【野村総合研究所】タイ、アセアンの自動車ビジネス新潮流を読む

第35回 日系の牙城に−長城汽車が参入へ

 中国最大のピックアップ・SUV(スポーツ多目的車)メーカーである長城汽車がタイ市場に参入する。発表によれば226億バーツを投資し、組立やEVバッテリー、その他部品工場、研究開発施設などを設立し、2021年第一四半期から生産を開始する。タイを右ハンドル車のグローバル拠点として位置づけ、周辺地域、豪州などに輸出する計画である。ピックアップ市場には上海汽車傘下のMGが19年から参入している。長城汽車は価格・製品競争力でMGを上回ると想定され、日系にとって脅威になる可能性がある。

原点の地に独資進出

長城汽車は国有企業系の上海汽車とは大きく異なる。中国第二位の民営自動車会社であり、創業から30年余りで急成長した企業である。

タイには独資で進出し、Havalという独自ブランドで参入する予定だ。上海汽車のようにCPグループとの合弁で、しかも買収した欧州ブランド名のMGを使うことで、中国色を薄めるような巧妙な戦略は取らない。

また、上海汽車が日系メーカーが比較的に手薄であった1,500ccクラスの小型の乗用車やSUVに参入したのに対して、長城汽車はタイの最大セグメントであるピックアップや中型SUVなどの商用車に参入する。

そもそも長城汽車がピックアップを中心に生産するきっかけとなったのが、現董事長の魏氏がタイを外遊した際に目にしたピックアップの活況がヒントとなったそうだ。

タイの政策に沿って恩典を確保

注目されるのは、タイ政府の政策に沿った投資を行っていることである。投資地域はラヨーンであり、現政権が開発を推進するEEC(東部経済回廊)に位置する。EECは3空港連結高速鉄道など中国の「一帯一路」の推進プロジェクトの主要展開地域でもある。

生産の大半を輸出に振り向けることで、自動車産業のハブ化にGMに代わって貢献。政府が12のSカーブ産業の一つとして重視するEVなど次世代自動車の現地化を計画している。

汽車は中国でEVをOraブランドで生産・販売しており、中でも全長3.5メートルと小型のR1(黒猫)のタイ生産が有力されている。強さはその価格競争力にあり、中国では7万元以下(約30万バーツ)で販売、最も安いMGのZS EVモデルが120万バーツで販売されているタイのEV市場に一石を投じそうだ。

タイのBOIは、EV生産への投資恩典の申請を18年末に締め切っているが、長城汽車に合わせるように、新しいEV恩典措置を近いうちに発表する予定である。工業省幹部の話では、BOIの新EVプロジェクトは18年の恩典と比べて、バッテリー等の国産化条件が厳しくなるという。

長城汽車は傘下にバッテリーメーカーを持つことから、最大限の恩典を得てバッテリーの現地生産を本格化させる可能性がある。

長城汽車は12年の57万台から17年には100万台に販売を急拡大している。ただし、95%が国内向けであり、輸出・海外生産は5.5万台に過ぎない。しかも、12年から余り伸びていない。東南アジアに至っては昨年の販売実績は1,000台程度である。海外の本格工場は19年に立ち上げたロシア工場のみであり、海外での生産ノウハウは特に少ないとされる。

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