ビジネス・経済 2019.06月号

未来を創るナノテクのチカラ No.64

安価な「折り紙」デバイスで、発展途上国のマラリア診断

 現代の日本では馴染みがないが、マラリアは今でも世界で猛威を振るっている病気である。WHOによれば、2017年には世界で2億19百万件(推定)のマラリアが発生し、43万5千人(推定)が亡くなっている。ちなみに、10年の発生件数は2億39百万件、死亡者数60万7千人。16年の発生件数は2億17百万件、死亡者数45万1千人と、死亡者数は減少傾向にあるが、根絶までの道はまだ険しい。

 実をいえば、マラリアは予防や治療が可能だ。病原体のマラリア原虫を媒介するハマダラカを駆除する、刺されないよう蚊帳を使う、といった方法で発生は抑えられるし、治療のための抗マラリア剤もある。結局のところ、問題はコストだ。マラリアの発生は9割以上がインフラの整っていないアフリカ地域に集中している。マラリアの症状は他の病気にも似ているため、すべての患者に対してコストのかかる抗マラリア剤は使えないし、感染していても症状がすぐ出ない人もいる。

 マラリア原虫に感染している人を低コストかつスピーディに見つけ出し、できるだけ早く治療すれば死亡者は格段に少なく抑えられるわけだ。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)という手法でサンプル血液中に含まれるマラリア原虫のDNAを増幅すると確実にマラリアかどうかを診断できるが、屋内の実験室が必要。また、15分程度で診断できる手法は、正確さに欠けるという問題があった。グラスゴー大学Jonathan Cooper博士らの研究チームは、安価な紙製のデバイスを用いてマラリアを診断する手法を開発。ウガンダに住む67人の子供を対象にした実験では、感染者の98%で正しく診断できた。これに対し、同時に行われた他の手法だと正解率は86%だった。

 今回開発された「折り紙」デバイスには、血液を流す流路が耐水性ワックスで描かれている。患者から採取した血液サンプルをこのデバイスに刺して、指定の手順で折りたたむと血液サンプルは狭い流路に入る。この折り紙デバイスと、検出ストリップをフィルムで密封してホットプレート上で45分間温める。検出ストリップはLAMP(ループ介在等温増幅)という手法が用いられている。血液サンプルにマラリア原虫のDNAが含まれていれば、LAMPによって繰り返し複製され、ストリップ上に2つの赤い帯が現れる。今後、研究チームはウガンダの農村部で実証実験を進めていくという。


マラリアの診断に使われる折り紙デバイス。血液サンプルを刺して、折りたたみ、
検出用のストリップとともにホットプレートで45分加熱すれば診断が可能だ。

バッテリなしで動作する世界初、不揮発性マイコン

 パソコンやサーバーの世界において、CPUやメモリに求められる性能はまず速さだった。1秒間にどれだけの回数処理をこなせるか、1秒間にデータをどれだけ転送できるかが問われたが、モバイルデバイスが普及するにしたがい、速さよりも低消費電力性能が重視されるようになっていった。今後、低消費電力性能がいっそう求められていくのは、IoTデバイスだろう。

 高度なデータ処理を行う場合、現在のところは、パソコンやスマートフォンからクラウドサービスにデータを送り、その結果をパソコン、スマートフォンで受け取っている。しかしIoTが拡大して膨大な数のセンサーがネットに繋がってくると、すべてをクラウドで処理する今のやり方では限界に突き当たる。通信帯域やCPUの処理能力が追いつかず、リアルタイムに結果を返すことが難しくなるからだ。そのため、末端(ユーザーの使っているデバイスやセンサーなど)に近いところで、分散して処理を行うエッジコンピューティングが注目されるようになってきた。

 例えば、ドローンが取得したデータをリアルタイムに処理して制御を行う場合など、クラウド上でのデータ処理ではとても間に合わない。低消費電力でなおかつそこそこの処理性能を備えた、IoTデバイスが求められているわけだ。低消費電力を実現するための1つのキーワードが「不揮発」である。一般的なCPUやメインメモリは「揮発性」で常に電力を供給する必要があるが、これだと処理を行っていない時でも電力が消費されてしまう。

 そうした中、東北大学は、動作周波数2百MHzでありながら平均電力50μW以下という不揮発性マイクロコントローラーユニット(MCU)の実証に成功したと発表。電子が持つ電荷の性質と磁石の性質の両方を利用したスピントロニクス技術を用いて、すべての演算部を不揮発化することに成功した。これにより、従来のMCUに比べ、2倍以上の演算性能の向上と2桁以下の低消費電力化を同時に実現したという。

 今回のMCUは、電波や熱、振動など環境中に存在するエネルギーを利用する「エネルギーハーベスティング」でも十分に動作する可能性がある。そうなれば、ドローンやロボット、自動運転車などの自律制御や、ウェアラブルデバイスを使った健康診断といった応用も、格段の進歩を遂げることになりそうだ。


東北大学が発表したマイクロコントローラユニット。エネルギーハーベスティングで高度な処理を行えるようになる可能性もある。

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