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コロナと戦う旅行業界-H.I.S. TOURS CO., LTD.

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コロナと戦う旅行業界-H.I.S. TOURS CO., LTD. H.I.S. TOURS CO., LTD. 津田 周和 Managing Director

コロナ禍で日タイ双方の旅行者の往来が止まり、HISはタイで学研教室やカフェの運営、子供服・ベビー服や衛生家電製品の販売など、新たな事業を次々と展開。どのような思いでコロナ禍の事業運営にあたり、政府が入国規制緩和に動き出す中、コロナ後をどう見ているのかを聞いた。

コロナ前

順調に拡大していた世界の観光業
旅行会社の既存ビジネスに限界も

2019年、タイ人の訪日が130万人を突破し、訪タイする日本人も180万人といずれも過去最高を記録しました。旅行業界としては非常に順調に推移していたのですが、私どもは旅行会社として危機感を持っていました。

旅行客は順調に増えているけれど、大手旅行サイトなどのOTA(オンライントラベルエージェンシー)が台頭して、航空券もホテルも全てインターネットで予約できるようになりました。私共の既存型ビジネスは、そういった予約サイトに取って代わられて伸び悩んでいました。

OTAのスタッフの多くはデジタル系の人材(スタッフ)です。そのうえで、旅行商品を生業にしています。私共の場合は、旅のプロとしてスタッフ一人一人の経験知識を基にサービスを提供してきましたが、そういったサービスがお客様から求められない時代になってきました。

歴史をさかのぼると、日本人の海外渡航が自由化(持ち出し外貨の規制緩和)されたのが、東京オリンピックが開かれた1964年です。その後、団体旅行主体の時期を経て徐々に個人旅行が広がっていきました。何十年も時間を掛けて成熟してきました。

以前は、旅先の情報を得ようとすれば旅行会社に行くしか方法がありませんでした。「地球の歩き方」や「ロンリープラネット」などのガイドブックを片手に、旅行に行く時代がありました。

しかし、タイでは2013年に日本への短期滞在のビザ免除が始まると同時期に、スマートフォンが普及しました。タイに限らず東南アジアの方は、すぐにスマートフォンを使い熟して海外旅行をするようになりました。スタイルがまったく違うのです。

今はSNSを使い熟して情報を集めているので、旅行会社に頼る必要がありません。富士山・桜・五重塔が一緒に写る有名なスポット(山梨県・新倉山浅間公園)の写真がありますが、これもSNSで拡散されて注目が集まりました。

デジタル化で旅行会社の役割に変化

バンコクもどんどん便利になって、スワンナプーム空港までエアポートリンクが繋がっています。ドンムアン空港にもレッドラインが通りました。

これまでなら異国の空港に着いてどうやってタクシーに乗ればいいのか不安 を持たれる方もいましたが、今では電車に乗ったり、ウーバーやグラブのようなシェアリングエコノミーのアプリケーションを使えば言葉の壁もなく中心部、行きたい場所へアクセスできるようになりました。旅行会社の活躍の場が狭まっています。

個人で言葉の壁を気にすることがなく海外旅行ができる環境がある今、旅行会社へお願いする価値を出していくことが求められています。旅行会社のパッケージツアーも、旅行手段として安いから利用されているだけであって、旅行会社は別に必要とされていないかもしれません。今後に向けて自分たちのビジネスをもう一度見つめ直さないといけないと思っていました。

その中で、新型コロナウイルスのパンデミックが発生しました。

コロナ禍

タイ入国禁止で旅行事業はほぼ停止
教育や物販など新規事業に次々挑戦

国内での新型コロナウイルス感染拡大を受けて、タイ政府が3月26日に非常事態宣言を発令し、外国人の入国を禁止しました。民間航空機が全く飛ばなくなったあの瞬間から、タイとしては一切のビジネスがなくなりました。日本からのお客様はタイに来られないため予約がすべてキャンセルされ、ソンクラーンを目前にしてタイのお客様も海外旅行を取り止めました。

これは大変なことになったと思いましたが、最初はまだ数ヵ月で収まると考えていました。しかし5月頃には「このままでは仕事がない」「何か考えないといけない」と新規事業を検討し始めました。

HISの新規事業展開

HISには創業以来のベンチャースピリットがあります。それぞれの新規事業は、ほぼ即断即決に近かったです。

学研に関しては現在、タイでの教室の運営も弊社で行っており、研修を受けた弊社の担当スタッフがインストラクターとして活躍しています。

お話をいただいた時に、直感的に教育事業は弊社の企業理念にも通ずる素晴らしいものだと思いました。

教育と旅行は繋がっているところがあります。修学旅行というものがあるように、見知らぬ土地を訪れたりして見識を広めることは教育の一環でもあります。

また、HISは自分たちで何か製品を作っているわけではありません。人がサービスを提供するビジネスです。旅行会社で働く人は、お客様の笑顔を見て喜んだり、基本的に人が大好きで、人そのものが我々の財産です。その点は教育も同じではないでしょうか。

タイでは海外旅行を楽しむ層と教育に力を入れている層は重なるのではないかなど、考えてみると共通点が多くある上、人のためにもなるビジネスだと思いました。そのため、全く違うビジネスを手掛けるという感覚はありませんでした。

在住日本人との接点として活用

アイリスオーヤマ in HIS

家電製品の販売も、アイリスオーヤマ様のタイ進出(20年11月本格稼働)と私共がビジネスを失った時期が重なりました。

私共は旅行商品という売り物がなくなったため、お互いに相互補完することでwin‐winの関係になることができます。

実際、タイ在住日本人の方とのリアルな接点を持てる場所というのは、レストランなどを除いて意外に多くありません。例えば、日本人の方がタイのホームセンターや電化製品店でアイリスオーヤマ様の商品を探すのは難しいですし、店側としても日本人を主なターゲットとしているわけではありません。

その中で、私どもの店舗はアソークやプロンポンなど日本人のお客様に来店していただける立地にあります。

西松屋 in HIS

西松屋様のベビー服・子ども服なども発想的には同じです。西松屋様の商品に関しては自分たちで輸入業務も行っています。これまで人を動かしていたのを、今度は物も動かすことになりました。旅行を通じて日タイを繋ぐ架け橋となってきましたので、こちらも共通するものだと感じています。

タイランドエリート正規販売店

タイランドエリートプログラムの日本の正規販売代理店はHISを含めて2社しかありません。世界を見渡しても20社ほどしかありません。正規代理店になることで、お客様との直接の接点が生まれ、ビザ取得後に航空券やホテルを手配する受け皿になることは旅行会社としての本業です。

日本に拠点を持っていて今後の移住先としてタイを選ばれる方が多いですが、既にタイに居住されており、ビザステータスの変更で入会される方もいらっしゃいます。最近では、日本人にとって人気の移住先であったマレーシアが、長期滞在ビザの取得要件が厳しくなるということで、タイへの移住を検討されている方もいらっしゃいます。

タイランドエリートとは?

会員権を取得することで、タイに5年以上滞在できる特別なメンバーシップ。取得時に年齢や最低預金残高の要件はなく、タイランドエリート会員権の購入のみで5年から20年の長期滞在が可能になる。 詳しくは下記参照

タイランドエリートとは

今後の見通し

コロナ前水準の回復には数年必要
航空会社の機材の状況も要因に

現状は観光客として来ていただくお客様はほぼゼロに近い状態です。22年に入れば少しずつ観光客が戻り、お客様のご予約が入ってくるという見立てです。

そして乾季のハイシーズンも含めて、22年の年末までにコロナ前の40~50%、日本からタイに年間180万人、タイからは日本に年間130万人というようなコロナ前の状態に戻るには3~4年かかるだろうという想定のもと、ビジネスを考えています。

もちろん、入国規制がなくなればすぐにでも日本へ行きたいタイの方もいるでしょうし、人の気持ちとしてずっと我慢してきた反動が起こる可能性はあります。

しかしながら、現実問題として日本とタイの間を飛んでいたLCC(格安航空会社)がほとんどなくなってしまいました。コロナ前、タイと日本の間を1日数十便の航空機が飛び交っていましたが、今は1日数便です。

LCCは旅行客のすそ野拡大に間違いなく貢献していましたし、レガシーキャリアだけになればコロナ前のような価格には下がらないでしょう。

また、中国、韓国、台湾といった近隣諸国で日本観光に対する需要は引き続き非常に強いのですが、日本とタイのような距離になると難しいかもしれません。  タイと日本の間は飛行機で約6時間。飛行距離の問題で大型機しか飛ぶことができません。しかし、コロナ禍で需要が少ない長距離向けの大型機を売却している航空会社も多く、需要が戻った時に機材がすぐには追い付かない可能性があります。

さらに、もともと出張などのビジネス需要が世界の半分以上を占めていた中で、オンライン会議などのツールが浸透して、現地に出向いて話し合う機会は現実的に減るでしょう。現に出張経費の削減を打ち出している企業様もあります。需要は以前と比べて縮小するので、その点も航空券の価格に影響してきます。

景気の問題もありますが、お客様の中で海外旅行を楽しめる層が少なくなる可能性もあります。コロナ前は、オーバーツーリズムの状態で観光地には人が溢れていました。私の出身地の京都にも観光客が押し寄せていました。

それが、日本に8月に一時帰国した際に朝、清水寺を訪れると、以前はあれだけ混雑していた清水の舞台を私の家族だけで独占できました。世界中の人が写真を撮りに来ていた伏見稲荷大社の千本鳥居も、観光客がまったく映り込まない写真を撮ることができました。

思い返せば、私が小学生の頃の伏見稲荷大社には観光客の姿はほとんどなく、いつも閑散としていました。それが、ここ10年程で大勢の人が訪れるようになり、今回訪れた時には昔の静けさが戻ってきていました。タイで先日、出張でチェンライを訪れた際も、白亜の寺院として有名なワット・ロンクンを静かにゆっくり見ることができました。

静の観光とでも言うのでしょうか。どこを見ても人がいる状況とは満足感が異なります。

私共含めて観光に携わっている人はコロナ禍で大変な影響を受けていますが、住んでいる方にとっては、人間の心理として以前のような状態には戻って欲しくないという気持ちが一部あるのではないでしょうか。私も渋滞が頻発した当時と今のバンコクを比べると、バランスは大事だとも感じます。

コロナ前は多くの旅行会社やホテルが価格競争で疲弊していました。それが、コロナ禍でリセットされたことで、新たに持続可能な形で観光産業が再び盛り上がってきて欲しいと思います。

今後の戦略

変わる旅行会社の役割
着地型ビジネスに活路

OTA特有の煩雑さが面倒くさくなったり、インターネットに情報が溢れているため何を選んだらいいかわからなくなる方もいます。

私共には、価格だけではない旅行会社ならではの旅の提案、普段できない体験の商品化などが求められてきます。ホテルも航空券もオンラインで予約できるようになって、これまでのように送り出すだけではなく、〝着地型〟のビジネスにヒト・モノ・カネのかじ取りをしていきたいと思っています。

航空券やホテルはオンラインで予約したとしても、実際にタイや日本に着いてから何かアクションを起こす時、そこにはサービスが必ず生まれます。どこかへ案内してもらったり、アクティビティを楽しんだり、エンターテインメントが必要になります。

そこが、これからのビジネスでは重要になると思っています。私どもがコンテンツを提供する側に回って、イベント企画も含めて考えていきたいです。

例えば、私共ではコロナ前にチェンライのゴールデントライアングルでコムローイ(天燈上げ)のイベントを毎年開催していました。コムローイと言えば、チェンマイのイーペンが有名ですが、私たちは時期をずらしてオリジナルのコムローイを行っていました。

HISオリジナルのコムローイイベント(2019年)

これまでに4回行いましたが、回を重ねるにつれて規模も大きくなり、在タイ日本人の方や一部は日本からのお客様も含めて約300名に参加していただきました。

私たちがイベントを自ら仕掛けることで皆様に喜んでもらえれば、地域への貢献にも繋がります。将来的にはチェンライの観光当局や自治体なども巻き込んでもっと規模を拡大し、世界中の人たちに来ていただくようなイベントに育てていきたいという思いを持って取り組んでいました。

コロナ収束後にはぜひ再開したいですし、そういったイベントをもっと増やしていきたいと考えています。

HISオリジナルのコムローイイベント(2019年)

不便な地にこそ拠点を手厚く

タイのインバウンドに関していえば、私共は北部のチェンライ、チェンマイ、ピサヌロークに支店を出しています。その理由は、車でしか現地の観光地を回れないからです。

例えば、チェンライの空港からゴールデントライアングルに行くだけで一苦労です。そこから次の場所に移動したいとなればなおさらです。不便さはバンコクと比べ物になりません。これは日本人だけでなく、世界中から来る観光客にも当てはまります。

ウドンタニ、コンケーンでも支店を置いていますが、同地もハスの湖として有名なクンパワピーや陸路でのラオス入境など車の移動が伴い、効率よく回れません。そういう背景から、旅行会社として手厚くサービス拠点を持つことは大切だと思っています。

逆にコロナ禍でプーケット、パタヤの支店を先に閉めた理由は、ビーチリゾートということで海とホテルでの滞在が主となり、旅行会社がお手伝いできる余地はあまりないからです。

コロナ後に旅行需要が戻ってきたからといって、今やっている教育・物販事業はやめないと断言します。やると決めた以上は、事業として成り立つまでやり遂げます。

自分たちなりに納得してできるビジネスを選んでいますし、お付き合いしている企業様に対して、旅行需要が戻ったのでやめますというような失礼なことはしません。

アメリカの同時多発テロ事件などの際に欧米へのツアーなどの観光旅行が一時的に無くなるなどは経験してきましたが、このように世界中の動きが止まるという経験は航空機時代を迎えてからありませんでした。

この状況を経験した後に、旅行一本足のビジネスを続けるのは、会社や社員のことを考えると絶対にできません。コロナ禍があったからこそ出会い、新しくチャレンジしたビジネスも、この危機をチャンスに変えて成長させていくことが大事だと思います。

最後に、タイの観光ポテンシャルは世界でもトップクラスです。チェンマイ、チェンライなど北部の山岳地帯からプーケット、パタヤなどのビーチリゾート、バンコクのエネルギッシュな都市部、人を惹きつけるものがたくさんあります。

今すぐにでもタイに旅行に来たい方はたくさんいらっしゃるでしょう。日本人の方をはじめ各国のお客様にもサービスを楽しんでいただけるよう努力していきたいと思います。

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