ArayZオリジナル特集

変化の時代、日本企業に求められるASEANビジネス戦略 2017

この記事はPDFでダウンロードできます

ダウンロードができない場合は、お手数ですが matsuoka@mediator.co.th までご連絡ください。

※入力いただいたメールアドレス宛に、次回配信分から定期ニュースレターを自動でお送りしております(解除可能)

arayz dec tokushu

AEC発足から1年を迎え、メコン地域、さらにはASEAN全域を意識したビジネス展開が求められている。2017年、日系企業が注目すべきタイおよびASEANの潮流、そしてその展開について、チュラロンコン大学サシン経営管理大学院・同付属日本センターの藤岡資正所長に解説いただいた。

arayz dec tokushu
チュラロンコン大学 サシン経営管理大学院教員・同付属日本センター所長
藤岡 資正
英国オックスフォード大学サイード経営管理大学院博士課程修了 (経営哲学博士)。米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院客員研究員、名古屋商科大学院客員教授、早稲田大学経営大学院客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、上場日系企業数社のアドバイザーを兼任。姫路市観光大使やアジアスマートシティサミット会議長。

タイの社会諸課題と、メコンでの立ち位置

タイはいくつかの政治構造的、社会構造的な問題を抱えており、産業の高度化への対応に加えて、2017年はこれまでに増してスピード感と危機意識を持った変化が求められると思います。急速に進む都市化や少子高齢化への対応をタイ政府が政策的にどう進めていくのかも重要ですが、タイで事業を営む企業もこれらの問題から受ける影響について、リスクだけでなく新たな事業機会の創出という両面を見据えた 戦略的な取り組みが求められます。

少子高齢化など人口構造上の問題は既に進行中の課題であり、時期や想定される影響もある程度明確ですので、リスクマネジメントをしたうえで、情報技術の進展や政治的な不透明性など不確実性への対応が求められます。

また企業の存続のためには、短期的な財務成果を追求することも大切ですが、エグゼクティブの皆様は、戦略の中心となる課題は何であるのかを問い続けながら、常に適切な問いを立てていくことが大切です。前者が的に向かって真っすぐとボールを投げていくイメージであるのに対して、後者は鳥を放ちながら前に進んでいくというイメージでしょうか。その際、私たちは現在のゲームでいかに有利であるのかという問いに加えて、このゲームがいつまで続くのか、ゲームのルールはどのように変化していくのかを考え続けなければなりません。戦略的思考の重要な役割のひとつは、将来的に不確定なものに対して立ち向かうための方策を示すことです。そのためにリーダーは、現場で泥臭く格闘をしていくオペレーショナルな活動のみならず、バルコニーを駆け上がり、大所高所から全体を俯瞰することで大局を掴むことも求められます。

16年の経済成長率はASEAN全体の平均が約4.6%、CLMV(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)諸国で6〜7%程度であるのに対して、タイは約3%でした。タイは来年度も従来のように高ペースでの成長は難しいというのが多くの専門家の見解です。
人間の身長と同じで、国も発展途上国から中所得国への移行期から成長期にかけては急速に伸びますが、ある程度の経済成長を達成すると、その後は、伸び率は一旦落ち着いてきます。

近年は、テクノロジーを駆使して地域住民の生活の質向上や環境問題解決に貢献する「スマートシティ」が注目を集めています。先進諸国の場合は、既にでき上がった都市の課題に対してIT技術を駆使することで都市効率を上げていきますが、新興国では変革のプロセスの真っ只中であるという点で、先進国での取り組みとは課題の優先順位と求められるアプローチが違ってきます。新興国には、私たち先進国のモデルをそのまま適応しようとするのではなく、それぞれの国の社会的・政治的・制度的・経済的な文脈と照らし合わせた対応が求められるのです。人で例えるとすれば、幼児から小学生における成長過程でかかる病気への対処と、大人そして老人になってからかかる病気では、適切な処置や処方箋の内容が異なるのと同じです。
タイはいわゆる貧困の罠から脱することから成功し、CLMV諸国に比べて発展が進んでいますから、直面する課題は近隣国とは異なりますが、彼らがお兄さんとしてのタイの経験から学べることは多いはずです。タイと近隣諸国の経済状況の分析については、ArayZ8月号の多田聡氏(在タイ日本大使館一等書記官)の記事が詳しいので、そちらをご覧ください。

タイ政府が進める成長戦略とは

先進国入りをする前に成長が停滞してしまう「中所得国の罠」は、前々から注視されてきた課題ですが、少子高齢化社会へ一直線に進んでいるタイがこの罠の深みにはまっていくことを回避するには、タイの経済・産業構造を高度化していくことで、労働人口の減少を補完する付加価値の大きなアウトプットを志向する必要があります。また、地政学的な優位性を十分に発揮することで、既存の産業の弱みを補完しながら競争力を強化していくという両面戦略も求められますが、その際には、「何をしないのか」も明確にしていかなくてはなりません。

経営や経済政策においても同じことが言えますが、組織変革が難しいのは、長続きしないということが頭では理解できていても、今の成果というタンジブルな価値を犠牲にして、将来の可能性や発展性というインタンジブルなもの(形になっていないもの)にコミットメントしなければならないからです。当事者としては、現在の事業をやめるという意思決定は非常に難しいものですが、経営者の時間を含めた経営資源が限りあるものだということを理解する必要があります。

経済・産業構造の高度化を進めていく具体的な方法について、タイ政府は20ヵ年国家戦略計画と並行して、5つの分野(①スマートディバイス・ロボティクス、メカトロニクス、②ヘルス・ウェルネス、バイオメディカル・メディスン、③フード・アグリカルチャー・バイオテクノロジー、④デジタル・IoT、Embedded Technology(ET)、⑤クリエイティビティー、文化、高付加価値サービス)に重点を置くことでValue Based Economyへの移行を目指すとしています。
比較優位性(Comparative advantage)から競争優位性(Competitive advantage)への戦略のフォーカスをシフトすることで、経済構想をかれらがThailand 4.0と呼ぶ経済モデルへ変化させていくのが目的です(図表)。

arayz dec tokushu

サシン経営大学院は、数十年にわたり商務省、工業省、NESDB(タイ国家経済社会開発委員会)、BOI(タイ投資委員会)などと協力をして経済政策を支援していますが、現在のタイの課題として「中所得国の罠」、「少子高齢化」、「高度人材の不足」、「経済成長の鈍化」、「技術・イノベーションレベルの低さ」、「所得格差」などのキーワードがよく議題に上ります。こうした課題に対して、先述した5つの分野のコア技術を中心に展開していこうというのがThailand 4.0の動きです。
成果が挙がるにはまだまだ時間がかかると思いますが、タイはテクノロジーの輸入国から、新たなテクノロジーを創出するような起業家の活動や高度人材育成、各種クラスター戦略を通じて、Trade in GoodsからTrade in Servicesへとシフトし、新たな経済駆動力を生み出そうと必死に取り組んでいる最中といえるでしょう。このプロセスには、産官学のさらなる連携を推進するためのプラットフォームの創出が不可欠となります。

次ページ:対タイ投資が伸び悩む理由

この記事はPDFでダウンロードできます

ダウンロードができない場合は、お手数ですが matsuoka@mediator.co.th までご連絡ください。

※入力いただいたメールアドレス宛に、次回配信分から定期ニュースレターを自動でお送りしております(解除可能)

gototop