サシン経営大学院日本センター 藤岡資正所長が聞く対談

第7回 アートとサイエンスの調和の重要性

今回も引き続き、電通タイランドのナロン・トレスチョンCEOとの対談を振り返ります。前回は、他社との差別化やブランディングにおけるストーリー、文脈の大切さに触れました。今回は、一見相容れないと見られがちなサイエンスとアートについて考えます。

撮影:石田直之

 

藤岡

 経営は、サイエンスかアートなのか。これはよく議論されるテーマですが、本当に問われるべきはどのようにして両者のバランスを図るのか、ということだと思います。この点について、経営者としてどのようにお考えでしょうか。

ナロン氏

 本来は一つでしたが、欧米式ではアート(クリエイティブ)とサイエンス(メディア)を分ける傾向があります。しかし、アートは独り善がりに、サイエンスは分析的になり過ぎました。やはり、この2つは1つでなければならないのです。人間には右脳と左脳があり、人によって得意不得意もあります。片方の脳は分析的で客観的ですが、もう片方は主観的です。

 アップルはこれがとてもうまい。人々はアップルがアーティストっぽい会社だと思っています。しかし、彼らは誰よりもハイテク企業で、誰よりもデザインや顧客の経験に力を入れています。彼らは作りたいものを作っているかもしれませんが、製品化前に相当レベルの実用性の試験をします。アップルはどちらにも強いと言えます。

藤岡

 人間と同じで2つの調和が大切ということですね。データに裏打ちされた創造性と、創造性を戦略に結び付けるための仕組みのバランスがなくてはならないということに気付かされます。

ナロン氏

  特に私たちの事業においては、データをそのまま使うようなことはしません。  Creativity driven by data. Empowered with data. これがより良い結果に結び付くのではないかと思います。

藤岡

  今、一昔前と比べて世の中は様々なデータで溢れています。

ナロン氏

 例えば、ネット上で商品Aと商品Bを比較させ、両者の異同点を細かく説明することができます。次に商品Aと商品Eを比較し、どちらが欲しいかの質問や、ストーリーを知らせることもできます。

 サイエンスとアートを分けて考えることはとても難しく、すべてのエージェンシーにとっての共通の課題なのです。

藤岡

 最近、私たちのエグゼクティブ教育では、ビジネスツールのみではなく、哲学や美意識を磨くプログラムを開発しています。こうした取り組みについてどう思われますか。

ナロン氏

 例えば金融業で絵画の授業をやると面白いかもしれません。普段使わない別の脳を使うのですから。誰しも小さい時は塗り絵が好きでしたが、大人になるにつれてやらなくなります。

藤岡

 やはり、普段使うことのない脳を使ったり、地球全体やこれまでの人間社会を振り返ったりする機会を持つことも大切だと思います。


情報技術の進展に伴い経済のサービス化が進展する現代のグローバル社会において、生活様式の同質化、異質化、そして混在化への対応は日系企業にとって大きな課題の一つとなっています。駐在員の役割も大きく変わりつつある中、アートとサイエンスの融合は経営にとっても重要な論点になっていくのではないでしょうか。


藤岡 資正
サシン経営大学院日本センター所長
藤岡 資正 氏
Dr. Takamasa Fujioka

英オックスフォード大学より経営哲学博士を授与(D.Phil. in management studies)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター・MBA専攻長、NUCBビジネススクール教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール客員准教授、戦略コンサルティングファームCDI顧問、神姫バス社外取締役、Sekisui Heim不動産取締役、中小企業変革支援プログラム顧問などを兼任。


対談は19年10月から20年3月末までの間に、バンコク及び東京にて相手先のオフィスで行われたものです。本来であれば20年末にかけて多くの方々と対談を予定していましたが、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国境を跨ぐ移動が制限されてしまいました。東京においても非常事態宣言が発令されるなど対面での取材は難しいと判断したことから、予定をしていた方々との対談を一時中断しています。

\こちらも合わせて読みたい/

第6回 ブランディングとストーリー 


gototop