時事通信 特派員リポート

【台湾】鴻海の郭会長、6月退任へ=取締役は留任、台湾総統選にらみ退路残す(台北支局 佐々木 宏 )

 来年1月の台湾総統選への出馬を目指し、経営の第一線から退く考えを表明済みの鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘会長が、6月の株主総会で会長を退任する見通しになった。鴻海のビジネスを支える米中2大国の貿易戦争が激化する中での退任となる。

 ただ郭氏は取締役として経営陣には残留する。一部地元メディアからは会長だけでなく、取締役も退任するとの見方が出ていた。郭氏は、自身が目指す最大野党・国民党の公認を得られるかどうかについては現時点では不透明で、取締役という退路を残した格好だ。

会長退任で「総統選への決意」

 鴻海は10日、6月21日の株主総会に諮る取締役候補名簿を公表した。それによると、社内取締役候補6人には留任する郭氏のほか、シャープの戴正呉会長が復帰する見通し。郭氏は同日、地元メディアに対し「総統選出馬に対する決意を証明するため、取締役は続けるが会長は続投しない」と強調した。

 後任には、鴻海の半導体部門のトップとシャープの取締役を務め、新たに取締役候補になった劉揚偉氏や、グループの携帯電話大手、亜太電信トップで、鴻海取締役を兼務する呂芳銘氏の名前が挙がっている。シャープの戴会長は67歳という年齢がネックとなり、後任候補からは外れたもようだ。

「新米政治家」としても正念場

 鴻海創業者の郭氏は、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の組み立て業務を成長の原動力に、同社を1代で台湾最大の製造企業に育て上げた。米誌フォーブスによると、郭氏は2018年時点で総資産73億米ドルを保有し、台湾随一の富豪として君臨する。

 1代でこれだけの資産を築いた郭氏のハードワーカーぶりは有名だ。「毎日16時間働き、休みもない」(郭氏)と自分に厳しいが、部下など他者にも容赦しないワンマン経営者として知られる。そのワンマンぶりは時に「独裁的」と表現される。

 これを象徴するエピソードがある。郭氏は12年当時に側近だった幹部を社内会議に出席しなかったとして解雇。この幹部が解雇を不服として鴻海を提訴したところ、違法解雇と認定され、鴻海に賠償金を命じる判決が最近確定した。

 郭氏は総統選への出馬を表明した4月、これに怒った妻が家出したことを明かした上で、「国家の大事に後宮は口を出すな」と発言。「女性蔑視」との批判を受け、謝罪に追い込まれた。

 郭氏はカリスマ経営者として台湾社会での知名度は抜群だ。しかし、こうした高慢とも言える性格や物言いから、広く尊敬を集めているとは言い難い。

 国民党は最終的に、公認候補を世論調査で絞り込む見通し。大衆迎合的な言動で人気を集める南部・高雄の韓国瑜市長が参戦する可能性もなおくすぶっており、実際に参戦すれば、郭氏にとって最も手ごわいライバルとなりそうだ。地元テレビ局の世論調査では、郭氏の支持率は韓氏を下回っている。

 トランプ米政権は13日、制裁関税の対象から外されているスマホやノートPCを含む3千億ドル(約33兆円)分の製品3805品目に最大25%の関税を上乗せすると発表。中国でスマホやノートPCを製造し、米企業に納める鴻海のビジネスモデルは足元から揺らいでいる。鴻海株は15日の台湾株式市場で、6営業日連続で下落した。

 国民党は7月中旬にも公認候補を固める見通しだ。郭氏の出馬には、同党内の権力闘争や、鴻海が18兆円を超える連結売上高(18年12月期)の大半を稼ぎ出す中国の習近平政権の思惑が背景にあるとされる。郭氏は支持率向上に向け、一般家庭にホームステイするなど、庶民的なイメージの発信に躍起だ。巨大企業の経営者として、また「新米政治家」としても正念場を迎えている。

 ※この記事は時事通信社の提供によるものです(2019年5月16日掲載 )。

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