サシン経営大学院日本センター 藤岡資正所長が聞く対談

第5回 「ホンモノ」の美の多元性とブランディング

今回は電通タイランドのナロン・トレスチョンCEOとの対話を振り返ります。欧米系広告代理店での経験も豊富なナロンCEOの言葉からホンモノの美について考察します。

撮影:石田直之

「美とは何か?」という問いに答えることは容易ではありません。

しかし、美しさとは、外見のような表面的なものだけでなく、かつて詩人のハリール・ジブラーンが「美は顔(表面)ではなく、心の中の光である(beauty is a light in the heart)」と述べたように、性格や心のあり方といった内面やその人の生き様といったストーリーを含む広範な概念であることには異論がないでしょう。

人は美しい景色に魅せられますし、建築物や家具の配置など、自然やモノに対しても美的経験を持つことができます。その背後にあるストーリーを知れば美しいものの醜さに気が付き、ホンモノの美しさを感じることができるようにもなります。

電通タイランドCEOのナロン氏はauthentic beautyという言葉を用いて、「ホンモノ」の美しさについて次のように語ってくれました。

「ただbeautyと言えば、表面的な感じがするのに対して、authentic beautyと言うとより多くの次元を含みますよね。このホンモノが意味するところは文化グループ、年代によっても受け取り方が異なります。例えば、ルイ・ヴィトンとシュプリーム。

両者とも独自のホンモノを追求しており、それぞれ独自のサブカルチャーを作り出しています。アメリカのオバマ元大統領の夫人はH&Mを、トランプ前大統領夫人は高級ブランドを着ていましたが、それぞれお似合いでした。こうした美の多次元性が多くのサブカルチャーを生み出すことになります」

いつの時代にも美を定義することは難しいことですが、商品やサービスとの関わりで言えば、それを買う人の「モノの見方」や「価値観」、そして個人の経験によって、それぞれの美しさがあり、それぞれに異なるアプローチが求められるのです。

この点について、ナロン氏は以下のように話しました。

「自動車メーカーには多くの車種があり、各々にブランドイメージがあります。私たちが広告を作成する時、それぞれがbeautyであり、ホンモノでなくてはなりません。各ブランドの解釈は、ターゲットによって異なるポジショニングに反映されます。

しかし、美の定義は消費者がどのように対象を見ているか、感じているのか、によってさまざまです。とても広く、重要な概念ですから、定義をすることは難しいのです。そのため、一見すると経営とは関係のないようですが、先生の言うように常に美とは何か?ということを問うことが経営においても重要となるのです」

本号では、対話を中心に「ホンモノ」という言葉の意味を経営という文脈で考えてみましたが、ナロン氏が述べた点は現象学で言うところの「括弧づけ」で美を定義したうえで、議論を進めていくということになります。

現代の社会では、生身の人間のみならず、ファッションという非人間のエンティティそのものがアクター(行為者)として大きな役割を果たすようになっています。

こうした中、特に新興国のビジネスでは、哲学、社会学、現象学といった幅広い知の作法を身に付けておくことで、様々な概念を相手の文脈で学ぼうという姿勢が生まれ、ビジネスパーソンが「適切」な問いを立てる際に有益なものとなるでしょう。


藤岡 資正
サシン経営大学院日本センター所長
藤岡 資正 氏
Dr. Takamasa Fujioka

英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。


対談は19年10月から20年3月末までの間に、バンコク及び東京にて相手先のオフィスで行われたものです。本来であれば20年末にかけて多くの方々と対談を予定していましたが、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を跨ぐ移動が制限されてしまいました。東京においても非常事態宣言が発令されるなど対面での取材は難しいと判断したことから、予定をしていた方々との対談を一時中断しています。

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