中野陽介コラム

29 【音楽経済】「地下鉄通路で演奏するギターリスト」(アメリカ/ニューヨーク)

感動はいつも突然やってくる。

ニューヨークの地下鉄通路で友人がトイレから出てくるのを待っていたときのこと。なんとも美しいギターの音色が聞こえてきた。

音の鳴る方へ行ってみると、音色のイメージとは逆に、演奏者は体格の良いコワモテの黒人だった。

僕はなぜか立ちすくみ聞き入ってしまった。

僕たちの心の奥底には眠っている琴線がある。現実世界では理性を保つために、自発的に触れないようにしている。

簡単に触れられないように、その琴線にたどり着くまでにはいくつもの扉があって厳重にロックされている、はずだった。

でも彼の音色は、重なる扉の隙間をすり抜けて、僕の琴線に触れた。ジワーっと魂と視界が濡れた。

時間が止まったような、別次元に行ったような、そんな感覚に襲われた。

周りは足早に歩く通行人だらけで、僕の身体は一ミリも動いていないのに。

ふと視線をずらすと、「音楽の扉を開け。すべてはここにある(Open your world of music. It’s all here)」という彼の右上にある広告文字が、テレビに流れる歌詞のテロップのように眼に飛び込んできた。

友人の「おまたせー」という掛け声と共に僕は現実に帰ってきた。理解できない感動と共に、1ドルを彼のギターケースの中に入れた。

彼と僕は言葉を交わすことなく、アイコンタクトとジェスチャーだけでありがとうを伝え合った。

その後、僕は歌詞を書きはじめた。「Open your world of music. It’s all here〜♪」。

中野陽介

1987年福岡生まれ。19歳で渡米、Los Angeles City College卒業。23歳で岡本太郎著「今日の芸術」で芸術使命に目覚める。24歳で渡タイ、バンコクでサラリーマンと芸術家の2足のわらじ生活を3年間送る。28歳で1年間に22ヵ国を巡る世界一周旅を敢行。その後、路上ワークの研究を始め、現在、平日はサラリーマン、休日は路上ワーカーという生活を送っている。「路上ワークの幸福論」発売中。
yosukenakano.com


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