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インドにおける債権回収の基本

 人口13億人を擁する巨大マーケットであるインド。2019年の今年、インドはGDPで旧宗主国のイギリスを抜き、世界5位に躍進し、さらに25年までには日本を抜き世界3位の経済大国になる1とも予測されています。そのような中、タイやシンガポールをベースにしながらインド企業との取引を開始する、あるいはインドの拠点を設けることを検討している中堅日系企業が増えています。

 しかし、そのような企業が直面するのが、アセアンでのやり方が通用しないという現実です。特に一様に聞かれるのが、売掛債権の回収が難しいという声です。

 そこで、本稿では、困難な債権回収を容易にするための方策や法的手段について言及することにします。

1.債権回収が困難な背景
 インド人、インド企業は、何かと理由をつけて、弁済を遅らせようとします。契約通り弁済期までに請求金額を支払うのが当然という日本に比べると、インドにはそのような社会文化がないのではとすら思うことがあります。これには、インドでの定期預金金利は約8%と高く、支払いを渋り手元資金を運用するほうが合理的だという背景もあるようです。

2.契約交渉
 取引実績もない中小インド企業と取引を開始するなら、まずは前払い、少なくとも5割程度の前払いを強気で交渉することが重要です。そして、支払い遅延があった場合の遅延利息は最低でも10%以上にするのが一般的です。また、インドの裁判は事案解決までに長期の時間を要するのが一般的なので、紛争解決はインド裁判所による裁判を回避し、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)などでの仲裁にするよう強く交渉することが望まれます。

 もっとも、大手企業や官公庁・病院等の大施設との取引では、相手方に標準契約条項があり、一切交渉の余地がない、すなわちその条件で取引するか取引をあきらめるかの2択しかないケースも多いのが実情です。

3.督促状(Legal Demand)の送付
 契約通りに代金が支払われない場合、電話・メール・訪問による督促をすることになりますが、返事がない・居留守をつかわれる・「すぐに振り込む」と言われたきり反応がなく、時間だけが過ぎていくというパターンが良くみられます。そこで検討すべき手段が、Legal Demand(LD)の送付です。 LDは、法律事務所等から発行するフォーマルな督促状です。

 日本の感覚からすると、法律事務所から督促状を送り付けたら、二度と取引をしてもらえないのではないか、信頼関係が破壊されるのではないか、と考えて躊躇するところですが、インドではLDを送付したり、送付されることが比較的よくみられることから、早い段階で考慮に入れてよい選択肢です。

 私も企業内弁護士時代には、インド人スタッフからLDを発行したいといわれると、法律事務所を使うのは時期尚早ではないか、もう少し交渉で回収できないものかと思ったものですが、インドではLDを送られてから初めて真剣に対応してくれる、むしろLDを送付してからが本当の債権回収とさえいえるという現実があります。インドの法律事務所では、10万円程度からLDを発行することができるので、早い段階での利用を検討することをお勧めします。

4.簡易裁判 (Summary Suit)
 インドはアメリカにも匹敵する訴訟社会です。訴え、そして、訴えられるのは日常的なことなので、LDに反応がない場合は直ちに訴訟の提起を検討してよいところです。

 インドの裁判手続きは時間がかかると上述しましたが、インド民事訴訟法規則37(Order XXXVII of the Code of Civil Procedure)で規定する簡易訴訟制度があり、迅速な解決も可能となります。この簡易裁判制度は、1)契約書等の存在、2)債権額が特定されている、等の条件があるものの、相手方(被告)に有効な抗弁がなければ、実務上3ヵ月程度で解決が期待できます。

 もっとも、被告が有効な抗弁を提出した場合、簡易訴訟から通常訴訟(Ordinary Suit)に移行する可能性が高く、通常訴訟に移行した場合は2年程度かかると考えておく必要があります。

 気にかかるコストは、請求金額や事案の複雑さによるところですが、法律事務所にて70万円から300万円程度の上限(キャップ)を設けて対応してもらうことも可能です。さらに、インドの民事訴訟法では、敗訴者費用負担主義を採用しており、費用の中に法律事務所に支払うフィーも含めうることも知っておいてよい点です。

5.倒産法
 2016 年に成立し施行されたインド倒産法(2016 Insolvency and Bankruptcy Act) は、従来平均4年以上かかるといわれた倒産処理を迅速にすることを目的としており、あらかじめ登録された倒産処理の専門家(Insolvency Professional) が手続きをリードすることにより、倒産処理開始決定から終結まで原則として180日間で解決できる点に大きなメリットがあります。個別取り立てが通常訴訟手続きにかかり遅延する可能性が高い場合や、明らかに弁済能力がなく一部でよいから早期に回収したい場合には、検討に値します。

 もっとも、無担保債権者への配当優先順位は高くないこと、一般の取引債権者は債権者集会に参加できないこと等の限界もあります。

6.まとめ
 以上のように、契約交渉の重要性、督促状の活用、簡易訴訟の利用、倒産制度利用の検討を通じて、インドにおける債権回収を可能にしていきたいところです。

1 https://www.livemint.com/news/india/india-to-overtake-jpan-to-become-3rd-largest-economy-in-2025-1562937733376.html


志村公義
One Asia Lawyers 南アジアプラクティス代表(インドの提携事務所Acumen Juris法律事務所に出向中)。

2001年弁護士登録。外資系法律事務所において外資系企業への日本投資案件の法的助言を行う。その後、日系一部上場企業のアジア太平洋General Counsel、医療機器メーカーのグローバル本部(シンガポール)での法務部長等、企業内法務に約10年間従事した経験を踏まえて、ASEAN及び南アジアにおける日系企業のコンプライアンス体制構築、内部通報の導入支援、コンプライアンス監査、研修、不正対応等の対応を行う。現在はインドに常駐し、インドをはじめとしたバングラデシュ、ネパール、スリランカ、パキスタン等の南アジアの法務案件の対応を行う。

 

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