サシン経営大学院日本センター 藤岡資正所長が聞く対談

第4回 コロナ禍で求められる知の作法とは?

前回に引き続き、資生堂で執行役員及び同社アジアパシフィック社の創業時からCEOを長年務められたジャン・フィリップ・シャリエ氏との対談を振り返りながら、経営者の仕事について考えてみます。

藤岡 資正氏とジャン・フィリップ・シャリエ前社長

撮影:石田直之

シャリエ氏や多くの経営者との対話を通じて改めて感じたことは、「組織を率いるうえで、それまでの人生において自らが培ってきた一個人としての魅力や教養などの人間力が大切だ」ということです。

フランスであっても、日本であっても、タイであっても、人生としての根本的な目標はそれほど大きな違いがあるわけではありません。にも関わらず、タイ社会で仕事をしているとお互いにさまざまな不満が出てきます。

その理由の一つは、人生の目標に到達する手段の相違です。この事実を受け入れたうえで、物事を運んでいかなくてはならないのです。また、タイに限らずどの国にいても、私たちが生活をしていくうえでは、他の人から背かれたり、裏切られたりすることもあるものです。

しかし、経営者として現地従業員を責めたり、居酒屋で愚痴を言ったりしたところで現状は好転しません。私生活においても相手を恨んだりしても仕方がありません。残念ながら世の中には自分のことしか考えることのできない人たちがいるものです。

経営の鉄則の一つは、統制できることに集中するということです。つまり、相手を変えることができないのであれば、過ぎたことを悔やむのではなく、そこから何かを学ぶことが大事です。

唐の時代に、「自分が人に背かれたのなら、相手を敵視するのではなく、その原因を自らに求めて徳を磨く糧としなさい」というような格言があります。「たとえ相手に背かれても、自分は人を背くようなことはしない」という意味でも使われます。

特に、タイ社会では(バラミー)、感謝と恩義(ガタンユー・ルークン)、慈悲と思いやり(メーター・ガルナー)ということを非常に大切にします。

私の個人的な経験を通じても、タイ社会において優れたリーダーと呼ばれる人たちは非常に忍耐強く、あからさまな感情の表現はほとんどしませんし、どのような立場の人に対しても非常に丁寧に接し、相手の面子を保つような配慮をあらゆる場面で見ることができます。

あくまで個人的な感覚ですが、こうした傾向はシャリエ氏や他の経営者など異国の地で成果をあげてきた人たちに共通する資質のような気がします。

加えて優れた経営者に共通するのは、経営の結果を他者に転嫁しないという姿勢です。リーダーとは地位や特権ではなく責任です。コロナ禍において、さまざまな価値観が衝突し、正解のないなかで、人間社会と経済社会とを綜合していくのは容易なことではありませんが、その中で未来を切り拓いていくのがリーダーなのです。

単純な因果関係では解明できない、本質的に数量的な扱いに抵抗するような質や意味に関わる審・善・美が問われています。対象と主体の分離ではなく、主体と対象との関係によっていくつもの真理が存在する中で、対話を通じて「真理」を認識し表現するための知の作法が求められているのではないでしょうか。


藤岡 資正
サシン経営大学院日本センター所長
藤岡 資正 氏
Dr. Takamasa Fujioka

英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。


対談は19年10月から20年3月末までの間に、バンコク及び東京にて相手先のオフィスで行われたものです。本来であれば20年末にかけて多くの方々と対談を予定していましたが、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を跨ぐ移動が制限されてしまいました。東京においても非常事態宣言が発令されるなど対面での取材は難しいと判断したことから、予定をしていた方々との対談を一時中断しています。

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