かねてより言われるのは、現地採用日本人の「処遇の低さ」です。先般挙げた駐在員と比べて、貢献度合いはそれと変わらない、あるいはそれ以上の価値の仕事をしていても、待遇は数分の一に留まっていることも多いです。

せっかく優秀なスキルと貴重な海外経験を持っているのになかなかキャリアを拓きづらい、というのが現地採用日本人が直面している現実でした。

新型コロナウイルスによって海外との行き来が簡単にはできない時代になりました。それにより、海外にいる優秀な日本人の希少性は高まるでしょう

そうした貴重人材の活用を企業はもっと進めるべきと私は思います。

そしてそれは、「海外で働きたい、でも駐在制度があるような大きな企業に勤めているわけではない」という日本人にとっては、新たなキャリア機会を与えることになるのではと思っています。

あるグローバル企業の人事の方が「最近は、新卒採用でグローバル感を出すと応募が減るんです」とおっしゃっていました。若者が内向き化しているというのは全体傾向としてはその通りのようです。私は、そこに危機感を持っています。

これからますます、タイや東南アジアを舞台に、インド人や中国人、韓国人を相手に日本人は勝負していかなくてはなりません。彼らと戦って勝てるだけの戦闘力を備えた日本人がどれだけいるか。そうしたことを考えた時、海外で働きたい日本人がアジアで勝負できる道が減ることはあってはならないと私は思っています。

【第3部】コロナ危機を乗り切るために
日本人リーダーに求められるもの

第3部では、アフターコロナに向けて日系企業がさらに力強く成長していくために、我々日本人リーダーがどうあるべきかについて考えてみたいと思います。

新型コロナウイルスは世界中の政府、企業に難題を突き付けました。ただ、成果を上げたリーダーや人々の支持を集めたリーダーを見ると、いくつかの共通点があったように思います。それを3点にまとめてみます。

ビジョンを示す力~暗闇に光を灯す~

1. ピンチの中にチャンスを見つける
2. メッセージを絞りわかりやすく
3. 数字とロジックで具体化する

稲盛和夫氏は著書「京セラフィロソフィ」の中で、「物事の結果は、心に何を描くかによって決まります。(略)現在の自分の周囲に起こっているすべての現象は、自分の心の反映でしかありません」と述べています。この「心に何を描くか」が、企業にとっての「ビジョン」だと言えます。

今回のような危機的な状況になると、どうしても人々はネガティブなことを思い浮かべるようになります。ポジティブに考えようとしても、毎日飛び込んでくるマイナス情報が、無意識に心をマイナス方向にコントロールしてしまいます。

だからこそリーダーがビジョンを掲げ、「暗闇に見えるかもしれないが、光はある」「私たちは正しい方向に進んでいる」と勇気づけないといけません。


★ 星野リゾートのビジョン

コロナショック以降で「ビジョンを示す力」で秀逸だと思ったリーダーの例を一人挙げるならば、それは星野リゾートの星野佳路社長です。旅行業界はコロナで最も影響を受けた業界の一つではありますが、そんな中でも彼が打ち出したビジョンはパワフルなものであったと思っています。

マイクロツーリズム

彼は「マイクロツーリズム」というビジョンを掲げました。マイクロツーリズムは、海外旅行や飛行機に乗ることをイメージしがちな旅行ではなく、「30分から1時間で行ける近距離の目的地に向けた、“小さな旅行”」という意味です。

星野リゾートのホームページを訪れると、「お祭りや伝統文化、雄大な自然や旬の食材を活かした料理など、それぞれの地域魅力に触れられる滞在提案」とあり、各施設の特徴を生かした様々なアクティビティを用意し、人々の旅行意欲を掻き立てる内容になっています。

コロナ禍で仕方がないから近場の旅行という後ろ向きな考えではなく、「ピンチの中にチャンスを見つける」ことを考え抜いた内容になっています。それをマイクロツーリズムとキャッチーに表現するセンスも秀逸です。

危機の時はあれもこれも伝えるのではなく、なるべくメッセージを絞ってわかりやすく伝えるほうが効果的です。

単なる発想の転換ではなく、数字で補強するのも秀逸です。彼によれば、「日本全体の観光需要28兆円のうち、もともと8割が国内。インバウンドが失われても毎年2000万人いる海外旅行者の足が国内旅行に向けば、全体では7%程度の需要縮小に抑えられる」と分析できるそうです。

さらに、国内旅行の方が交通費が少ない分泊数を増やしてもらえる、とも。このように、数字とロジックを用いてストーリーを説明することで、ビジョンがより説得力のあるものになっていきます。

コロナ禍の企業経営はいわば嵐の中を進む船です。暗闇の中でいつまでも船を漕ぎ続けるのは限界があります。ですが、「光はあっちだ」と誰かが言ってくれれば、漕ぎ手にも力が蘇ってきます。

この1年間、皆さんの企業ではリーダーがどのような発信をしたでしょうか。そしてそれは従業員の皆さんに前向きなエネルギーを与えたでしょうか。コロナが不透明感を増す中、ビジョンを打ち出す力は今後もますます重要になると思われます。

共感する力~受け入れることで人は動く~

1. 相手の価値観を想像する
2. 論破しない
3. 顔が見える形で伝える

2つ目は「共感する力」です。相手の価値観を否定せず受け入れ、結果として望ましい行動を取ってもらうことです。

新型コロナウイルスの発生以降、激しい言い争いや論争をSNS上などでもよく見かけるようになった気がします。その結果、私の周りでも「もうSNSでコロナの話を書くことを止めることにした」という人が何人もいました。

新型コロナウイルスのような社会全体に関わる問題においては、激しい「価値観の対立」が起こります。

例えば、自営業で経済的に追い詰められていればロックダウンに反対するでしょう。一方で、持病を抱えている方は厳しい封じ込めを歓迎するかもしれません。

価値基準が異なるもの同士が議論する場合、よほど冷静に議論しないと合意点を見出すことはできません。対象が未知の感染症ですから、同じデータでも見方によって異なった解釈が生まれます。

カエサルが言ったように「人は見たいものしか見ない」からです。価値観のベースが異なるのに、相手を〝論破〟しようとしたり罵り合うのはよい結果を招きません。そこで必要なのは、異なる価値観にも共感を示すことです。


★ 各界リーダーのメッセージ

危機の時こそ寄り添う

共感力の優れたリーダーの例として、ドイツのメルケル首相を挙げたいと思います。昨年以来、世界中のリーダーが外出自粛という厳しい選択を国民に理解してもらうという、難しい仕事に追われました。

メルケル首相は昨年3月に国民に向けたスピーチの中で、自身の東ドイツ時代の苦い経験を用いて次のように協力を呼びかけ、多くの共感を呼びました。

「私のように、移動や行動の自由が苦労して勝ち取った権利であった者にとって、(国家による)そのような制限は絶対に必要な場合にのみ正当化されるものです。民主主義社会において決して軽々しく決められるべきではなく、一時的にしか許されません。しかし、それは今、命を救うために不可欠なのです」。

相手の気持ちを想像し、そこに理解を示すそのスピーチは非常に効果的なものでした(彼女のスピーチはドイツの大学による2020年のスピーチ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれました)。

ビジネスリーダーとしてはトヨタ自動車の豊田章男社長を挙げましょう。彼はコロナが広がり始めるといち早くビデオメッセージに出演し、世界中の従業員に「僕は、常に皆さんと共にあります。 そして、みんなの助けになるなら、何だってやるつもりです。なぜなら、僕らは家族だから。困ったときに、助け合うのが家族だから」というメッセージを送りました。

そこには、戦略も数字もありません。ただ、相手の気持ちを思いやり、寄り添うというためだけの動画でした。

あまり経営トップがすることではないかもしれませんが、危機の時こそまずはトップが従業員に寄り添い、共感する姿勢を示す。それにより、救われた気持ちになった従業員が世界中に少なからずいたのではないでしょうか。

人間を動かすのは、最終的には論理ではなく感情です。我慢を強いたり難しい依頼を聞いてもらうときには、いかに相手の感情にアプローチできるかが重要になってきます。

「コロナは統計的にはたいしたことないので、怖がらないでください」と言われても、怖いと感じる人はやはり怖いのです。そういう人を論破しようとしても逆効果で、むしろ気持ちは離れていきます。「そうですね、怖いですよね」と共感を示してあげることで、相手はこちらの気持ちも理解してくれるのです。

動画でこそ伝わる感情

なお、メルケル首相、豊田社長いずれのリーダーにもう一つ共通していたのは、動画を用いて表情豊かに語りかけていたことです。メルケル首相は手元の原稿に一切目を落とさずに話していました。感情を動かすためのコミュニケーションはノンバーバル(非言語表現)も重要です。

企業においても、重要な社長メッセージは一斉メールなどではなく、できればオンラインの会議ツールや、ビデオメッセージなどで表情も意識しながら伝えることで、相手に与える印象は大きく違ったものになると思います。

内省する力~自分を省みて、“在り方”を変える力~

最後3つ目の要素は、「内省する力」です。内省とは、自分自身を深く省みることです。そして、自分を変化させていく力と言っても良いでしょう。

胸に手を当てて考えてみてください。1年前の自分と、今の自分。皆さんはこの1年でどれくらい変化したでしょうか。コロナ禍のように日々状況が刻々と変わり、答えのない非常事態の中では、自分自身をどれくらいアップデートできたかが問われると思います。

★ 永守会長の自省

「自分を変える」という意味で印象的なリーダーは、日本電産の永守重信会長を挙げたいと思います。永守会長というと、「元日以外364日働く」という猛烈なイメージでしたが、ここ最近の彼の発信はずいぶん違った印象になっています。

「50年、自分の手法がすべて正しいと思って経営してきた。だが今回、それは間違っていた。テレワークも信用してなかった。収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする。そのために50くらい変えるべき項目を考えた。反省する時間をもらっていると思い、日本の経営者も自身の手法を考えてほしい」(日本経済新聞2020年4月20日付けより)。

あれだけ成功した方が、ここまでのレベルで反省できるのはなかなかすごいと思います。それだけ、今回の事態の重大さを認識しているのかもしれません。

私は、この「自分の考え方や価値観を変える」ということが、コロナのような複雑な問題に対処する際にはリーダーにとってとても重要なことだと思っています。

2つの問題解決方法

なぜ内省する力が重要なのか。それは我々が取り扱う問題が変化してきているからです。そもそも問題には、2種類の「解決の仕方」があります(図表3)。

問題の種類に応じたアプローチ

企業が抱える問題の多くは、論理的に分析すれば答えが見つかるものが多いです。これを、問題に対して解となるピースが明確な「ジグソーパズル型」と表現します。ジグソーパズル型の問題を解くために必要なのは、問題を分析し、原因を突き止め、対策を打つ、論理的な思考です。

もう一種類の問題が、「ルービックキューブ型」の問題です。ルービックキューブは、一つの面を完成させると別の面が崩れてしまう。また、複数の面を同時に見ることはできません。それゆえ、狭い視野と短期的なものの見方では、なかなかパズルは前に進みません。ルービックキューブ型の問題を解くには全体を見渡しながら、短期的なマイナスも覚悟し、長期的視点で少しずつ物事を進めていく必要があります。

新型コロナウイルスのような複雑な問題はルービックキューブ型の問題に近いと言えます。正解を保証するやり方がない状態で全体のバランスを考え、関係者に痛みを理解をしてもらいながら、最も妥当な一手を打つ。

しかもその一手は短期的には間違った一手に見えることもあります。一手がだめなら考えを改め、また次の一手を打つ、という試行錯誤を粘り強く続ける。危機におけるリーダーの判断にはそうした姿勢が必要です。

つまり、「何をするか」という「やり方」よりも、「どういう姿勢で臨み続けるか」という「在り方」が重要である、と言えます。永守会長も、もし次の一手が間違っていたらまたそれを振り返り、アクションを改めるでしょう。そのように、自分を変え続けられるかが問われています

自身のアップデートを続ける

明治維新が起きたとき、多くの刀鍛冶が時代の変化についていけずに職を失ったという話を聞いたことがあります。刀鍛冶という仕事に誇りを持つあまり、サムライの時代が終わったことを受け入れられず、新しい時代に対応できませんでした。

一方で、変化を受け入れ「自分も変化しなくては」と自らをアップデートできた刀鍛冶は、包丁などの日用品を作るなど仕事を切り替えていきました。結果、近代化して人々の生活が豊かになると、そこから生まれた新たな需要を継続的に得ることができたそうです。

コロナショックを明治維新になぞらえて良いかはわかりませんが、数十年に一度レベルの大きな変化が確実に訪れている中で、皆さんはいかにして自分自身をアップデートできるでしょうか。

自分自身の価値観や考えを自覚し、どれを守り、どれを捨てるのか。そうした内省をする習慣があるリーダーこそが、会社を成長に導けるのではないでしょうか。

戦時は全員がリーダーになる

ここまで、「ビジョンを示す力」「共感する力」「内省する力」という3つの要素について述べてきました。有名な経営者の例が多かったので、自分とは遠い話と感じたかもしれませんが、決してそうではありません。これらは、私たち一人一人が、それぞれの立場で実践するべきものだと思っています。

新型コロナウイルスの問題が起きたとき、本社の指示を仰ぐ時間が無く現地法人で独自の判断をしなければならなかった、という話を多く聞きました。つまり、これまでは良くも悪くも「本社の命令」というものがありましたが、緊急事態になるとそれぞれの現場で判断をしなくてはならなくなります。つまり、いわば「全員がリーダーになる」ことが求められたのです。

災害が起きたときに自主的にバケツリレーが起こるようなことを「自然発生的リーダーシップ」と表現しますが、ある意味で「戦時」と呼べるような、この状況においては、いかに個々人が自発的にリーダーシップを発揮できるかが問われます。

これは、タイで働く多くの日本人にとってチャンスと言っても良いのではないかと私は思っています。

これまでは、本社と現場の板挟みになっていたことも多かったと思います。本社の指示を無視しろというわけではありませんが、現地に最適な判断を、スピーディーに下すために自分が腹をくくって決断する。そうした場面が増えていくのは悪いことではありません。

それらの経験を通じて、決意に満ちたリーダーがたくさん生まれてくることが、今後の日系企業を変革に導いていくのではないかと期待しています。

「タイのアフターコロナ展望」。最後までお読みいただきありがとうございました。私自身も、皆さんとともに一人のリーダーとして努力し、日系企業を、またタイ経済と日本経済を盛り上げることができるよう頑張っていきたいと思います。そのような決意とともに筆を置くこととします。

スースー!ピム


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