従業員の賃金からの控除

従業員の賃金からの控除

はじめに

従業員の賃金からどのようなものは控除して良いかは、あまり意識が払われていないことが多いと思われる。しかし、労働者保護法では、賃金から控除できるものについて限定して規定しおり、注意が必要である。そこで今回は、タイにおける賃金控除について紹介する。

 労働者保護法第76条1項は、会社が賃金から控除できる金銭を限定的に定めている。具体的には、従業員の所得税や社会保険料の支払い、労働組合規約に基づく労働組合費の支払いなどであるが、ここで定めているもの以外の賃金控除は法律上認められない。

 また、所得税や社会保険料の賃金控除は別として、賃金控除をするためには、原則として事前に従業員の署名付きの書面同意を得なければならない(労働者保護法第77条)。例えば、積立基金(プロピデントファンド)は、労働者保護法第76条1項(5)の「積立基金」に該当し、控除可能であるが、実際に控除を行う場合、事前に従業員の署名付きの書面同意を得なければならない。雇用時点で所得税や社会保険料以外の賃金控除が想定される場合には、その旨を雇用契約書に記載しておいた方がいいだろう。

 これらの賃金控除に関連しては、以下の2つの裁判例を紹介したい。1つは、賃金の控除は従業員本人に関するものでなければならないとの判断したもの、もう1つは、個人的な債務についての賃金控除は76条の範囲外と判断したものである。

 まず前者の裁判例は、雇用契約書上で、従業員の配偶者(この配偶者も、当該従業員と同じ会社で働いていた。)が、会社に対して不法行為を行った場合、当該従業員の賃金から(その配偶者が行った行為による損害を)控除する旨規定されていたが、従業員がこの控除は認められないとして裁判所に訴えた事例である。最高裁はこの契約書の規定について、第76条1項(4)に該当せず無効であると判断した。

 労働者保護法第76条1項(4)は、従業員本人の故意又は重過失により生じた会社の損害については賃金から控除できる旨定めている。最高裁としては、条文の規定どおり、「賃金控除は、従業員本人に関するものでなければならない」との判断を示したしたものと考えられる。

 後者の裁判例は、従業員が会社から個人的に車を借りており、レンタル料を支払うことになっていたところ、従業員側からレンタル料を賃金から控除してほしいと要請があったため、会社が従業員の書面同意なく賃金から控除したという事例である。最高裁は、本件を労働者保護法第76条における控除であるとは判断せず、それゆえ書面による同意も不要であると判断した。最高裁は、車のレンタル料の支払いは、労働に関連しない個人的な債務であると考え、「労働と無関係な債務について賃金控除することは、同法76条の関するところではない」と考えているものと思われる。

 これらの裁判例からは、最高裁が賃金の控除を強く制限的に考える一方で、労働に関連して生じる債務と他の債務とを明確に区別しようとする姿勢が伺える。あまり意識を払われにくい賃金控除であるが、会社としては、気軽に賃金から差し引けると思わず、賃金から控除ができる場合はかなり限定されているものだと理解しておくべきであろう。

TNY国際法律事務所
日本国弁護士  藤原 杯花

17年1月よりタイ、TNY国際法律事務所にて執務。TNY国際法律事務所は、日本人弁護士2名が共同代表を務める法律事務所であり、会社設立から規制調査、契約書のリーガルチェック、商標登録申請などのサービスを提供している。
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Contact: info@tny-legal.com

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