サシン経営大学院日本センター 藤岡資正所長が聞く対談

第3回 信頼関係構築と財務業績の二兎を追う経営

前回に引き続き、資生堂で執行役員及び同社アジアパシフィック社の創業時からCEOを長年務められたジャン・フィリップ・シャリエ氏との対談を振り返りながら、経営者の仕事について考えてみます。

撮影:石田直之

撮影:石田直之

シャリエ氏がシンガポールの資生堂アジアパシフィック社のトップに着任した2014年は、資生堂にとって非常に大きな出来事があった年です。それは、日本コカ・コーラ社出身の魚谷雅彦氏が社長に就任したことです。役員経験のない外部出身者が社長に就くのは創業以来初めてでした。

当時、東京をベースに仕事をしていたシャリエ氏は東南アジアへの事業展開に対する情熱を持ち続けており、大谷社長(当時)に「資生堂がグローバルカンパニーを目指すのであればアジアに本腰を入れなくてはならない」と進言したそうです。

ちょうど資生堂グループ全体での長期計画の策定に取り掛かり、全社戦略の大幅な見直しを行うタイミングであったこともあり、資生堂としては全く新しい組織形態であった資生堂アジアパシフィック社をシンガポールに設立しました。

シャリエ氏はその時の経験から、重要な点として次の二点を挙げました。

第一に、何よりもまず自社のことを「適切に」理解することです。シャリエ氏はトップ就任後に全グループ会社を訪問し、それぞれの組織や現地市場について理解を深めたと言います。今が資生堂にとって変革の時であること、今変わらなくてはグローバルな競争では生き残っていくことはできないということを、すべての幹部・スタッフに時間を掛けて自らがじっくりと説明をし、協力を得られるように説得をしていったそうです。

このように、海外事業においては制度や技術を移転・移植するだけではなく、理念や事業目的の共有化などを通じて、価値観や考え方も徐々にシンクロナイズさせていく必要があります。

第二に「戦略の軸はぶれてはいけない」ということを挙げています。少し事業が上手くいかなくなると、隣の芝が青く見えるのか、安易に他の事業に手を出したり、すぐに他のことに取り組んでみたりということでは駄目なのです。

これは柔軟性を持たないということではなく、何をして何をしないのかを明確にする、つまり戦略の本質を考え抜くことなのです。

 

本社主導で「物事を右から左へ」と極端に変えようとしても、多様性に富むアジアではそう簡単には動きません。シャリエ氏は、最低でも5年くらいのスパンで戦略を実行に移していくことが望ましいと考えたようです。

しかし、ここで大切なことは「財務業績も5年後で良いかというとそうではありません。変革には5年掛かりますが、同時に単年の数値目標も達成していくことが求められるのです。厳しいようですが、単年の数値目標を達成することなく、言い訳をすることは許されません」(3月号より)とシャリエ氏は述べています。

全てのグループ会社の幹部やスタッフとの「信頼関係の構築」が最も重要であることを認識し、ビジョンやミッションそして戦略的方向性の共有に関しては根気強く相応の時間を掛けて取り組む。その一方で、経営者として最低限の仕事である財務的業績の達成についての「言い訳は、決してしない」という一貫した態度が印象的でした。

そのためには中期経営計画などの場において、単なる数字合わせではなく、自らがコミットする指標と関連する要因を徹底的に考え抜くことが大切になります。経営トップの姿勢は必ず現地の従業員や本社のスタッフは感じ取っているものなのです。


藤岡 資正
サシン経営大学院日本センター所長
藤岡 資正 氏
Dr. Takamasa Fujioka

英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。


対談は19年10月から20年3月末までの間に、バンコク及び東京にて相手先のオフィスで行われたものです。本来であれば20年末にかけて多くの方々と対談を予定していましたが、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を跨ぐ移動が制限されてしまいました。東京においても非常事態宣言が発令されるなど対面での取材は難しいと判断したことから、予定をしていた方々との対談を一時中断しています。

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