特集 2017.02月号

経済発展の礎と未来 タイ財閥

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多くの日系企業と提携する小売大手 セントラルグループ

セントラルグループは中国海南島出身のティアン・チラチバット氏が1947年に開業したGMS(ジェネラル・マーチャンダイジング・ストア)を起源とし、57年に息子のサムリット氏がセントラルデパートの1号店を開業。以来、ショッピングモール、スーパーマーケット、コンビニエンスストアなど小売業態を基幹事業に、ホテル、外食、不動産事業も展開している。
また、住友商事との合弁によるテレビ通販会社をはじめ、ファミリーマート、大戸屋、ミスタードーナツ、ビアードパパなど日系を含む多くの企業と提携するなど、国内小売市場で大きな存在感を示している。

タイ発祥のエナジードリンク創業者 レッドブル

創業者である中華系タイ人のチャリオ・ユーウィッタヤ氏は、1960年代にタイハーブを利用した痛み止め薬を製造販売する、TCファーマシューティカルを設立。76年にレッドブルの前身となる栄養ドリンクを開発し、タイ語で赤い牛という意味の「グラティン・デーン」という名前で発売する。
84年にオーストリアの実業家であるディートリッヒ・マテシッツ氏と出会うと、味の改良を重ね、87年に「レッドブル」を発売。欧州を中心に爆発的なヒットを生み、同種飲料で世界最大のシェアを誇るまでに成長した。レッドブルで資産を得た一族は、タイにおける病院経営やフェラーリ販売事業なども行っている。

タイ初の客家系華僑銀行 カシコン銀行(ラムサム・グループ)

現最高経営責任者・社長(CEO)であるバントゥーン・ラムサム氏の祖父、チョート・ラムサム氏が1945年にタイ初の客家系銀行として設立したタイ農民銀行を起源とするが、グループの創始者はチョート氏の祖父にあたるウン・ラムサム氏で、チーク材の取引や精米事業で財を成す。
設立時の登録資本金500万バーツ、従業員数はわずか21名だったカシコン銀行は、2016年9月時点での登録資本金が305億バーツ、タイ国内の支店数は1100店舗以上と大成長を遂げた。国外16ヵ所に拠点を設けているほか、日本の地銀とも多く業務提携している。銀行事業以外にも保険、IT事業を展開している。

東京三菱UFJ銀行が統合 アユタヤ銀行(クルンシィ)グループ

創業者は中国出身のチュアン・ラタナラク氏。新天地を求める両親と6歳の時にバンコクに移住、20代で海上輸送会社を設立したチュアン氏は、華僑集団が結成したアユタヤ銀行(クルンシィ)の株式一部を1958年に、61年には株式の過半数を取得して経営権を握った。
2013年、三菱東京UFJ銀行が株式の過半を取得して連結対象子会社とし、15年にはアユタヤ銀行(クルンシィ)と三菱東京UFJ銀行バンコック支店が統合している。また、銀行事業以外では67年に政府からセメント生産ライセンスを得て、民間で初となるサイアム・ シティ・セメントを設立。同年にはテレビ放送ライセンスを取得し、BBTVを設立している。

ブンロート・ブリュワリーを基幹とする シンハーグループ

創業者のプラヤ・ビロンバグディ氏は自動車販売や海運事業などを経て、1934年にブンロート・ブリュワリーを設立すると、タイで初となる国産ビール「シンハー」を生み出した。唯一の国産メーカーとして国内シェアの60%を獲得していたが、90年初頭にタイ・ビバレッジがビール業界に参入、低価格な「チャーン」にトップシェアを奪われる。この巻き返しに投入した、同じく低価格帯の「リオ」ブランドがヒットし、主力商品となる。近年ではリオとチャーンが国内市場シェアの80%程度を占め、二分している。2002年からはアサヒホールディングスと提携し、スーパードライの現地生産を開始。近年では不動産、物流、アパレル、メディアなど事業を多角化している。

兄妹2人がタイの首相となった タクシングループ

タクシン・シナワトラ氏のタイにおけるルーツは、1860年代に広東省からチェンマイに移り住んだ曽祖父に始まり、祖父は養蚕、建設、不動産などの事業を手がけて財を成し、父はチェンマイで政治家として活躍した。タクシン氏は警察官僚として仕事をする傍ら、シルク販売や不動産事業などを展開。警察局にコンピューターを貸し出す事業がきっかけとなり、1987年に通信事業会社シン・コーポレーション(2006年にインタッチホールディングスに社名変更)を設立。
86年には携帯電話事業のライセンスを取得し、アドバンスト・インフォ・サービス(AIS)を設立した。94年に政界入りすると、2001年には第31代の首相の座につく。妹のインラック氏は第36代首相を務めた。06年、タクシン一族はシン・コーポレーションの持ち株49%をシンガポールの政府系投資会社に売却している。

政府出資で財政基盤を固めた バンコク銀行グループ

創業者のチン・ソーポンパーニット氏は生まれが貧しく、幼い頃に中国の親類に預けられて育つ。父親の破産を機にタイへ戻ると、材木などの販売事業を経て亜洲貿易を設立。1944年のバンコク銀行設立時に役員として参画する。初代頭取が不動産投機に失敗し引責辞任、後任に就くと、軍や警察関係者を会長職に据える引き換えに政府からの出資を仰ぎ、一時は政府保有比率が60%を超えるほどに膨らむ。
しかし、これが銀行としての信用度を上げ、預金拡大、貸出資産の積み上げにつながり成長した。現在は孫にあたるチャートシリ氏が頭取を務め、不動産、ホテル、病院などを経営。傘下の保険会社バンコク・ライフには97年に日本生命が出資しており、現在株式の25%を所有している。

日産自動車の輸入販売から始まった サイアム・モーターグループ

鉄屑業を営む父親を手伝いながらビジネスを学んだ中国福建省出身の創業者ターウォン・ポーンプラパー氏は、1940年代に日産自動車の輸入販売を始め(後に日産にとって海外初の販売店となる)、52年にサイアム・モーターを設立。62年にはサイアム&ニッサン・モーターを設立、バンコクで日産車の組立工場を操業する。64年にはヤマハ二輪車の製造を開始し、2006年にはホンダのディーラー事業も展開している。
さまざまな自動車部品メーカーと多くの提携事業を行っているほか、コマツ建機、日立ビルシステム、ダイキンエアコン、ヤマハ音楽教室といった日系企業と提携しているのも特徴。最近はゴルフ場やホテル事業といった、製造関連以外の事業も積極的に展開している。

消費財最大のコングロマリット サハグループ

ティアム・チョクワタナ氏が1942年に始めた中国からの輸入雑貨店を起源とし、食品、日用品、アパレルといった消費財の分野で事業を拡大、即席麺「ママー」など、国民的ブランドを生み出した。日系企業との関わりが多く、67年にライオン、70年にワコールと提携、現在もタイ市場向けに製品を販売している。
このほかにもローソンやツルハドラッグ、エリエール、セコム、旭化成、グンゼ、UCCなどの企業と提携している。77年にはティアム氏の次男であるブンヤシット氏が、持株会社で不動産賃貸・工業団地開発を行うサハ・パタナ・インターホールディングを設立。2014年にはシラチャーにショッピングモールのJパークをオープン。物流やサービス業界にも参入している。

王族系財閥 サイアム・セメントグループ

1913年にラマ6世の命を受けて、完全なタイ資本のもと設立されたタイ最古のメーカー。国王の私財とデンマークからの技術・経営ノウハウが合わさって設立され、デンマーク人社長のもと、事実上の国家独占事業としてセメントを中心とした建設関連資材事業を展開していった。
75年の株式上場時に持株会社へと移行したが、現在も「王室財産管理局」が筆頭株主となっている。70〜80年代にかけて製紙、パルプ事業をはじめ、自動車、機械、家電へと事業を多角化していった。日系企業では、クボタ、トヨタ、トッパン、レンゴー、積水化学などと提携している。アジア通貨危機の際には大きなダメージを被ったが、事業の再編、再構築で危機を乗り切り、現在、積極的な海外展開を行っている。

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