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タイの労務-従業員の雇用前から退職まで-管理概要ポイントとQ&A

タイの労務
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      企業が円滑に事業運営するうえで重要な役割を担う労務。ただ、日本と異なる制度や慣習に戸惑う日本人マネージャーも多いだろう。そこで今回は、従業員の雇用前、雇用中、さらに退職・解雇という一連の流れにおける労務管理の主な注意点をタイで多くの日系企業の相談に乗ってきた社会保険労務士の長澤直毅氏に解説してもらった。

      はじめに

      タイでは従業員との法令や労働条件の見解の相違、解雇時の支払い条件などにかかるトラブルが多く見られます。

      そのため、労働者保護法をはじめとするタイの労働法について日本と異なる部分を把握した上で、法令順守や社内規程整備を行うことが求められます。

      さらに、タイ特有の慣例を十分に把握し労務管理にあたるのが肝要です。特にタイに赴任されたばかりの方は、日本とは異なるタイ特有の法令や慣例に日々驚きの連続かと思います。

      ここ数年では新型コロナウイルスの影響で、会社を一時休業して休業手当を支給したり、業績などを理由として解雇をするケースも増え、これまで以上に労務面での問題が顕在化してきています。

      当社のクライアントの皆様からのご相談を通じて、タイの労働者の労働法や雇用条件への関心が高まっていることが感じられ、入社時の社内規則の確認や退職時のトラブルも増えている印象があります。

      また、最近ではタイの高齢化を受けて限定的ながらも定年を60歳に引き上げる動きや、確定拠出型の積立基金(ナショナルペンションファンド)の導入義務の検討も進んでおり、会社としての労務管理の範囲と重要性は今後ますます広がっていくことが予想されます。

      今回は雇用前、雇用中、退職・解雇時のそれぞれのタイミングで注意すべきタイ労務管理のポイントおよびタイ労務管理チェックリストとクライアントの皆様からよくいただく労務管理のQ&Aをまとめています。今後の会社運営のご参考としていただければ幸いです。

      労務要点

      1: 雇用前

      従業員を雇用する前のタイミングで労務管理上求められることとして、面接時の経歴確認があります。経歴については履歴書に記載されている内容であっても、卒業・成績証明書や在職証明書、前職への在籍の確認が肝要です。

      従業員を雇用する際には雇用契約書の締結と就業規則の説明が必要となります。雇用契約は口頭でも有効ではありますが、トラブルを避けるため契約書の締結が望ましいです。

      言語は英語や日本語でも有効となりますが、契約当事者双方が理解できる言語で作成する必要があります。

      雇用契約には有期雇用契約と無期雇用契約があります。有期雇用契約は2年間などの期間を定める契約となります。有期雇用契約を繰り返し延長する場合には、無期雇用契約とみなされる可能性があるため注意が必要です。

      無期雇用契約は定年までの契約となります。タイでは従来55歳定年が一般的でしたが、近年は高齢化社会の進展に伴い60歳定年とする企業も増えています。労働法上も2017年の労働者保護法の改正に伴い、就業規則に規定がない場合は60歳が定年とされています※1。

      この他、従業員を10人以上雇用してから15日以内に就業規則をタイ語で作成・施行する必要があります※2。

      17年の国家平和秩序維持評議会(NCPO)発令以降は労働局への届け出は不要になりました。

      タイの就業規則に必ず記載する事項は下記の通りです※2。

      ※1 労働者保護法118/1条
      ※2 労働者保護法108条

      タイの就業規則に必ず記載する事項

      1. 1. 労働日、通常労働時間及び休憩時間
      2. 2. 休日及び休日の原則
      3. 3. 時間外労働及び休日労働の原則
      4. 4. 賃金、時間外労働手当、休日労働手当及び 休日時間外労働手当の支給日及び支給場所
      5. 5. 休暇日及び休暇取得の原則
      6. 6. 規律及び懲戒処分
      7. 7. 苦情申し立て
      8. 8. 解雇補償金及び特別補償金

      最低賃金について

      タイには地域別、職種別の最低賃金があり、地域別最低賃金は都県別に定められています。具体的な最低賃金額(日額)は下図の通りです。

      月給者の場合は30日分で計算をするため、例えばバンコクの場合、331バーツ×30日=9930バーツが最低賃金(月額)になります。

      タイの最低賃金

      2: 雇用中

      休暇について

      雇用条件の多くは就業規則に規定されますが、中でもタイの特殊な休暇制度は労務管理上留意が必要となります。

      タイの有給休暇

      ◆ 年次有給休暇(6日)

      年次有給休暇は年間6日間です※3。年次有給休暇の付与方法などはQ&Aをご参照ください。

      ◆ 傷病休暇(30日)

      傷病休暇は年間30日まで有給休暇です※4。取得理由は傷病と限られていますが、会社側が医師の診断書を求めることができるのは3営業日連続で休む時のみ※5のため、本人次第で取得できる休暇と言えなくもありません。

      この休暇は乱用されるケースがあり、傷病休暇を含めて欠勤のなかった場合に限り皆勤手当を支給している会社や、昇給・賞与などの人事考課で加味する会社も見られます。

      ◆ 出産休暇(98日)

      産前産後で98日取得できます※6。そのうち8日間は産前の検診のための休暇で、無給での付与が可能となります。残りの90日のうち45日分は有給とする必要があります。

      ◆ 出家休暇(法的規定なし)

      出家休暇は法定の休暇ではないため、無給でも問題ありません。出家期間は、一般的に1~2週間程度です。法定ではありませんが、出家休暇を認めているケースが多くなっています。  タイは国民の9割以上が仏教徒です。最近は出家しない人もいるようですが、タイ人の男性は総じて一生のうち一度は出家します。20歳前後で出家することが多いようですが、出家にはお金も掛かるため、働いてお金を貯めてから出家するケースもあります。

      ◆ 用事休暇(3日)

      戸籍謄本の取得やIDカードの更新など、政府機関で手続きなどを行うための休暇です。年間3日まで有給で付与する必要があります※7。平日に役所での手続き等をするための休暇という建付けですが、労働者保護法では用事休暇の取得理由の限定はされていません。

      ◆ 兵役休暇(60日)

      兵役休暇は年間60日まで有給休暇です※8。タイは徴兵制を敷いており兵役は2年間ですが、高校時代に軍事訓練を受けることで免除されます。また大卒者は兵役期間が1年で、通常のくじ引きではなく志願した場合は半年になります。一般的にタイの履歴書には兵役免除状況についての項目がありますので、面接の際に確認する場合も見られます。

      以上の休暇をまとめると、出産や兵役休暇を除いても年間で40日近くの有給休暇を付与する必要があります。なお、年次有給休暇以外は買い取りや繰り越しについて労働者保護法では規定されていないため、法的には当年中に限り消化が認められ、退職時の買い取りも不要となります。

      ※3 労働者保護法30条
      ※4 労働者保護法57条
      ※5 労働者保護法32条
      ※6 労働者保護法41条
      ※7 労働者保護法34条
      ※8 労働者保護法58条

      社会保険について

      社会保険や福利厚生に関わる労務対応も重要となります。企業は、一人でも社員を雇っていれば社会保険に加入しなければなりません。保険料は本人と会社が5%ずつの合計10%。現在は月給の上限が1万5000バーツですので、各々750バーツの支払いです。

      しかし、バンコクのオフィスで働く場合、労働者の月給は1万5000バーツを超えていることの方が多いでしょう。

      給付内容は、健康保険(傷病、障害、出産、死亡)、老齢年金、失業保険の3つです。  健康保険は指定の病院でしか使用できないため、利用しない人の方が圧倒的に多いです。そこで会社は福利厚生の一環として民間のグループ医療保険に加入しているケースがあります。

      老齢年金は積み立て式で、180ヵ月以上加入している場合、受給直近の60ヵ月の平均給与の20%が支給されます。老後を過ごせるほどの金額ではないため、福利厚生として確定拠出型プロビデントファンドを採用している日系企業もあります。

      今後BOI恩典企業、100人以上労働者がいる会社などからスタートし、将来的には全企業を対象にプロビデントファンドと同様のナショナルペンションファンドに加入させ、月給の3%から(将来的に10%まで増える予定)拠出するよう義務付けられる予定となっています。

      失業保険は、会社都合の退職の場合、給与の50%(給与基準は最高1万5000バーツ)が最長180日間給付されます。自己都合または契約満了の場合は、給与の30%(給与基準は最高1万5000バーツ)が最長90日間給付されますが、1年間に複数回の申請を行う場合は併せて180日が限度です。

      日本とタイでは社会保障協定が締結されていないため、駐在員は日本とタイの双方で社会保険に加入しなければなりません。なお、取締役は原則加入対象外となります。

      労災保険について

      タイの労災保険は1月1日から12月31日が対象期間で、当年度の見積りを1月31日までに申告・納付します(Kor Tor 26 Kor)。

      確定保険料の申告・納付・還付は2月末までとなっており、見積りの保険料申告・納付とタイミングが異なっています(Kor Tor 20 Kor)。

      なお、初めて従業員を雇用した際には、社会保険登録時に最初の概算保険料の納付を行います。

      労災保険料の料率は業種によって異なり、0・2%から1・0%となっています。例えば、その他サービスのように労災事故の頻度が少ない業種では、0・2%とされています(過去3年間の労災保険からの給付実績に応じて保険料率の増減があり、最も低い場合は0・1%まで下がります)。

      保険料を計算するときの賃金総額は、社会保険に加入する全従業員の給与が対象となります。取締役で社会保険に加入していない人の役員報酬・給与は対象外です。また、1人あたりの賃金が上限24万バーツ(1ヵ月あたり2万バーツ)となりますので、月給2万バーツ超の場合は、一律2万バーツとして計算されます。

      なお、労災保険の給付は傷病、障害、リハビリ、死亡と大きく4つの区分に分かれています。給付額も保険料計算時の上限である2万バーツ/月を基準として計算されます。

      賃金に対する保険料負担率

      3: 退職・解雇時

      解雇補償金について

      タイの日系企業で最も多い労務トラブルが、退職時の解雇補償金かと思います。特に解雇補償金の要否についての知識がなく、トラブルになってしまうケースが散見されます。

      会社都合で解雇をする場合、解雇補償金の支払いが必要となります※9。エビデンスが不足し懲戒解雇に至らない場合、パフォーマンスを理由とする場合、事務所の移転で本人が新しい場所での就労を希望しない場合、会社業績による場合などが該当します。また、定年による退職にも解雇補償金と同額の支給が求められます※10。

      解雇補償金は下記のテーブルに基づき支給が必要となります※9。解雇時の解雇補償金の要否についての具体的な事例は次章のQ&Aを参照ください。

      解雇補償金

      ※9 労働者保護法118条
      ※10 労働者保護法118/1条
      ※11 労働者保護法122条

      最後に

      前出にあるように、タイにおいて就業規則はタイ語で作成します。日本人が就業規則を変更する意思決定をしたとしても、タイ語に翻訳しなければなりません。その間にニュアンスが変わってしまうことがあります。

      ニュアンスが違うことに気づかず、運用して初めて日本人とタイ人のルール・基準の解釈にズレがあることを知るということも起こり得ます。また、タイでの労働でありながら、うっかり日本の法律や慣例に基づき解釈・判断したがゆえに、裁判で負ける事例もあります。

      このように、言語・解釈の違いは大きな壁の一つです。例えば、英語が苦手な人間が英語で書いてある契約書を無理に理解しようとしても、間違えるのが目に見えています。

      その場合は翻訳を社内外に任せて、自分が理解できる言語で確認することです。今まで労務経験のない人が労務の書類を見ても内容の解釈が難しい上に、他言語となればなおさらでしょう。まずは、自分が咀嚼できるまでハードルを下げることです。

      個別の労務対応、労働組合対応などは一時的な判断で終わる内容ではなく、人、モノ、金すべてに紐づくため経営全体の話に繋がります。案件を決定するにあたっては、短期的・長期的にどのような影響を与えるかも検討しなければなりません。このような環境にありながら、駐在員の多くは「一人ですべて兼務」しており、抱え込んでいるのが現状ではないでしょうか。

      選択肢として、社内でも社外でも良いので相談できる人をつくることをお勧めします。日頃からできる準備の一つかと思いますので、いざという時のためにも人脈を築いておいてください。

      タイ労務管理チェックリスト

      労務に関するQ&A

      労務に関するQ&A

      会社の規模や風土、スタッフの顔ぶれによって労務管理に関する悩みは異なってくる。ここでは多くの企業が抱える一般的な悩みから個々に抱えるものまで、一挙に紹介する。より詳しく知りたい場合は「BM Accounting」へ。

      試用期間と事前通知

      Q.今年従業員を増員し、試用期間を119日で設定しています。しかし、この期間で本人のパフォーマンスを十分に確認できなかったため、試用期間をパスさせていいか判断しかねています。試用期間を延長することは可能でしょうか。

      A.合理的な期間であれば、会社と従業員の合意の下で任意で設定することが可能です。
      タイの試用期間は法定の解雇補償金との兼ね合いで120日を超えないように119日で設定されることが一般的に多くなっていますが、試用期間そのものの上限期間は法律では規定されていません。そのため、会社が裁量をもって解雇する権利を留保するという意味での試用期間は、合理的な期間であれば会社と従業員の合意の下で任意で設定することが可能です。

      ゆえに当初設定した試用期間を超えて6ヵ月間などに延長し、その期間中にパフォーマンス等をご確認いただき、今後の雇用継続をご判断いただくことは可能です。上記の通り両者での合意が必要となりますので、雇用契約書の付属書類として試用期間の延長について書面を残したほうが良いと考えられます。仮に試用期間を延長し120日以上のタイミングで解雇をする場合、試用期間中であっても法定の解雇補償金は勤続期間に応じて支払う必要があります。

      また、試用期間中であっても解雇の際には一賃金支払い期間前の通知が必要となります(労働者保護法17条)。一賃金支払い期間前の通知とは1回の賃金支払期間を確保することで、例えば25日支払いの会社では25日よりも前に通知する場合には翌月の25日で解雇とすることが可能です。

      もし25日支払いの会社が5月25日付で解雇とする場合、4月25日以前の通知が必要となります。一方で4月26日の通知の場合、一賃金支払期間が確保されていないため、次の給与支払い日である6月25日以降での解雇とする必要があります。

      土日休日制の導入に向けて

      Q.タイ国内でも土曜休日を求める動きが増えており、弊社でも土日を休日として労働時間を週48時間から段階的に減少していきたいのですが、同様の週労働時間で導入可能でしょうか(月の変則労働時間設定、年の変則労働時間設定などによる法令規制はありますか)?

      A.週48時間を超えない範囲での弾力的な労働時間設定は可能です。
      労働者保護法23条では1日8時間、週48時間までの就労が認められています。

      また、一定の職種において週48時間を超えない範囲で弾力的な労働時間設定(例:月…10時間、火…10時間、水…10時間、木…10時間、金…8時間/合計48時間)も可能ですが、こちらの設定時には従業員の同意が必要となります。

      なお、日本のような月単位での変形労働時間制はタイの労働者保護法では規定されていません。

      コロナによる休業時の取り扱い

      Q.新型コロナウイルスの影響で会社の一時的な休業を検討しています。休業中の従業員の給与は全額支払う必要があるのでしょうか。

      A.不可抗力にあたると考えられる場合には、賃金補償は不要とされています(労働者保護法75条)。

      保健省の担当官の指示により事業所を閉鎖する場合など、不可抗力にあたると考えられる場合には、賃金補償は不要とされています。

      一方で、会社で自主的に判断して休業とする場合は、原則としては100%賃金補償が必要となりますが、業務運営が困難である理由があり、労働局と従業員に一時休業の通知をすることで75%の賃金補償とすることも可能です(労働者保護法75条)。

      また、従業員一人ひとりと個別に給与の減額に同意をしてもらい、一時的に減額をすることも可能です。給与減額の同意書は期限を規定しないと、後日トラブルになる可能性が高いため、一定の期間を記載した上で同意を得て、その後に再度減給の必要がある場合は改めて個別の同意を得ることが望ましいでしょう。

      年次有給休暇の付与

      Q.タイの年次有給休暇の日数や消化の方法は日本とは異なるのでしょうか?

      A.タイでは日本のように勤続年数に応じて付与日数が増える規定はなく、1年勤務した際に年間6日間の有給休暇を付与し、その消化について強制的に実施させることはできません。

      タイでは1年勤務した際に年間6日間を付与することとなっていますが、会社によって任意に日数を増やしているケースもみられます。一斉付与をすることは可能で、その場合中途入社の勤続年数の2ヵ月未満の日数は切り上げで計算します。なお、試用期間中でも勤続期間に含めて算出する必要があります。

      また、タイでは有給取得を強制的に行うことはできず、あくまでも奨励に留まります。未消化の年次有給休暇については買い取り義務が発生する可能性があるため、付与の翌年1年間などでの消化を奨励し、消化しなかった場合については買い取りまたはさらに翌年への繰り越しはしない、ということは可能となります。従って翌年1年間での奨励などが一般的であり、具体的に取得日を指定することはタイでは一般的ではなく、具体的な取得日を指定する場合には個別の同意が必要となります。

      なお、翌年1年間での有休取得を奨励し、従業員が取得をしなかった場合には有休の買い取りの対象とはしないと取り決めておくことが可能です。ただし、繰り越した有給休暇と当年の有給休暇が残ったまま退職する場合、退職理由に応じて買い取りが必要となる場合があります。


      Q.タイ法人の現地社員に対して、残った年次有給休暇に買取制度を設けているのですが、日本同様に次年度繰り越しで最大積立日数の制度を導入することは可能でしょうか?

      A.従業員との合意に基づき、翌年への繰り越しは可能となっています(労働者保護法30条)。
      タイでは1年勤務した際に年間6日間を付与することとなっていますが、会社によって任意に日数を増やしているケースもみられます。一斉付与をすることは可能で、その場合中途入

      タイの傷病休暇に関する対応

      Q.傷病休暇を頻繁に取得する従業員がいるため、1日でも休んだ場合に医師の診断書の提出を求めたいと考えているのですが可能でしょうか?

      A.法定では3日間連続取得の場合のみ、医師の診断書の提出要求が可能となります(労働者保護法32条)。

      タイで傷病休暇を取得する場合、診断書は第一級医師のものとされていますが、クリニックなどの診断書を提出する従業員がいる場合もあります。クリニックの場合は信頼性が低く受診者の依頼で記載内容を変えてしまうケースも散見されますので、第一級医師の診断書を再提出してもらうことをおすすめします。

      なお、社内ルールで1〜2日の傷病休暇取得の場合にも同意に基づき診断書を要求するケースもみられます。従業員本人の同意があっても争いになる場合には、1〜2日の傷病休暇取得時に医師の診断書無しであっても法定の傷病休暇の取得を認めるべきとされる可能性が高いと考えられます。

      また、社内ルールで1日でも傷病休暇を取得する場合に診断書を求める場合には、診断書の取得のための費用負担者について揉めることが多く、会社負担としているケースが多い印象です。

      スタッフに対する減給

      Q.タイでは「本人の同意なく給与を下げることができない」とよく聞きますが、これは具体的にどのような法的根拠に基づいているのでしょうか?

      A.労働関係法第5条、第10条及び第20条です。
      上記規定により給与は雇用条件の一部となり、従業員との合意なく雇用条件に反する取り扱いをすることはできません。ただし、労働者にとって有利になる場合はその限りではありません。そのため、給与を上げる場合には本人からの同意は不要となりますが、給与を下げる場合には本人からの同意が必要となります。

      なお、日本では労働契約法8条及び9条に基づき合意によって雇用条件の変更が認められ、合意なく不利益変更ができないとされているため、不利益変更については本人からの同意が必要となっています。

      雇用条件の変更・降格

      Q.スタッフのパフォーマンスを考慮して、降格を考えています。どのように対処すればいいでしょうか?

      A.原則として雇用条件の変更(降格や減給)の場合には事前に本人の同意を書面で取り付けておくことが必要となります。
      労働関係法の第20条では、雇用条件に関する合意事項が適用された場合、雇用者や雇用条件に関する合意事項に抵触・相反する雇用契約を被雇用者と締結してはならないと記載されています。

      従って、原則として雇用条件の変更(降格や減給)の場合には事前に本人の同意を書面で取り付けておくことが必要となります。降格や減給の条件について書面で通知し、ご本人にも納得いただいたうえで同意のサインをいただくのが良いと考えられます。

      また、タイでは労働法で賞与の金額や決定方法について法令での定めはなく、賞与の決定については会社に裁量があります。そのため、年によって金額が変動(減額含む)することや、従業員によって差が出ることは認められており、ご本人のパフォーマンスを考慮して今後の賞与の支給額を調整することは可能と考えられます。その場合、就業規則などで「ただし、経営上重大な状況が発生した場合には、上記に関わらず支給額の一部または全部を支給しないことがある」のように賞与の支給をしない・減額する可能性がある旨規定しておくことが望ましいです。

      ただし、雇用契約書や就業規則等で一定の金額の支給を保証している場合には、その記載内容に従う必要があり、従業員に不利な内容に変更する場合には不利益変更にあたり従業員の個別同意が必要となります。なお、タイで従業員からの同意の取り付けが必要な事項としては以下があります。

      1. 労働条件の変更(就業規則の改訂、異動・転籍、その他不利益変更) (労働関係法20条)
      2.  変形労働時間制 (労働者保護法22条、仏歴2541年勅令及び労働省規則第7号)
      3. 時間外勤務 (労働者保護法24条)
      4.  役員、研究者、管理者、会社・財務社員にかかる妊娠中の時間外勤務 (労働者保護法39/1条)
      5. 銀行口座への送金、外貨建での給与支払い (労働者保護法54条、55条)
      6. 給与からの控除(積立預金、損害賠償金、控除上限の例外) (労働者保護法76条)

      整理解雇の進め方と留意点

      Q.業績悪化に伴い、一部の従業員の整理解雇を検討しています。解雇を進めるにあたっての注意点を教えてください。

      A.本人の責任による懲戒解雇か、会社都合での解雇か、不当解雇(または本人が労働局に訴える場合や労働裁判を起こす場合)か、3つのケースによって対応が変わります。
      整理解雇を含む会社都合での解雇の場合は、本人の合意は必ずしも必要ではありません。ただし、業績悪化に伴う整理解雇を会社都合の解雇として行う場合には、業績悪化の程度などにより不当解雇とされる(業績は悪化しているが解雇するほどには至っていないとの見解など)可能性が考えられます。

      そのため、会社都合の解雇として解雇補償金(機械導入などによる整理解雇とされる場合は特別解雇補償金を上乗せ)の支払いをすること、退職後に一切の金銭の要求を会社にしないことについて本人の同意を書面で取り付けておくことで、後日不当解雇と訴えられるリスクがなくなります。

      なお、会社都合の解雇の場合には、事前通知(一賃金支払期間前、ただし機械導入などによる整理解雇とされる場合は60日前の通知)、勤続期間に応じた解雇補償金の支払い、年次有給休暇の残日数分の買い取りが必要となります。


      Q.従業員が会社のルールを守らなかったりトラブルを起こしたりすることがあり、警告書や解雇通知の発行を検討しています。発行にあたって気をつけたほうがいいことはありますか?

      A.警告書や解雇通知に対象者の署名があった方がリスク回避に繋がります。
      会社のルールを守らない従業員への警告や懲戒解雇については、労働者保護法119条4項で就業規則または使用者の法に沿った正当な命令に違反し、使用者が文書で警告を行った場合に懲戒解雇が可能とされています。警告書は労働者が違反行為を行った日から1年間有効となります。警告書発行の後、1年以内に同じ事由で再度違反がある場合に解雇可能で、重大な違反の場合には事前の警告なく即時解雇とすることが可能です。

      警告書や解雇通知に本人サイン欄は必須ではありませんが、署名があった方が本人も内容を確認済みであることの証明となるため、一般的には署名欄を設けている方が多くなっています。

      警告や解雇通知を受けた従業員本人がサインを拒む場合、従業員に警告内容や解雇理由を説明し立会人(HRマネジャーや上司など)がサインをする、または従業員の住所宛に内容証明付きで郵送するなどの方法により本人への通知証明とすることも可能です。

      定年退職に関わる規定・取り扱い

      Q.社内規定に定年に関する記載がなく、雇用契約書もないので、新たに定年規定を追記したいと考えていますが、従業員との合意以外で注意事項(設定年齢など)はありますか?

      A.タイの法令では就業規則に規定がない場合、60歳を定年とすることとされています(労働者保護法118/1条)。
      上記規定により、これから55歳など60歳を下回る定年年齢を設定する場合、不利益変更にあたり従業員の同意が必要になると考えられます。

      60歳を超える定年年齢については従業員に有利な設定にあたりますが、あまり高齢に設定して定年時の退職金(解雇補償金)の受け取りが遅くなる場合に敬遠される(不利益と主張される)可能性も考えられますので、60歳を超える年齢で設定する場合も同意を取り付けるのが望ましいです。


      Q.現地採用の日本人ディレクターに関する定年は、タイ人同様タイの労働法に基づいた設定なのでしょうか?

      A.出向者の場合には、出向契約や出向規程で別途労働条件を規定するケースが多くなっています。
      労働法は属地主義のため原則は就労する国の法令に従うことになりますが、出向者の場合には一般的に出向契約や出向規程で別途労働条件を規定するケースが多くなっています。この場合、一部の法令(勤務時間、週休、祝祭日など)は現地の法令に基づきますが、年次有給休暇、休暇制度、定年退職金などは出向契約や出向規程に基づき、日本本社の規定に従う場合があります。


      Q.日本のように定年後の再雇用として給与や昇給、賞与などの待遇条件を下げての雇用継続は可能でしょうか?契約切り替えにあたっての注意点も教えてください。

      A.退職金支払い後の場合は可能です。

      従業員の定年後、会社が退職金(解雇補償金)を支払ってから再雇用として待遇条件を下げての雇用契約は可能です。有期雇用への切り替えにあたっては雇用契約が別になりますので、給与などの待遇面は定年前よりも引き下げることもできますが、有期雇用契約時に契約内容をご本人にしっかりと確認し、納得のうえで契約書にサインをしていただくことが重要です。給与は地域別または職種別の最低金額以上とする必要があります。

      特定有期雇用契約(季節的・臨時的な業務等で2年間の有期雇用、かつ解雇補償金の支給をしない旨を明記している雇用契約)については解雇補償金の支払いが不要となります(労働者保護法17条)。ただし、一般的には季節的・臨時的な業務等と認められるケースは限られるため、有期雇用契約の場合であっても一般的には解雇補償金の支払いが必要となります。なお会社の要望で定年後も継続して雇用する場合、タイでは一般的に定年前と同等の条件で継続雇用をするケースが多いかと思います。

      寄稿者プロフィール
      • 長澤 直毅 プロフィール写真
      • BM Accounting Co., Ltd. / BM Legal Co., Ltd.
        社会保険労務士、米国公認会計士(inactive)、USCPA(inactive)
        長澤 直毅 President

        社会保険労務士法人の代表社会保険労務士としてアジア各国での就業規則、雇用契約書作成、労務監査を対応。2012年よりインドネシア・ジャカルタ駐在、13年にはタイ・バンコクに駐在。16年にBM Accounting Co., Ltd.およびBM Legal Co., Ltd.を設立。バンコクに常駐してタイでの労務管理、解雇にかかる対応、労働組合、従業員・福祉委員会の対応にかかる相談、人事制度作成時の相談、会計・税務その他経営に関する相談、会計ソフト導入支援などを行う。

      • BM ロゴマーク
      • BM Accounting Co., Ltd. / BM Legal Co., Ltd.

        タイで事業を行う日系企業・事業主の皆様が本業に専念できるよう、 会計・税務・労務にかかる相談対応、業務代行を行っております。

        E-mail: na-nagasawa@bm-ac.com
        Mobile: 085-415-8910(長澤 直毅)
        http://www.businessmanagementasia.com/jp/home

        BB building F12 No.1213, 54 Soi Sukhumvit 21 (Asoke) Road, Kwaeng Klong Toey Nua, Khet Wattana, Bangkok 10110, Thailand.

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