サシン経営大学院日本センター 藤岡資正所長が聞く対談

第6回 ブランディングとストーリー 

前回に続き、電通タイランドのナロン・トレスチョンCEOとの対話を振り返ります。前回は「ホンモノ」の意味を「美と経営」という文脈で考え、人々がそれぞれの「美しさ」「カッコよさ」の尺度を持っていることを理解しました。今回はブランディングについて考えます。

撮影:石田直之

私たちが新興国で事業を展開する場合にも、現地の文脈を理解することは不可欠です。特に広告業、小売業を含むサービス業のように、現地の文化や生活スタイル、独特の価値観などの影響を大きく受ける場合は、この点が重要となります。以下では、ブランディングについてナロン氏との対談をもとに見ていきましょう。


ナロン氏

 消費財メーカーなどでは、消費者の嗜好に応じて様々な媒体を通じてブランドイメージをコミュニケーションしますが、その際にモデルの選定が大切になります。  ごく稀に、ブランドメッセージを外見だけで伝えようとすることもあります。しかし、見た目だけでは伝えられない美しさもあります。この場合、どのようにして消費者に伝えようとしますか?

藤岡

 難しいご質問ですね。まさに電通でのお仕事にも通じるところだと思います。やはり、美しさや可愛さは大切なのでしょうけど、ストーリーや背景のようなものが必要なのでしょうか?  見た目だけだと、いくらでも代わりがいそうです。以前、あるプロデューサーが個性やメッセージがあまり必要のない対象であれば、服や商品が映えさえすれば基本的には誰でも良いと言っていました。

ナロン氏

 そうですね。無名の方とそうでない方の場合ではアプローチが異なります。無名というのはどこかの事務所には所属しているけども、その辺りを歩いていても誰も気が付かない、あるいは認知をされていないという意味です。その場合は、あまりコストを掛けて選別しません。
しかし、先ほど背景という言葉が出てきましたが、背後のストーリーを持ったプレゼンターの起用はブランド戦略上とても重要になります。タイのトヨタがピックアップトラックの宣伝にボディースラムを起用した例を考えると、ストーリーの意味が理解できるのではないでしょうか?

藤岡

 有名なロックバンドですが、タイ国中を走りながら資金難に苦しむ病院へ多額の寄付を集めたりして、その姿はタイの人々の心を掴みました。そうした彼らの生活スタイルやこれまでの歴史性というところまで含めてトヨタの伝えたいメッセージとフィットしたのですね。

ナロン氏

 彼らはハンサムではないかもしれない。でも彼らを使うことで、『何か、伝えるもの。皆が感じ取ること』がある。これは、どんなに背が高くて格好の良いモデルでも、全く敵わない価値提供だと思います。


今回は、プレゼンターを例にブランディングについて考えてみましたが、これを企業の製品やサービスに置き換えることもできます。

つまり、品質・機能・コストのみでは競争優位性を持続させることは困難であり、企業と消費者や社会がさまざまな接点を通じて背後にあるストーリーや文脈を共有しながら、双方向で価値を創造するという価値共創が求められるのです。


藤岡 資正
サシン経営大学院日本センター所長
藤岡 資正 氏
Dr. Takamasa Fujioka

英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。


対談は19年10月から20年3月末までの間に、バンコク及び東京にて相手先のオフィスで行われたものです。本来であれば20年末にかけて多くの方々と対談を予定していましたが、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を跨ぐ移動が制限されてしまいました。東京においても非常事態宣言が発令されるなど対面での取材は難しいと判断したことから、予定をしていた方々との対談を一時中断しています。

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