メコン医療の標準化を推進するNPO法人「MESDA」が設立 医師育成へのオールジャパン・プロジェクト

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MESDAの研修施設のひとつであるT-TECを視察した世耕弘成経済産業相(右から3人目・9月9日撮影)

今年9月、メコン地域(タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオス)における内視鏡外科手術の普及・促進を目指すNPO法人(特定非営利活動法人)「MESDA(Mekong Endo-Surgery Development Association)」がタイで設立された。医療技術から関連機器に至るまで、世界トップレベルにある日本の内視鏡外科手術を現地医師への継続的な研修・教育活動を通じて定着させることで、先進技術としてニーズが高まる同外科手術の技術・安全性向上、知識を展開する。理事長を務めるのは、1990年代から腹腔鏡手術の拡散に努めてきた北野正剛氏(国際内視鏡外科連盟理事長、日本内視鏡外科学会名誉理事長、大分大学学長)で、理事はメコン各国からの代表者により構成されている。
MESDAは日本・経済産業省、メディカル・エクセレンス・ジャパン(MEJ、医療の国際展開を推進してアウトバウンド事業を行う一般社団法人)、日本内視鏡外科学会、日本の医科系大学からなるアジア内視鏡人材育成支援大学コンソーシアム、日系企業コンソーシアムなどが支援するオールジャパンのプロジェクトとなる。

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2004年よりタイ、ベトナムなどアジア地域を中心に、消化器内視鏡・内視鏡外科分野における人材育成に取り組んできました。
13年からは、日本政府の方針である「官民連携による『日本式医療の国際展開』」に則り、日本・経済産業省による人材育成活動(貿易投資促進事業)の一環として、ベトナムの「早期胃がん診断普及支援トレーニング(2013~15年)、インドネシアの「アドバンス内視鏡トレーニング」(2014年~継続中)、15年からは経産省、MEJの公募事業である人材育成活動に協力するため、日本内視鏡外科学会とメコン地域およびロシア各学会との連携で、内視鏡外科医の育成支援の仕組み構築を目的にした「メコン外科トレーニングセンター活用及びロシア内視鏡外科手術トレーニングセンター設立に係る実証調査事業」に携わっています。

なぜメコン地域で内視鏡人材なのか

日本の医療技術と医療機器を海外展開するという日本政府の方針をアジアで推し進めるためには、透明性を保てるNPO法人として組織を立ち上げるべきとの構想が、日本の優れた医療機器を適正に扱える内視鏡人材の育成を目指す「MESDA」設立のきっかけとなりました。
内視鏡技術は、患者のQOL(Quality of Life)向上に直結する先進医療として、今、アジアで求められている医療技術のひとつです。しかし、メコン地域で内視鏡技術を持った医師は、まったく足りていないのが実状で、医師の育成が急務となっています。
この課題に対し、技術を持つ我々日本人医師が日頃から使用している、日本製の高品質・高精度な医療機器を用いて産学官で技術移転をしていく。オールジャパンで一丸となって取り組むことが、メコン地域における「日本式」の医療技術と医療機器だけでなく、現地医師への日本のアドバンストな価値観の定着にもつながると考えています。

大学コンソーシアム主導で支援がスムーズに

MESDAでの活動をオールジャパン体制で加速させるため、先導的な大学が集まり、アジア内視鏡人材育成支援大学コンソーシアム体制を組むことになりました。私が所属する大分大学が事務局を務め、大阪大学、北里大学、九州大学、京都大学、近畿大学、慶應義塾大学、神戸大学、国際医療福祉大学、埼玉医科大学、帝京大学、東京大学、東京慈恵会医科大学、東邦大学の国公立・私立14大学が連携することにより、医療技術および教育指導などの共有化を促進させる体制を構築しています。このような大学間の連携は過去にはなかった、画期的な取り組みです。
従来、海外での医療技術支援というと、医師個人が休暇を取得して、自費でボランティアとして行くケースが多かったのですが、MESDAは政府プロジェクトであることから、意思のある医師が気兼ねなく、大学コンソーシアム主導のオフィシャルな人材派遣として支援に赴くことができるというメリットがあります。
タイはベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスからのアクセスもよく、メコン地域における医療のハブとなっています。
各国から日本の医療技術を学ぼうという意欲ある研修希望者が、MESDAの研修施設のひとつである、オリンパス社の内視鏡トレーニングセンター「T―TEC」をはじめ、チュラロンコン病院、シリラート病院に定期的に訪れており、産官学がひとつになることで生み出せる、良い流れができていると実感しています。
この流れを止めないためにも、MESDAの活動は今後も継続させていかなければなりません。

プロフィール
北野正剛

  • 大分大学学長
  • 日本内視鏡外科学会名誉理事長
  • 日本消化器外科学会名誉理事長
  • 日本消化器内視鏡学会理事
  • 日本創傷治癒学会理事
  • 国際内視鏡外科連盟会長
  • アジア太平洋消化器内視鏡学会会長

略歴
1976年 九州大学医学部卒業
1981年 九州大学大学院修了
1983年 ケープタウン大学
(外科Senior consultant doctor)
1993年 大分医科大学第1外科助教授
(診療科長代行)
1996年 大分医科大学第1外科教授
2005年 大分大学副医学部長
2011年 大分大学長

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先進国のみならずタイを含む新興国でも平均寿命は延びてきており、平均寿命が70歳以上になると死因の上位に癌や生活習慣病といった病気が入ってきます。新興国でもこれらの病気に対処できる、高度な医療技術の習得や最新医療機器の導入が課題となっていますが、最新の医療機器があっても、未熟な技術で使用すれば患者の命に関わる事態になりかねません。安全で確実に使用するためには、新興国の医療従事者にトレーニングを実施していくことが重要事項となります。
そんな中、2014年11月にミャンマーで開催された「日・ASEAN首脳会議」において、安倍晋三内閣総理大臣が「日・ASEAN健康イニシアチブ」を表明。ASEAN地域における医師、看護師などの育成支援が盛り込まれ、医療の国際展開を日本の国策として強力に推し進める後ろ盾になりました。このイニシアチブでは、専門家派遣、研修受け入れなどを通じた官民連携による総合的な支援により、保健・医療分野において5年間で8000人の人材育成を目標としています。

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施設内を視察する世耕大臣

経産省が推進する医療・医療機器の国際展開

私自身、日本で経済産業省・商務情報政策局ヘルスケア産業課で「医療機器・サービス国際化推進事業」を担当していました。これは経産省が日本の質の高い医療技術と医療機器の一体的な国際展開を推進するプロジェクトです。また、医療機関と医療機器メーカーの連携による、日本式医療拠点の事業化に向けた実証・事業性調査や、新興国の現地医療関係者や政府関係者との人的ネットワークの構築・深化なども事業内容として盛り込まれており、医療ニーズが急拡大する新興国において、日本の優れた医療システムをパッケージで輸出し、日本の医療関連産業の競争力強化を図ることを目的に動いてきました。
この一環で行われた、ベトナムにおける内視鏡外科医の育成支援がMESDA発足のきっかけとなりました。
医療技術と医療機器を一緒に国際展開させることで、展開先の国の医療水準向上に貢献し、同時に医療機器メーカーは新興国への参入機会が得られるという、両国にとってWin―Winの関係性が生まれます。

持続可能なプロジェクトのモデルケース事業に

メコン地域で進めている内視鏡外科医の育成支援は、北野理事長をはじめとした日本の指導医が医療関係者の育成を担い、プロジェクトを行う研修施設のひとつである「T―TEC」を提供するオリンパス社など、日系企業が医療機器や機材などを提供し、日本政府が両国の協力事業としてプロジェクトをエンドースメントするという、産官学の連携プロジェクトです。ゆえに政府だけでも、企業だけでも、大学だけでもできない三位一体だからこそできるプロジェクトとして進めていかなければなりません。
一方で、経産省プロジェクトとして予算を付けられるのは長くても3~5年程度です。このプロジェクトを持続可能な事業にするために悩み、導き出された答え、それがNPO法人としてのMESDAの発足でした。MESDAは内視鏡外科分野に限らず、トレーニングを展開するあらゆる分野に応用できる、経産省の産官学連携のモデルケースとして考えています。医療分野において、医師育成に5年では短すぎます。政府が初期段階を支援し、その後、政府はエンドースメントを与えつつも予算的にはNPO法人が自立して運営を続けていく。そんな持続可能な取り組みになっていくことを願っています。

mesda研修施設のひとつ「T-TEC」

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日本国内では産学の連携により、医療ニーズに応え続けてきた素晴らしい技術を持つ企業が数多く存在しています。病院内のオペ室ひとつを見ても、ベッドやモニター、照明、メス、ガーゼなどの機材・器具、消耗品や考え抜かれた理想のオペ室のレイアウト設計、医師と看護士との連携といった、日本ならではの創意工夫が、手術のクオリティ向上への役割を担っています。この日本の医療環境をもって、メコン地域での医療水準向上に貢献していきたいという思いがMESDAには込められており、これは1企業だけでできることではありません。
例えば胃の腫瘍摘出手術の場合、開腹手術にしても内視鏡手術にしても、腫瘍を摘出するという面だけ見れば結果は同じですが、内視鏡手術は腹部に小さな穴を開けるだけで手術できるため、身体に負担が少ない低侵襲治療として、患者の早期社会復帰を可能にします。このような低侵襲治療の価値が浸透していないメコン地域において、患者のQOLを考えた日本式治療の価値感に基づいた先進医療を、現地の医師にも定着、標準化することができれば、メコン地域の方々のQOL向上にもつながると思考えています。

医療技術の標準化が安全を守る

12年前からアジアを回って技術支援を行ってきた北野理事長の活動が、現地の医療従事者との信頼関係を培いました。MESDAがNPO法人格の取得も無事にできたのも、タイの医療従事者たちが関係部門に「タイおよびメコン地域の医療の発展に必要なものだ」と掛け合ってくれたおかげです。
MESDAは日本の医療技術、医療機器だけでなく、日本の医学会で推進されている「認定医制度」の普及も目指しています。メコン地域では、まだ日本のような専門分野に特化した学会は発足されておらず、確立された専門トレーニング体制が構築されていません。日本のこの優れたシステムを、まずはメコンの指導医に伝え、ゆくゆくは各国に専門医学会が立ち上がり、日本の「認定医制度」のもと、安全な手技が普及していく未来を描いています。

進出企業としてメコン地域に貢献する

今回は企業コンソーシアムというモデルで、さらに政府、大学(医療)が三位一体となった理想の雛形を作ることができました。これをもとに、さまざまなモデルを医薬・医療分科会の皆さまと検討していきたいと思っています。
ASEAN、特にメコン地域において、我々企業が貢献できるフィールドは大きいと認識していますが、その機会を上手く活かしきれていないと感じる点もあり、それは各々の企業が個社の努力の中で行う限界でもあるのかもしれません。現在、盤谷日本人商工会議所(JCC)化学品部会医薬・医療分科会は、医療・医薬品関連会社が6割、そのほか4割がIT企業や別分野のメーカー、商社などが会員の業種内訳となっています。医療を専門とされていない企業が持つ技術やサービス、新鮮かつイノベーティブなアイデアが合わさることで、ソリューションの可能性も広がっていきます。
さまざまな分野で活躍されている企業にもMESDAに参画いただき、このトレーニングモデルが「オールジャパンプロジェクト」として共に育てっていくことに期待しています。

 

MESDAでは協賛企業を募っています

mesdaメコン地域における安全かつ確実な内視鏡技術の普及には、継続した事業としてMESDAを存続させなければなりません。日本式医療の発展のためにも、プロジェクトにご協力いただける企業を募集しています。
協賛と応援の方法はさまざまです。企業のCSR、あるいはブランディングの一環としての参画も歓迎です。まずはMESDAの活動をぜひ見て、知っていただき、一緒にメコン地域における医療水準の向上を推進していきましょう。

【お問い合わせ窓口】
大分大学医学部消化器・小児外科学講座
+81(0)-97-586-5085
tomohisa@oita-u.ac.jp(内田)
kitano-sec@oita-u.ac.jp(佐藤)

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