ArayZオリジナル特集

「地域戦略」と「内なる国際化」が鍵 2015年タイ・GMS戦略のヒント

日本企業のリージョナル戦略

日本企業の間で「国際人材」とか、グローバルとローカルを指す「グローカル」という言葉が流行した時がありました。欧米のビジネススクールではもちろん、タイのビジネススクールでさえ、いまどき、グローバル人材を育てるとわざわざ謳っているところはありません。それほど、人材育成は、当然どこでもグローバルを前提に行われているのです。大切なのは、グローバルという言葉の意味を正しく理解することです。
日本からグローバル人材を育成するためのプログラムの依頼を受けることがあるのですが、「グローバル」とは何ですかと質問すると、実は、国際化の話であったり、英語化の話であったり、用語そのものの定義が曖昧なことが少なくありません。個人的には、企業経営にとって、大切な問いは、「グローバル化」か「ローカル化」かという二元論的な問いではなく、もう一つの軸として戦略との整合性が大切だと思っています。グローバル戦略を採用している企業が、現地適応を勧めながら経営を進めるマルチ・ドメスティック戦略を採用している企業の人事システムを取り入れても上手くいくはずがありません。
グローバルかローカルかという二元論を止揚するには、たとえば、アセアンやGMSのようなリージョン(地域)という視角が有用なのではないでしょうか。リージョン戦略とは、グローバルとローカルの間、つまり、セミ・グローバルな在り方を前提として、文化的・制度的・地理的・経済的な違いや多様性を尊重することからスタートするマネジメントの在り方です。
日本的な「高品質」「高性能」の製品は、新興国では、「過剰品質」「無駄機能」となってしまうことも少なくありません。
こうしたプロダクト・アウト型の市場開拓が通用しないことを日本企業は学習しましたが、〝iPhone〞が発売される前に、私たちがスマートフォンを欲しいと望んでいたわけではないのと同じように、顧客は常に何が欲しいかを事前に知っているわけではないということを理解しなければなりません。つまり、市場のニーズを探って、それを商品化するというマーケット・インでもなく、顧客と共に価値を生み出すというマーケット・ウィズという考え方が大切であり、新興国の顧客と価値を共創していくという意識を持たなけれ
ばなりません。モノの交換価値のみならず、それとともに提供されるソリューションを通し、顧客経験価値を共創するシステムを構築することが大切なのです。
日本の家電メーカーの苦戦の要因の一つとして、既存の価値軸の延長線上で〝モノづくり〞を追求してきたことが挙げられます。新興国の多くは共働きが一般的であり、購買力をつけてきた中間層にはメイドさんがいる事も多くあります。その場合、メイドさんが冷蔵庫の食べ物を盗まないように鍵がついた冷蔵庫が好まれ、タイでは家の中に油のにおいがつくことを嫌い、メイドさんに家の外のタイキッチンで調理をしてもらいます。もちろん熱帯地域では、エアコンには暖房機能も必要なく、常に雑踏の中で暮らしている彼らは、静粛性へのニーズは日本ほど高くありません。インドのGodrej社が販売する低所得者向けの冷蔵庫は、私たちの感覚からすると冷却機能は十分ではなく、クーラーボックスに近いものです。
しかし、道端で商売をする多くの商売人に支持され、価格を従来の半額に抑えたことで、人口のほとんどが冷蔵庫を利用していなかったインド市場においてヒット商品となったそうです。
日本企業は、足し算型の経営は得意なのですが、新興国でカギとなる引き算型のイノベーションが苦手なのかもしれません。

もうひとつの日本の知の創出拠点:北部タイを基点に

タイ+1の動きは加速しており、中国、インドとの連結点としてのGMSは特に大きな可能性を秘めていると思います。日本企業にとってこの地域を拠点とすることは、地政学的にもインパクトがあると考えられます。アセアンの横のラインが繋がれば、日本からベト
ナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマーを抜けてインド、さらにその先のアフリカまで繋がっていきます。
サシン日本センターはこれまで、バンコクを拠点に日本企業とタイ企業、タイ政府との連携を支援してきました。今後、日本企業のフィールドが北上するに応じて、バンコクを中心とする支援活動を維持しながら、国境ビジネスが増えていく、北部タイの活動体制を拡充していく予定です。たとえば、タイ国のGMS教育の戦略拠点として設置されたチェンライのメーファールアン大学(MFU)では、タイの大学庁の元事務次官を学長に据え、GMS諸国の高度人材の育成を目指した本格的なビジネススクールの立ち上げを計画しており、日本センターの設置を予定しています。
GMS内のリーダシップを発揮していくべきは、やはりタイだと思います。
日本とタイの関わりは既に支援する側とされる側ではなく、戦略的なパートナーです。日本では、そう思われていないかもしれませんが、私は、日本は企業人材も官僚も非常に優秀だと思っていますので、産官をもっとうまく結びつけながら、日本の強みをタイとのパートナシップを生かしながらGMSに向けていくことが大切だと思っています。パイを奪い合うのではなく、タイ、そしての周辺国とともに「パイ自体を共に大きくしていくこと」を目指さなければなりません。
繰り返しになりますが、日本企業は足し算で高性能なモノを作るのは得意ですが、余分な機能を省き引き算したモノづくりは不得意だと言われています。大切なことは、既存の技術の新たな組み合わせや、不必要な機能をそぎ落とすことで、顧客が直面する課題に対して新たなソリューションを提供していくという姿勢なのです。地域のニーズは現地の人がよく理解しているはずで、現地での戦い方は、彼らとともに考えていく必要があります。そのためには、日本人同士のコミュニケーション活動のみではなく、国の垣根を越えたプラットフォームづくりが重要となるでしょう。
2015年は勝負の年になるでしょう。変化のスピードにリアルタイムで対応できるのは現場にいる人たちです。
日本に居てはタイの風景は見えません。
現地法人が日本本社のお伺いを立てている間に状況は変わっていきます。新興アジアの環境変化の速さを理解し、危機意識を持つという本社の国際化、30年前から言われている言葉ですが来年こそは、「内なる国際化」が多くの企業で実行されていくことを願っています。

メーファールアン大学とは

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ワンチャイ・シリチャナ博士(Dr. Vanchai Sirichana)
タイ国立メーファールアン大学学長(前タイ王国大学庁事務次官)

チュラロンコン大学卒業後、NIDA行政学修士と米国ロチェスター工科大学で修士号を取得、チュラロンコン大学から高等教育学博士を取得。チュラロンコン 大学講師などを歴任後、1997年に大学庁(Thai Ministry of University Affairs)事務次官、1998年、自ら設立を手がけたチェンライ県メーファールアン大学初代学長に就任、現在に至る。アセアン大学ネットワーク会 長。
メーファールアン大学(MFU)は北部タイ、ミャンマー、ラオス、そして中国南部との連結点であるチェンライに、タイ政府の戦略拠点として設立された総合 大学です。授業は、ほぼ英語で行われ、西洋と東洋の良さを調和した独自の経営哲学教育を通じて、GMSの経済発展に貢献できる高度産業人材の輩出に努めて います。タイ最大の投資国である日本企業との関係の深耕していくためMFUは、サシン経営大学院に倣い、日本研究センターの設立を準備。豊かな構想力を備 えた「GMSを担う知の拠点」として、いっそうの発展を図っていくために、日本の皆様とのコラボレーションを楽しみにしています。

 

arayz dec 2014
チュラロンコン大学サシン経営管理大学院
サシン日本センター 所長 藤岡資正
英国オックスフォード大学サイード経営管理大学院博士課程修了(経営哲学博士)。米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院客員研究員、名古屋商科大学院客員教授、上場日系企業数社のアドバイザーを兼任。姫路市観光大使、タイ王国文化省芸術局顧問。

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