インドネシアのバリ島が7月31日から国内観光客の受け入れを再開した。9月11日からは外国人も対象に含め(※1)、落ち込んだ観光を回復させる方針だ。バリ州は新型コロナウイルスの感染拡大を比較的抑え込んでいるが、首都ジャカルタを筆頭に全国の状況は悪化し続けている。「魂は細部に宿る」とは程遠い防止策が散見され、正常化への道は険しい。
野犬が闊歩
筆者は7月上旬、駐在するジャカルタからバリへ出張した。空き時間に人気観光地「ウブド」を訪れると、普段は大渋滞する道路がガラガラで、人影もほとんどない。営業している店はごくわずかで、王宮近くの市場を野犬の群れが闊歩(かっぽ)していた。
バリには昨年、627万人余の外国人観光客が訪れた。だが、新型コロナ禍の4月~6月はわずか395人と前年同期比99・97%減少した。
バリ州は当初、他州から入る者にPCR検査を義務化。他州に比べ厳しい制限を取った。PCR検査は料金が高い上、受検できる施設が限られたため、「都市封鎖」と同じ効果をもたらした。筆者も、7月5日に抗体検査の陰性証明が入域条件に加えられるまで出張を見送った。
陰性証明書の他に必要だったのは、州政府サイトでの登録だ。個人情報や滞在先、航空便名など45項目に入力するとQRコードが発行される。バリのングラライ空港では2ヵ所に関門が設けられ、証明書とQRコードを別々にチェックされた。
異なる運用
同様の仕組みとして、ジャカルタ特別州も「出入域許可(SIKM)」を導入していた。州を出入りする者は約30項目に入力し、写真や身分証、陰性証明書のデータを添えて送信。「許可証」が送られてくるのを待たなければならなかった。
許可証は、少なくとも「玄関口」のスカルノ・ハッタ空港で提示を求められるはずが、筆者は自宅に着くまで「素通り」だった。同空港は陽性者を見逃して搭乗させた前科がある。驚きとあきれを通り越し、背筋が寒くなった。
恐怖感は、PCR検査を受けるため6月に訪れたジャカルタの病院でも抱いた。広大な敷地があるにもかかわらず、受検者の待機所は入院患者や体調不良者が混在。感染防止策が取られておらず、検査を断念した。
ルールが作られても現場で異なる運用がなされる。税務や入国管理で直面する現象は、公衆衛生の最前線でも起きていた。
12人に1人
SIKMは7月14日に突然廃止され、証明書が不要な「自己申告」システムに置き換わった。街頭で、違反者を取り締まる立場の警察官がマスクなしで談笑する姿も見かける中、首都の状況は日に日に悪化している。
ジャカルタの感染者数は8月7日、1ヵ月半ぶりに州別で最多に復帰した。検査数に占める陽性率も7月後半に5%を超え、8月第1週は8%超へ上昇。12人に1人の割合に高まった。
政府は観光産業のてこ入れに前のめりで、公務員に「観光地への出張」を促したが、首都の感染拡大を他州へ広げかねない措置だ。外国人観光客がバリだけを見て安全性を判断するわけでもない。
「受け入れを再開しても、外国人は来ない気がする」。ウブドで営業を続けていたレストランマネジャーのつぶやきが、現実味を増している。
※1 編集部注:その後、地元政府は9月11日からの外国人観光客受け入れ再開を断念した
※2 この記事は時事通信社の提供によるものです(2020年8月14日)