専門家がトラブル事例をもとに解説 VAT未還付問題とその対策(後編)

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在タイ日系企業が直面するVAT還付に特化した永峰・バンチキ事務所の山崎宏史(日本国公認会計士)が、VAT未還付事例をもとに問題の原因と対策について解説。事業の存続をも左右しかねない事態を防ぐには?

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山崎宏史 Koji Yamazaki
永峰・バンチキ会計事務所 公認会計士
名古屋大学経済学部卒業。監査法人トーマツにて金融機関、グローバル企業の監査業務に従事後、永峰・三島会計事務所に入所。現在はバンコク事務所(永峰・バンチキ)に駐在し、在タイ日系企業に対して税務コンサルティング業務を行っている。

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1 はじめに

9月号に掲載した「VAT未還付問題とその対策(前編)」では、VAT未還付問題に陥った会社の事例として、タックスプランニングの失敗から税金還付の申請が実施できず、日本親会社の連結財務諸表に1億円超の特別損失が計上されたケースをご紹介しました。  本号では申請後の税務調査の結果として、VATが未還付となった会社の事例をご紹介します。

2 VATの還付が  できなくなってしまった経緯

事例の会社は日系の製造業者で、法人税の免税恩典対象となるBOI事業対象とはならない、非BOI事業を営んでいます。当該会社は数年前に発生した大洪水の時期に、大部分の工場設備を修理、買換えしており、2600万バーツもの多額の仕入VAT超過が発生しました。
売上全体に占める輸出売上割合が15%程度あり、月次のVAT申告において売上VAT発生額と仕入VAT発生額は概ね同水準であったため、当該仕入VAT超過を毎月相殺して取り崩すことはできず、会社は2600万バーツのVAT還付を申請しました。
申請後、2ヵ月後に調査が開始され、2年間に亘り税務官の訪問、質問、資料請求が繰り返されました。
ようやく調査がひととおり終了したものがあったとして、それに伴う法人税の不足額、ペナルティー、延滞税の合計で600万バーツの追徴税が課されてしまいました。
会社側は当該追徴税額にそのまま応じるべきであるか、日本親会社の経理部とともに慎重に検討しましたが、当該600万バーツの追徴税額の支払いが完了しない限りは、2600万バーツの還付は実施されないと税務官に言われたため、追徴税と還付額の金額のボリューム差を考量して追徴税額を支払うこととしました。
しかしながら、追徴税額はこの600万バーツで終わらず、支払いが完了後、第2弾としてVATの輸出免税で処理するのに必要な輸出証憑が不足している取引を、国内売上の7%課税にて処理しなければならないとして、さらに追加で300万バーツの追徴課税が課されました。
第1弾の600万バーツの追徴税も既に支払い済であり、この先に控えている還付金額を考慮して、第2弾の300万バーツの追徴税にも会社は応じることにしました。
第2弾の支払いが終わるとさらに第3弾として、棚卸在庫のデータ上の数量と実地数量の差を、VAT7%課税で販売したものとみなして追徴税額が計算され、その金額は200万バーツに上りました。
既に合計900万バーツの追徴税に応じている会社側は後には引けず、第3弾の追徴税の200万バーツの支払いにも応じることになりました。
これで終わりかとおもいきや、その後第4弾として、大洪水により破損した工場の設備や機械、備品などの修繕費や部品取替え費用で、本来、有形固定資産として計上しなければならなかったものを発生時に一括費用として処理していたとして、2100万バーツもの多額の追徴税額の支払いが税務官から言い渡されました。今回の追徴税額は今までと比較してあまりにも大きく、この追徴税額を払うと還付金額をも超えてしまうことから、会社側は何とかこの追徴税額を回避する方法はないか税務官に相談したところ、税務官から口頭で、還付自体を諦めるのであれば今回の第4弾の追徴税額の支払いはしなくてもいい。税務調査もこれで終わりにすると言われました。
この先、第何弾まで追徴税が続くのか不明であること。この金額を支払ったからといって、即座に2600万バーツの還付の支払いがなされる保証もないこと。当該支払いをするためには日本親会社や金融機関から追加で融資を受ける必要があることなどから、会社は税務官の条件に応じることになりました。
結果として、2年以上の期間を要した2600万バーツの還付は失敗に終わり、還付の申請をしたことで反対に1100万バーツの追加納税をするだけの結果となってしまいま
した。

3 対応すべきであった事項

この事例の教訓はひとえにVAT還付申請前の準備不足にあると言えます。
経常的にVATの還付を申請しており、税務調査対応にも慣れている会社ならば、過去の税務局とのやり取りのなかで、税務上の重要なポイントや税務官への対応ノウハウが会社
に蓄積され、多額の追徴税額を課されるリスクは低い状態にあります。しかしながら、事例の会社のように経常的にVAT還付しておらず、税務調査対応に慣れていない会社が多額のVAT還付を実施する場合においては、非常に多額の追徴税額を課されるリスクが存在しており、還付実施前には当該リスクを洗い出す必要があります。
具体的には、まずVAT還付申請前に申請後の税務調査によって発見されるであろう追徴税額の課される原因となる税務上のポイントを洗い出し、納税不足額を試算します。
次に、納税不足試算金額に自主的に修正申告をした際に発生するペナルティーと、延滞税を加算した追徴税額合計とVAT還付対象金額を比較考慮し、VAT還付の申請により支
払いが不可避となる追徴税の発生を鑑みても、還付申請を実施する方が会社にとって有利であるのか否かを判定します。
この結果、VAT還付を実施する方が会社にとって有利と判定された場合には、判明している納税不足額を事前に修正申告して追徴税を納付した後にVATの還付を申請。会社にとって不利である場合には、還付の申請を諦め税務調査を回避する。
上記のような入念な事前準備が必要であったと言えます。

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