【野村総合研究所】タイ、アセアンの自動車ビジネス新潮流を読む

【連載】半歩先読み、タイ自動車市場 ~タイ自動車ユーザの実態と展望~

第12回 タイの電気自動車(EV)市場の課題(後編)

タイのEV普及環境

本稿では、EV普及要因と阻害要因から、タイの普及環境を分析し、将来のEV普及を展望する。まずEVの普及要因からみよう。普及要因として挙げられるのは、「環境規制の強化による世界の自動車メーカーのxEVへのシフト」、「政府の補助金によるxEVと内燃機関との価格差の縮小」、「技術革新による受電地コストの下落と航続距離の延長」であるとすると、最初の2つの要因は、タイでは余り影響をもたらしていない。

タイのCo2規制は先進国と比べると緩やかであり、欧米、中国のようにCo2排出総量規制(CAFÉ)の導入の予定もなく、当面は既存の内燃機関の改善で十分に対応できる。
また、EVに対する税制優遇税率は、一般の乗用車と比べると2割程度であり、EVと一般乗用車との価格差に対して十分ではない。更に、政府は財政事情や金持ち優遇という批判も受けかねないために、EV購入に対する直接の補助金支給には消極的である。なお、「EVの技術革新」は、中長期的には最も効いてくる普及要因であるが、自動車技術開発を先導する地位にないタイとしては直接コントロールできない。

次にEV市場の阻害要因をみる。阻害要因として挙げられるのは、「一回の充電による航続距離の不足」、 「ユーザーの燃料(電気)きれ、充電環境への不安」、「充電池の性能劣化による中古車価格の下落」である。タイのユーザーの平均移動距離は年間2,000kmと長く、充電インフラがしっかり地方まで普及しない限り、EVの使用には慎重であるとの見方が多い。
また、タイ人は自動車を大事な資産として扱っており、中古車としての値打ちを重視する。タイでHEVが普及しないのも、ハイブリッドの中古車価格の方が一般の車より中古車価格の落ち方が大きいからである。

以上のように、強力な普及要因が存在せず、まだ阻害要因が強いことを鑑みると、タイでのEVの普及はまだ時期尚早と言えるかもしれない。来年から超小型EVを現地生産を予定している日系ベンチャーのFOMMのようにあえてチャンレンジする企業はあるが、普及する土壌が整わないと、大手自動車メーカーの本格的なEV生産は先延ばしになるだろう。

タイでの長期的なEV普及の課題と展望

長期的なタイでのEV普及には、充電池等の技術革新が進み、EVの航続距離が改善され、タイの市場環境に合った製品が出ることが前提となる。当面は内燃機関との価格や航続距離との差は残ることが予想されることから、電池交換サービスやカーシェアサービス等の新しいビジネスモデルを確立し、都市部を中心に新しい車の使われ方を定着させていくことが不可欠となる。また、リゾート・観光地では、エコツーリズムのツールとして新しい価値を見出される可能性がある。その一方で、タイの農村地方ではピックアップ市場が中心であり、荷物の積載能力や長距離移動能力が必要なピックアップとEVとの相性が悪いことから、EVの普及は限定的になるだろう。(完)


執筆者:野村総合研究所タイ
マネージング・ダイレクター
岡崎啓一


シニアコンサルタント
山本 肇


《業務内容》 経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
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