【シンガポール】水問題克服へ「百年の計」=汚水、海水もフル活用

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地球温暖化に伴い水不足が世界各地で深刻化している。564万人と兵庫県並みの住民が淡路島ほどの国土に暮らすシンガポールも、雨量は多いものの平地ばかりで保水力が弱いため水自給は難しく、国家存亡にかかわる重大事として、1965年の独立から「国家百年の計」で取り組んできた。雨水、汚水、海水をフル活用する仕組みが整いつつあり、悲願の「水自給率100%」が見えてきた。 (シンガポール支局 新井佳文)
四つの「蛇口」
「シンガポールには水源となる四つの『蛇口』があります。マレーシアからの輸入水、貯水池にためる雨水、海水の再生水、そしてニューウォーター(汚水再生水)です」。公益事業庁(PUB)が東部チャンギで運営する水処理工場を訪れると、係員が解説してくれた。国内にはこうしたニューウォーター製造工場が4基ある。
下水は工場でフィルター処理された後、細菌やウイルスなどの不純物をろ過により除去し、さらに紫外線による殺菌を経て、きれいな水に生まれ変わる。人間の排せつ物さえ含む汚水の再生水を飲むことには抵抗があるかもしれないが、国民の受容度は高まっているという。係員は「ニューウォーターは主に工場やビルの冷却システムで使われ、一部は上水道にも供給されて飲み水となります」と話した。目指すは、「一滴残らず回収」「無限に再利用」だ。
ニューウォーター実用化に、日本人研究者が貢献している。東京大学の山本和夫名誉教授だ。山本氏は1988年、世界で初めて実用化された浸漬(しんし)型膜バイオリアクター(MBR)の試作開発に成功。特許を主張しなかったことから自由な研究開発が促され、シンガポールも下水排水処理にMBR技術を取り入れた。政府は今年3月、水問題解決に貢献した人を讃える「リー・クアンユー水賞」を山本氏に贈り、敬意を表した。
ニューウォーターのほかに、雨水をためる貯水池の拡充も進めてきた。複数の貯水池が「水がめ」として整備され、湖畔は散策やカヌーなどレクリエーションを楽しめる市民憩いの場になっている。人口過密都市のシンガポールが意外と緑豊かなのは、逆説的だが、水資源が乏しかったからだ。観光名所マーライオン像が水を吐き出す先のマリーナ湾でさえ、以前は海だったが、淡水の貯水池となった。今では国内に17ヵ所の貯水池がある。
海水淡水化の施設も次々に整備されている。汚水再生と海水淡水化に関する技術は世界最高水準に達しており、シンガポールは水処理分野でも一大拠点になっている。
マレーシア依存脱却目指す
四つある「蛇口」の残る一つが、主力になってきたマレーシアからの輸入水だ。しかし、生活に欠かせない水を外国に依存することは安全保障上リスクがあると考え、依存脱却を目指してきた。
1965年の国家独立は華々しいものでなく、イスラム系住民が主体のマレーシアが華人系が多いシンガポールを追い出したと言えるものだった。独立を宣言したリー・クアンユー初代首相が涙ながらに国家存続の不安を語る映像が残されている。飲料水のマレーシア依存も不安要因の一つで、実際、マレーシアの政治家はことあるごとに「水供給を停止する」と脅してきた。
マレーシアからの水輸入は62年に結んだ水協定に基づき行われてきた、協定は2061年に期限を迎える。シンガポール政府はこの年を目標に、100年計画で水自給確保に取り組んできた。現時点でも水自給はほぼ可能になっているが、今後の住民急増に対応して水供給力も拡大していく必要がある。クアンユー氏の長男であるリー・シェンロン首相も、水供給確保のためにインフラ建設を継続し、新技術の開発と投資を行っていくと発言しており、政府が水自給確保に賭ける決意は揺らいでいない。
※この記事は時事通信社の提供によるものです(2022年11月25日掲載)
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