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MU Research and Consultingコラム

アジアのコングロマリット

ASEANシフトが進む昨今、新たなる舞台での変革 ベトナム市場のポテンシャル

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      監修 三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱
      • Managing Director 池上 一希 プロフィール写真
      • Managing Director
        池上 一希

        日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に当社入社。大企業向けの欧米、中国、アセアン市場での事業戦略構築案件を中心に活動。18年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等のテーマに取り組む。


      • Senior Consultant Pareena Wongsukkasem プロフィール写真
      • Senior Consultant
        Pareena Wongsukkasem

        財務省財政政策事務所にてASEAN諸国マクロ経済、経済政策分析を経験、2018年にMURCタイに入社、タイ及び周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、マクロ経済分析などの業務を担う。


      • Associate 池内 勇人 プロフィール写真
      • Associate
        池内 勇人

        製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。2021年にMURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。

      第1章 ベトナムのマクロ環境 – 執筆者:池上 一希

      1.再考される中国事業、東南アジアへの影響

      アメリカのシンクタンク、ユーラシアグループが2023年1月3日に公表した世界の重大なリスクを占う「Top Risks 2023」において、アジアで一番影響が大きいのは第2位に挙げられた「『絶対的権力者』習近平」であろう(図表1)。同社は追加的に、米中デカップリングと日本の関係性について独自の検証を加えるなど、本テーマを重要課題と位置付けている。

      2023年の「世界の10大リスク」

      一方で、今年に入り3つのイベントが日本企業への投資マインドに大きな影響を及ぼしている。2月のアメリカにおける中国気球撃墜事件、3月の全国人民代表大会(全人代)における習近平氏の国家主席への3選と権力集中への懸念、同月中旬に起きた「反スパイ法」違反の疑いで邦人が拘束された事案である。これらの動きは従来から問題意識が持たれていた日本企業にとって、中国事業の在り方の再考とサプライチェーン再構築を進めることになるだろう。

      図表2ではサプライチェーン検討において挙げられる外部環境をまとめている。その大半は中国を起因としたものであり、グローバルビジネスによる多極化の推進はますます重要な経営課題となる。具体的には、米半導体大手マイクロン・テクノロジーは技術流出防止の観点から22年年初に上海に設置しているDRAM設計部門のうち研究開発センターについて中国からの移転を公表した。

      多極化の観点で、東南アジアの利活用を検討する企業も増えている。ソニーグループは足元でカメラの世界における中国での生産体制を再編し、日米欧向けに輸出する分をタイに移管し、中国の工場は原則、中国国内向け製品のみの生産という棲み分けとした。また、トヨタグループはタイ地場大手財閥CPグループとの脱炭素に関する提携推進を重点施策として進めている。22年12月の両グループ首脳陣の意向表明から約4ヵ月というタイトなスケジュールで基本合意書までこぎつけており、同グループのASEANにおける戦略的重要性の意味合いが高まっていることを感じさせる。

      サプライチェーン再構築の主要論点(仮説)

      2. 変化するベトナムのポジショニング

      このようなASEANの環境の中でも、最も注目を浴びているのがベトナムであろう。アメリカ米民主党政権下で、初の閣僚級の東南アジア訪問となった21年7月のオースティン国防長官、翌月のハリス副大統領のASEAN歴訪ではシンガポールと並びベトナムは訪問国として選ばれ、同国にとりベトナムの戦略的な重要性が示された。また、同様に中国の閣僚も域内ではベトナム首脳との面談を頻繁に行っており、ASEANをめぐる両陣営の綱引きにおいて重要なエリアとなっている。

      企業活動においても同様である。10年前後より「世界の工場」である中国における人件費の高まりにより、チャイナ・プラスワンという観点で中国から周辺国、特にベトナムへの産業移転が進んでいる。代表例として電気電子大手・韓国サムスンは、従来韓国や中国でスマートフォンを集中生産してきたが、韓国の一部の製造機能を除きその機能の移転をベトナムへ進め、19年には中国から製造機能を完全移管した。また、コロナ禍以降はGoogleやFoxconnなどが中国からベトナムへの移転を進めている。

      日系企業も同様である。図表3はASEAN域内主要国であるタイ・インドネシア・ベトナムを比較したものだが、GDPの成長性、海外直接投資の規模、日系企業の進出数の伸び代でベトナムに優位性が見られ、同国の位置付けが高まっているのがわかる。

      域内主要国比較

      足元、ベトナム投資が活発な理由として図表4「ベトナムの魅力」の通り5点が挙げられる。

      ベトナム市場の魅力

      日系企業だけではない。ASEAN域内の地場大手企業、投資ファンドも同国への投資を活発化させている。例えばタイの上場企業の海外投資のトレンドを見るとASEANが最も多く、15年に海外投資した192社中152社、19年には232社のうち191社がASEANに投資している。CLMVへの進出がそのうち8割近くを占めているが、中でもベトナムが首位となっている。

      また、タイ地場財閥で小売り大手のセントラルグループはベトナムを最重要市場と位置付けており、グループCEOのトス・チラティヴァット氏は「われわれは、毎年10%超の成長を続ける国内総生産と9,300万人超の人口を有するベトナムの経済規模に、強いビジネスチャンスを感じている」と述べている。

      少子化が今後進み、横ばいが見込まれるタイ国内事業を補完するためにも、21年だけで66億バーツかけて5店舗の新規展開を行う。さらに小売りの各業態のM&Aも積極的に進めフルセット型の小売りフォーマット業態での展開を図り、第2の創業の地としてベトナムを位置付けているように見受けられる

      COLUMN ベトナム第8次国家電力マスタープラン(PDP8)

      PDP8の概要

      現在ベトナムにおいて最も注目されている政策の一つが「第8次国家電力マスタープラン(The 8th Power Development Plan:以下PDP8)の公布である。PDP8は国家のエネルギー計画の柱となるものであり、ベトナム国家の再生可能エネルギーの普及と安定した価格での導入を決める重要な計画としてエネルギー事業者への影響も大きく、注目度が高い。本来であれば2021年から30年までの計画になるはずであったものが大幅に遅延していたが、23年5月15日を以て正式に公布が決定した※1。
      PDP8の特徴として、もともと21年に発効予定だったこともあり、2年の遅れを取り戻す意味合いも含め意欲的な電源開発プロジェクトが盛り込まれていることが挙げられる。またベトナム史上初の再生可能エネルギーを最優先事項として掲げた電源開発計画となっている点である。その比率は30年までに発電量全体の30%から39.2%、50年までに70%前後とする目標を設定、そのメインの電源には洋上風力を掲げており、30年までに約600万kW相当を開発するとしている。また、石炭火力発電からの依存の脱却を大きな課題として挙げている点も特徴として挙げられる。2016年に承認された「第7次国家電力マスタープラン」(以下「PDP7」)の改定版にて既に計画中の案件以外での新規開発の凍結を発表。一方で石炭による環境負荷を軽減すべく既存の石炭火力発電所の燃料をより環境負荷が軽い天然ガスへの転換するなどの施策も挙げられている。

      送電網の整備という課題

      更に既存のエネルギー計画であるPDP7の反省として、複数の再エネ案件が点在する形で開発されたことにより、効率的な送電網の整備が追い付かなかった反省が挙げられる。結果として送電網全体の逼迫が深刻な問題として取り上げられている為、PDP8では電源開発において発電所のみならず、送電網の拡充も視野に入れた計画となっている。全投資計画の内の28%を送電網への投資とすると計画している点も特徴である。

      PDP8が正式に決定した後でもエネルギー分野を管轄する商工省としては、多くの案件を30年までに承認することは脆弱な電力網に対し過剰な電力供給を引き起こすと見ている。しかし、一部の稼働及び売電契約上で稼働させないと事業者から訴訟による法的リスクがある為、そういった案件に関しては30年以前の商用発電(COD)の許可を行わざるを得ないのが実態である。この点については今後ベトナムのエネルギー分野における一つの懸念点として挙げられよう。

      PDP8公布により再開が期待される投資

      また、本計画の公布が遅延が発生した背景としてベトナム国内の政局なども挙げられる。13年より汚職防止中央指導委員会は政府傘下の委員会から共産党傘下の組織になり、「聖域なき反汚職闘争」と銘打った闘争激化に繋がった。なかにはエネルギー系企業の元役員の高官の解任なども含まれ、22年だけでも高官党員の交代が複数続いている。これにより意思決定者の不足と各種プロジェクトの停滞が各分野で続いている状態である。

      また、個別案件レベルでもPDP8公布の遅れによる影響は出ている。たとえば、ベトナムが注力する洋上風力の開発プロジェクトも無期限延期となっており、T&T Groupのグエン・チー・チャン・ビン氏はVietnam Investment Review紙23年3月9日掲載の記事※2にて「PDP8が保留になっている現状を考えると、(当初の予定の)30年までの7GWの洋上風力発電の開発は困難になる」と述べ、「予定地の沖合や海上などの洋上風力に必要な実地調査や風力評価なども布告「11号/2021/ND-CP」の承認保留により、企業や個人による海上・海中資源の活用を妨げられている」と懸念を表明していた。

      今回のPDP8公布により日系企業を含めたエネルギー分野の各事業者や投資家は改訂PDP7より持ち越された案件などへの投資検討を再開することが予想され、停滞していたエネルギー分野での投資が再び活発になることが期待される。

      PDP8の発電容量の計画

      3.今後の有望分野と参入課題

      今後、同国において有望な分野はどこになるのか。2023年の4月には人口が1億人を突破するベトナムにおいては、内需分野をはじめ、どの分野も有望といえるが、有力投資ファンドのベトナムへの投資事例を俯瞰してみると、金融、エネルギー、不動産などの分野が主である。加えて、今後国民1人当たりGDPも増加傾向にあり、さらなる内需拡大が見込まれる小売りやECやフィンテック、教育分野なども浮かび上がってくる(図表6)。

      直近のベトナムにおける主な外資投資ファンドによる投資事例*

      例えば、日系においても近年小売り分野ではアパレルや、雑貨などの投資事例が見られ、活発な日系企業の投資意欲が見て取れる。具体的な投資事例としては、ユニクロが19年12月にベトナム初店舗を、良品計画が20年11月にホーチミンに1号店をオープンさせた。

      また、エネルギー分野における投資も活発である。ベトナム政府は50年までの温室効果ガスの排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指しており、脱炭素に向けた施策を進めている。日系企業各社もこの分野での投資は活発である。ENEOSはベトナム最大手の国有石油製品販売会社Vietnam National Petroleum Group(ペトロリメックス)への出資により川上のLNG調達から川下の小売りまでの一気通貫を図っている。同時に、エネルギー大手JERAも再生エネルギー事業者に出資するなど日系企業の投資も活発化している。

      一方で、参入における障壁もみられる。国際協力銀行による「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」によると、日系製造業各社の同国における課題として上位に上がるのは「法制の運用が不透明」「他社との厳しい競争」「労働コストの上昇」「管理職クラスの人材確保が困難」などが挙げられる。法規制の運用については、例えば前述のエネルギー分野においては国家エネルギー政策であるPDP8の施行が遅れに遅れており、政府の方向性・許認可姿勢が不透明な中、企業の投資活動が停滞している傾向も見られる(前述コラムPDP8参照)。

      参入課題 - M&Aを積極活用し参入

      また、裾野産業の未成熟による現地調達率の低さからくる原材料・部品調達、物流コスト上昇による近年の業績悪化も在ベトナムにおける企業活動においては悩みの種である。人件費は域内では依然として安価なものの年率5-6%で上昇しており、今後は労働集約型のモノづくりから、より付加価値を意識したラインナップが各社の問題意識としてあがるようになってくるであろう。

      参入方式としてM&Aを積極活用する動きもみられる(図表7)。参入国ならではの商習慣、参入制約を回避するためにパートナー企業の強い販路や知見を活用する動きはどの国でもみられることであるが、ベトナムならではのM&Aの論点として2点挙げられる。

      直近のベトナムにおける主な外資によるM&A事例

      1点目は、参入障壁の軽減を図ったものが多くみられることである。規制業種を中心に許認可の手続きは新規企業設立より既存企業に出資した方が簡易なケースも多い。特に地場の有力な入札情報やライセンス取得に時間がかかるエネルギーや不動産分野などでは外資単独では中央政府、地場政府との折衝や許認可取得に時間を要するケースが高く、結果として相対的に地場企業とのアライアンスニーズが高い。

      2点目として、国営企業の民営化の進展が今後、日系企業にとっても大きなポテンシャルとして見込める点である。すでに1986年のドイモイ政策以降、政府は国営企業の民営化を推進しているものの、現在でも約500社の国営企業の民営化が道半ばとなっている(第2章コラム「国営企業民営化」にて後述)。例えば、韓国大手SK Groupは、ベトナムを戦略的エリアと位置付け、近年マサングループやビングループなど地場の大手民間財閥への投資を実行しているが、この狙いとしては出資を通じて市場での事業基盤構築を図るとともに、今後地場財閥からの民営化に関する情報や投資拡大の架け橋としての役割を期待しているといわれている。

      また、地場企業からみた日系と組むメリットの訴求も重要な要素である。例えば同国における成功事例として消費財大手のユニ・チャームの事例が挙げられる。同社は2011年に地場の同業ダイアナ社を買収した。当初は欧米系の競合が業界首位であったが、17年前後に逆転し、足元では業界首位となっている。日系の技術力、生産に関するノウハウやブランド力とあわせ、パートナー企業の販売力やローカル目線でのマーケティング、ビジネスセンスがうまく融合した例といえる。

      一方で、買収後のPMI(Post-merger integration)に苦労している企業も多い。例えば重要事項の見落としや想定していた販売ネットワークを出資先が有していない、また、元々いた経営陣と出資後に関係悪化が生じ退職してしまい、経営に空白が生じてしまうなどの例もみられる。適切な情報収集と併せ、理想と現実のギャップをもとに、双方のビジョン・経営目標の設定やシナジー創出、各種制度設計について戦略的に手掛けていくことがベトナムにおいて従来以上に重要となっている。
      第2章以降では、ベトナムにおける企業の特徴や動向について検証する。

      第2章 ベトナムにおける企業分類 – 執筆者:Pareena Wongsukkasem

      ベトナムにおける大企業は①国営企業、②民営化された元国営企業、③民間企業の3つのグループに分類できる(右頁参照)。ベトナムの時価総額企業ランキングを見ると、①国営企業が4社、②民営化された元国営企業が2社、③民間企業が4社とバランス良く分散されていることが分かる(図表1)。元国営企業も含めると60%が国営企業を母体としている点は、社会主義国家であるベトナムならではと言える。また、これらの企業は後述する様に基幹産業のリーディングカンパニーであり影響力も大きい。

      ベトナム大企業の時価総額ランキング(2022年11月29日時点の統計)

      一方で、これは民間企業の活動が脆弱であることを意味している訳ではない。ベトナムの代表企業とも言えるビングループ系列内の中核会社Vingroup JSCおよびVinhomes JSCの2社が時価総額トップ10にランクインし、両社の時価総額を合算すれば184億ドルにも達し、国営企業であるPetroVietnamを凌駕している点も見逃せない。また、日系企業との提携も民間企業においては活発である。

      COLUMN 国営企業民営化

      ベトナムにおける国営企業の民営化は、外国投資家のベトナム事業機会の有力な手段の1つとなるため、注目テーマとして取り上げられることが多い。ドイモイ政策が採択された1986年以降、政府は国営企業の民営化を推進し、2021年時点では約500社の国営企業を残し民営化が完了している。ただし、近年の傾向としては民営化の停滞が目立っている。

      停滞の理由としては、近年のベトナム政府の政治的不透明性なども要因として挙げられるが、一番のボトルネックとなっているのは企業評価算定である。例を挙げると、ベトナム石炭公社であるVinacominは16年にIPOにて2.364億ドルの株を新規公開したが、実績は1.2百万ドルであった。これは株価設定が割高であったことが要因と言われている。また、同様のことが18年ベトナム電力公社(EVN)の子会社であるGENCO3の新規上場時でも起きており、目標2.7億ドルに対して8百万ドル程度と大幅な未達となった。

      ベトナム政府も民営化の停滞については問題点として自覚しており、22年に首相によるDecision 360/QĐ-TTg 2022 Scheme on “Restructuring state-owned enterprises in 2021-2025”により、25年までに民営化の再構築に目途をつける目標を掲げた。その中で、企業価値の算定方法に関する法令、国営企業への公開入札に参加する外国投資家による外貨預金を許可するなど、国有株式売却の円滑化を施策として盛り込んだ。

      近年の大型民営化の事例では17年の地場ビール大手メーカーであるSaigon Beer(SABECO)などが挙げられ、タイ大手財閥であるThai Beverageが65.2億ドルで同社株式53.59%を購入し注目を集めた。今後はビール大手HABECO、損保大手Bao Viet GroupやBao Minh JSC、プラスチックパイプメーカーTien Phong Plastic JSCなど大型国営企業のより一層の民営化が注目、期待されている。

      国営企業民営化

      ベトナムにおける企業分類と特徴

      1.国営企業

      例:EVN、PetroVietnam、Petrolimex、Vietcombank

      ・ガスや石油をはじめ自然資源、電力など基幹産業に関する分野に集中
      ・行政同様に内部の意思決定プロセスが長い
      国営企業
      今後の動向:一部の事業で民営化が徐々に進む

      代表的な企業として、エネルギー大手PetroVietnam、Petrolimex、発電大手であるベトナム電力公社 (EVN)、通信大手Vietcombank、Viettelなどが挙げられる。各国営企業は、主にガスや石油をはじめとしたエネルギー関連やインフラ、金融などを担っているケースが多い。また、その投資方針や事業範囲は国により規定されており、異業種・異業態への参入などの多角化ではなく、業界内での競争力強化を目的としたものが多く見られる。例えば、発電事業者であるEVNはガス、発電事業者を主に手掛けているが、近年は太陽光発電などの再生可能エネルギー分野への投資は行うものの、送電分野はNational Power Transmission Corporationなど、別の国営企業が担っており棲み分けがされている。また、どの企業も基幹産業におけるリーディングカンパニーということもあり、意思決定においては政府ともコミュニケーション上、緊密なつながりを有し、結果として内部の意思決定プロセスが長期化する傾向にある。

      2.民営化された元国営企業

      例:Vinamilk、Saigon Beer (SABECO)、Bao Viet Life Group、FPT Group

      ・公共性が低い分野が多い(食品、通信、保険など)
      ・国の保有持分が様々であり経営のスピード感に濃淡あり

      民営化された元国営企業

      今後の動向:既存事業の強化とあわせ、川上・川下へ垂直展開

      食品大手Vinamilk、IT大手のFPT、金融大手Bao Viet Life Corporationなどが挙げられる。ドイモイ政策以降、民間の経済活動を円滑化するための法整備や外資規制の撤廃が進むと同時に、既存の国営企業の民営化も進んだ(コラム「国営企業の民営化」)。民営化のレベルは企業ごとに異なっており、例えばVinamilkの場合、2003年に民営化されて以降、現時点でも国営ファンドであるState Capital Investment Corporation (SCIC)が持ち分36%を有する大株主である。一方で、ベトナム保険大手であるBao Viet Life Groupの場合はベトナム財務省が株式の約68%を保有している。

      同グループの企業の多くは元国営という背景から、政府とのパイプや事業基盤を生かしつつ、民間ならではのスピード感を備えているケースも多い。事業戦略については事業基盤の整った中核ビジネスのさらなる成長、高度化を志向する事例も近年多く見られる。Vinamilkの例では、21年に双日と提携し牛肉製品の加工・販売を目的とする合弁会社を設立した。既に酪農・乳製品製造販売事業での強固な事業基盤を有していたが、日系企業の畜産製品製造ノウハウを生かし、より一層の安全・安心な製品供給を目指している。

      3.民間企業

      例:Vingroup、Masan Group、Hoa Phat Group、Truong Hai Group

      ・歴史が相対的に浅く、創業者が経営権を有しているケースが大半
      ・大手は近年事業の多角化、垂直統合など積極的な事業拡大を志向

      民間企業

      今後の動向:再生可能エネルギー、IoT・AIなどの先端技術、電動自動車などの新分野に積極的に参加

      ベトナム最大民間コングロマリットVingroup、ベトナム最大総合食品メーカーであるMasan Groupなどが挙げられる。ベトナムで一番歴史の長い民間コングロマリットであるHoa Phat Groupは創業1992年であり、設立31年であることからも分かる通り、民間の経済活動が許可されてから40年に達してないベトナムでは、歴史が浅く若い企業が多いという点も特徴である。また、創業者を見ると、Vingroupのファム・ニャット・ブオン氏(Mr. Pham Nhat Vuong)やMasan Groupのグエン・ダン・クアン氏(Mr. Ngyuen Dang Quang)は、両者とも旧ソ連で教育を受けた背景を持つなどの共通性も挙げられる。

      これらの大企業はコアビジネスを強化するための商品ラインアップの拡大、垂直展開などを同時に進めている。例として、従来不動産分野がコアビジネスであるVingroupは電気電子、自動車の生産やIT産業など近年手掛けており、事業分野の多角化を進めている。また、食品メーカーであるMasan Groupは子会社のMasan Resourcesを通じて世界最大のタングステン鉱山であるヌイファオ鉱山で採堀を行っており多角化を進める一方、自社製造の消費財拡販のために小売り分野に参入し、垂直展開を志向している。国営企業のように公共部門の内部プロセスや国策に縛られることなく、意思決定プロセスが迅速である点は民間企業の利点である。

      第3章 ビングループ(Vingroup) – 執筆者:池内 勇人

      ビングループとは

      ビングループ(Vingroup)はベトナム最大財閥の一つとして不動産や小売り、ホスピタリティ、ヘルスケア、教育、自動車製造と幅広い産業に参入している。同社は1993年にウクライナにて会社を設立、その後2000年に祖国貢献を目指しベトナムに拠点を移し、中核事業である小売とリゾート事業に参入した。07年にはホーチミン証券取引所に上場、21年には54.3億米ドルのグループの連結売上と国営石油・ガスのペトロリメックス(Petrolimex)に次ぐ国内2位の規模となっている。

      ビングループの事業内容

      ビングループの代表的な子会社には、ベトナム最大の不動産開発会社であり、全国各地で多数の住宅・商業プロジェクトを手がけるビンホームズ(Vinhomes)、ショッピングモールや小売りセンターを運営するビンコムリテール(Vincom Retail)、高級ホテルやリゾートを運営するビンパール(Vinpearl)、病院や医療施設のネットワークを運営するビンメック(Vinmec)、電気自動車やオートバイを製造するビンファスト(VinFast)などが挙げられる。

      また、ビングループはベトナムにおける科学技術の研究開発を支援するVingroup Innovation Foundationや、科学技術教育に特化した私立大学であるVinUniversity(VinUni)など、社会的・慈善的な活動にも精力的に取り組んでいる。

      グループ全体の事業戦略

      ビングループは政府との太いパイプを持ち、観光・娯楽開発や不動産開発で成功を収めたグループである。事業の展開としては「ビンID」と呼ばれるビングループの電子マネーアプリがあり、同グループのスーパーマーケットやモール、旅行など幅広く活用したエコシステムの形成と事業間のシナジー組成に長けており、ビングループの住宅を買うと同社の車が割引されたり、同社のサービスを使う際に一律で10%からの割引が適用されるなど、家から病院までを幅広く捉えるビンならではの販売方法と市場攻略を行っている。

      19年には小売業を同業最大手のマサングループに売却し、製造業に注力する姿勢を見せた。一方で、その製造業事業もスマートフォンや家電の製造から早期に撤退するなどのスピーディーな意思決定で同社の環境は目まぐるしく変化している。

      ビングループの現在の最重要課題といえるのが、自動車部門のビンファストによる欧米市場の攻略である。22年末に米国での上場を申請し、環境意識の高い市場に対し安価なEVを提供するビンファストは比較的好感触である。

      一方で、業績は05年以降低迷しており、特に21年にはビンファストを含む製造業の赤字が33兆ドン(約1,947億円※1)まで膨らんだこともあり、回復傾向にある他事業の黒字を食いつぶしている状態である。

      小売り Vincom Retail

      小売り Vincom Retail

      ビンコムリテールはベトナム全国に83店舗、延べ売り場面積175万平米を誇る、同国の小売業界におけるリーディングカンパニーであり、高品質な小売り施設を提供することに特化し、全国にそれを展開することに長けている企業である。

      ビンコムリテールのショッピングモールには、ファッション、コスメ、電化製品、書籍、フードコートなど、幅広い種類のテナントが入居しており、設備やデザイン面で高い品質を備えているとともに、豊富なアメニティーや娯楽施設も備えている。また、一部の物件には、高級ホテルやオフィスビルも併設されている。

      ビンコムリテールの展開の特徴としては「ビンコム」ショッピングセンターを市場セグメント別に4つに分けており、富裕層向けで都心に立地する「Vincom Center」、統合的開発地区に立地し全所得層を訴求する「Vincom Mega Mall」、省都や主要都市の非中央地区にてファミリー向けおよびアクティビティハブとしての役割を持つ「Vincom Plaza」、地方や非中央区の大衆向けの「Vincom+」を展開している(図表2)。

      ビンコムグループのセグメント別展開


      不動産 Vinhomes

      不動産 Vinhomes
      ビンホームズはビングループの不動産開発子会社であり、ベトナム最大の不動産開発会社でもある。同社はベトナム全国各地で多数のプロジェクトを手掛けており、代表的なプロジェクトとしてはホーチミン市ビンタン区にある「ビンホームズセントラルパーク」だ。ホーチミン市の大規模レジデンスには高層マンションだけでなく、公園や商業施設を含めた都市開発が行われ、プロジェクトの中心には東南アジアで2番目の高さとなる「ランドマーク81」がそびえる。

      ビンホームズは、住宅プロジェクトにおいては、高層マンション、ヴィラ、タウンハウス、ショッピングモール、レジャー施設などを開発しており、また商業用不動産においては、オフィスビル、ショッピングモール、ホテル、レストラン、カフェなども手掛け、現在では約46,700軒、30万人の入居を誇る最大の不動産事業者となっている。


      レジャー Vinpearl

      レジャー Vinpearl
      ビンパールは、ビングループのホテル・リゾート・エンターテインメント部門でベトナムを代表する高級リゾートブランドでもある。同社は全国各地にリゾート施設を所有・運営しており、ビーチリゾート、ゴルフリゾート、シティリゾートなど幅広い種類のリゾートを提供しており、代表的なものはベトナム屈指にリゾート地であるニャチャンの超大型統合型リゾート「ビンパールランド」などが挙げられる。

      ビンパールの戦略としては高品質でラグジュアリーなリゾート体験を提供することに焦点を当てており、1つ目に施設内の品質維持と豊富なアメニティや娯楽施設を設けることによるプレミアムなリゾート体験の提供、2つ目に多種多様なリゾート開発で、ビーチリゾートやゴルフリゾート、シティリゾートなど顧客の好みやニーズに合わせ、多様な顧客層へのアプローチを可能としている。3つ目に徹底したブランディングとマーケティング戦略の施行により、国内外の両方でブランド認知度の向上と顧客獲得を進めている。


      自動車 VinFast

      自動車 VinFast
      ビンファストは、ビングループの自動車部門であり製造・販売などを担っている。17年にビングループは自動車製造業への参入を公表し、ベトナム・ハイフォン市に工場を建設。その翌年にはイタリアのカロッツェリア※2最大手のピニンファリーナのモデル生産契約、BMWからの知的財産権購入、ベトナム国内のゼネラルモーターズのシボレーディーラーネットワークとハノイ市にある生産工場の買収と、大きく生産能力と販売能力を向上させ、25年までに年間生産台数を50万台まで拡大することを目標としている。

      ビンファストは欧米のノウハウを徹底的に導入したことで、最後発ながら早期の市場参入を果たした点が特徴として挙げられる。上記3社以外にも電動分野や電気系統ではシーメンス、自動車部品はボッシュ、マグナ・インターナショナルとの提携が功を奏して、既製品ベースでありながら設立5年にして欧米市場への輸出を行うことができるようになった。ビンファストの経営目標としては電動車の普及が進む欧米市場の攻略が今後の目標であるとされている。

      第4章 おわりに

      私事になるが、2008年にベトナムの投資有望性について書籍を執筆した。07年に同国がWTOに正式加盟し、流通分野など制約が多かった業種で参入が容易となり同国への期待が高まっている時期であった。「今が投資のチャンス」とやや大げさに筆を振るった記憶がある。

      それから15年経った今、ベトナムの輝きはますます増しているといえよう。ベトナム保健省によると昨年(22年)のベトナムの人口は9,900万人。今年中に1億人を達成する見込みである。人口規模の増大は経済規模の拡大につながる。ハノイ、ホーチミンの1人当たりGDPは6,000~5,000USD台と域内でも有数のレベルとなっている。また、経済安全保障という観点で同国と日本との親和性も高い。米中両国の経済摩擦やロシアのウクライナ侵攻といった地政学的要因を踏まえたサプライチェーン構築において同国は外せない存在である。15年前の前言撤回になってしまうが、市場としてのベトナムの舞台がいよいよ整い、日系企業にとり投資を真剣に考えられる飛躍期に入っているように思う。

      本編でも述べた通り同国は魅力的な市場ではあるが、個別にみると未だまだら模様である。北と南の違い、都市と地方部の貧富の差などから医療、環境分野などの問題も山積しており国として解決すべき大きな問題も多い。同時に、日系企業のベトナム事業も過渡期にある。製造業では従来型のコスト競争力のある人件費を背景とした輸出拠点から、より付加価値の高い製品や製造機能が求められるようになっている。また輸出拠点から消費市場としての位置付けが強まり、事業体制を再構築する動きもみられる。

      三菱UFJリサーチ&コンサルティングはMUFGグループのシンクタンクとしてメコンエリアに根を張ったコンサルティングサービスを展開している。日系企業のベトナム進出はもちろんのこと、近年はタイからの生産事業の移転など域内でのサプライチェーン再編にベトナムを絡めた動きも数多くみられ、各種のコンサルティングサービスを行っている。今後はベトナム財閥の動向についての連載をはじめとして「ArayZ」読者の皆様にベトナムの魅力について数多く発信していきたい。

      (池上 一希)

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