【野村総合研究所】タイ、アセアンの自動車ビジネス新潮流を読む

第36回 第二弾EV投資奨励策 早急な発表の背景

 BOI(タイ投資員会)は11月4日に新たなEV(電気自動車)投資奨励策を発表した。初代EV投資奨励策は2018年12月に申請が締め切られており、承認されたプロジェクトはまだほとんど生産を開始していない。例えばエコカー(小型乗用車)の投資奨励策では第一弾の締め切りが07年11月、第二弾の発表が13年8月と約6年の間隔があり、第一弾の生産が軌道に乗ってから新しい投資を承認できた。今回の異例とも言える追加投資奨励策には、いくつかの要因が挙げられる。

低調だった第一弾EV投資

第一弾の承認件数はハイブリッド車(HEV)も含めると26件、合計生産能力は566,000台/年以上に上る。うちEVは13件で最も多いが、実際に生産を開始したのは小型EVの日系FOMMなど2件に過ぎない。

タイ政府は今年3月、30年までにEVの生産シェア(HEV含む)を30%まで引き上げる目標を掲げたばかりであり、第二弾により新規参入を促進してEVの生産を加速化することを目論む。

中国からの投資の誘致

もう一つの有力要因として挙げられるのが、中国からの投資誘致である。中国では新エネルギー車(NEV)に対する振興策を受けて新興EVメーカーが多数台頭。また、Teslaやトヨタなど外資メーカーの現地生産開始により国内での競争激化が予想され、海外市場の開拓にも今後注力することが予想される。

タイでは既に上海汽車(MG)がPHEV生産に対してBOIの承認を受けている。第二弾では長城汽車など第一弾に間に合わなかった中国企業から投資を呼び込む。

現に中国からの投資は、20年1月~9月のBOI承認ベースで前年比11%増の515億バーツに達し、新型コロナウイルス(COVID-19)拡大以降も勢いを失っていない。一方、日本の投資は23%減の476億バーツに留まった。第二弾の発表は全般的に投資が伸び悩む中で、中国への依存を一層深めていることが背景にあると言える。

主要部品の現地化を図る

第二弾は8年間の法人税免除を受けるために50億バーツ以上の投資が必要であり、第一弾に比べるとハードルは高い。第一弾で50億バーツを超えたのはトヨタ、ホンダ、日産等のHEV関連投資のみであり、FOMMのEV投資は10億バーツ、ベンツやBMW等のPHEV投資は10億バーツを下回る。

ただし、50億バーツ未満でもR&Dや部品への追加的な投資を行えば、3年越しに免税期間を延長できる。工業省幹部によれば、第二弾でハードルを引き上げたのは単なるEVないしバッテリーの組立から主要部品の現地生産を後押ししたいことが背景にある。

第一弾でもバッテリーを国内で生産すれば、EVなら物品税を2%に、HEV・PHEVであれば20%から10%に引き下げる追加的な優遇措置を受けることできる。しかし、実際はバッテリーのパッキングが中心であり、EV関連の素材や部品の現地化は進んでいない。

今後、域内でもEV車誘致競争が熱を帯びる見通しの中、タイに主要部品の生産をいち早く誘致してEVのハブ化をより確固たるものにする戦略が透けて見える。

 

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