新たな視点で時代の動きを読み取る ASEAN経営戦略

欧米消費財企業の東南アジアでの勝ちパターン

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東南アジア諸国連合(ASEAN)における様々な業界の旬なトピックを、ドイツ発のコンサルティング会社ローランド・ベルガーが経営戦略的な観点から解説する。今回は東南アジアにおける欧米消費財企業の強さの秘訣に迫る。

東南アジアの食品・飲料といった消費財系市場は、歴史的に欧米企業が形成してきた。実際、ネスレやコカ・コーラ、ハイネケン、ユニリーバ等、多くの欧米消費財企業が今でも東南アジアで高いシェアを誇っている(図表1)。

ASEAN全体の各消費財カテゴリー別上位シェア企業(金額ベース、2019年)

日系企業が強いプレゼンスを持つ自動車市場とは対照的な構造だ。

欧米消費財企業は、なぜ東南アジアで成功を収めているのか。成功事例の一つであるハイネケンを取り上げて、その勝ちパターンを論じたい。

ハイネケンのベトナムでの成功

オランダ出自のハイネケンは、世界170ヵ国以上で展開する世界的なビールメーカーだ。そのハイネケンにとって最大の市場は実はメキシコであり、二番目もブラジルと中南米新興国に強い事業基盤を持つ。そして三番目の販売規模を誇る国がベトナムであり、ハイネケンにとって最も成長率の高い市場でもある。

ハイネケンのベトナムにおける主力商品は「ハイネケンビール」ではない。「タイガービール」という、1932年にハイネケンとシンガポールの食品企業フレーザーアンドニーブの合弁企業によって開発された老舗ローカルビールだ。

2012年頃からハイネケンはベトナムを重要投資国に定め、タイガービールのシェア拡大に注力し始めた。結果、ハイネケンのベトナムビール市場におけるシェアはどんどんと上がっていき、12年の22%から19年には34%にまで至っている(図表2)。

ベトナムビール市場シェア(販売量ベース)

その成功を実現させた要因は何か。それは「徹底したサプライチェーン合理化」と「巨額の広告宣伝・販促投資」の二つである。

徹底したサプライチェーン合理化

シンプルながらハイネケンのサプライチェーン政策は徹底している。

原料から缶に至るまで、バルク調達と長期契約を餌にサプライヤーに対して大幅なディスカウントを迫る。加えて生産スケジュールのボトルネックとなり得る調達品については、ハイネケン工場に近接した場所にサプライヤーの工場を持たせる徹底ぶりだ。これによってジャストインタイム納品が可能となる。

結果、柔軟な生産計画を実現させ、機会ロス・廃棄ロスを最小化させるのだ。このような生産合理化によって、ハイネケンはベトナムでの競合であるサベコ、ハベコと比べて原価率が20%も低いと言われている。

流通においても抜かりはない。販売店に対しては、独占的なエクスクルーシブ契約を原則とし、高い営業目標も課す。一方で、リベート条件は他ビールメーカーよりも魅力的。飴と鞭をうまく使い分けているというわけだ。

巨額の広告宣伝・販促投資

サプライチェーン合理化によって実現したコスト削減を原資に、ハイネケンは広告宣伝費、販促費を惜しみなく投下する。質・量ともにローカルビールメーカーとは桁違いのマーケティングを行う。

テレビCMはもちろん、サッカーイベントへの協賛や大規模なカウントダウンイベント、南国ベトナムで雪を降らせるというプロモーションなど、多面的な施策を展開。

このようなアピールが、経済性向上を背景に新たな刺激を求めるホーチミンの若年層に受けた。大音量が鳴るクラブで踊りながらタイガーのボトルを飲むというスタイルが一気に流行ったのだ。

そのトレンドを梃子に、オフトレード(家飲み等)での拡大も進む。店頭にはハイネケン専用の冷蔵ボックスが設置され、大々的なプロモーションが展開される。若者が仲間内で家飲みをする際にも、ハイネケンのタイガーが選ばれるようになったのだ。

日系消費財企業への示唆

サプライチェーンを限界まで合理化し、そこで生んだ資金を存分に投入して大々的にプロモーションをする。これがハイネケンの勝ちパターンだが、実は定石を徹底しただけとも言える。

しかし、この戦略が「言うは易し…」であることは東南アジアの日系消費財企業の方々は痛感されてきたことだろう。

サプライヤーやディストリビューターとの過去の取引経緯やパワーバランス、そして言語の壁もある中で大胆な交渉を持ちかけるのは容易ではない。また、自分達の本社との折衝も考えると使える資金やリソースにも限りがある。

だが、今は本社も巻き込んでなんとかその壁を乗り越えるべき時かもしれない。コロナ禍を経て、東南アジア消費者の購買行動も大きく変わった。

具体的にはEコマースやオンラインデリバリーのチャネル重要性が一気に高まってきた。このことは、欧米消費財企業が培ってきた強固なディストリビューション体制をディスラプト(破壊)し得る。

また、ソーシャルメディアに対する接触時間の上昇や信頼感の高まりは、店頭プロモーションの重要性にも変化をもたらすだろう。今こそゲームルールが変わるタイミングであり、日系消費財企業にとっては戦局を塗り替える好機ではないだろうか。

寄稿者プロフィール
  • 下村 健一 プロフィール写真
  • Roland Berger下村 健一

    一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現在は欧州最大の戦略系コンサルティングファームであるローランド・ベルガーのアジアジャパンデスク統括に在籍(バンコク在住)。ASEAN全域で、消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心に、グローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、企業再生等、幅広いテーマでの支援に従事している。

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