アーカイブ

Runexy (Thailand) Co., Ltd. | 端末のログ収集とセキュリティ教育で海外拠点からの情報漏洩を抑止

PC端末経由で行っている操作をログ「MylogStar」

RUNEXY (THAILAND) CO., LTD.は、ICTソリューションプロバイダー、株式会社ラネクシーのタイ法人。2020年4月に設立し、グループの主力製品「MylogStar(マイログスター)」をタイで販売・サポートするなどしている。同製品はPC操作時のログを自動で収集・管理し、不正操作や情報漏洩などを防止するセキュリティソフト。発売以来6,000社が採用し、35万ライセンスを発行するヒット商品だ。コロナ禍に伴うテレワークの広がりなど、タイでも関心の高まった情報漏洩に対する危機意識。その最先端で活躍する優れた製品に注目が集まる。

「MylogStar」について教えてください

日タイ共同開発のMylogStarは、PC端末毎にインストールすることで作動するログ管理ソフトです。収集したログは、社内のサーバにも保存できますが、当社が提供するクラウド上でも保存が可能です。サーバの場合、その場所に実際に赴いて確認しなくてはなりません。一方、クラウドは24時間遠隔でアクセスできますので、近頃はそちらの利用に関心が高まっています。

保存されるログには、いつ・誰が・どのファイルにアクセスし・それを・どの場所へ・どうした、といった情報が自動で記録されます。これにより、社内からのデータの持ち出しに機動的に対抗できるとともに、強い抑止効果を生みます。USBなどの外部デバイスについても対応しており、決められた時間内でしか作動しないよう設定して情報の漏洩を防ぐことができます。

テレワークが広がる中、在宅従業員の労働管理にも役立ちます。始業時、PCのスイッチを入れた段階から全てのログの収集は始まります。アプリを立ち上げている時間だけがわかるサービスは他社にもありますが、マウスとキーボードの操作時間もアクティブタイムとして記録できるのがお客様から喜ばれる理由の一つです。

タイで必要な情報漏洩対策とは

情報漏洩は外部からの攻撃でも起こります。身代金を要求するランサムウェアなどいわゆる標的型攻撃です。拡張子が変更されるとアラームで知らせる機能は標準装備されていますが、人に対する対策も施さなくてはなりません。そのために当社が提供しているのが、セキュリティ教育企業GSX社が開発したeラーニング型学習コンテンツ「Mina Secure」です。

アニメーションを用いた分かりやすい仕様となっており、理解度テストも同梱されています。防災訓練のようにトラップ(罠)メールを従業員にわざと送り、習熟度を測ることもできます。ウイルスの侵入を防ぐためにはセキュリティ対策だけでなく社員の意識改革も必要です。

ICHIパビリオンではどのような展示を予定されていますか

タイ語の解説も交え、セキュリティ対策について定量的に見える形でご紹介予定です。また、日本本社で研鑽を積んだタイ人エンジニアによる安心のサポート体制についても訴求したいと思っています。セキュリティの脆弱性を狙われ、海外拠点からの情報漏洩リスクが高まっている今、現在の対策に不安のある方々はぜひご相談ください。

出展記念キャンペーン


【お問い合わせ】 Runexy (Thailand) Co., Ltd.

Runexy (Thailand) Co., Ltd.ロゴマーク

担当:示村
TEL: 02-258-5870
E-MAIL: th-mls-sales@runexy.co.jp
URL: https://runexy.co.th/

253 Asoke Building 28 Floor, No.253, Sukhumvit 21 Rd. (Asoke), Klongtoey Nua, Wattana, Bangkok 10110

中国企業のタイ進出とその影響

タイの工業用地市場、 中国EV関連サプライヤーの進出で再び活況

世界的なEV市場の成長期待に伴い、中国EVメーカーのタイ進出が増加している。BYDや広州汽車、長安汽車といった大手メーカーだけでなく、関連のサプライヤーも多数進出しており、EEC(東部経済回廊)のチョンブリ県やラヨーン県の工業団地で土地の売買が活発だ。

中国系メーカーは特に迅速な意思決定で知られる。筆者が直近で取り扱った60ライ(96,000㎡)、40ライ(52,000㎡)、30ライ(48,000㎡)など大規模な土地であっても、1~2ヵ月で土地購入を決定したケースもある。一般的な日系企業の場合、これらの意思決定には半年から1年は要すだろう。

2012年、13年にはタイの工業用地取引で「工業用地バブル」が発生した。当時はタイ国内の移転需要が主因だったが、現在は中国や台湾からの新規進出が主流になっており、工業用地市場はプラスサム状態となっている。チョンブリ、ラヨーンエリアでは、今後も工業用地の需要が増加し、土地価格は恒常的に上昇していくと予想される。アマタシティラヨーン工業団地やイースタンシーボード工業団地周辺の土地が完売状態のため、現在は更に東に車で30分程度の内陸地に工業団地が開発されている。

タイの産業多様化、中国企業の進出で加速

EVや電子部品産業に注目が集まる中、タイではそれ以外の業種からの進出も増加している。一例として、グーグルホームなどのホームスピーカーメーカーも全世界向け輸出拠点として構築している。この企業はアップルウォッチやマックブックなどの受注獲得も狙っていると聞く。また、アメリカの大手スーパーマーケットチェーンであるウォルマートやホーム・デポ、ロウズなどへの製品供給を行う中国企業も多数タイに進出している。これらの企業はタイで製造し、全量を米国へ輸出するという企業も珍しくない。そのため、保税区エリアを求める企業や、一般区から保税区へ切り替え申請する企業も増加中だ。

2000年代まで日系企業を中心にタイを製造立国化した流れを、2020年代に入り中国企業がタイのアジア製造業ハブとしての地位向上を後押ししていると捉えることもできる。タイは今後も様々な産業の進出を受け入れ、地域経済の発展に貢献し、産業構造の多様化と国際競争力の向上が期待される。

しかし、中国企業のタイへの進出ラッシュがもたらす影響は、必ずしも良い面ばかりではない。特に顕著な問題の一つが人材の引き抜きだ。工場長、エンジニア、生産管理者など、高度なスキルを持つ人材の獲得競争が激化している。この状況は、チョンブリやラヨーン周辺で特に目立つ。企業は、人材流出防衛のために昇給や賞与の増加、手厚い福利厚生を提供しなければならず、これによってコストの上昇は避けられない。長年かけて育てた優秀な人材が好条件で引き抜かれると、企業にとっては大きな損失である。タイでは、もともと管理職やエンジニアといった人材が不足していると言われており、人材問題に関しては根本的な解決策がまだ見つかっていないのが現状である。

中国企業のタイ進出の裏側 : ある中国製造業社長の話

中国本土に本社を持つ、ある製造業の中国人社長に、タイ進出の理由を伺うと、「中国国内にいることのリスクを感じたから」と話す。中国の地方政府は、中国の一帯一路政策を背景に、海外進出を推奨しており、中国元を国外に送金できることから進出を決意したという。

昨今の中国の経済の停滞感から、中国から多額の資本が流出していると筆者は認識している。しかし、いまだに地方政府が中国企業の海外進出を後押ししていることには驚かされた。 将来的に中国に戻る意志については、「個人的には中国に戻る気はなく、最終的には香港に戻ることを考えている」と語る。タイに既に30ライ(約48,000㎡)の土地を購入し、更に追加で30ライ程度を買い増しするという計画とのこと。

また、その社長の知人もタイへの進出を決定しており、建物の購入を決めた。おそらく、タイに進出してくる中国系企業は、筆者が把握している数の何倍も多いだろう。

純粋に製造するための拠点を探すというのみでなく、合法的に海外に移住できるメリットを最大限に享受したいと考える中国人も多数いるのではないかと邪推する。

寄稿者プロフィール
  • 高尾 博紀 プロフィール写真
  • GDM (Thailand) Co., Ltd.
    高尾 博紀

    早稲田大学商学部卒業。2008年来タイ。1,500,000㎡を超えるタイ不動産取引実績を有し、企業の不動産取得支援を行っている。ホテル・オフィス用地や工場倉庫用地及びホテルやオフィス、商業施設などの事業用不動産売買に強みを持つ。「タイで最も土地取引を行う日本人」として、豊富な知見を生かし企業の投資に関するコンサルティングなども行う。

  • GDMロゴマーク
  • 電話 : 086-513-7435(高尾)

    Eメール : takao@gdm-asia.com

    57, Park Ventures Ecoplex, 12th Fl. Unit 1211 Wireless Road, Lumpini, Patumwan, Bangkok 10330

タイコロナ、そして米中貿易摩擦でどう変わった?不動産の潮流2023-物流・工業団地編-

 タイは2020年を境に大きく環境が変わった。米中貿易摩擦やコロナ禍における対応など、習近平政権下のいつ何が起こるか分からない政治の動きに対し、中国国内の製造業が国内に留まることはリスクだと考え始めた。そして、中国からの離脱で注目を集めたのがタイだった。中国に進出していた日本企業や外国企業だけでなく、中国企業までもがタイ進出を加速させている。今回は、そんな製造業の進出動向と絡め、物流と工業団地の観点からタイ不動産の潮流を見ていきたい。

インフラ・物流網

中国からの生産移管の動き

米中貿易摩擦はアメリカと中国だけに影響を及ぼしたわけではない。中国に進出している外国企業が中国での操業はリスクになるという考えを持つきっかけの1つになった。また、中国における人件費や原材料費などの高騰も相まって、日系企業も同様に中国リスクを無視できなくなっていた。

さらに、コロナ禍の中国による「ゼロコロナ」政策による供給網混乱や半導体不足の深刻化により製造業が停滞したことで、日本のサプライチェーンの脆弱性が顕在化した。それを受け、経済産業省では、2020年から「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」を実施している。これは、海外における生産拠点の集中度が高く、かつ、サプライチェーンリスクが大きい製品・部素材に関し、サプライチェーンの強靱化を図ることを目的として、国内の生産拠点等の整備を進める場合に支援するものである。

製造拠点としての求心力が弱まってきた中国において、中国に拠点を置いていた日本企業や外国企業に限らず、中国企業までもが国外へ拠点を移す動きが活発化しており、その移転先の一つとしてタイが注目されている。

タイのインフラ開発状況(2020年時点)

タイの製造業を支える物流網

タイ製造業における特長の1つに製造業が集積しているエリアの密度が挙げられる。タイの主要な工業団地群はバンコクから車で3時間圏内にあり、例えばバンコクの北側にあるアユタヤからタイ東部に位置する東部経済回廊(EEC)内にあるラヨーン県のイースタンシーボードまで約200km、ほぼ高低差もなく車なら2時間半程度で到着できる。製造業の中心地であるバンコク近郊からEECエリアにある工業団地群であれば、あらゆる部品が半日もかからずに入手できる環境にあるということになる。

この製造業の中心地には強固なサプライチェーンが構築されている。これはトヨタが1964年に製造を開始して以降、さまざまな企業の努力により長年かけて蓄積してきた貴重な資産と言えるだろう。ほかの国が真似しようとしても短期間で取って代われるようなものではない。

前述のように、主要な工業団地間を3時間圏内で運送可能にしているのが、発達したタイの物流網だ。各国の舗装された道路の総距離の推移(次頁図表1)を見ると、タイは14年から19年にかけて約2.5倍と他国と比較しても高い伸びを見せている。タイ政府が主導してインフラ整備に注力しているためだ。

製造業の発展には充実した物流網は欠かせない。部品や完成品が滞りなく移動することで、スピード感をもったものづくりが実現できる。物流基地(ハブ)を戦略的に配置し、ハブとハブの間を結ぶ幹線ルートとハブ周辺をカバーする集配網を構築するハブアンドスポーク戦略は、この充実したタイの陸路網によって下支えされている。

さらにタイは陸路物流以外にもレムチャバン港やウタパオ空港、スワンナプーム国際空港の整備・拡張など、海運、空運ともにバランスよく整備を進めている。整備された陸路輸送、そして同時に海路、空路を融合した国際ゲートウェイ機能は、タイが世界の輸出拠点として確固たるポジションを獲得するためには欠かせない。

タイの恵まれた立地も忘れてはならない。東南アジア、特にカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの中心的位置にあることを生かし、また、周辺国ネットワークを活用したビジネスモデルはタイ政府の政策も奏功し、この地域のハブとして独自の位置付けが確立されつつある。

物流企業にとって立地は重要だ。狭いエリアで配達件数が多い場所は、効率良くものを運べるため、物流の最適なエリアといえる。バンコク周辺やEECなどは顧客が密集しているため、物流業者にとって、魅力的な立地だといえよう。以前、BOIの恩典がなくなった労働集約型の製造拠点は近隣国に移し、最終完成だけタイで行うという効率化の話もあったが、現在ラオスやカンボジアの人件費も高騰しており、また、各国で現地法人を設立する手間や長距離になる輸送コストなどを考えると、タイ国内にまとめようというのが今の潮流と言える。
アジア全体で見ても、今後市場は拡大していくことは明白だ。タイはこの膨大なアジア市場へ容易にアクセスできる立地にあり、製造・輸出拠点としてさらに重要な位置付けになっていくだろう。製造業においては、この成長市場の需要に応えるための中長期的な視点が必要となる。

東南アジア主要国の舗装道路の総距離

異業種からの物流業界への参入

近年、物流業界に異業種からの参入が増えている。その理由としては、物流市場の拡大、成長性、ニーズの多様化が挙げられる。特に、電子商取引(EC)の発展やグローバル化により、物流ニーズが増加している。

異業種が物流業界に参入する旨味は、自社の製品やサービスと物流サービスの組み合わせによる新たな価値提案や差別化が可能になることだ。また、独自の技術やノウハウで競争力を高めることができる。

無論、参入にはメリットとデメリットがある。メリットは、新規市場へのアクセスや事業の多角化によるリスク分散である。デメリットは、物流業界への理解不足や初期投資が大きいこと、既存の物流業者との競争や規制への対応が課題となることだ。

異業種からの参入が物流業界に与える影響は大きい。業界全体の競争力が向上し、効率化や技術革新が促進される。異業種の知見が取り入れられることで、サービス水準が高まることも期待できる。しかし、市場の過剰競争や業界再編が進むことで、既存の物流業者には厳しい状況が続く可能性がある。

このように異業種からの物流業界参入は、新たなビジネスチャンスや競争力向上の機会を提供する一方で、デメリットや業界への影響も考慮する必要がある。業界参入を検討する企業は、これらの点を総合的に評価し、適切な戦略を立てることが重要である。

タイの道路舗装の総距離は他の東南アジアの国々を圧倒する

物流業界の高度化~自動化、冷凍冷蔵、危険物保管~

タイの物流業界も世界の潮流同様に、ECの拡大やグローバル化、消費者の多様化したニーズに対応するために、高度化が求められている。

自動化技術は物流業界で重要な役割を果たしている。労働力不足やコスト削減、効率化を実現するために、AIやロボット技術を用いて倉庫内の作業を自動化することで、労働力を節約し、より迅速な配送が可能になる。

冷凍冷蔵技術は食品や医薬品などの品質を維持するために欠かせない技術であり、物流業界での需要が高まっている。より高度な温度管理技術を持つ物流サービスが求められ、冷凍冷蔵技術を活用することで品質の維持や安全性の確保、製品の鮮度維持などが可能になる。

危険物取扱に関しても、可燃性物質や化学物質などの危険物の輸送が増えており、安全かつ効率的な運搬手法が求められている。物流業者は、適切な包装や運搬方法を研究し、危険物の取り扱いに関する知識や技術を向上させることが重要である。安全な輸送に対するニーズが高まる中、危険物取扱に関する技術はますます重要になっている。

物流関連新規ニュース

ロジテムタイランド、ロジャナ レムチャバンに物流施設を新設

ロジテムタイランドは、倉庫・配送サービス事業拡大のため、2023年3月に物流施設を竣工した。レムチャバン港に近いロジャナ工業団地レムチャバン内に立地する。倉庫面積は約14,000平方メートルで、一部に危険物倉庫の機能を兼ね備えている。
ロジテムタイランド、ロジャナ レムチャバンに物流施設を新設

シノ・ロジスティクス、サラ・エステートと提携

シノ・ロジスティクスとサラ・エステートは2023年3月、タイの物流事業で戦略的パートナーシップを締結した。両社は保税倉庫や冷凍倉庫の共同開発を行う。この提携により、サラ・エステートの不動産・インフラ知識とシノ・ロジスティクスの物流専門知識を組み合わせ、顧客への多様な選択肢を提供し、タイの物流産業発展への貢献を目指す。
シノ・ロジスティクス、サラ・エステートと提携

TMX、タイに支社設立を発表。アジア市場にサービス展開

デジタルサプライチェーン管理コンサルティング会社TMXは2023年3月にタイ支社の設立を発表した。シンガポール、マレーシア、ベトナムを含むアジア市場にサービスを展開。タイをアセアン域の物流ハブとして戦略的重要点と位置付ける。TMXは、地域のサプライチェーンの機敏性と適応性を高めることで、東南アジアの成長を支える役割を果たす。
TMX、タイに支社設立を発表。アジア市場にサービス展開

SCGロジスティクスとJWD、合併手続き完了

タイの素材最大手サイアム・セメント・グループ(SCG)傘下の物流会社SCGロジスティクス・マネジメント(SCGL)と地場物流会社JWDインフォ・ロジスティクスが合併に向けて実施した株式交換が2023年2月14日付で完了した。合併により誕生したSCG・JWDロジスティクスの売り上げ規模は2社の21年時点の業績の単純合算で255億4,800万バーツ(約997億円)となり、同社はASEAN最大の物流企業への成長を目指す。
SCGロジスティクスとJWD、合併手続き完了

THPD、スワット・モビリティと提携しAIと機械学習を活用

タイ・ポスト・ディストリビューション(THPD)はシンガポールのスワット・モビリティと2022年7月に提携し、AIと機械学習を活用した配送負荷とルートの最適化を共同研究することで合意した。この提携により、THPDの物流業務が強化され、カーボンニュートラルなモビリティへ推進を狙う。スワット・モビリティのAI搭載システムは、ルートプランニングを自動化し、車両の積載量を最適化することが可能となる。
THPD、スワット・モビリティと提携しAIと機械学習を活用

プルクサ、オリジン・プロパティ等タイの物流市場に異業種からの参入が相次ぐ

バンコク周辺やEECでは物流業者が数多く参入していることから、ただ運ぶだけでなく付加サービスが求められるようになっている。実際、プルクサ(住宅開発デベロッパー)がバンナーエリアに100ライ超の土地を取得し、物流センターの開発の準備を進めているほか、東急不動産はシンガポール子会社の東急ランドアジア(TLA)を通じて、オリジン・プロパティ(不動産デベロッパー)などとバンコクで2つの物流施設開発事業に乗り出すなど、異業種から参入する動きがある。そのため、冷凍・冷蔵や、半導体などの温度管理が重要となるものの定温輸送、危険物取り扱いなど、各社で差別化が進んでいる。そのほか、スマート物流センターなどを整備し、自動化による業務効率を向上させることでコスト削減を進めるといったことも始まっている。

物流業界インタビュー
拡大する自動倉庫需要〜タイ経済成長の原動力に

電子商取引(EC)の発達や人手不足を背景に倉庫の自動化ニーズが高まっている。自動倉庫はどのような課題解決や価値創造をもたらすのか。冷凍冷蔵倉庫の市場で日本トップクラスのシェアを持つIHIグループに世界の潮流やタイでの需要の変化などについて聞いた。
[インタビューアー]IHI ASIA PACIFIC (Thailand) Co., Ltd. Section Manager 横山 雄太 氏

タイの物流現場が抱える課題

「所得が向上するなど鮮度の高い生鮮品を求めるようになった一方で、過酷な物流倉庫の現場では人手不足が顕在化しつつあるのがタイの市場。そこに、自動化・省人化の技術が生かせる余地はまだまだある」と話すのは、IHIのタイ・アセアン地域の統括法人IHI ASIA PACIFIC (Thailand) Co., Ltd.の横山雄太マネージャー。今後も市場のニーズは拡大していくと読む。

自動倉庫がもたらす効果

その最大の理由が数多くある利点だ。極低温という環境下では労働力の確保が難しいことに加え、どうしても人為的なミスが起こりがち。物流の現場では、自動設備の導入によって先入れ先出しの徹底はもちろん、誤出荷の防止、保管効率の向上も図ることができる。ある顧客のケースでは、高さを有効活用することで最大5倍の同効率をアップすることができたという。

人手によるフォークリフトの作業も減ることから、荷物の破損リスクも大幅に低減。フォークリフトの台数そのものも削減することが可能となった。溢れた在庫を外部に委託、横持ちする機会も減ることから、この分野の費用も削減可能となる。結果、大幅なコスト削減が図れた事例は数に限りがない。

もちろん、初期投資や年間維持費が必要となるものの、リース方式を組み合わせることで単年度の支出を抑制することもできる。「(導入後の)トータルコストで考えた時、自動化・省人化がもたらす効果は計り知れない。在庫管理が確実になされ、作業品質が向上することでステークホルダーからの信頼にも繋がる」(横山氏)というのが同社の見解だ。


IHIの自動倉庫
動画で見る

世界の自動倉庫の潮流

欧米や日本市場では、すでに50年以上も前から導入が始まった自動倉庫。コロナ禍を経験した昨今はECの普及から、仕分けやピッキング分野での自動化ニーズの高まり、パレット単位からピース単位への取り扱いの細分化など、個配需要が拡大している。自動倉庫は他の物流機器との組み合わせにより、こうした分野にも柔軟に対応が可能だ。市場が未発達だったタイでは長らくニーズが直結せず、労働力の安さもあって人海戦術が主流を占めてきた。そこに登場したのが、折からの市場の変化だった。つい10年ほど前のことだ。

タイにおける自動倉庫需要の変化

生活スタイルの変化や所得の向上に伴い質の高い食材等を求めるようになったタイの中間所得層。加えて冷蔵冷凍製品やペットフードなどの輸出が拡大し、世界の台所としての地位が高まったことも大きく作用した。一方、労働市場は少子高齢化の加速から労働力の確保が今後ますます困難になっていくと予想される。今後も拡大するコールドチェーンや社会課題に対応するためには、自動化・省人化はもはや緊急の課題と言える。

新時代を迎えたタイの物流倉庫事情。横山氏は「タイが産業の高度化を実現し、今後も経済成長を続けて高所得国入りを目指すならば、更なる自動化の流れは不可避だ。物流品質の向上は産業を育成させ、海外企業を呼び込む原動力にもなる」と話す。


◆ IHI企業情報
造船や航空宇宙事業で知られる株式会社IHI(旧石川島播磨重工業)。コロナ前の2018年にはタイで最大級の冷蔵冷凍物流センター設備を受注。マイナス25度以下帯、0~4度帯、常温帯と3温度帯に対応する広さ2万5000平方メートルの大規模倉庫を整備し、話題をさらった
電話 : +66-2-236-3490
Eメール:ihiapt-sales-thai@ihi-g.com


工業団地

工業団地

タイ製造業の歴史

1960年代初頭までは、タイはまだ農産国だった。タイ政府が外国企業の誘致政策に踏み切ると62年にトヨタ自動車が販売会社と工場を立ち上げ、タイが工業国へとシフトしていくはじめの一歩となった。トヨタに続いてホンダなど日系メーカーがタイに進出を始めた。

70年代に入ると繊維や食品関係の企業を誘致し、徐々にタイ国内でサプライチェーンが構築され始める。そして、80年代は、85年のプラザ合意を契機とした円高の急進によって、日本国内の製造業が日本から東アジア、東南アジアを中心に海外進出を推し進めた時代である。電子・電機メーカーが急成長した時代で、パソコンやハードウェアなど、セットメーカーと部品メーカーが強固な結びつきを持ち、ともに日本国外での大量生産体制を築いてきた。

90年代にはアジア通貨危機が起こる。金融的には大ダメージを被ったが、タイの製造業においては99年までにV字回復を見せた。その逆境を見事にはね返したタイ製造業は、その強さをアピールする絶好の機会となった。

2000年代は、多種多様な業種が進出を図った。ものづくりとサービスが融合し、産業の高度化が図られた時代だ。そして、競合が進出しているから自社も負けてはいられないと海外進出するといった機運も高まっていった。

10年代に入ると、タイ製造業はさらなる高度化を目指す。そこで行われたのがタイ投資委員会(BOI)の投資奨励制度のルール変更だ。今までの旧投資奨励制度では、バンコクから離れるほど税制優遇を行うゾーン制などの投資誘致を行っていたが、この改正では、タイ政府が推進したい高度産業の業種別に恩典が与えられることになった。そして、タイは産業高度化を進め、中所得国の罠からの脱却を目指し、「タイランド4.0」構想の実現に向けて歩み始める。当時タイが推し進めた高度産業は、①次世代自動車②スマート電子機器③高付加価値の観光・メディカルツーリズム④効率的な農業・バイオテクノロジー⑤将来のための食料―の既存産業分野5つと、①自動機械・産業用ロボット②航空宇宙③バイオ燃料・バイオ科学④デジタル産業⑤医療・健康産業―の新規産業分野5つを合わせた10の産業分野だった。

そして、次の20年に向けて動き出そうとした矢先の2020年を迎えるころ、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)で世界中のサプライチェーンが大混乱に陥り、各拠点や製造体制の見直しが迫られた。21年ごろからタイ国内での日系製造業の拡張の動きが本格化してきていると思われる一方で、コロナ禍の影響で撤退や縮小を決めた企業も増加している。

重要な岐路に立つ今後20年間

今後20年間は、タイの製造業にとって難しい舵取りが求められるが、非常に重要な時期であり、事業環境の変化に伴う苦難の面もあれば、同時にチャンスも潜在している。産業の多様化、技術革新・オートメーション化、環境対策の強化、国際競争力の向上への対応が欠かせない。またEVの普及に伴う製造環境の変化やタイ政府の政策方針にも柔軟に対応することでビジネスチャンスも生まれてくるだろう。大局的にこれからの20年は重要な分岐点であることは間違いない。

20年サイクルの法則

近年のタイの主要エリア別投資動向

直近4年の各エリアへの投資状況

図表2は2019年1月から22年12月までの4年間の主要エリアごとの工場ライセンス取得件数の推移を示したものである。工場ライセンス取得件数は、新しい工場または製造ラインが増えたことを示し、どのエリアへの投資が増えているかを知る手がかりとなる。タイ政府が投資推奨するEEC3県への投資が突出して高く、全体の約54%を占めている。また都心部に近いサムットプラカーン県への投資も根強くある点も伺える。11年の大洪水で大きな被害を受けたアユタヤ、パトゥムタニエリアも徐々に製造拠点としての信頼を取り戻していると見受けられる。

エリア別工場ライセンス発行数累計推移

タイ工業団地御三家

タイの工業団地開発は、30年ほど前までは主にタイ工業団地公社(IEAT)が主体となっていたが、近年は民間企業との共同開発が一般的となっている。民間資本の導入により、工業団地開発・運営のレベルが高まり、特にインフラの安定供給が大きく改善された。このようなタイの工業団地開発をけん引してきたのが、ロジャナ、WHA、アマタの3社であり、彼らはタイの工業団地御三家と言える。3社に共通しているのが、電力や水道などのインフラ販売によって安定的な収益を得ており、中長期的に安定感のある経営が可能だ(図表3・4参照)。今後20年を見据えると、この3社がタイの工業団地開発運営の主軸である可能性が高い。

タイ三大工業団地開発会社の売上推移

タイ三大工業団地開発会社の利益額

バンコク周辺の工業用地動向 ―― 都市部に近い工業団地のニーズは今だ根強い

1960年代にトヨタ自動車がバンコク近郊に設立したサムロン工場を皮切りに、多数の製造業がバンコク周辺に進出した。当時は洗練された工業団地はまだ存在せず、工業団地外で土地を取得し、工場を操業する企業が多数であった。

しかし、経済発展の結果、都市化が進み、住宅と工場が隣接するような環境になり、音や振動、においなど近隣住民とのトラブルや火災、爆発事故などの影響が甚大になる問題などが生じている。このため、バンコク近郊の工業団地の拡張が難しくなり、新規の工業用地供給が著しく少ない状況だ。

バンコク隣県のサムットプラカーン県でも新規の工業用地供給は著しく少なく、拡張が困難な状況にある。特に、バンプーエリアは30年以上にわたって製造業が集積してきたが、都市化の影響で新規の拡張が難しい。そんな中、バンプー工業団地横に開発されたプラカサ工業団地は、開発からわずか3年で70%近くが成約した。このことは都市部に近い工業団地のニーズは根強いということを示している。その要因は高度人材の確保や交通アクセスの良さ、顧客ニーズへの迅速な対応、研究開発や技術革新のための企業間情報共有などが挙げられる。

バンコク近郊主要工業団地

東部経済回廊(EEC)の工業用地動向 ―― 最近10年でおよそ倍にまで価格上昇

前述したが、タイ政府は産業の高度化や高付加価値化を目指す「タイランド4.0」を推進している。その中心的なエリアがバンコクの東側に位置するチョンブリ、ラヨーン、チャチュンサオの3県にまたがる東部経済回廊(EEC)だ。

EECがあるタイ湾東部地域は、元々30年ほど前から工業団地などの開発が行われており、石油化学産業や自動車産業が多く集積している。特にレムチャバン港やイースタンシーボード工業団地を中心としたエリアは、自動車産業が集積していることから「東洋のデトロイト」と呼ばれたほど、この港から多くの自動車が輸出されている。自動車産業に加え、タイ政府は12のターゲット産業※を推進する方針を示した。

特に電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)といった次世代の自動車産業をはじめ、医療、航空、ロボットなどのハイテク産業といった特定業種の投資促進が進められている。EECへの投資促進施策として、EVの組み立てや重要部品の製造に対して最長10年間の法人税を免除する恩典や、PHVでは同最長6年間を免除するほか、輸入機械の関税を3年間免除の対象とするなど、免税や減税の恩典を付与している。それと同時にウタパオ国際空港、レムチャバン港、マプタプット港のほか、鉄道や高速道路など、陸海空のインフラ整備も進められている。

その中で、2022年には中国EV大手BYDや米アップルから製造受託する台湾のフォックスコンと、タイ石油会社PTTの合弁会社であるホライゾンプラスがEEC内でEV製造工場を立ち上げることを発表した。さらにそのEV関連サプライヤーやAWSのデータセンター、四会富仕電子のプリント基板(PCB)工場も多数タイに進出を決めており、土地売買が活性化している。EECエリアの工業用地の値段は最近10年で倍ぐらいまで上昇しており、今後も需要の強さを勘案すると更に上昇していく可能性が高い。

EEC近郊主要工業団地

※このターゲット産業とは、タイで新たな育成対象となる産業のことを指し、対象業種は①医療②バイオテクノロジー③デジタル③航空⑤自動システム・ロボット⑥防衛⑦人材開発・教育⑧電気電子・エレクトロニクス⑨石油化学・化学⑩農業・食品加工⑪自動車・部品⑫観光の12分野のことをいう。

アユタヤ近郊の工業用地動向 ―― 大洪水を経験も、現在はリスクファクターが軽減

アユタヤは2018年の米中貿易摩擦以降、中国をはじめとした電子・電機メーカーのプリントサーキットボード(PCB)、電子部品、ケーブル類の製造拠点として、進出が活発化している。

アユタヤは2011年に大洪水が発生した際、多くの工場で浸水被害があったエリアだが、現在は日本のODA(政府開発援助)による洪水対策が施されている。ODAで行われた洪水対策では、パサック川左岸の低地部の雨水排水をパサック川に導く水路に2基の水門を設置。さらに10台のポンプ車の配備を支援した。これにより11年の洪水で大きな被害を受けた水路南側に位置する多くの工業集積地を含む地域において、パサック川の逆流による洪水被害の軽減が図られるという。また、ロジャナ・アユタヤ工業団地やナワナコン工業団地では、5mを超える防水提や防水壁を設置しており、11年時の大洪水が発生したとしても浸水は免れるよう対策が取られている。

製造業の進出はEECへ活発に行われているが、多くの製造業が進出しているため、労働力が不足するという事態に陥っている。そのため、給与が高い方へすぐに転職できる状況になっており、人件費の高騰が起こっている。また、進出拠点としてのニーズも高く、今後もこのニーズは続くことが予想されているため、土地の価格もさらに高騰していくことは間違いないだろう。

対照的に、アユタヤの製造エリアでは、2011年以降企業の流出が続出した結果、求人数と求職数にギャップが生まれている。つまり、EECエリアと比較すると、企業サイドは人を採用しやすく、また採用後のジョブホッピングに悩むことも少ない。洪水というリスクファクターが軽減されたアユタヤは今、製造拠点として再評価されてもいいエリアと言えよう。

アユタヤ近郊主要工業団地

中国・台湾企業の進出動向 ―― 工業団地外の進出も多数

中国メーカーのタイ進出における背景

アメリカは2023年1月、華為技術(ファーウェイ)への輸出許可を停止した。19年からファーウェイがアメリカにおける国家安全保障の脅威になり得る活動に関わっているとして制裁措置を発動しているが、これによりすでに停止している半導体などに加え、全面的にアメリカから製品の輸出はできなくなった。アメリカの制裁に加え、習近平独裁体制の長期化確定により、先行きが不透明でリスクは高い。そのため、中国国内から脱却して、タイなど工業が発展している国へ製造拠点の移転が活発に行われている。

タイの新たな工業用地バブル中国系メーカーの進出が火付け役

EV市場が盛り上がりを見せるにつれ、バッテリーやボディーなどのEV関連サプライヤーのタイへの進出が活発化している。チョンブリやラヨーンの工業団地ではまさに土地が飛ぶように売れている。特に中国系メーカーの意思決定の早さは目を見張る。筆者が担当した直近の事例では、60ライ(96,000㎡)や30ライ(48,000㎡)の土地を購入決定するのに要した期間は1~2ヵ月である。

タイの工業用地取引では2012年、13年頃にも“工業用地バブル”があった。2011年のアユタヤの大洪水からの復旧、移転需要のためである。この時はアユタヤからチョンブリ、ラヨーン、プラチンブリへの移転であったため市場の拡大というよりもゼロサムの様相があった。しかし今回は新規進出が多数であるためプラスサムとも言える。チョンブリ、ラヨーンエリアを中心に旺盛な工業用地需要によって、今後もますます土地の価格は上昇していくであろう。

先端産業以外の業種の中国メーカーも多数進出

特にEVや電子部品産業に注目が集まっているが、それ以外の業種からの進出も多い。例えば、ホームスピーカーのグーグルホームにおいても、全世界へ向けた輸出拠点が着々とタイで構築されている状況だ。この流れは、アメリカの大手スーパーマーケットチェーンであるウォルマートや住宅リフォーム・建設資材・サービスの小売チェーンであるホーム・デポ、さらには住宅リフォーム・生活家電チェーンのロウズなど、様々な分野のアメリカのスーパーやディスカウントストア、専門ショップ向けの製品を製造する中国企業もタイへ進出している。

これらの動きは、タイがアジアにおける製造業のハブとして位置付けられていることを象徴しており、今後もタイはこのような進出を受け入れ、地域経済の発展に寄与していくことが期待され、タイの産業構造はますます多様化し、国際競争力を高めることができる機会である。

工業団地の外へでも果敢に切り開く

年商6兆円規模に迫りフォーチュン500社にランクインするクアンタ・コンピューターは約250ライ(約40万㎡)の敷地を購入し、既に20万㎡近い新工場の建設を完了させた。また自前の保税区も開発を予定している。コンシューマー向け電子機器製造受託のプリマックス・エレクトロニクスはWHAイースタンシーボード工業団地2至近に、電子デバイス製造のチコニー・エレクトロニクスはアマタシティ・チョンブリ工業団地の北側にそれぞれ大型の工場を建設した(前掲の工業団地マップ参照)。工業団地の外のメリットは、人材引き抜きの回避や、宿舎・エンターテインメント施設などの設置の自由度の高さ、立地の自由度の高さ、土地仕入れが安く済むことなどが挙げられる。工業団地の外であっても力強く、スピーディーに開発していく姿勢には見習う点も多い。

タイ進出の先鞭をつけるEV関連メーカー

◆ GWM(長城汽車)

タイのEVメーカーとして台頭しているのが、中国系のGWM(長城汽車)である。GWMは、2020年の進出時に3年で毎年3モデルのEV・ハイブリッドを発売する「9 in 3」戦略を発表。21年10月末から小型EVの「ORA Good Cat」の販売を開始し、22年には約4,000台を販売、EV市場で首位に立った。

◆ BYD

2022年8月末に中国最大のNEV(新エネルギー車:BEV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の総称)メーカーであるBYDがタイで24年までに179億バーツを投じ、年産15万台規模の工場を設立すると発表した。22年10月からタイでの販売を開始し、5年以内にタイ市場でトップ5入りを目指す。同時に関連サプライヤーが多数タイへの進出を決定している。

◆ Foxconn

タイ石油公社PTTは2022年に台湾のFoxconnと合弁会社Horizon Plusを設立した。22年11月に同社はロジャナ・ノンヤイ工業団地にてEV組立工場の起工式を行い、24年にEV生産を開始することを明らかにした。当初の生産能力は5万台から、30年までに15万台まで増やす。また、同社ではFoxconnが開発したEVプラットフォームを生産し、EVメーカーに供給するビジネスモデルを目指している。

◆【番外】 Apple

アメリカのアップルが2026年に一部自動運転機能を持つ電気自動車(EV)を発売するという報道が流れた。同社が開発している自動車は、ハンドルやペダルを備えた従来型の車両と同じ設計で、完全自律走行は高速道路に限られるとみられる。そのアップルカーの製造をタイが担うという噂も業界内でささやかれている。車以外にもマックブックのタイでの製造も検討されているという。

寄稿者プロフィール
  • 高尾 博紀 プロフィール写真
  • GDM (Thailand) Co., Ltd.
    高尾 博紀

    早稲田大学商学部卒業。2008年来タイ。ホテル・オフィス用地や工場倉庫用地及びホテルやオフィス、商業施設などの事業用不動産売買に強みを持つ。タイ国内において960,000㎡を超える不動産取引実績を有し、企業の不動産取得支援を行っている。

  • GDMロゴマーク
  • 電話 : 086-513-7435(高尾)

    Eメール : takao@gdm-asia.com

    57, Park Ventures Ecoplex, 12th Fl. Unit 1211 Wireless Road, Lumpini, Patumwan, Bangkok 10330

Arayz 事業譲渡〜創刊10周年を迎えた矢先の決断。その真意と未来を語らう〜【代表対談】

 本誌『ArayZ』は、2012年GDM (Thailand) Co., Ltd.(以下GDM)が創刊したタイ・ASEANの“今”を伝える月刊ビジネス情報誌だ。タイ進出を試みる日本企業からタイで働くビジネスパーソンまでさまざまな読者のニーズに応えるため、無料配布の形式を採りながらも専門性の高い情報発信に努めてきた。「ただのフリーペーパーとは思われたくない」という強い矜持を抱き、次の10年についても質の高い情報発信を続けようと決意を新たにする。そんな最中、Mediator Co., Ltd.(以下Mediator)への事業譲渡を決断した真意は何なのか。その狙い・動機・背景などについて、両社の代表が対談した。

なぜ今、事業譲渡なのか

超えなければならない壁

高尾:ArayZを興して満10年。ようやく一定の認知度が得られるまでとなり、「次の10年をどうしようか」と思案していた時のことでした。これまでと同様に特集企画を立案し、取材を行い、情報発信をしていくというのなら、何ら問題なく継続できたことでしょう。ですが、果たしてそれでいいのか。それが我々に求められていることなのか。そう考えた時に下した答えが、今般の事業譲渡でした。

今後もArayZを継続し、発展させていくためには、1+1が3以上になるような相乗効果がなくては意義がありません。常々、我々が考えていたことです。常に発展がなければ、旬となるタイの“今”は伝えられないという確信が背景にあったからです。

そう思った時に脳裏に浮かんだのが、Mediatorのガンタトーンさんでした。彼なら力もあって、より価値を高められるのではないか。両社のリソースが噛み合えば、高いシナジー効果が得られるのではないか。そう直感した11年目の2023年4月、ArayZはGDMからMediatorにバトンタッチしました。GDM単独ではできない、もっと大きく発展する何かを得るために。

初期には「タイの日経ビジネスたれ」などと鼓舞したこともありました。最近は出会う人たちから「ArayZの記事を読みました」とか、「あの記事がきっかけとなって、あの会社と繋がりました」などといった声もいただき、目標としてきた企業間の連携も見えてくるようになりました。タイの日系社会で普通に読まれる雑誌にまで成長したと実感しています。

とはいえ、ここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。フリーペーパーの中でも後発ということもあって、創刊直後から3年目ごろまでは、まさに逆風でライバル誌も数多くありました。「こんなにフリーペーパー要らないよね」と冷たい視線を向けられたことも少なくありません。それが5年目を迎えるころからか風向きが変わり、その後は徐々に認知度も高まって、ここ2年ほどは右肩上がりに追い風が吹くような、そんなイメージを持っています。

ただ、繰り返しになりますが、このままの方法で今後も続けたところでArayZの価値を現在の2倍にも3倍にも引き上げることは簡単なことではない。原因は明確で、社内のリソースの問題です。ここはタイ。しかしながら、GDMそのものが日系企業であり、ArayZの編集に携わる人々も日本人ばかり。実際にタイ王国やタイ企業が何を求め、タイ経済がどういった方向性に進むのかを知り、理解するにも限界があります。その壁を超えない限り、強くはなれない。それにはMediatorしかない。そう思い、今回の決断に至りました。

譲渡先は日本に精通したタイ企業

ガンタトーン:そう言っていただけて、とても光栄です。弊社はタイ人の私が立ち上げたタイの会社ではありますが、日本と共にある会社です。私自身、大学留学や日本のタイ大使館勤務など通算10年間の日本滞在経験があり、日本の文化、社会、習俗などについては十分に心得ています。

Mediatorはタイと日本の架け橋となるべく、各種事業や企業間のマッチングなどを主な業務としており、これまでも多くの日本企業や団体との協業や取引を遂行してきました。社内には日本語能力試験のN2取得者が13名、N1以上が17名おり、事実上、日本語が社内共通言語となっている会社です。日タイ間の投資促進を目的とした企業間(B2B)マッチングプラットフォーム「TJRI:Thai-Japanese Investment Research Institute」も自社で展開しており、さまざまな“出会い”のきっかけ作りを提供しています。

私自身もArayZについては創刊当初からよく知っていて、「内容と紙質がしっかりしている媒体」という印象です。問題意識も高く、タイでビジネスをしていく上で必要な媒体」だと感じています。ビジネスに特化した点が共通していますし、いつかは協業出来たら良いな、とも考えていました。

専門家集団の情報発信プラットフォーム

高尾:ArayZも「専門家集団の情報発信プラットフォーム」をコンセプトとしていて、ある種似たところを感じます。今でこそ、著名なコンサルタントや専門家の方々がArayZの執筆陣に名を連ねていますが、当初は寄稿をお願いしても断られることの連続でした。当然のことですが、ひとえに知名度不足を痛感していました。

それが少しずつ好転し、「記事を寄稿したいのですが」とオファーを受けるようになり、広告としてお金を支払ってでも出稿したいという依頼もいただくようになりました。まさに継続は力なりです。こうした中で、創刊当初から暖かく接していただいた専門家の皆さんには感謝の言葉もありません。本当にありがたいことです。

中立公正がカギ

高尾:もう一つ大切なこととして、情報発信プラットフォームとしての核心は中立公正でなければならないという点が挙げられるかと思います。経営上の戦略や各種分析、見解は立場や見方によって人それぞれ。専門家集団でもない我々が、それらに意見を挟むことはよくありません。あくまで専門家がその責任において情報発信する場の提供。我々はそれに特化してきました。

だからこうしたプラットフォームの必要性が徐々に認知されるようになってきたと感じています。専門家の皆さんの間でもそれが浸透し、結果としてさまざまな角度から多様な意見に触れることができるようになりました。読者から寄稿者としての専門家、広告主、そして出版元の我々まで全員が満足するプラットフォームとして存在感を増すようになりました。

情報は知られないと意味がない。読んでもらって初めて価値を帯びる

二次利用可能で認知拡大が加速

ガンタトーン:プラットフォームとしての認知度を高めていくために、具体的にどのような取り組みをされたのですか。

高尾:一つに、二次利用許可があります。出版物には著作権があり、転載を禁止するのが一般的です。しかしながら当社では、他誌への掲載を除きあえてそれを可能としました。読者である銀行やコンサルタントの皆様の先には、その方々の無数のクライアントが存在します。そういったクライアントに発信するための一つの材料として、我々のレポートや地図、情報などを自由に活用していただき、どんどん広げてくださいとお声がけしたところ、銀行が作るレポートの基礎資料に活用されたり、定期的な顧客向け資料に転用されたりするようになりました。結果として多くの読者を獲得するところとなりました。

日系企業へ向けて個別配送を徹底したという点も大きいと思います。ArayZでは、創刊以来、日系オフィスや工場などへ無料郵送を実施しています。その数約5,000部。無料郵送はコストがかかりすぎるからと廃止した媒体もあるようですが、当社ではそれを一度も取り止めたことはありません。

その意図は明快で、情報は知られないと意味がないからです。情報誌も作成するだけでは価値にはなりません。読んでもらって初めて価値を帯びる。そう信じるからです。初めのころはどこの誰に送付して良いかも分からず、有名企業の「日本人ご担当者様宛て」などという曖昧な表記で郵送したこともありました。しかし、今ではそういった宛名はほとんどありません。当社の持つ名簿リストの厚さが、プラットフォームの認知度につながっています。

ネットは検索型、紙は発見型

ガンタトーン:媒体が紙である点も大きな魅力だと思います。私はよく「ネットは検索型、対して紙は発見型」と表現します。ネットは「特定の情報を知りたい、もっと調べたい」と思って見にいくもの。一方、雑誌など紙媒体は具体的には意図していないものの、ページを繰ってみたら新たな情報と出会える、発見型だと思っています。だから私は紙が大好きです。色々な“気付き”や“発見”を与えてくれるところがいい。紙媒体の廃刊や休刊が相次ぐ中、ArayZが評価を受けているのはその点も大きいのではないでしょうか。

高尾:読者の中には古い号からずいぶんと保管されている方もいます。帰任時にはわざわざ後任に宛名を変更し、引き継いでくださる方も少なくありません。我々の情報の鮮度が長いという点も影響していると思いますが、フリーペーパーを「保管しよう」と思っていただけるなんて、発行者・編集者冥利に尽きます。

ガンタトーン:昨今の紙媒体の廃刊は、そうした読者目線がやや欠けているように思えてなりません。広告費でペイできないからといって、廃刊や発行回数の減少を選択するのは時期尚早ではないでしょうか。広告主の意見を取り入れたコンテンツを新設するなど、まだまだ工夫の余地はあるように思います。しっかりと引き継ぎたいと思っています。

広告主の変化

ガンタトーン:この10年間で広告主はどのように変化しましたか。

高尾:大きく変わったのは3年前のコロナ騒動からですね。競合他誌が紙の発行を縮小する中で、ビジネス系の広告だったらArayZ一択という現象が生まれるようになりました。

一方でコロナは、ウェブ展開への足がかりを我々に与えてもくれました。ArayZウェブサイトのリニューアルや電子書籍の発行、ニュースレターによる配信など、オンライン版にも注力したことで日本やシンガポールなどタイ国外からのお問い合わせが増加しました。

執筆者と読者、さらには広告主とのインタラクティブな関係づくりが新たな活力を生み出す

今後の展開

ガンタトーン:日本とタイを結び付ける仕事に携わる我々ですが、実は足元では残念なデータも見られます。労働省が発表している日本人の労働許可証(ワークパーミット)の交付数がどんどん減少しているのです。今後、急激に減っていくことはないだろうと思いますが、漸減の傾向は日本人にさらなる生産性向上と、タイ企業との接点強化を急務とさせます。

このまま放っておけば、日系企業の存在感(プレゼンス)は間違いなく下がっていくでしょう。それに備えなくてはなりません。その時に必要となるのが情報と関係づくりだと私は考えます。ArayZが培ってきた知見とMediatorが持つ日タイ双方のネットワークを総動員させて、来るべき将来に備えておきたいと思っています。

その一つとして、記事内容に合わせた執筆者によるセミナーや、読者を交えた編集会議などをしてみてもいいかもしれません。執筆者と読者、さらには広告主とのインタラクティブ(双方向)な関係づくりが新たな活力を生み出すと考えています。

高尾:それらの点は我々も常に意識をしてきたところです。新たな関係づくりに必要なものを特集し、報じていこうと。読者からはよく「こんな情報まで無料で提供しちゃうの!?」と心配するお声もいただきますが、そうでなければならない。ありがたいと言われるディープな情報こそが、ArayZに求められるきっかけ作りという役割だと考えてきました。

ガンタトーン:タイに赴任することになったら、「まずはArayZを読んでおけ!」と言われるような情報誌を目指したいですね。さらに、マネジメント層にとどまらず、若い人たちを結び付ける媒体としても育てたい。例えば、タイ人のマネージャー育成に悩みを抱えている方とか、年上のタイ人部下を抱えている若者同士とか。同じ悩みを抱える人同士がつながっていける媒体を目指します。私自身、もっと近くで皆さんと会話もしてみたいので、「ガンタトーンのお悩み相談室」を一つ設けてみようかな、とも考えています(笑)

高尾:御社の豊富なリソースとArayZの相乗効果。今後のさらなる飛躍に期待しています。

Mediator社員一同
Mediator社員一同

寄稿者プロフィール
  • 高尾 博紀 プロフィール写真
  • GDM (Thailand) Co., Ltd.
    代表取締役社長高尾 博紀

    早稲田大学商学部卒業。2011年GDM (Thailand) Co., Ltd.を創業。1,500,000㎡を超えるタイ不動産取引実績を有し、企業の不動産取得・売却支援を行っている。ホテル・オフィス用地や工場倉庫用地及びホテルやオフィス、商業施設などの事業用不動産売買に強みを持つ。「タイで最も土地取引を行う日本人」として、豊富な経験を活かし、不動産に関わるコンサルティングなども行う。

  • ガンタトーン・ワンナワス プロフィール写真
  • Mediator Co., Ltd.
    代表取締役社長ガンタトーン・ワンナワス

    在日経験通算10年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の09年にMediator Co., Ltd.を設立。日本貿易振興機構や日本政府機関、地方自治体の仕事を請け負うほか、在タイ日系企業に向けて異文化をテーマとした講演などを実施(講演実績、延べ12,000人以上)。

未来を拓く日本企業のグローバル戦略~「日本企業のグローバル戦略動向調査2022-2023」からの考察~

PwC Japanは2023年3月、課題解決型のThought Leadership「未来を拓く日本企業のグローバル戦略」を発表しました。本報告書では22年末に公表した「日本企業のグローバル戦略動向調査2022-2023」で浮き彫りになった経営課題を、グローバル展開する日本企業の経営幹部に直接確認し、中長期に企業価値を高めるための対策などを「トランスフォーメーション(ガバナンス改革を含む)」「地政学リスク(中国市場の不確実性)」をテーマに考察しています。今回は、第1部の「不断のトランスフォーメーションへの覚悟はあるか」の概要をご説明したいと思います。

第一部 不断のトランスフォーメーションへの覚悟はあるか

経済産業省は2022年に公表した「コーポレートガバナンス・システムに関する実務指針」で、日本の代表的企業(TOPIX500)の約4割が株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回っていると指摘しました。その上で、日本企業の価値を「欧米や新興国と比較して「一人負け」している状況」としています。世界を見てみると、技術や消費者の志向が日進月歩するのはもちろんの事、経済の安全保障における貿易、技術・人の移動などに関する制約、さらにはESG等新たな規制への流れも高まっています。こうした変化や課題に対応し、企業価値を高めるためには、リスクを受け入れトランスフォーメーションに取り組む覚悟が必要になります。

1.事業ポートフォリオの入れ替え

変化に機敏に対応しながら成長スピードを維持・加速するためには、もう一段踏み込んだ事業の「選択と集中」が欠かせません。例えば、低成長や不採算の事業に見切りを付ける、強い事業をさらに強くする、成長事業を掘り起こして積極投資をするといったことです。一番怖いのは、既存の事業・ビジネスモデルに保守的にしがみつく事です。

フィルム写真の世界最大手であったイーストマン・コダックをご存知でしょうか。今でこそ、携帯電話にも標準搭載されておりカメラの主流であるデジタルカメラですが、実は1975年に世界初のデジカメを開発したのはコダックだったのです。しかし、コダックのビジネスモデルはフィルム写真が中心で、デジカメは自社のビジネスを破壊するものと考えられていました。そして、時代がデジタルに移行する中においても、最後まで完全なデジタルへシフトへの経営の舵を切れなかった世界最大の写真会社は130年の歴史に幕を閉じることになったのです。

この決断は、今までのビジネスの歴史における大失敗の一つとみられています。それまで、シャッターで切り取る瞬間を意味していた「コダック・モーメント」という言葉は、この出来事から「変化する市場に適応できない状態になること」の意味で使われるようになりました。

この教訓からも今、日本企業には不断の事業ポートフォリオの入れ替えが求められています。しかし、事業撤退や売却に関する明確な基準を定めている日本企業は約2割に満たないのが実態です。従って、ポートフォリオ入れ替えの指標を明確に定めたうえで、自社の強みと弱みを全社レベルできちんと把握できる体制をつくることが必要になります。

2.グローバル経営体制の再編

日本企業が成長を続けるには、グローバルに広げた拠点をいかに効率的に再構築できるかがカギになります。あるべき姿として一つの答えがあるわけではなく、その課題や方向性は各企業様々です。今回インタビューを行った大手日本企業の経営者からは「日本と米国の拠点はそれぞれが独自に進化をしてきた。お互いのノウハウをいかにスムーズに共有し合えるかが課題だ」、「成長を見込める事業では関連市場が大きい国・地域にグローバルヘッドの拠点を日本から移管しようかと考えている」といったコメントがありました。

また別の企業は、従来の国内事業、国外事業という統括形態から、グローバル全体をリージョン別に分けたフラットな組織形態に移行しました。形は違えど、いずれも経営の意思決定スピードを速めると同時に各地域との相乗効果を高めることを目的にしており、グローバルガバナンスの在り方を個別に分析し、経営体制を再編しているがポイントになっています。

3.グローバル人材の獲得

企業価値をさらに高めるには、グローバルで優秀な人材の獲得や人材マネジメントの底上げが欠かせません。2023年春、大企業の中には高い専門性を持つ人材の確保、優秀な人材の離職防止などを目的に2022年春を上回る給与引き上げを表明する動きが相次いでいます。また、従来のように人材獲得の枠組みを国内に閉じていては、激しさを増す世界の競合相手との闘いに後れを取ってしまいかねません。

あるエネルギー関連企業の幹部は「国内の有名国立大、私立大の卒業生を取るだけでは世界の競争に勝てない。欧米の名だたる大学の卒業生がきちんと活躍できる環境を整えないと、グローバル企業とはもはや名乗れない」と話しています。

日本基準からグローバル基準に人材マネジメントの目線を切り替え、「脱日本人」の経営をいとわない社内文化を醸成することが、既存のケイパビリティを打破する打ち手になり得るのです。

図表1 日本企業の約8割に事業の衰退・売却の明確な基準がない

図表2 5つの要素を有機的に連動させて強いガバナンスを構築する

未来を拓く日本企業のグローバル戦略
未来を拓く日本企業のグローバル戦略
「日本企業のグローバル戦略動向調査2022-2023」からの考察
日本企業のグローバル戦略動向調査 2022-2023
日本企業のグローバル戦略動向調査 2022-2023

【免責事項】本稿は、一般的な情報の提供を目的としたもので、専門コンサルティング・アドバイスとしてご利用頂くことを目的としたものではありません。情報の内容は法令・経済情勢等の変化により変更されることがありますのでご了承下さい。

寄稿者プロフィール
  • 吉川 英一 プロフィール写真
  • PwCタイ
    コンサルティング部門 ディレクター
    吉川 英一

    ビジネス、リスクおよび財務会計領域のコンサルティングにおいて、日本国内外で15年以上の経験を有する。2015年1月よりPwCタイに赴任。東南アジアにおける日本人コンサルタントの第一人者として、業務改善、サイバーセキュリティー、データ分析、不正調査、各種規制対応等の支援を多数指揮してきた。現在は、東南アジア域内における日系企業コンサルティング支援を担当している。米国公認会計士。日本証券アナリスト協会検定会員。

    E-mail : eiichi.yoshikawa@pwc.com

  • PWC ロゴマーク
  • PricewaterhouseCoopers
    Consulting (Thailand) Ltd.
  • Tel : 0 2344 1000
    15th Floor Bangkok City Tower, 179/74-80 South Sathorn Road, Bangkok 10120, Thailand

CN実現への貢献が注目されるトヨタ物流機器の技術革新と総合物流ソリューションの魅力

豊田自動織機の地域統括代理店であるToyota Material Handling Thailand(以下、TMHTH社)、タイ正規販売代理店のToyota Tsusho Forklift Thailand(以下、TTFL社)、BT Midland社の3社による展示会「SMARTEX2023」が5月10日から12日にかけてスワンナプーム国際空港近くに位置するサムットプラーカーン県バンプリーにて開催された。

「SMARTEX」は「Safety & Space Efficiency」、「Material Handling」、「Revolutionary」、「Technology」、「Exhibition」の略称であり、トヨタ物流機器の魅力を伝える場として今般グループ会社が結集して開催されたもの。

展示は、「Space Efficiency」「Technology」「Safety」「Automation」の4つのゾーンに分かれており、各社が抱える物流課題に対する改善策として興味を引く展示内容であった。同グループにとって初めての試みであったが、3日間の来場者数は、予定を大幅に上回る1,500人以上に上った。

来場者のうち70%が日系以外の企業であるなど、トヨタブランド品質への高い期待値をうかがわせるものとなった。

収納効率を20〜30%拡張させるVNAやリーチトラック

本展示の目玉として注目を集めたのが「Space Efficiency」ゾーン。日本で一般的な6mの固定ラックから10m超に高さを上げて天井までの空間を有効活用することで従来よりも収納効率を20〜30%拡張させ、また、それに対応した運搬・格納が可能なBTブランドのVNAやリーチトラックを活用することをデモを通して訴求。タイでも近年、人件費などのオペレーションコストの上昇を受け自動倉庫の導入を考える企業も多い中、完全自動化の前段階としての多様な選択肢を提供し、参加企業の中でも具体的な改善サポートをその場で相談するシーンもみられた。また、多国籍企業、地場企業向けには小売り分野で近年ニーズが高まる小口のオーダーピッキングに対応するための「BT OME」も注目を集めており、EC分野で需要および高い物流品質が求められる近年のタイのトレンドを浮き彫りにするものとなった。

TMHTH社の西藤GM(左)と松本MD(右)

TMHTH社の西藤GM(左)と松本MD(右)

日系企業を中心に取り組み意識が高い「Safety」ゾーンにおいては、AIによる安全機能を搭載した機台も展示。TMHTH社の松本MDは、「これまで機台が作業者に近づくと警報を出す機能はあったが、機台制御により減速して停止させる技術のフォークリフト分野への導入は難しかった。今回それがようやく実現し、自信を持ってお勧めできる」と安全性能の高さを語る。

CO2排出量ゼロの水素フォークリフト

CO2排出量ゼロの水素フォークリフト

「Technology」ゾーンでは、2022年末に初号機が到着したタイ初となる水素フォークリフトも展示。SDGsやカーボンニュートラル(CN)など環境対策が世界的に叫ばれる昨今、タイでも環境問題、特にCN実現に向けての取り組みが注目を集めている。今回の展示では、鉛電池と同じサイズの水素コンポーネント、電動車と同様の8時間稼働、3分という短時間での充電完了が見込める点など優位性をPRした。すでに大手日系製造業、タイ財閥系食品・飲料大手からの引き合いも活発化している。また、同展示では近年注目が高まっているリチウムイオン電池フォークリフト(工場搭載型)の展示も同時に行い、顧客に様々な選択肢を提供した。今後も同社はタイ政府のCN方針に貢献するため、グループの豊田通商との協業のもとで水素インフラ整備なども含め本分野での取り組みを積極的に進めていく方針。

AGVと無人フォークリフト(Autopilot)の連携ワーク

AGVと無人フォークリフト(Autopilot)の連携ワーク

また、自動化分野においてもグループの総合力を訴求した。同社は従来より無人搬送車などの物流機器を提供しているが、多様化する改善ニーズへの貢献のため、物流ソリューション分野を近年強化。すでに買収しているオランダのVanderlande Industries Holding B.V.や米国のBastian Solutions LLCのメンバーも参画し、グループとしての総合的な物流ソリューションの提案力、製品を強調した。

苦境が深まるVinFastの「一足跳び戦略」

VinFastは、ベトナムで2019年に自動車産業に参入して数年も経たずに米国市場に参入し、グローバルプレイヤーを狙う無謀ともいえる「一足跳び戦略」を展開している。しかし、アメリカ・ノースカロライナ州の工場の稼働が当初予定していた2024年から25年に延期が発表されるなど、同社の米国進出戦略には早くも暗雲が垂れ込めている。

VinFastの米国進出戦略

VinFastは、ベトナム最大の財閥Vingroupの資金力を元に、2019年にハイフォンに25万台の量産工場を立ち上げ、同グループの主力業種の不動産業・小売業から全く異業種の自動車産業に参入した。21年11月に、同社が開発したEVの生産・販売を開始し、欧米に販売拠点を設立。22年末には米国向けのEVの輸出を開始した。22年7月には、2,445億円を投じて米国のノースカロライナ州に生産能力15万台の工場を24年に設立する計画を発表している。

筆者は過去にVinFast関係者から、同社が米国に進出するにはどのような戦略が必要かと意見を求められたことがある。これに対して、「産業保護主義が高まる中、政府からの支援やユーザーの信頼を勝ち得るには、最初の段階は輸出するにしても、米国で現地生産をしなければ本格参入は難しいだろう」と答えた。しかしこの戦略は、自国や周辺国でブランドを確立し、量産規模を確保することが前提である。米国へ進出し成功した日系メーカーはもとより、韓国系メーカーも、国内市場での高いシェアをもつことで量産規模を確保しながら輸出を開始し、徐々に米国での国内生産の比率を増やしてきた。VinFastはそのような土台作りをすっ飛ばし、ベトナムでの生産開始から程なくして米国への進出を果たそうとしている。ましてや25万台の国内生産能力を抱え、国内市場で2~3万台しか販売していないにも関わらず海外で工場を建設する計画を発表するのは、投資回収の原理からも辻褄が合わない。

VinFastの「一足跳び戦略」の背景

その一方で、「一足跳び戦略」の背景を探ってみると、ベトナム企業としての特有の事情が透けて見えてくる。一言でいうと、ベトナム企業には自国市場が発展してから海外に進出するというように、悠長に時間をかける余裕がないのである。ベトナムはタイを上回る海外直接投資を受け入れ、22年のGDP成長率は8%と近隣諸国と比べて高い水準に達し、急速な経済発展を遂げている。しかし、40年には人口ボーナス期が終了することを考慮すると、ベトナムにとってはこの先20年が勝負となる。それまでに、国内産業の柱となる国際競争力のある新規産業を発展させる必要がある。その新規産業の一角として期待されているのはEVであり、VinFastはベトナム政府からも支援を受けている。ベトナムの国内自動車市場は22年に50万台に到達しており、VinFastのシェアは4%に過ぎない。小さい国内市場に注力し、量産効果を得られるまで海外進出を待っていれば、その残された貴重な時間が失われてしまう。世界第二の米国市場で足場を確保し、グローバルブランドとしての認知が高まれば、ベトナム国内市場の販売や輸出の拡大にも貢献すると見立てていたのかもしれない。

二つ目の背景は、VinFastは新興メーカーであるにも関わらず、比較的スペックが高いEVセグメントへの参入を図ってきた点だ。米国で販売するEVは、ミッドサイズSUVの「VF 8」で4万9ドル以上であり、中国系メーカーがタイなどの周辺国で投入している2~3万ドルクラスのEVと比べると割高だ。VinFastとしては、より安い価格帯が求められ、中国系メーカーと競合する新興市場への参入より、高価格のEVセグメントが中心の米国市場での競争が有利とみた。

三つ目の背景は、以前の拙稿でも指摘した米国での政府の支援である。米国は、中国の台頭をけん制するために、新興国として成長が注目されているベトナムの産業発展に協力的である。Vingroupには、KKRなど米国系のファンドが入っている。その一方で、中国系自動車メーカーは政治的な背景から米国への進出に二の足を踏んでいる状態であり、米国から支援を受けられればVinFastに有利になる。競合が本格参入しない段階で工場を建設し、先行者メリットを享受する戦略だ。

VinFastが直面する三重苦

しかし、このような超楽観的な見通しに立ったVinFastの戦略は、現在、三重苦に直面している。一つ目は、国内不動産市況の悪化である。これまで、VinFastは国内不動産業で儲けた資金を自動車事業に注ぎ込んできたが、その資金源が絞られ、今後の事業維持・拡張に支障をきたす可能性がある。国内不動産市況の悪化で、自動車市場も今年は成長が伸び悩むと指摘されている。資金繰りの悪化が、米国での工場建設の遅延の要因と考えられる。
二つ目は、22年8月にアメリカで成立した「インフレ抑制法(歳出・歳入法)」、通称IRA(Inflation Reduction Act)法である。同法では、7,500ドルのEVの補助金を得るためには、①北米(米国、メキシコ、カナダ)で生産されていること、②電池材料の重要鉱物のうち、調達価格の40%が自由貿易協定を結ぶ国で採掘あるいは精製されるか、北米でリサイクルされていること、③米国で電池用部品の50%が北米で製造されていること等が条件とされており、VinFastは補助金対象外となった。補助金を受けられる米国メーカーとの競争関係上、同社にとっては不利となる。米国での工場稼働の延期との因果関係は明らかではないが、IRA法はVinFastの米国進出戦略に影を落とすことは避けられない。

三つ目は、EVの生産が計画通り拡大できないことである。テスラがかつて経験したEV生産地獄に直面している可能性がある。足元では、3月の国内納車台数は915台に到達し、前月の416台から伸びているが、生産拡大が品質問題や部品調達の問題で遅れている。

急ぎすぎたツケを払う局面に陥るVinFast

米国市場開拓のためにVinFastは多額の資金を投入しているが、米国市場での販売がIRA法の影響で伸び悩むことになると、米国事業は大きな重荷として同社ににのしかかる。国内市場も不動産市況の悪化により、不動産業からの巨額の資金注入が期待できない。VinFastにとって今後焦点となるのが、米国で計画しているIPOによる投資資金の確保である。中国系の新興EVメーカーNIOはEVの生産を開始する前に米国で上場し、10億ドルを確保するなど、新興EV企業の将来性に賭けて巨額の資金が集まっているのも事実である。世界のEV市場が22年に前年比7割増とも大きく成長していることや、VinFastが今後成長を期待されているアジアの有望企業であることは、IPOにとってプラス材料となる。

しかしその一方で、VinFastは手っ取り早くパートナー企業から技術を買ってきたために、他の新興EV企業と比べると独自技術をもたず、サプライチェーンは外部に依存するために、市場では高く評価されない可能性がある。案の定、米国でのIPOの計画も22年末から先延ばしされている。VinFastは文字通り先を急いできたが、“急ぎすぎた”ツケを払う局面に陥ったのかもしれない。

図表1 VinFastの戦略

寄稿者プロフィール
  • 三宅 洋一郎プロフィール写真
  • 野村総合研究所タイ
    マネージング・ダイレクター三宅 洋一郎

  • 山本 肇 プロフィール写真
  • 野村総合研究所タイ
    シニアマネージャー 山本 肇

  • 野村総合研究所タイロゴマーク
  • TEL : 02-611-2951

    URL : www.nri.co.jp

    399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua, Wattana, Bangkok 10110

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

ASEAN-EV市場の今〜タイ・インドネシアEV振興策および主要自動車メーカーの戦略〜

 ASEAN主要国では2022年にEV振興策の推進により、EV市場が立ち上がり始めた。中韓メーカーはEVを先行して投入し、マーケットリーダーとして日系の牙城であるASEAN市場への参入を図っている。他方で、これらの主要EVメーカーの誘致のために熾烈な誘致活動を繰り広げているのが、タイとインドネシアである。  タイはEVの生産拠点の誘致では一歩リードしているものの、インドネシアはニッケル資源国という立場を生かしてリチウムバッテリーの生産拠点に向けた布石を打っている。本稿では、タイとインドネシアを中心とした急成長するASEANのEV市場を概観し、その成長の背景にある政策や、中間の各プレーヤーの戦略や思惑を明らかにする。

ASEANのEV市場

2022年、ASEAN主要国ではEVが本格的に売れ始めるEV普及元年を迎えた。22年のASEAN主要国のEV販売台数は、約3万台に到達し、前年から8.6倍増大。ASEANの全体自動車市場339万台に対して、EV市場比率は1%を超えた。ただし、22年の世界のEV市場は約780万台で、前年から68%増加しており、世界のEV市場に占めるASEAN市場のシェアは0.5%に過ぎないことから、まだ世界で注目される市場規模に達していないことも事実である。

ASEAN主要国のEV販売台数とシェア

国別にみると、インドネシアがEV市場で首位に立ち、ASEANで1万台を始めて超えた。第2位のタイが1万台弱で僅差で追う。この2ヵ国でEV市場全体の約7割を占める。第3位のベトナムは約7,000台、第4位のマレーシアは2,600台と続く。自動車市場が小さいベトナムで相対的にEVが売れているのは、国産EVメーカーのVinFastの存在によるものである。

ASEANでのEV普及の背景としては、以下3点が挙げられる。第一に、最大15万バーツのEV補助金を拠出するタイのように、各国がEVに対する振興策を推進したこと。第二に、中国を中心とする自動車メーカー各社が、振興策を見越して相次いでEVモデルを投入したこと。第三に、先進的な技術やライフスタイルに敏感な、いわゆるイノベーターと称されるユーザーが、EVモデルの増大や価格の引き下げに刺激されて購入したことにある。次章からは、タイとインドネシアのEV市場をより詳しくみていく。

主要なEV関連プレーヤーの展開状況と戦略

ASEANの主要EV関連プレーヤーの概要を下図に示す。タイでは主要中国メーカー3社が進出しており、タイ地場メーカーではPTTが台湾系のFoxconn(鴻海)との合弁(Horizon Plus)で工場設立を予定している。

主要なEV関連プレーヤーの展開状況と戦略

他方で、インドネシアでは、EV廉価車を投入しているWuling Motors(五菱汽車)と韓国勢のHyundai Motor(現代自動車)の2強となっている。現地エネルギー企業のEV産業への参入も目立つ。

タイ国旗 タイのEV市場-補助金支給と物品税引き下げによる価格低減

2022年のタイのEV市場は、補助金支給と物品税の引き下げにより販売価格が大幅に下がった影響で、前年の4倍増の9,729台に到達した。例えば、GWM(長城汽車)の「ORA Good Cat」の場合、98万9,000バーツから約16%減の82万8,500バーツに値下げされた。EVの販売上位モデルをみると、首位のGWM「ORA Good Cat」が全体の約4割、2位と3位のMG(上海汽車)が2台で約3割を占め、BYDと合わせると中国勢が7割以上のシェアを占める。

中国勢以外では、VOLVOなどの欧米勢がプレミアムセグメントを中心に約3割を占める。他方で、日本勢は主力EVモデルを展開していないこともあり、10位内にも入っておらず、市場でのプレゼンスは低い。なお、23年1月のEV販売台数は約3,000台であり、首位のBYDの「ATTO 3」をはじめとする中国製が全体の8割以上を占め、中国勢のシェアは一層高まっている。

中国勢のシェア拡大、手頃な価格帯が鍵

中国勢のシェアが高いのは、車両価格が80~100万バーツ台と、中間所得層でも手が届く価格帯であるからである。対照的に、欧米勢は200万バーツ以上となっており、プレミアムセグメントが中心だ。日本勢は安価な中国勢とプレミアムセグメントの欧米勢との間に挟まれ、埋没感が否めない。

主要モデルの諸元は下図の通りであり、航続距離は400~500kmが多く、都市部での移動向け中心である。最近最も人気の高いEVモデルがBYDの「ATTO 3」であり、中国勢の中では比較的高いことを踏まえると、必ずしも価格のみが購入要因となっていないことがわかる。

 タイにおけるEV販売台数

タイの主要BEVモデルの諸元

インドネシア国旗 インドネシアのEV市場-2022年のインドネシアEV市場は前年比15倍増

2022年のインドネシアのEV市場では、政府による自動車奢侈税の0%への引き下げ、官公庁でのEV利用促進策、中国系Wuling(五菱汽車)の低価格EVモデル投入などの影響により、EV市場は前年から15倍の1万台に急増した。そのなかで、Wulingの「Air ev」が圧倒的な価格競争力で販売トップに立ち、そのシェアは8割以上を占める。中国市場では、「宏光MINI EV」のモデル名で45万円の破格の値段で販売し、20年にTeslaの「Model 3」に次いで第2位となったモデルである。

それに続くのは、22年からインドネシア初のEVの現地生産を始めたHyundai(現代自動車)であり、シェアは2割弱を占める。WulingとHyundaiの2ブランドでEV市場の95%以上を占め、寡占市場となっている。日系ではトヨタや日産がEVを出しているが、100台にも及ばず、まだ試験販売の段階と言えよう。なお、インドネシアでは国産車のみが奢侈税免税の対象となっており、WulingとHyundaiのみが税控除の恩典を受けられる。

Wuling「Air ev」 、魅力的な価格だが普及に疑問

インドネシアの主要EVモデルの価格を比較すると、Wulingの「Air ev」が2.4億ルピア(約200万円)と、Hyundaiの「IONIQ 5」の約3分の1の価格である。なお、欧州系は10億ルピアを超え、プレミアムセグメントに集中しており、販売台数も10台以下である。

主要モデルの諸元は下図の通りであり、売れ筋のWuling「Air ev」は、Hyundaiの「IONIQ 5」に比べるとバッテリー容量は約4分の1、航続距離は4割と、街でのちょい乗り用の軽乗用車の位置付けである。Wulingの価格は他社に比べて安いが、使用用途が限られているために、今後インドネシアで広く普及するかは疑問符がつく。

タイ国旗 タイのEV政策とEV関連投資動向

タイ政府は、2021年に「30@30」政策を打ち出しており、2030年までに国内で生産される自動車の30%(72.5万台)をZEV(ゼロエミッション車)にする目標を掲げ、35年までに135万台まで引き上げるとしている。なお、135万台はほぼ全国内販売台数に匹敵するために、業界内から異論が多く出ており、工業省としては自主的な目標であるとトーンダウンしている。

30@30政策実現のために、タイ政府は22年2月に補助金制度を中心としたEV振興策を導入した。同振興策は、乗用車、ピックアップ、二輪車の3車種を対象とし、補助金、輸入関税率の引き下げ、物品税の軽減の3つの柱によって成り立っている(下表参照)。乗用車の場合、小売価格200万バーツ以下の車のみが対象となり、バッテリーの出力が30kWh以下の場合は7万バーツ、30kWhを上回る場合は15万バーツまで拠出される。

タイのZEV生産目標

タイ国旗 タイのEV補助金制度の概要とMOU締結企業(2022年)

補助金に加えて、タイ政府はEV投資企業に対して厚いBOIの投資恩典を用意している。第一弾は2017年に導入されたが、EV、PHV、HVが対象となり、日系は主にハイブリッドで申請した。第二弾は21年から導入され、ハイブリッドは対象外となった。EV、PHVのみに恩典を付与し、GWMなどの中国系のEVメーカーが恩典を取得した。23年からは、EVに対し、サプライチェーンの上流などへの投資を条件に、法人税免税恩典を最大11年まで延長しており、BMWなどが申請した。

各自動車メーカーは補助金制度に申請し、販売および生産の計画の承認が下りれば政府と基本合意書(MOU)を締結する。23年1月現在、8社がMOUを締結しており、その内訳は日系1社(トヨタ)、中国系5社、タイ系1社、欧州系1社である。なお、ホンダが22年11月のバンコクモーターエキスポでEV試作車「Honda SUV e:prototype」を発表し、23年内に量産車の生産・販売の計画を発表したほか、BMWも22年末にEVの現地生産の計画を発表しており、今後もMOU締結企業は増える見通しである。

補助金政策を中心としたBEV振興策(乗用車のみ抜粋)

 EVに対する投資奨励策(BOI)

タイ国旗 タイの主なBEVの購入層

本節では、バンコクのEVの購入層は一体どのような人たちなのか、迫ってみる。

EVユーザーは、①都市部の家族持ち富裕層、②都市部の若年層(親と同居ないし独立)の2タイプに大きく分けられる。

①のタイプは、車を2~3台保有している複数保有者が多い。車を複数保有するためには、一戸建て住宅に住んでいる必要がある。バンコクでの一戸建て住宅の保有層は、2015年のタイの国家統計によると3割にとどまっているため、このようなユーザー層は限定されている。

②のタイプはいわゆるZ世代で、新しい商品やサービス、ライフスタイルなどを最も早い段階で受け入れる層が多い。

筆者は2月末、ユーザー層を探るために、BYDのバンコクの販売店を訪問した。BYDのディーラーは、販売、サービス、部品交換を兼ねる3Sディーラーであり、広い顧客向けの待合室のスペースとドリップコーヒーなどのアメニティの充実、7~8台のサービスベイなどの店舗のデザイン・設備から、先進的なブランドイメージにこだわっていることが窺われる。22年11月から販売を開始したEVモデルの「ATTO 3」の販売が好調であり、同店だけで2月に100台納車した。

購入層は富裕ファミリー層と若年層の傾向

同店で購入しているユーザーは右表の通り、主に富裕ファミリー層と若年層に分けられる。EVの購入動機として共通しているのは、①最近の燃料費の高騰、②内燃機関に比べると安い維持費、が挙げられた。②については、BYDでは、部品(消耗品除く)およびバッテリーは8年16万㎞を保証しており、EVではエンジンオイルのような消耗部品も少ないことから、維持費が少ないと踏んでいるようである。

ユーザー動向から見る限り、当面タイでのEV普及は3つの方向で進むことが予想される。第一に、充電インフラが整備されている都市部中心になること。BYDの関係者によれば、バンコクなど都市部の購入層は全体の6~7割を占めており、販売店もまだTier1の都市部中心に展開している。第二に、複数保有者ないしイノベーターと言われる若年層を中心に普及していくことが予想される。

一般ファミリー層向けの5人乗り以上のファミリーカーはまだ市場にもほとんど投入されておらず、大きいサイズのEVであれば200万バーツを超えてしまい手が届かない。第三に、都市部でも、先述の通り一戸建ての住居をもつ富裕層が中心になることが予想される。集団住宅地では、個人専用の充電器の据え付けが難しく、充電設備が限られているからである。

タイ国旗 タイの主要メーカーの生産計画

タイに進出予定の自動車メーカーを含めた各社のEVの生産計画を下表にまとめた。タイの補助金の拠出が承認された自動車メーカーは、2022~23年までの輸入完成車台数を2024年以降に現地生産することが条件(25年に生産する場合は輸入台数分の1.5倍)であることから、多くの自動車メーカーは24年から生産を開始する予定だ。各社のEVの生産計画台数は数千台~数万台が想定されるが、今後の国内販売台数によって変化する可能性がある。

インドネシア国旗 インドネシアのEV自動車政策とバッテリー国産化計画

インドネシアは、2019年8月に大統領令55号/2019を発表し、EVの産業振興策を実施している。インドネシア政府としては、「Making Indonesia 4.0」の戦略の下で、地域のEV生産ハブを目指す。四輪のEVは、2025年に自動車生産の20%の40万台、2035年までに100万台を目指す。インドネシアが最も重視するのはEVの部材の国産化である。下表で示すように、二輪、四輪ともに2030年までに80%の国産化を目指す。なかでも国産化政策で最も注力するのは、生産コストの40%以上を占めるリチウムバッテリー(LIB)である。

インドネシアの各種施策

インドネシアのEV生産目標

国家主導によるエコシステム構築計画

インドネシアは、世界のニッケルの埋蔵量の4分の1以上を占める資源国であり、資源を武器にバッテリー産業を囲い込むことにより、地域でのバッテリー生産およびEVの拠点になることを目論んでいる。ニッケル鉱石から、先駆体(Precursor)、正極材(Cathode)、バッテリーセル、バッテリー組み立て、二輪・四輪の組立、バッテリースワップなどのインフラ・サービスまでの総合的なエコシステムを国家主導で構築しようとしている。その旗振り役となっているのは、国営企業4社で構成されるIndonesia Battery Corporation(IBC)だ。韓国系のLG Energy Solutionや中国系のCATLなどのバッテリーメーカーとのバッテリー生産の合弁に向けて交渉中で、両社を合わせると55GWhのバッテリー生産能力を達成する計画である。なお、LGとIBCとの合弁工場では、当初は2023年から正極材を生産する予定であったが、交渉が長引いていることもあり、生産開始は24年以降にずれ込む見通しである。

奢侈性の免税を受けるための国産化率の目標

インドネシアSOEバッテリーコンソーシアム

インドネシア政府のバッテリーロードマップ

● 2020年3月26日に、SOEバッテリーコンソーシアム参加の国営企業(SOE)4社による持株会社Indonesia Battery Corporation (IBC)が設立され、各社が25%ずつ出資

● 当社の投資規模は、170億ドルに達し、この2年間はバッテリーの上流部門への投資に集中する予定

● 2024年までにバッテリー国産化を目指し、韓国系のLGとは当初生産能力10GWhの工場設立で合意し、世界最大手の中国系CATLとも現在交渉中

● 2022年9月に、IBC、LG、現代自動車グループ等が出資し、HKML Battery Indonesiaを設立し、工場の起工式を行い、23年に商業生産を開始する予定

二輪車への補助金:新車と改造車の対象台数

インドネシア政府はバッテリーの国産化政策と並行して、エコシステム充実のために2023年3月から二輪車への補助金拠出を開始した。購買力の問題で、電動化は四輪よりも二輪を中心に進展する見通しから、新車は20万台まで、化石燃料バイクから電動バイクへの改造車は5万台まで、700万ルピア(約6万円)を補助する。

なお、補助金拠出は、40%以上の国産化を達成した企業に拠出される計画であり、IBCが出資するGesitsなど4社のローカル二輪メーカーに限定され、化石燃料バイク市場の9割以上を占める日系メーカーは対象外となる。なお、四輪に対しては、従来から実施されている奢侈税の免除に加えて、VATの11%から1%への引き下げが決まっている。

主要EVメーカーの概要と戦略

【GMW】-  タイで220億バーツ(約770億円)を投資し、EVの主な生産拠点とする方針。
オンラインでの車両販売、EV専用ブランドの立ち上げなど業界で新しい取り組みを開始。

 【戦略】
 ●  タイをEVの生産拠点とする方針。2021年にHVの生産を開始し、24年までにタイでのEV生産開始を計画
 ●  SUVブランドの「HAVAL」、EVブランド「ORA」に加えて、2023年に新型オフロードのブランド「TANK」を発表
 ●  3ブランド×毎年3つのモデル⇒3年間で9つのxEVモデルを展開する計画「Mission 9 in 3」
 ●  2023年には、「ORA Good Cat」、「TANK 300」、「TANK 500」など5モデルのxEVを投入する計画
 ●  ディーラーを介さない直販を業界で初めて開始し、ディーラーは在庫をもたず、納車、サービスの機能に特化

タイのEVメーカーとして台頭しているのが、中国系のGWM(長城汽車)である。GWMは、2020年の進出時に3年で毎年3モデルのEV・ハイブリッドを発売する「9 in 3」戦略を発表。21年10月末から小型EVの「ORA Good Cat」の販売を開始し、22年には約4,000台を販売、EV市場で首位に立った。同社が掲げるブランドポリシーは、「カスタマー・セントリック(顧客中心主義)」。5年間の車の保証期間、無料のデジタルアプリケーションの全車種への標準搭載、単一の車両価格などで顧客の歓心を買う。ディーラーを「パートナー」と呼び、ディーラーに在庫をもたせず、販売はGWMが自ら行い、ディーラーは納車、アフターサービス、CRに専念する新しい売り方で業界に旋風を巻き起こしている。購入者層は主に若年層や女性が中心であり、若者が集うサイアムスクエアに店舗を構えるなど若者向けのブランド戦略を展開している。

23年3月に筆者が面談したGWMの幹部によると、社長の方針として、全て自社でコントロールするよう日頃から言われているとのこと。そのため同社は、タイでは他の中国メーカーと異なり販売会社も現地パートナーと組まずに独資で展開している。その結果、現地ディーラーに頼らない販売体制になっており、全車種のワンプライスでの展開を可能としている。

【BYD】- 2022年9月に初の海外工場をタイに設立することを発表。
22年10月からタイでの販売を開始し、5年以内にタイ市場でトップ5入りを目指す。
同社がタイを拠点化することで、EV市場の競争がさらに激化する可能性あり。

 【戦略】
 ● 2022年10月に「ATTO 3」の販売を開始した後、BEV・HEVの3モデルを2023年4月までにタイで販売する予定
※ タイ国内販売では現地財閥(サイアムモーターグループ)に独占販売権を付与
● タイで2024年から生産能力15万台の工場を稼働予定。右ハンドル車の生産拠点とし、東南アジア、欧州、 その他の国に輸出する計画

2022年8月末に中国最大のNEV(新エネルギー車:BEV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の総称)メーカーであるBYDがタイでで2024年までに179億バーツを投じ、年産15万台規模の工場設立を発表した。同社初の海外工場であり、タイからASEANや欧州などに輸出を拡大する。同社がタイ東部ラヨーンのWHA工業団地から600ライ(96ヘクタール)の広大な用地を購入し、将来的にはサプライヤー向け用地も含めてさらに500ライを追加購入する計画である。また、子会社で38億9,000万バーツを投じ、タイ国内および輸出市場向けにEVとPHEV向けのバッテリーを生産する。

同社の強みは、中国ではバッテリー、モーター、BMS(バッテリ・マネジメント・システム)など主要部品を全て内製していることである。また、前述のように、タイでバッテリーの生産を開始し、ベトナムでも2億5,000万ドルを投資する予定であり、ASEANでもサプライチェーンの構築を進めている。

同社は22年10月からEVモデル「ATTO 3」の販売を発表。初年度に1万台を販売し、5年以内にタイ国内販売でトップ5入りを目指す。23年1月には「ATTO 3」の販売は既に3,000台を超えており、初年度の目標達成は確実だ。

同年3月のバンコクモーターショーでは、「DOLPHIN」と「SEAL」を発表。「DOLPHIN」は内燃機関と競合する80万バーツ以下の販売価格での発売を発表し、攻勢をかける。強靭なサプライチェーン、高い価格競争力、高いバッテリーの技術力を有する同社が今後、ASEANでのEV市場をリードする存在になる可能性がある。

【Hyundai】- 2021年末からインドネシアで東南アジア最大の工場(年産15万台)を稼働。
22年からインドネシア初のEV生産を開始。 24年にはバッテリー生産を計画。

 【戦略】
 ● インドネシアで生産拠点を設けて東南アジアでのプレゼンスを引き上げる
 ● インドネシアでの販売目標は10万台、早期にシェア10%を目指す。東南アジア域内やオーストラリアへ完成車の輸出も開始
 ● 進出する際に、インドネシア政府に対してロビー活動を積極的に行い、有利な投資優遇策を勝ち取った
 ● 地域でのEVトップメーカーを目指し、インドネシアで2022年から一早くEVの生産を始め、24年までにバッテリーの現地生産化を計画

Hyundaiは、インドネシアで15万台規模の工場に投資し、2021年末からインドネシアで東南アジア最大の工場(年産15万台)を稼働した。22年からインドネシア初のEV生産を開始している。また、来年にはHyundai、韓国系バッテリー会社大手のLG Nickel Solutionとインドネシアの国営バッテリー会社のIBCと共同でEVバッテリーパックから23年末に生産を開始し、24年以降にバッテリーのセルの生産を計画している。インドネシアはバッテリーの正極材に使うニッケルの世界最大の産地であることから、国内資源の活用により地域で最大のバッテリー生産拠点になること目指している。

Hyundaiはインドネシア政府の方針に沿うことで、厚い投資恩典を勝ち取り、日系が95%以上のシェアを占める市場でシェア10%達成を目標にしている。タイでもHyundaiグループは、100%Hyundai資本のHyundai Mobility Thailandを設立し、グループ企業の起亜の進出が噂されるなど水面下で活発に動いており、今後の展開から目が離せない。  ジャカルタでは、Hyundaiはロッテモール(写真)など主要なショッピングセンターにショールームを展開しており、所得の高いターゲット層に照準を合わせたブランド・販売戦略を展開していることが特徴的である。

【SAIC-MG】- 内燃機関からPHV/EVまでフルモデルラインアップでシェアアップを図る。
四半期ごとに1台の新車投入を目標とし、数年内にシェアトップ5入りを目指す。

 【戦略】
 ● 四半期ごとに1台、年に最低3車種の新車を投入し、シェア拡大の方針。2030年までにトップ5入りを目指す
● 短期間のうちに、乗用車、ピックアップ、EVまでフルモデルを揃える
● コネクテッド機能やデザインを重視し、若者・女性をターゲットに
● 販売拠点をインドネシアやベトナムに拡大し、タイを地域ハブとして注力

SAICは中国勢では最も早くタイに進出したパイオニア。CPグループとの合弁で2017年から現在のライン工場での生産を開始した。車種では乗用車から、ピックアップ、MPVまで、パワートレーンではICE(内燃機関)、PHV、HV、EVまで、フルラインアップで展開することでシェアを4%近くまで伸ばしてきた。19年6月に他社に先駆けてEV社のZS EVを投入し、EV市場をリードしてきた。EVでは現在、「MG4 Electric」「MG ZS EV」「MG EP」の3モデルを販売しており、モデル数は最も多い。22年の販売台数ではGWMに次ぐ2位につけた。また、同社は23年末までにEVの現地生産を始める予定であり、それに合わせて25億バーツを投じてタイ国内にEV用のバッテリー工場を建設する。タイからはインドネシアやベトナムなどに輸出を開始しており、タイを域内の供給拠点として位置付けている。

【Tesla】- ASEANでの販売拠点の拡大を本格化。
満を持してASEANに進出したTeslaは高級セグメントに特化。

 【戦略】
 ● ASEANではシンガポール以外には正規販売店がなく、長らく香港からの並行輸入で販売
● 2022年から直営店をタイ、マレーシアに設け、販売を本格化
● 高所得者に照準を合わせて、大手ショッピングセンターで直営方式で販売

世界最大のBEVメーカーであるTeslaは2022年12月7日にASEANでシンガポールに続いて2番目の正式販売店をバンコクでオープンした。「Model 3」と「Model Y」の販売を開始し、3日で5,000台以上の予約をオンラインで受け付けた。これまで並行輸入車として販売されていたために、新車価格が約半分に大幅に下がったことが、購買欲を高める形となった。

店員の話では、車両価格190万バーツ以上のSUVの「Model Y」が全体の販売の65%、より小さい170万バーツの「Model 3」が35%を占める。「Model Y」の販売の方が多いのは、タイではファミリーで乗るユーザーが多く、より大きなサイズを好むからである。また、購入層は元々価格をあまり気にしない富裕層であることも背景にある。  Teslaは、タイでは当面はフランチャイズのディーラーを使わず、直営店で販売する方針である。現在のショールームは、ショッピングセンターのセントラルワールドのオープンスペースに1ヵ所、他にサービスセンターを市内に1ヵ所のみ設けている。

ASEANでは主要市場で今後直営店を展開する方針であり、今年3月にマレーシアに3ヵ国目の拠点を設けることを発表した。マレーシアは、電子産業が集積している背景から、Teslaは地域の事業拠点とする計画だ。その一方で、同社は域内で生産拠点の設立に関心を持っているとの報道があり、ニッケル資源国のインドネシア政府と完成車工場ないしバッテリー工場への投資の交渉を進めていたが、最近政府との交渉がストップしたようだ。当面、ASEAN地域では、中国の拠点からの自動車の輸入・販売が継続することが予想される。

タイのローカルメーカーの動き

Horizon Plus(Foxconn-PPT)-今後進出する新興EVメーカーの受け皿を用意か

タイ石油公社PTTは2022年に台湾のFoxconnと合弁会社Horizon Plusを設立した。22年11月に同社はロジャナ・ノンヤイ工業団地にてEV組立工場の起工式を行い、24年にEV生産を開始することを明らかにした。当初の生産能力は5万台から、30年までに15万台まで増やす。同工場は委託生産工場として、他社ブランドの生産の受け皿となる予定である。生産委託先としては、タイで生産設備を持たない新興メーカーが候補となる。

また、同社ではFoxconnが開発したEVプラットフォームを生産し、EVメーカーに供給するビジネスモデルを志向している。22年11月にFoxconnはEVピックアップの「Model V」とSUVの「Model B」の2台のモデルを公開しており、タイや米国での生産を目指す。同モデルはプロトタイプであり、委託する会社の要望に従い仕様を変更することが可能であると説明している。

一方で、Foxconnはインドネシアでインドネシアの鉱山・エネルギー関連会社大手のIndika、台湾のスワップバッテリー会社のGogoroと組んで二輪車向けのバッテリー工場を予定している。インドネシアでは、23年3月から補助金を拠出して電動二輪の普及に力を入れており、25年までに100万台、35年までに450万台の販売を目指しており、二輪車向けバッテリーのポテンシャルは高い。

Energy Absolute(EA) – 上流から下流まで全てのバリューチェーンに参画

EAは再生エネルギー・バイオ燃料大手であり、自動車産業とは関わりは元々なかった。しかし、2019年のバンコクモーターショーでEVのプロトタイプの乗用車「MINE SPA1」を発表し、タイ初の国産EVメーカーとして一躍注目を浴びた。しかし、それ以降、中国ブランドとの競合が厳しいと判断し、EV乗用車の開発は中止。現在の主要なEV関連事業は、EVバッテリー事業、EV組立事業(トラックなど商用車中心)、EV充電ステーション事業となっており、アジア系(台湾、中国)から技術供与を受けながら、全バリューチェーンでの参画を目指している。バッテリー事業では、台湾系のAmita Technologyに出資し、21年から国内でバッテリー生産を開始している。将来的には50GWhまで拡大する計画であるが、主要なEVメーカーは大手バッテリーメーカーから調達する方針のため、自動車メーカー向けの供給は限られるとみられる。当面は、EAで生産するEVバス・トラックやソーラーエネルギーの蓄電池用のバッテリーエナジーストレージシステム(BESS)向けに注力すると推測される。

EAの事業注目されるのは、EVバス事業である。中国のバスメーカーからの技術供与を受けて、EAは子会社のNexとの合弁会社であるAbsolute Assembly社の下で、バス組立を開始している。運輸省から路線権を取得した民間バス会社に2,000台近くを出荷し、年内に1,200台強を出荷する予定である。

Banpu NEXT – タイ最大の石油会社の新規事業としてEV事業に進出

石炭会社であるBanpuの子会社であるBanpu NEXTは、EVエコシステムへの進出に積極的である。シンガポールのバッテリー会社Durapowerに出資するほか、日本のスタートアップが立ち上げた小型モビリティ―メーカーFOMM、カーシェアリングのHaupcar、EV充電ステーション大手のEVoltに出資。最近、特に注目されているのは、電動トゥクトゥクのライドシェアのMuvMiへの出資であり、MuvMiのトゥクトゥクは既にバンコクで200台以上稼働しており、サイアムやスクンビッド付近で最近よく見かけるようになった。

バッテリー充電ステーションの整備状況

EVの普及にとり課題となるのは、充電設備の整備である。現在の整備状況は、下図の通りであり、2,572ヵ所の充電機のアウトレットのうち、普通充電であるACタイプが半数を超えており、急速充電は1,200ヵ所程度である。

タイの充電ステーションの整備状況

タイ政府は将来的には、EVの急速充電アウトレットを1万2,000ヵ所まで増やすことを計画している。充電設備を奨励するために、BOIの投資恩典を付与しており、EA、PTT関連会社のPTT ORなどが充電設備の拡大に投資を行っている。注目されるのが、急速充電の規格であり、タイでは日系のCHAdeMOと欧州のCSS2の2タイプがあるが、日系のEVシェアが低いこともあり、CSS2のタイプが8割近くを占めるようになっている。また、二輪用のバッテリースワップステーションも、今後の電動EVの普及を睨んで、今後整備する計画である。

EPPOのEV充電ステーションの目標 (箇所)

今後ASEAN地域で注目されるEVを取り巻く環境変化

EV中国勢の参入の加速

冒頭に述べたように、ASEANは2022年にEV普及元年を迎えた。23年は、さらに市場は加速して、タイの市場は、3~4万台に到達することが予想される。また、23~24年から補助金制度の条件を満たすために、EV現地生産が増えることが予想される。インドネシアでは、HyundaiやWulingが現地生産を開始しているが、一般ユーザーの購買力の制約や四輪に対する補助金の拠出がないことから、タイに比べるとEV市場は短期的にはより緩慢に成長することが予想される。

ASEANにおけるEV市場の長期的展望

ASEANでのEV市場は長期的には内燃機関からカーボンニュートラル(CN)のパワートレーンへの転換が進むことは避けられないが、 問題はどれだけの規模とスピードで進むかということである。その鍵となるのが、今後打ち出されるEV振興策ないしCN政策である。2022~23年にかけての主要国の補助金の拠出や車両関連の税率の引き下げは、EVの普及のトリガーとなっている。25年以降には、タイは内燃機関やハイブリッドの物品税率を引き上げていく予定であり、EVの普及には有利となる。  しかし、ASEANでは、欧州や中国のように、CO2数量排出量に強制的な制限を設けておらず、欧州のようにHVを含む内燃機関車の廃止措置も正式に決めていない。また、ASEAN主要国の電力発電は化石燃料に依存しており、EVの使用が必ずしもCNの削減に貢献しないことから、将来的にはバイオ燃料など別のパワートレーンも併せて推進する選択肢もある。さらに、地方までの充電ステーションの拡充は相当の時間がかかると想定される。  従って、35年までに各国はEVの生産比率を20~30%を目指していてるものの、その目標達成は容易ではない。筆者は30年までにEV市場は楽観シナリオでも約40万台と、全体市場の10%程度に達するとみている。

中韓勢が主導する壮大なEVサプライチェーンのゲーム

中国系の東南アジアへのEV戦略

EVの普及において次の鍵となるのが、中国勢の動きであろう。中国政府としては、世界的な中国の自動車産業の展開を後押ししており、特に中国との親和性の高いASEANでのプレゼンスを高めたいところ。「一帯一路」の国家戦略の下で、タイではEECへ多数の中国勢が進出し、インドネシアではニッケルを中心とした資源を押さえようとしている。

今後は、欧米諸国の中国をサプライチェーンから外そうとする「チャイナ・デカップリング」の動きが、ASEANでのEV産業に大きな影響を与える可能性がある。将来的には、中国系メーカーはデカップリングに対抗して、ASEANを迂回し、先進国にEVやバッテリーを輸出することも視野に入れて、ASEANでのサプライチェーン構築に動く可能性があるからである。そうなれば、中国勢は地域でのEV普及を後押しする形で、市場拡大のために一層攻勢を強め、それに呼応してASEAN各国政府はEV優遇策をより拡げる可能性もある。

タイとインドネシアによるEV生産拠点の主導権争い

ASEANのEV産業の動向で目が離せないのは、タイとインドネシアとの間のEVの生産拠点化に向けた主導権争いである。今のところ、タイはBOIの投資恩典制度や補助金制度により、主要メーカーの投資を惹きつけ、インドネシアを一歩リードしているように見える。しかし、インドネシアでは2024~25年以降にバッテリー国産化が進んだ場合は、両者の立場が逆転する可能性もある。そのインドネシアでは、既に中国勢と韓国勢がニッケルの精錬から正極材までのサプライチェーンを押さえにかかっている。資源も絡んだEVサプライチェーンの支配をめぐる壮大なゲームが既に始まっており、一周遅れ気味の日本勢がどう食い込んでいくのかが喫緊の課題となる。地域全体のEVサプライチェーンのグランドデザインをオールジャパンとして描いて、迅速に具体的に実行に移さないと、先行する韓国勢と中国勢に対抗できないことはもはや自明のことだ。

統括

主要なASEANのEV市場は2022年以降急速に拡大している。しかし、充電インフラ整備状況やユーザーの所得水準や住宅環境を考慮すると、まだEVの普及に対する制約が多いのも事実である。中韓勢はそれでもグローバルのカーボンニュートラル(CN)の流れのなかで、いずれこの地域でもEVが主流になることを見越して、先行投資を行い主導権を握ろうとしている。

その一方、日本勢は、この地域でのEVの本格普及はまだ先とみて、EV関連への本格投資に慎重であり、HVやPHVなどの電動車を投入しながら、既存の内燃機関車の延長上の製品で当面は対抗しようとしている。電力を化石燃料に依存するこの地域では、EV以外の電動化技術で当面はCO2削減に貢献できるという日系勢の考えは間違っていない。ただし、その一方で、EV関連の資源獲得競争では、中韓勢に先行され、市場ではイノベーター層を中心に日系のブランドイメージが低下していることも事実である。

いずれにせよ、この地域で日系が将来も優位を維持していくには、将来のCNを実現するビジョンと、それに至る具体的な道筋を見せて、現地政府、ユーザー、ローカルパートナーの信頼を勝ち得る必要がある。また、この地域のユーザーは若年層を中心に確実に変化しており、新しい商品・サービスをこの地域で迅速に開発・展開していく構想・実行力がますます求められるようになる。

寄稿者プロフィール
  • 山本 肇 プロフィール写真
  • 野村総合研究所タイ
    プリンシパル
    山本 肇

    国内のシンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。06年からCSM Automotive(後にIHSに改称)のバンコクオフィスのダイレクター。13年から野村総合研究所タイに勤務。アセアンの自動車産業の調査(設計開発、サプライチェーン、市場戦略など)、産業政策策定支援を専門としており、野村俊郎・山本共著『トヨタの新興国適応~創発による進化~』などの著書あり。

  • 野村総合研究所タイロゴマーク
  • TEL : 02-611-2951

    URL : www.nri.co.jp

    399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua, Wattana, Bangkok 10110

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

タイ会計・税務・法務

タイ会計・税務・法務〜民法改正・LTRビザ・租税条約改正等もQ&Aで解説〜

寄稿者プロフィール
  • 倉地 準之輔 プロフィール写真
  • BizWings (Thailand) Co., Ltd.
    倉地 準之輔 CEO & Founder

    日本国内にて大手監査法人、外資系メーカー勤務を経て2013年来タイ。外資系会計事務所勤務ののち2015年10月にBizWings (Thailand) Co., Ltd.を設立し、現在に至る。東京都中小企業振興公社タイ事務所やJETROといった複数の公的機関において日系企業向け経営アドバイザーを務めるとともに、タイ会計・税務・ビジネスに関する寄稿・講演・コンサルティング実績多数。東京大学経済学部経営学科、米ケロッグ経営大学院卒業(MBA)。


    東京SMEタイ事務所にて 無料で倉地氏に相談できます
    倉地氏の担当は、木曜13時~17時。
    詳細は、「東京SMEタイ」で検索。
    ホームページ上のMENUから「サービスのご案内」→
    1.現地経営相談の「詳細はこちら」へ。
    ※倉地氏は、東京SMEタイ事務所の経営相談員として木曜の午後在籍。
    ※経営相談は、相談に対する助言・アドバイスを行うものであり、公社は経営責任を負うものではありません。

はじめに

タイは世界でも日系企業の進出が盛んな国であり、タイに進出する日系企業は5,836社にものぼります※1。近年では不動産業・物品賃貸業といった非製造業の進出が目立ち、自動車産業を中心とした製造業の進出については一服したという見解もありますが、折からのチャイナリスクの顕在化に伴う中国からの日系製造業の移管が最近みられるなど※2、依然としてタイは日系企業の進出先として重要な位置を占めているといえます。

※ 1 JETRO. (2021). 「タイ日系企業進出動向調査2020年調査結果」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/047f1d797cf3c47e/20210002.pdf)
※ 2 産経新聞. (2022). 「尖閣国有化10年 日本企業、新たなリスクで脱中国も」 (https://www.sankei.com/article/20220912-ZRQM5EUGZVOKZEKGLCBI7APWX4/)

かように日系企業の進出の盛んなタイにおいては、会計・税務・法務を含む管理業務に関する情報も日本語で多く提供されており、管理業務への対応も一見難しくないように思われます。他方、以下の理由により、実はそれほど簡単ではありません。

① 情報過多:情報が無いからではなく、ヒト、書籍、インターネット由来のさまざまな情報が溢れかえっており、逆に情報が多すぎるが故に、最新かつ正確な情報を入手することは容易ではありません。

② 日本人間のタテヨコの情報経路の断絶:日系企業の駐在員は数年で入れ替わってしまい、すべての知識が引き継がれるわけではありません(タテの断絶)。また、コロナ禍で社内外の日本人間の交流も限定され、情報の共有が図りにくくなっています(ヨコの断絶)。

③ 言葉の壁:実際の運用にあたってはタイ語原文の参照が必要な場合も多いです。また、実施者であるタイ人スタッフとはいずれにしてもタイ語や英語でやり取りをしなければならない場合が多く、簡単ではありません。

このような背景に鑑みれば、日系企業が留意しておくべき管理業務上のポイントについて最新の情報を踏まえて日本語で情報提供を行うことには引き続き意義があると考えます。

そこで本稿は、過去の特集と同様、日系企業の方向けに会計・税務・法務といった管理業務対応に役立つ情報を提供することを目的とします。特に赴任間もない駐在員の方は、本稿を読むことでタイの管理業務の概要を理解するきっかけとすることができるでしょう。構成は以下の通りです。


1) 年間業務概観

タイにおいて一年間事業を実施した場合に通常発生する会計・税務・法務に関する業務の概要について、最新情報を網羅的に提供します。これらを理解することで、タイ人スタッフとのコミュニケーションの円滑化が進んだり、将来発生する業務への予見性が持てるようになることが期待できます。

2) Q&A

管理業務に関する想定質問と回答案をQ&A方式でまとめました。日系企業からの実際の相談事例をベースにした内容ですので、重要かつ自社の業務運営にも有用かと思います。

タイにおける税務について

この情報は毎回記載しているのですが、今回もアップデート、及びタイ税務に関する概観を把握していただくために記載します。

また、国税のうち法人税、個人所得税、VATを含む『歳入法典』関連税制については、詳細規定として以下のような詳細なルールもあります。また、一部税制には、二国間の徴税に関する条約である租税条約も関連してきます。

年間業務カレンダー

タイにおいて年間業務として原則すべての株式会社(非公開会社・非BOI企業)に必要となる会計・税務・法務に関する業務をまとめたものが下の表です。毎月の業務と暦年(カレンダー年、1月1日~12月31日)の業務については会社ごとの決算日に関係なく同時期に発生しますが、中間決算日後の業務と期末決算日後の業務については、会社ごとの決算日によって時期が変わります。自社の決算日に合わせた業務カレンダーを作成すると、各業務が網羅的に把握できて便利です。
注 : 税務の申告期限は、インターネット申告にすることで約1週間程度延ばすことが可能

年間業務カレンダー 年間業務カレンダー

事例をもとに、Q&Aでお悩み解決!

よく寄せられる質問と回答例をQ&A方式でまとめました。日系企業にも関連する問題や実例を元にした内容となっており、皆様の会社の経営にも応用できる内容があるかと思われますので、ぜひご参照ください。

① 会計基準の改正

Q:タイの会計基準が変わるという話を聞きました。 現在の会計基準の概要と、それがどのように変わるのか教えてください。

A:これまで使われていた会計基準の改訂版が2023年 1月1日以降開始する会計年度に適用されることとなりました。 一般的には影響は限定的かと思われますが、 自社への影響がないか確認することが求められます。

在タイ日系企業には通常TFRS for NPAEs(公的説明責任を有さない企業向けタイ財務報告基準)が適用されます※1。TFRS for NPAEsはタイで適用されている2つの会計基準の1つ(もう1つはTFRS(タイ財務報告基準))であり、在タイ日系企業を含むタイ証券市場に上場していない企業に適用される会計基準です。内容については、TFRSはIFRS(国際財務報告基準)のタイ語版で、TFRS for NPAEsはTFRSを簡略化したものであると理解すればよいでしょう。

ここで、TFRS for NPAEsが12年ぶりに改訂され、新たなTFRS for NPAEsが2023年1月1日以降開始する会計年度に適用されることになりました※2。今回の改正は、旧TFRS for NPAEs施行以降さまざまな要因により複雑化したビジネスモデルや事業環境を網羅するべく、会計基準の追加、改正により会計基準の網羅性を確保することが主たる目的となっています。

本改正により、以下の会計基準(図表1)が追加されるとともに、財務諸表表示における包括利益、連結財務諸表、デリバティブ会計、および機能通貨がいずれも任意適用事項として新たに会計基準に盛り込まれることとなりました。また、収益認識の基準において、カスタマー・ロイヤリティー・プログラムおよび本人・代理人の概念が追加されました。

新たなTFRS for NPAEsに追加された会計基準

ここで気になるのが改訂に伴う影響ですが、日系企業への影響は一般的には限定的ではないかと思われます。例えば、従前から義務化されていなかったキャッシュ・フロー計算書について今後も作成義務はないこととなりましたし、追加された会計基準なども適用対象となるケースは限定的であると思われるためです。

もちろん、自社に該当する事項があるか検討を要することは言うまでもありませんので、折を見て会計事務所や自社の会計スタッフと協議をするとよいでしょう。

※1 FAP. 2011. TFRS for NPAEs タイ語原文.(https://www.tfac.or.th/upload/9414/e8cXTzUL59.pdf) 日本語の翻訳資料は(https://amzn.asia/d/gvMAgBt
※2 FAP. 2022. 改正後TFRS for NPAEs. (https://acpro-std.tfac.or.th/test_std/uploads/files/%E0%B8%9A%E0%B8%97%E0%B8%84%E0%B8%A7%E0%B8%B2%E0%B8%A1/TFRS%20for%20NPAEs_Revise%202565(1).pdf)

② 税務調査

Q:タイの税務調査はどのように行われるのでしょうか。 また、対応に関するアドバイスがあったら教えてください。

A:歳入局によりランダムに実施されます。ただし、税金の還付申請を行うとほぼ必ず税務調査が実施されます。歳入局署員の指摘に対して、慌てずに原則は理屈で対応することが求められます。

タイの税務調査は、基本的に歳入局署員から税務調査を実施する旨の連絡がきて、提出指示を受けた書類を提出、それに対する歳入局署員からのフィードバックに対応する、という流れで進みます。何年かに必ず1回実施される、という決まりは特に存在しません。ただし、税金の還付申請を行いますと、還付金額が少額である場合を除き、基本的に税務調査が実施されます。

税務調査が実施されますと、還付申請した税目以外にも調査が及ぶことも多く、結果として還付申請した金額を上回る追徴課税が発生した、というケースも見られます。このため、還付申請をそもそも実施するべきなのか、というのも重要な判断になります。

税務調査の期限ですが、通常、税務調査の対象となるのは申告書提出期限から2年間までです。他方、脱税の疑いがあると判断された場合5年まで延長されます※3。仮に追徴課税がなされた場合、加算税については追徴税額の最大200%、延滞税については追徴税額の1.5%が月単位で付加(ただし、最大追徴税額まで)されます※4

歳入局署員の権限は強く、会社にとって不合理と思われる指摘がなされる場合もあります。例えば、いわゆる赤字取引(売上額より売上原価額の方が大きく、粗利益がマイナスになる取引)について、歳入局が適切と考える利益率を満たす売上額で取引がなされたとみなして法人税・VATを追徴課税される事例が見られます。『赤字なのに税金がかかる』という状況が納得にいかないとして、在タイ日系企業からの相談も非常に多いポイントです。

実は、タイ歳入法典上、法人税・VATともに市場価格より低い対価で取引がなされたと判断した場合、市場価格で取引がなされたとみなして課税することができる旨の規定が存在します※5。歳入局は当該規定を背景に赤字取引を生じさせるような売上価格は市場価格より低いのだから、歳入局が適切と考える利益率を満たす市場価格に基づく売上高、利益に対して法人税・VATを課税するのだ、という理屈を使ってきます。こう考えれば、上記の指摘は一応法律に則った指摘だ、ということになります。

このように、一見不合理に見えたとしても税務調査にあたっての歳入局からの指摘にはなんらかの理論的背景があるはずです。もちろん、その理屈が必ずしも容易に理解できるものではない場合も少なくありませんが、感情的になって反応することには意味がありません。まずは歳入局の主張を理解したうえで、理屈で反証することを原則とすると良いでしょう。

※3 歳入法典第19条
※4 歳入法典第22条、26条、89条(加算税)27条、89/1条(延滞税)
※5 歳入法典第65条の2第1項第4号(法人税)、 第79/3条第1項第4号(VAT)

③ 請負に関する源泉徴収

Q:タイにある取引先に機械の販売と据え付け工事をし、請求書を発行したところ、 取引額全額に基づいて源泉徴収すべき税額を計算し、 その金額を差し引いて支払うという連絡がありました。 機械の販売代金に源泉税はかからないと思っていたのですが、 この処理は正しいのでしょうか。

A:タイでは国内の会社間取引について物品の販売には源泉税を 控除する必要がない一方、請負サービスの販売には源泉税を 控除する必要がある、というルールになっています。どういった 名義で請求を立てているのか相手と合意しておくのがポイントです。

そもそも源泉徴収とは法人税の徴収制度の1つで、所得の支払者が支払いの際に受領者に代わり所得税を徴収(源泉徴収)して税務署に納付する制度のことをいい、源泉税とはここで源泉徴収された税金のことをいいます。タイではこの源泉徴収制度が広く適用されており、物品の販売(本設例でいえば機械の販売)に対する対価の支払いには源泉徴収が不要である一方、請負サービスの提供(本設例でいえば機械の据え付け工事)に対する対価の支払いには3%の源泉徴収が必要であるとされています※6

ここで、源泉徴収をされる側である請負サービスの提供側では、以下の問題が発生し得ます。

キャッシュ・フローの問題

対価の支払いを受ける際、対価相当額の3%を控除された金額しか入金されないことになります。このため、特に取引の金額が大きい場合や取引の利益率が小さい場合に、キャッシュ・フロー上重要な影響を引き起こす可能性があります。

法人税過払いの問題

源泉税は『法人税の前払い』の性格を有します。ここで、当該年度に源泉税で徴収済みの金額ほどに法人税が発生しない場合、前払い分については法人税の過払いとなります。回収するためには歳入局への還付申告をする必要が生じますが、高い確率で税務調査が発生します。

このため、請負サービスの提供側では、特に物品の販売と合わせて請負サービスの提供を行う場合、源泉税がどの取引に対してかかってくるのかを理解することが重要になります。ここで以下、歳入局の過去事例の判断が参考になります※7

• 製品代金と据え付けサービス料の請求を別々に行う場合、または請求書に別々に記載されている場合、据え付けサービス料についてのみ購買者は3%の源泉税を徴収しなければならない。

• 他方、製品代金と据え付けサービス料を区別せず製品代金として請求する場合は、当該請求は物品代価の請求とみなし、源泉税は課されない。

このように、歳入局は対価をどのように定義するかで源泉税の要否が変わってくるという見解を示しています。請負サービスの提供を行う会社が源泉税の金額を明確にしたい場合には、相手側と対価の定義を合意したうえで取引に臨むことが望ましいといえるでしょう。

※6 歳入局通達 No. Paw. 20/2531 (https://www.rd.go.th/3612.html
※7 タックスルーリングKHOR. KOR.0702/9659 (https://www.rd.go.th/54495.html

④ 民商法典改正

Q:タイの民法・会社法に相当する民商法典が改正されたと 聞きました。どのように変わったのでしょうか。

A:吸収合併制度の導入が大きなポイントです。 事業ライセンスの移転手続きが不要な合併制度となる 可能性があります。

2022年11月8日に民商法典改正法(第23号)が公布され、23年2月から適用になりました。今回の改正は、ビジネスの柔軟性を高め、業務にテクノロジーを活用することを可能にして企業の負担を軽減し、タイでビジネスを行う上での効率を高めるという目的で行われました。改正の内容をまとめると、図表2のようになります。


(注1) 多くの場合、会社の定款には現行の民商法典の規定に従って、招集通知と新聞公告を行う必要があると規定されていると推定されます。このため、改正法にある「新聞公告不要」措置をとる場合、改正法施行後の最初の株主総会において、新聞公告を廃止する定款の改正が必要となる場合があります。また、新聞公告を廃止したとしてもそれに代わる公告(電子公告など)が義務付けされる見込みです。
(注2) 今回の改正で法令上は2人以上での株主で株式会社を維持することが可能になります。他方、この規定により2人しかいない株主の一方が株主総会を欠席すると、株主総会を開催できなくなるということになります。従い、この改正法の施行後も自社やグループ会社の取締役などに株式を保有させ、株主総会が開催不可能となるケースを回避する対策を取っておくことが必要になると考えられますので、実務的には3人以上の株主を維持する場合もあり得ると思われます。

 

今回、特に注目したいのは吸収合併制度の新設です。吸収合併とは、一方の法人が解散し、その権利義務の一切を他方の法人が承継する合併の形態を指します。吸収合併が新設されたことで、従来合併方法として認められていた新設合併(合併の当事者となる法人の全部が解散し、その権利義務の一切を新たに設立される法人が承継する合併)した場合では既にどちらかが保有していた事業ライセンスについてその移転手続きなどが生じるのに対し、吸収合併の場合、基本的には消滅会社の事業をすべて包括承継するため、ほとんどのケースでそれが必要なくなると期待されます(ただし、タイの吸収合併において実際どのライセンスが引継可能であるかについては今後の動向を注視する必要があります)。

もちろん、統合作業の負担が大きい、経営統合に大きな負担がかかるなど、新設合併と比べた場合のデメリットもありますが、いずれにせよ、会社統合の新たな制度が加えられたことで企業の選択肢が増えたといえるでしょう。

⑤ LTRビザ

Q:タイに長期間滞在できるようになるビザが新設されたそうですが、内容について教えてください。

A:富裕層、裕福な年金生活者、タイで働く専門家、高度技術者および これらの配偶者・子女は、最大10年滞在できる長期滞在ビザ (Long-Term Resident Visa : LTRビザ)を申請できるようになりました。

通常日系企業の駐在員の多くは、『ノンイミグラント-Bビザ』というビザ、そしてその家族は『ノンイミグラント-Oビザ』を取得してタイに入国しているかと思います※8。新たに2022年9月以降申請を受け付けることとなったLTRビザは、タイ国内における消費や投資、そしてさらなる経済の増進に資すると思われる高所得者や高度技術者に該当する外国人に発行されるビザです※9。このLTRビザと、通常のノンイミグラントBビザ※10を比較した場合の表は図表3の通りです。

※8 ビザの種類については、ウェブサイト参を照のこと (https://site.thaiembassy.jp/jp/visa/type/)
※9 BOI LTR Visa Unit. 2022. (https://ltr.boi.go.th/)
※10 BOI認可を受けていない会社に勤務する外国人が取得した場合の内容を想定

ノンイミグラントBビザとLTRビザの比較

LTRビザの申請が可能な外国人は、区分ごとにそれぞれの条件を満たす外国人です(図表4)。

LTRビザの申請区分と条件

いずれの区分でも①5万USD以上の保障を有する健康保険への加入、②タイにおける治療を受けられる社会保険への加入、③10万USD以上の預金保有の①~③のうち、いずれかの条件を満たすことが求められます。

実際のところ、どの申請区分においてもハードルが高く、日系企業関係者が広くLTRビザに移行できるかというと難しい印象ですが、自社の状況に照らし、活用可能なケースを検討するのは有用であるといえるでしょう。

⑥ 租税条約改正

Q:日本とタイの間の税金に関する取り決めが変わると 聞きましたが、どのように変わるのでしょうか。

A:多国籍企業が過度な節税を行っていることに対応すべく、 主として恒久的施設に関する規定が変わります。 自社への影響を検討することが求められます。

日本はタイを含む各国と課税関係の安定(法的安定性の確保)、二重課税の除去、脱税および租税回避などへの対応を通じ、二国間の健全な投資・経済交流の促進に資することを目的として租税条約を締結しています※11

近年、日本は多国籍企業が国際的な税制の隙間、抜け穴を利用した過度な節税対策により、本来課税されるべき経済活動を行っているにもかかわらず、当該活動に係る税負担を軽減している問題(税源浸食および利益移転:Base Erosion and Profit Shifting 通称BEPS)に対応すべく、現行の租税条約にBEPS防止措置実施条約という、この目的を果たすための新たな条約を適用する動きを進めています。

この流れの中、日本とタイの租税条約についても2022年3月末に通告がなされ、23年1月1日以降の課税事象や租税に対して適用になりました※12。適用となった条約の規定は以下の通りです※13

新たに適用される条約の規定

恒久的施設に関する規定の変更が主であり、タイで活動する日系企業が適用するケースの多い給与所得に関する取り決め(いわゆる180日ルール)※14やロイヤリティーに関する取り扱いについては変更になっていませんので、日系企業への影響は限定的かと思われますが、自社に影響があるのかを検討することが望まれます。

※11 財務省. (2023). 租税条約に関する資料 (https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/index.htm)
※12 財務省. (2022). 日タイ租税条約に係る統合条文 (https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/SynthesizedTextforJapan_Thailand_JP.pdf)
※13 財務省. (2022). 我が国とタイとの間の租税条約に対する本条約の適用関係の概要 (https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/mli_Thai.html)
※14 詳細については、2018年の過去記事を参考のこと (https://arayz.com/old/columns/tokusyu_201808/5/)

【コラム】管理業務は今後も拡大傾向

本稿で解説しているのはタイで法令上要請されている管理業務のみですが、今後、日本を含む諸外国が要請する規制への対応を求められる可能性があります。特にグローバルなサプライチェーンの一部となっている製造業の場合、仮にこれがタイの法令上求められなかったとしても、取引先企業がこの規制への対応を要請してきた場合、対応しないと取引が認められなくなるという可能性もあり、早晩対応が必要になると思われます。 今後、タイ企業が対応を求められる可能性のある規制には以下のようなものがあります。
• 人権コンプライアンス対応※15
• 温室効果ガス排出量開示 (日本※16 およびEU※17
• 人的資本の情報開示※18

※15 JETRO.(2022).「UNDPタイ事務所、日系企業の人権デューディリジェンスを支援へ」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/05/3b8efdf63f2ba16c.html)
※16 日刊工業新聞. (2022). 「グリーントランスフォーメーション 中小に排出量開示迫る 脱炭素が取引に影響」 (https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00631340)
※17 JETRO. (2023). 「タイ製造業、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)への対応が急務に」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/01/c0db17778451c23c.html)
※18 日本経済新聞. (2022). 「人的資本開示、23年3月期から大手4000社対象」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB0937H0Z01C22A1000000/)

【コラム】おわりに

本稿では、タイにおける会計・税務・法務といった管理業務に関する概要および重要ポイントについて解説しています。一方、多忙な毎日を過ごす日系企業の方が限られた時間の中で管理業務の詳細まで理解したうえで業務を遂行するのは非常に難しいでしょう。そこで私は、折に触れて日本人専門家に相談することを勧めています。

本稿のような記事で制度に関する概要を理解した後、自社の個別ケースがどのように判断されるかについては、適切な日本人専門家に照会するのが時間的にも想定される判断の質的にも良いケースが多くなるように思います。

本稿をきっかけとして、読者の皆様がタイの管理業務上の留意点に気づきを得、タイにおける業務遂行を円滑に進める一助としていただければ幸いです。

優秀な日本人 & タイ人アシスタントが月13,900バーツから!
「会計・税務・法務を代行依頼したい!」と思ったらBizWingsにどうぞ。
https://www.bizwings.co/assistant


【免責】本稿は、一般的な事項についての情報提供を目的として作成されたものであり、実際の遂行にあたっては、多くの場合関連法規の検討、ならびに専門家との協同が必要になります。このため、執筆者ならびにその所属先は、本稿の利用に起因するいかなる直接的・間接的な損害に対しても一切の責任を負いかねます。また、本稿記載の情報は作成時点における調査に基づいたものであり、随時更新される可能性がありますことをご了承ください。

\こちらも合わせて読みたい/

(2016.05月号)ざっくり分かる 知っ得 タイの法務・会計・税務

(2017.06月号)経営者のための会計・税務入門

(2018.08月号)タイの会計・税務 概観

(2019.11月号)使える!タイ会計・税務概観とFAQ(法人税・個人所得税・VAT)

(2021.4月号)タイ会計・税務・法務〜よく起こる問題やコロナ禍の制度変更などを解説〜


なお、過去記事内の記載事項は各記事作成時の法規制に基づいた記載になっており、それ以降の改正を反映していません。その点はご留意の上ご利用ください。

既存のERPシステム+AIでタイの会計業務を効率化

ACTY SYSTEM (THAILAND) CO., LTD.
ITを活用し、顧客の業務管理における効率化・統制強化を推進するソフトウェアメーカー。業務分析による課題抽出から改善フローの提案といったコンサルティングにも注力し、ニーズに合わせたパッケージシステム導入と個別ソフトウェア開発も可能。30名のタイ人SEの他、日本人SEが現地に8名在籍し、日本語によるサポートも行っている。

Managing Director 塚本 裕司
明治大学卒。日本のシステム開発会社でプログラマー・SEとして従事し、2008年に渡タイ。12年にACTY SYSTEM (THAILAND)を創業。タイ国のNo.1会計ポータルサイト「タイ会計サービス比較.com」管理人。


今は紙伝票の仕訳入力も、会計ソフトへの転記入力も
AIとロボットが自動処理!

タイでは上記にあるイラストでお馴染みのACTY SYSTEM(THAILAND)、Managing Directorの塚本氏。近年は、タイの会計税務に関する有益な情報をウェビナーやYoutubeを通じて在タイ日本人向けに発信している。業務効率化に向けたソフトウェアの開発やコンサルティングを行う同社が見るタイの経理業務独特の課題と、人工知能(AI)をはじめとする最新技術を活用した改善方法について聞いた。

インタビューに答える塚本 裕司 氏

タイで働く日本人が直面する経理の課題

赴任した途端、日本で勤務していた頃には知らなくても良かった会計・税務・法務といった管理業務まで求められるようになるのは、多くの駐在員が直面するシチュエーションであろう。そんなタイで働く日本人と会話をする中で、「月次決算の遅さ」、「紙伝票の多さ」といった課題が経理部門で多く挙がると塚本氏は言う。「これには日本と異なるタイの税務や、その業務を行うシステムの効率性が起因しています」(塚本氏)。

日本と異なるタイの税務

タイで上記の課題が多い理由の一つに、日本では年次で行われる税金の申告が、タイでは毎月7日(源泉徴収税)と15日(付加価値税)までに、前月の取引で発生した税金の申告を済まさなければならないという決まりがある。税務の申告が遅れると、ペナルティを科せられるとともに、何より会社の社会的信用を損ねてしまうため、遅れることが許されない重要タスクなのである。

「既存の会計ソフト」+「AI」で 抵抗感なくシステム導入可能に

近年、目覚ましい進化を遂げている人工知能(AI)を活用し、業務のやり方も既存の会計ソフトも変えずに自動化・効率化を図る業務改善を勧めているのが同社だ。請求書や領収書、小口現金管理の手書き伝票などからの転記入力と経理仕訳の手入力をデジタル化し、経理業務を自動化することで決算の早期化が実現可能となる。

デジタル化において重要なことは 「まずやってみる」こと

必要性は理解していても、未知への恐怖や社内の理解を得ることへのハードルからデジタル化が進まない企業も少なくない。同社では顧客のタイ人スタッフに直接困りごとをヒアリングすることで社内への浸透もサポートしている。「まずは試しにやってみて効果を感じることで一歩を踏み出してほしい」と塚本氏は勧める。

新技術「AI-OCR」採用

紙伝票のデータ化と仕訳データの自動作成

OCRとは印刷された文字や手書きの文字などをカメラやスキャナで読み込みデータ化する技術。それにAIによる識字率の向上や、読取項目の自動抽出を可能にしたのがAI-OCRだ。タイ語の手書き伝票をスキャンするだけで内容をデータ化、データ化された伝票を解析、会計仕訳データを作成するところまですべて自動化できる。

 

DX Suite × THOMAS GLOBE

導入までの流れ

1.まずは1ヶ月お試し運用

新しいことを始めようとすると、社内で反対する声も上がります。大切なことは、これまでの誠意ある業務の取り組みを否定しないこと。社員さんへの感謝を伝えた上で、次のメッセージから始めましょう。『皆さんの業務負担を減らすため、まずは試してみよう』

2.伝票の仕訳パターンを確認

1年間の本契約締結後、ITスキルと業務ノウハウを持った当社の人材をアサインし、お客様の各伝票と経理仕訳を確認します。システム内の必要なマスタ設定はすべて当社のIT人材が行います。内容説明はタイ語、日本語で行います。

3.2~3ヶ月間のBPO運用

システム運用開始当初は、様々なマスタ設定の間違いなどに起因するトラブル発生がつきものです。こうしたトラブルや課題を解消するため、2~3ヶ月間のシステム運用の代行サービスを提供しています。安定稼働後に引き渡しとなります。

▼▼▼▼▼▼▼

1ヶ月無料お試し期間あり!
まずは効果を確認し、社内の理解を得ながら進めることができます。
https://www.dx-suite-thomasglobe.com/


【お問い合わせ】 ACTY SYSTEM (THAILAND) CO., LTD.

TEL: 02-541-5955
E-MAIL: acty-thai-sales@acty-thai.com
URL: https://www.acty-thai.com/

444 Olympia Thai Plaza Bldg. 3rd Fl., Ratchadapisek Rd., Samsennok, HuayKwang, Bangkok 10310

Express+AIでタイの会計業務を効率化

ACTY SYSTEM (THAILAND) CO., LTD.
ITを活用し、顧客の業務管理における効率化・統制強化を推進するソフトウェアメーカー。業務分析による課題抽出から改善フローの提案といったコンサルティングにも注力し、ニーズに合わせたパッケージシステム導入と個別ソフトウェア開発も可能。30名のタイ人SEの他、日本人SEが現地に8名在籍し、日本語によるサポートも行っている。

Managing Director 塚本 裕司
明治大学卒。日本のシステム開発会社でプログラマー・SEとして従事し、2008年に渡タイ。12年にACTY SYSTEM (THAILAND)を創業し、今年で10周年を迎える。タイ国のNo.1会計ポータルサイト「タイ会計サービス比較.com」管理人。


今は紙伝票の仕訳入力も、会計ソフトへの転記入力も
AIとロボットが自動処理!

タイでは右にあるイラストでお馴染みのACTY SYSTEM(THAILAND)、Managing Directorの塚本氏。近年は、タイの会計税務に関する有益な情報をウェビナーやYoutubeを通じて在タイ日本人向けに発信している。業務効率化に向けたソフトウェアの開発やコンサルティングを行う同社が見るタイの経理業務独特の課題と、人工知能(AI)をはじめとする最新技術を活用した改善方法について聞いた。

インタビューに答える塚本 裕司 氏

タイで働く日本人が直面する経理の課題

赴任した途端、日本で勤務していた頃には知らなくても良かった会計・税務・法務といった管理業務まで求められるようになるのは、多くの駐在員が直面するシチュエーションであろう。そんなタイで働く日本人と話をする中で、「月次決算の遅さ」、「経理スタッフの多さ」といった課題が経理部門で多く挙がると塚本氏は言う。

「これには日本と異なるタイの税務や、その業務を行うシステムの効率性が起因しています」(塚本氏、以下同)。

日本と異なるタイの税務

タイで上記の課題が多い理由の一つに、日本では年次で行われる税金の申告が、タイでは毎月7日(源泉徴収税)と15日(付加価値税)までに、前月の取引で発生した税金の申告を済まさなければならないという決まりがある。税務の申告が遅れると、ペナルティを科せられるとともに、何より会社の社会的信用を損ねてしまうため、遅れることが許されない重要タスクなのである。

「経理担当者はまず月初に税計算と申告作業に追われることになります。税計算のために紙伝票の内容を手入力でエクセルに転記するのですが、この転記作業にかなりの手間と時間がかかっており、このタスクが終わってようやく決算書の作成に取り掛かれるのです。このような現状が、日本と比べ、より多くの間接人材を投入しなければならない要因のひとつとなっています」。

「既存の会計ソフト」+「AI」で抵抗感なくシステム導入可能に

税務処理を行う上で、経理担当者が使用する最もポピュラーな会計ソフトといえば“Express(エクスプレス)”である。多くの在タイ日系企業でも導入されているため名前を聞いたことのある方もいるだろう。しかし日本語での情報ソースが少ないことから、日本人が介入するには難しい領域である。

「シンプルで使いやすいところがExpressの人気の理由ですが、そのシンプルさ故に不便な点もあります。エクセルや外部ソフトからのデータ取り込みができないため、ここでも転記入力が必要で、作業効率が上がらない現場がよく見られます。

効率化のため、根幹となる会計ソフトを外部と互換性のある他のソフトに変える、という方法も考えられますが、それには新たなシステム構築のために時間とコストがかかります。また、経理担当者によっては使い慣れたソフトからの変更に強い抵抗感を示すケースもあるため、容易ではありません」。

そこで同社は、業務のやり方も既存の会計ソフトも変えずに自動化・効率化を図る業務改善を勧めている。それを実現するのがAIをはじめとする最新技術だ。

DX Suite × THOMAS GLOBE

AI-OCRとは?

紙伝票のデータ化と仕訳データの自動作成

OCR(光学文字認識)とは印刷された文字や手書きの文字などをカメラやスキャナで読み込みデータ化する技術。それにAI(人工知能)を加え、ディープラーニング(深層学習)による識字率の向上や、読取項目の自動抽出を可能にしたのがAI-OCRだ。同社システムのAIエンジンには日本国内市場でNo.1のシェアを誇るAI inside社の「DX Suite」を採用し、タイ語の手書き伝票をスキャンするだけで内容をデータ化、データ化された伝票を解析、会計仕訳データを作成するところまですべて自動化できる。

RPAとは?

会計ソフトへの転記入力の自動化

RPAとは、ソフトウェアに組み込まれたロボットに人間がやっている作業を覚えさせ、自動で遂行させる技術。これをAI-OCRと連携することで、生成した会計仕訳データをエクセルに出力し、そのエクセルの内容を既存の会計ソフトへ転記する作業を自動化することができる。つまり、AI-OCRとRPAを活用すれば、人間は紙伝票をカメラやスキャナで読み込むだけで、会計ソフトへの入力までが勝手に終わってしまうのである。

導入企業改善事例

デジタル化において重要なことは 「まずやってみる」こと

人工知能などを活用し社内業務のデジタル化を図ることで、成果を出しつつある企業とそうでない企業が生まれており、いま企業間での「デジタル格差」が広がっている。では、どのようにすればデジタル化によって業務効率化を進められるのか?それには「まずやってみる」ことが何より重要と塚本氏は説く。

「かつてスティーブ・ジョブズがコンピュータとは何かについて問われたとき、このような話をしました。『人間を含む様々な動物の種の中で、一定距離を最小限のエネルギーを用いて移動する時に、どの種が一番効率が良いかという研究で、コンドルが最上位、人間は下から数えて3分の1という結果に。しかし、人間が自転車を利用した場合を考察した結果、人間はコンドルの倍の効率を見せたのです』。

人間は道具を使うことで進化しました。自転車も初めて乗るときは倒れたら痛い、漕ぐのが怖いなどと思うかも知れませんが、慣れてしまえば便利な道具。ジョブズがコンピュータこそ知性の一部を拡大する偉大な道具であると語ったように、AIについても同じことを言いたいのです。

『これは自転車なんだ、まずはみんな乗ってみようよ』と」。

▼▼▼▼▼▼▼

1ヶ月無料お試し期間あり!
まずは効果を確認し、社内の理解を得ながら進めることができます。
https://www.dx-suite-thomasglobe.com/


【お問い合わせ】 ACTY SYSTEM (THAILAND) CO., LTD.

TEL: 02-541-5955
E-MAIL: acty-thai-sales@acty-thai.com
URL: https://www.acty-thai.com/

444 Olympia Thai Plaza Bldg. 3rd Fl., Ratchadapisek Rd., Samsennok, HuayKwang, Bangkok 10310

タイ鉄道

タイ鉄道-新線建設がもたらす国家繁栄と普遍社会

1897年3月26日はタイの「鉄道記念日」。この日、タイ初の官営列車がバンコクから中部アユタヤに向けて運行を開始した。蘭印(現インドネシア)ジャワ島の視察を終えたラーマ5世の指示だった。国家繁栄のためには遍(あまね)く国土の隅々まで及ぶ鉄道建設が欠かせない。そう考えた政府は以来4,000キロに及ぶ鉄道網を完成させる。
それから120年余。タイは再び鉄道の時代に突入している。相次ぐ新線の建設。鉄道は文明社会のバロメーターである。目指す先にあるのは国土の未来ある発展、そして鉄道がもたらす王国としての普遍社会の形成だ。奇しくも19世紀初頭に鉄道の発祥地イギリスがそうであったかのように。
鉄道時刻表は大規模で全国的な、複雑で正確に結合する日常生活という観念をもたらした。それは他のいかなるもの以上に技術進歩の可能性を示した。なぜならば、それはその他の大半の技術活動の諸形態よりも進歩していたと同時に普遍性を持っていたからである。
(ホブズボーム「産業と帝国」1984年/浜林正夫他訳/未来社)

イエローライン・ ピンクライン

首都圏初の郊外型環状路線

タイ初となるモノレール形式の首都圏鉄道「イエローライン」と「ピンクライン」。その運賃無料の試験運行が2022年末に始まった。23年6月にも本格運行を開始する。これに合わせて首都圏一円で路線バスを運営するバンコク大量輸送公団(BMTA)は、利用客の利便性に応えようと、2つの鉄道路線の各新駅を経由する新たなバス路線を整備する。一方、新路線が共に郊外を走行することから、住宅建設や商業開発など新たな沿線開発も見込まれている。

ピンクラインではバンコク北郊のインパクトアリーナに乗り入れる支線の建設も進んでおり、イベント需要に伴う人流の変化にも期待が持たれている。バンコク都心部を取り囲むように運行される初めての郊外型環状路線。ヒトやモノの配置と動きを大きく変えそうだ。

都心延伸路線との乗り換えが特徴

イエローラインのうち運行を開始するのは、バンコク北部ラップラオ駅から東郊サムットプラカーン県サムロン駅までを南進する30.4キロ23駅。ラップラオ駅で地下鉄MRTと、サムロン駅でBTSスクンビット線とともに乗り換えが可能。フアマーク駅ではエアポート・レール・リンクとも接続する。将来的には、バンコク中心部を東西に横断するオレンジラインや、トンロー駅を通過し同様に首都圏を南北に縦断するグレーラインの両新線とも乗り換えができるようになる。ラップラオ駅から先BTSスクンビット線パホンヨーティン駅まで延伸もする。

一方、ピンクラインで運行を始めるのは、ノンタブリー県のケーラーイ駅からほぼ真東に向かって東部ミンブリー駅に至る34.5キロの30駅。途中のラックシー駅でレッドラインと、さらにBTSスクンビット線やグレーライン、オレンジラインとも接続する。注目されるのは、途中のムアントンターニー駅で北部に支線(3キロ2駅)を設け、モーターショーや食の見本市「THAIFEX」などのイベント会場として知られるインパクトアリーナに接続されることだ。ノンタブリー県にあって、長らく陸の孤島だった同施設周辺へのアクセスが格段に向上する。両線とも都心部から延伸する路線との乗り換えが特徴だ。

バンコクイエローライン路線図

バンコクピンクライン路線図

運営はともにBTSグループ

イエローラインの開発主体はイースタン・バンコク・モノレール(EBM)、ピンクラインはノーザン・バンコク・モノレール(NBM)とそれぞれ異なる会社だが、高架鉄道を運営するBTSグループHDとゼネコン大手シノタイ・エンジニアリング&コンストラクションなどが組成するコンソーシアム(共同事業体)のいずれも傘下企業。資材の調達などを共同で行い、コストを削減してきた。運行車両も、世界最大の鉄道車両メーカー中国中車とカナダ・ボンバルディアで作る合弁会社から調達している。

開業に合わせてバンコクで路線バスを運営するBMTAは、大幅な路線増設を進める。バンコク都庁が指示した。それによれば現在、イエローラインの各駅と接続するバス路線は計59系統あるが、これを81系統にまで拡大する。ピンクラインについても50系統あるのを82系統に増やす。新設される鉄道路線の利用率を引き上げ、営業収入を確保するという狙いもある。

都心を走行しない新形態路線

この2路線がこれまでの都市鉄道と決定的に違うのは、いずれもバンコク首都圏の郊外を走行し、都心部を走行しないという点だ。イエローラインは北部ラップラオ駅から東進後、東部のシーナカリン通りにほぼ沿う形で南進し、郊外の南北を繋ぐことを目的とする。一方、ピンクラインはバンコク北部一帯を、弧を描くように路線が敷かれている。都心部から放射状に開発が進められてきた従来路線とは異なり、これまでになかった新しい形態の路線となっている。

このため、住宅開発や商業施設開発も従来とは異なった展開が見込まれている。両新線の開業時期が具体的に見通せるようになった2021年以降、イエローライン沿線のラップラオ通りやシーナカリン通り、ピンクライン沿線のラムイントラ通りやバンナー通りなどでは新規コンドミニアムの供給計画が盛んに発表されている。コロナ禍などの影響もあってバンコク全体で供給減が続く中では、異色の様相となっている。

郊外の地価が上昇

これに伴い、沿線の地価も上昇している。タイ政府住宅銀行のシンクタンク不動産情報センターによると、新設される首都圏鉄道の沿線では地価の高騰が続いており、このところの上昇幅は四半期ごとに前年同期比がいずれも10%を超えている。

特に上昇率が高いのが、いずれも都心部を走行するBTSスクンビット線や都心部から郊外に延びるオレンジラインの東部区間(タイ文化センター駅~ミンブリー駅)、それにMRTパープルライン(タオプーン駅~ノンタブリー県バンヤイ駅)などの路線沿線だ。過去10年間の年平均上昇率はいずれも30%を超える。

こうした中にあって目を見張るのが、これまでは比較的安価だったイエローラインなど郊外路線地域での伸びだ。ラップラオ駅~サムロン駅間の沿線区間の伸び率は過去10年間で平均約27%を記録した。都心部に劣らず郊外でも、急激な勢いで地価の高騰が進んでいることが分かる。

レッドライン

首都圏北郊開発の要となる

開発の進む首都圏高架鉄道網の中で、このところバンコク北郊を走るレッドラインの存在感が増している。すでに2区間計41.6キロが開通。さらに延伸3区間総計約30キロの建設計画が固まっているほか、乗客者数も開業当初に比べて最大で3倍にも増加しているのだ。周辺沿線では住宅や商業施設などの開発が進み、国立病院へ接続する支線の建設も計画される。北部では現計画をさらに延長してアユタヤ県の工業団地にまで直通させるという構想もある。ドンムアン空港にも接続し、首都圏北郊域の基幹線として利用価値が高まっている。

PPP方式、事業効率も引き上げ

レッドラインの現在開通している区間は2つ。始発基幹駅のクルンテープ・アピワット中央駅(バンスー中央駅から改称)からパトゥムターニー県ランシット駅に北進するダークレッドライン計10駅26.3キロと、同中央駅から折り返して西に延びるバンコク西部タリンチャン駅までのライトレッドライン計6駅15.3キロの2区間だ。いずれも、2021年11月末に正式運行を開始した。

これまでタイ国鉄(SRT)自らが開発主体として計画を進めてきたが、資材の値上げなどに伴う建設費の高騰や開発速度の加速させるといった課題を解決するため、22年からは官民連携(PPP)方式に事業形態を変更している。当初総事業費は1,880億バーツ(約6,500億円)。開業済みの2区間で1,080億バーツを要した。鉄道の運営そのものは子会社のSRTエレクトリック・トレインに委託するなどして、さらなる事業効率を引き上げていく方針だ。

総合病院にも乗り入れ

延伸が決まっているのは、
①ランシット駅からさらに北に伸びタマサート大学ランシット校駅までの計4駅8.8キロ、
②タリンチャン駅から西郊ナコーンパトゥム県サラヤー駅を結ぶ計6駅14.8キロ、
③タリンチャン駅から支線としてチャオプラヤー川沿いに南東に向かいマヒドン大学医学部シリラート病院駅に至る計3駅5.7キロ
の3区間。開業予定は前2区間が2026年、支線が27年となっている。

レッドライン開発には、このほかにも構想路線として2つの延伸区間がある。ダークレッドラインをそのまま南下させ、フアランポーン駅に繋がる計5駅7.5キロの区間と、中央駅からライトレッドラインを東進させ、エアポート・レールリンクのフアマーク駅をつなぐ計4駅18.4キロの2区間だ。このうち前者区間の途中で、シリラート支線同様にマヒドン大学医学部ラマティーボディー病院に接続する構想がある。シリラート病院と合わせた二つの病院とも富裕層をターゲットとした歴史ある総合病院。海外からの医療ツーリズムに力を入れるタイ政府の思惑も透けて見える。

洪水で利用客が急増

タイ国鉄によると、運行開始当初は新型コロナウイルスの感染拡大もあって、利用者数は2区間合わせて1日あたり8,000~9,000人と低迷した。それがコロナ対策の規制緩和とともに徐々に上昇に転じ、2022年6月の時点では1日平均1万3,000人にまで拡大した。それに留まらず、同年8月以降は、予想を超えてさらに利用者が増える展開となった。その大きな要因に11年ぶりとなるバンコクの洪水がある。

22年雨期は当初から雨量が多く、11年後期以来の大洪水が懸念されていた。北部の主要な貯水ダムはたびたび警戒水域を超えるなど非常事態への警戒が高まっていた。実際に小規模な冠水はパトゥムターニー県ランシット付近から、ドンムアン空港やバンコク北郊のウィパワディー・ランシット通り周辺で何度か確認されていた。その度に沿線住民が活用したのがレッドライン。

8月26日の小規模洪水の際は、約1万9,000人の通勤通学者が鉄道を利用した。10月3日の洪水時は、過去最高となる2万5,000人超の乗客がレッドラインに詰めかけ、職場や学校に向かった。古くからの水の都バンコクでは、冠水して道路が通行できないほどの大雨や洪水時は、臨時休業・臨時休校が当然の行動様式だった。それが鉄道の開通によって事態は大きく変化した。かつてない出来事であった。

沿線で開発が目白押し

こうした鉄道利用の高まりは、住宅などの都市開発をも後押ししている。住宅総合開発のNCハウジングは、パトゥムターニー県クロンルアン郡などで低層住宅開発を進めている。開発名称は「Baanfah Greenery Neola Rangsit Khong 2」。40ライ(6.4ha)の土地に一戸建て住宅とツインハウスを建設。最低価格389万バーツから分譲を開始する計画だ。

近くにはダークレッドラインの終着駅ランシット駅があり、鉄道が延伸されれば利便性はひと際増す。開発予定地周辺では他にも住宅や商業施設計画が目白押しで、デベロッパー各社も虎視眈々と機会を狙っている。レッドラインを含む都市鉄道沿線では地価も上昇しており、22年第2四半期はライトレッドラインの延伸予定区間(タリンチャン~ナコーンパトゥム・サラヤー)が前年同期比8.5%で全国1位となった。

北郊の工業団地延伸に期待

延伸構想があるレッドラインの北側エリアは、パトゥムターニー県とアユタヤ県との県境が目と鼻の先だ。そのさらに北にはいくつもの工業団地が林立する。主要なものだけでも、ナワナコン工業団地、バーンパイン工業団地、ハイテック工業団地、ロジャナ工業団地など日系企業にもおなじみの顔ぶれだ。こうした工業団地でも今、レッドラインの延伸を心待ちにする声が広がっている。

11年秋の大洪水時は、国道1号線や32号線といった沿線の幹線道路が軒並み冠水し、少しずつ水没し続ける工場に近づくことさえできなかった。バンコク北端から船をチャーターして物資の運搬を試みたこともあったというが、距離がありすぎて現実的ではなかった。この時に将来の課題として検討されたのが自動車道と並ぶ交通・輸送手段の確保だった。10年の時を超えて見つかった回答が高架鉄道を利用するというものだった。

かつてあった鉄道計画

この地域にはもともと高架鉄道の建設計画が存在した。1990年代に着手された香港企業によるホープウェル計画だ。地上を含め3層となる橋桁を造り、鉄道と高速道路を並走させるという構想だった。第1期計画では、フアランポーン駅に近いヨムマラート駅から北にランシット駅まで、東西はフアマーク駅からヨムラマート駅を経由してタリンチャン駅などを結ぶ計画だった。これに期待を寄せたのがアユタヤ近郊の工業団地だった。

だが、同計画はずさんな資金繰りや場当たり的な対応が露呈し、その後遅延を続ける。最終的には97年のアジア通貨危機で完全に行き詰まり、白紙破綻となった。以来20数余年。計画区間の沿線では錆びた支柱だけが虚しく放置されていたが、そのいくつかは今次のレッドライン建設に活用されている。この地域ではホープウェル計画が頓挫した後も、高架鉄道の必要性だけは優先事項として共通の認識とされていたのだった。

1971年に創業し、タイで最も古いナワナコン工業団地のニピット・アルンウォン・ナ・アユタヤーCEOもそう思っていた1人だ。コロナ禍前に実施したインタビューでは、「ダークレッドラインの延伸を心待ちにしている」と話していた。渋滞とは無縁の鉄道が完成すれば、同工業団地はバンコクなどから容易な日帰り通勤圏内となり、他の工業団地との差別化も一層進むと読む。今後の生き残りを果たすためには高付加価値の産業育成や団地内のスマート化は急務で、そのためには人の移動や流入が不可欠との判断から便利な鉄道が最も効果的と考えた。

ドンムアン空港にも接続

レッドラインは、タイの主要な空港であるドンムアン空港とも接続されている。駅舎は近代的に改装された空港第2ターミナルに直結し、天候にも左右されず乗り換えも非常に便利となった。ここからタイ国内各地に航空路線が網羅されているほか、隣接する第1ターミナルに向かえば国際路線網も広がっている。これらを使って出張に出掛けたり、国内外の旅行を楽しんだりという需要にも期待が注がれている。

アユタヤ県にある部品メーカーは近頃、バンコクや東部にある取引先工場への出張の一部をレッドラインなどの公共交通機関に切り替えた。自動車で移動すれば自由に時間を選ぶことができ便利だったが、渋滞によるロスと事故の危険を考えた。納品など製品を伴うものは自動車輸送のままだが、ミーティングや製品説明の場などは人の移動が確保できれば十分と判断した。

タイの都市鉄道の建設は、まだまだ緒に就いた段階に過ぎず、完成しているのは構想も含めて全体計画のわずか10%にも満たない。だが、その効果と効用の認識は産業界のみならず国民生活にも着実に広がっている。その実情の一端をレッドラインの建設現場に見ることができる。

3空港高速鉄道

首都圏の空の玄関口を結ぶ

バンコク首都圏と東部ラヨーン県にある3つの国際空港を結ぶ「3空港高速鉄道」建設計画は、タイ政府が肝煎りで進めてきた東部の経済特区「東部経済回廊(EEC)」の開発と密接に関係する。担当窓口となるEEC事務局は、今後の外国企業の誘致にはインフラとなる高速鉄道交通網の整備は欠かせないと訴え、タイ国鉄と共同で計画および入札手続きを進めてきた。こうした中で落札をしたのがタイ最大の企業財閥チャロン・ポカパン(CP)グループが主導するコンソーシアム(共同事業体)だった。新型コロナウイルスのまん延や用地問題などで足踏みはあったものの、2023年中にも本格着工する見通しで、2029年の開業を見込む。

エアポート・レール・リンクを延伸

他にコンソーシアムを構成するのは、地下鉄MRTを運営するバンコク・エクスプレスウェイ&メトロ(BEM)と、いずれも地場大手のチョーカンチャン、イタリアンタイ・デベロップメントのゼネコン2社、そして中国国営の鉄道建設企業・中国鉄建の計4社だ。当初はイースタン・ハイスピード・レール・リンキング・スリー・エアスポーツと名乗ったが、後にアジア・エラ・ワン(AERA1)に名称変更した。事業時には特別目的事業体(SPV)を組成する。当初資本金は40億バーツ。

入札は2018年11月に行われ、高架鉄道運営のBTSグループHDが主導するコンソーシアムが最後まで争ったが、CPグループ側が最安値を提示した。契約期間は50年の官民連携(PPP)方式で、総事業費は2,245億バーツ。スワンナプーム空港とバンコク都心部を結ぶ既存線のエアポート・レール・リンクを南北に延伸させ、北はドンムアン空港、南はラヨーン県ウタパオ空港に至る全長220キロの1,435ミリ標準軌鉄道を整備する。最高時速250キロ走行の特急列車は、この区間を最短60分で結ぶことになる。

全15駅のうち新設されるのは、ドンムアンからパヤタイまでの区間と、スワンナプームから先チャチュンサオ、チョンブリー、シラチャー、パタヤ、ウタパオまでの各駅区間。パヤタイからスワンナプームまでの既設8駅(両端駅を含む)区間は、エアポート・レール・リンク(28.6キロ)を現状のまま転用する。また、ドンムアンとクルンテープ・アピワット中央(バンスー中央から改称)の両駅区間は、タイ中高速鉄道と重複するため共同乗り入れとする。開業時に全線をAERA1 City Lineに改称する計画もある。

周辺商業開発とセットで開発

ところが、同事業をめぐっては当初から採算性に疑問符が投げかけられていた。「空港間を移動する鉄道の旅客需要だけでは投資回収は難しいのではないか」というのがその最大の理由だった。そこで国鉄・EEC事務局では、区間内に設置する駅周辺の開発権も含まれるよう発注内容を切り替えた。こうして鉄道の建設・運営と駅前用地の商業開発がセットで入札にかけられることになった。このことが皮肉にも、同建設計画の進捗を遅延させる要因となった。

駅周辺の商業開発は、クルンテープ・アピワット中央、マッカサン、チャチュンサオ、チョンブリー、シラチャー、パタヤの6駅で行われることになっている。このうち、マッカサンと東部シラチャーの両駅前を先行させる計画だ。

マッカサン駅周辺には国鉄などが所有する約150ライ(24ヘクタール)の土地がある。ここにホテルや商業施設、コンベンションセンター、国鉄の研究開発センターなどが入居する総床面積200万平方メートルの総合複合施設を建設する予定だ。また、付近には1万戸以上の低所得者向け住宅や博物館なども整備し、一帯のスマート化や全体の6割については緑化も進める。当初の見積もり総事業費は1,400億バーツに上る。

東部シラチャーの駅予定地前にも25ライの土地があり、ここで商業開発が始まる見通しだ。付近には日系企業が入居する工業団地や日本をテーマにした開業済みの商業施設がある。こうした施設とも連携しながら、テーマパークの色彩を強くした開発が進められる公算が高い。

23年中にも入札実施

3空港高速鉄道事業を落札したCPグループ主導のコンソーシアムAERA1と国鉄・EEC事務局との協議は、コロナ禍における各種行動規制もあって難航した。契約見直し交渉は21年10月の開始以降、2回も延長され、22年7月になって翌年中の着工がようやく見通せる段階となった。

この間、議論の対象となったのは、CP側が譲り受けるエアポート・レール・リンクの事業権料支払いの問題や、ドンムアン~クルンテープ・アピワット中央両駅間の重複工事費用を誰が負担するかといった問題、発注側が交付する着工指示書の交付時期の問題などだった。マッカサン駅前の開発予定地には大規模な排水溝の跡地などがあり、この除去費用などをめぐっても交渉が行われた。

航空需要拡大でウタパオ区間の先行着工も

一方で、コロナ禍からの回復に伴い、拡大する航空需要からの要請も強まってきた。スワンナプーム空港では第1サテライトターミナルの供用開始が間もなく始まり、駐機場は28ヵ所も増える。第3滑走路の工事も進んでいる。ドンムアン空港でも第3旅客ターミナルの建設が行われ、完成すれば年間の処理能力は1,800万人増加して4,800万人となる。駐機場も12ヵ所増える。ウタパオ空港も第2旅客ターミナルを完成させ、処理能力を1,500万人から2,000万人に引き上げる。

こうした待ったなしの状況に、事業計画はようやく重い腰を上げ動き出そうとしている。鉄道本体ではスワンナプーム空港とウタパオ空港間を優先させ、着工を急がせようという動きも広がっている。マッカサン駅前の商業開発では、一帯をA~Eの5ゾーンに分け一部を先行させる計画だ。まずは、総額420億円を投じて総床面積80平方メートルの複合施設の建設を急ぐ。

3空港高速鉄道

タイ中高速鉄道

ラオス・ビエンチャン経て中国・雲南省まで

タイ中高速鉄道は、クルンテープ・アピワット中央駅(バンスー中央駅から改称)を始発駅に、東北部イサーン地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー駅を経由し、メコン川を挟んでラオスとの対岸国境にあるノーンカーイ駅までを結ぶ全長約609キロの高速鉄道。1,435ミリの標準軌が採用され、最高時速は250キロ。両端駅も含めてこの間に計11駅を置く計画で、在来線の寝台列車で10時間超を要していたものを3時間15分で結ぶ。さらに、メコン川を渡河してラオス・中国間を走る中老鉄路とも接続させ、雲南省昆明に至るという壮大な構想もある。賛否両論はあっても、インドシナ半島を縦貫する初の超特急であることに違いはない。

第1期開業は2026年3月を予定

工事は2つの工期に分けて行われている。第1期がクルンテープ・アピワット中央駅からナコーンラーチャシーマー駅までの約356キロで、途中駅としてドンムアン、アユタヤ、サラブリー、パークチョン(ナコーンラーチャシーマー県)の4駅が置かれる。2017年に着工したものの、技術やシステムの供与のあり方などをめぐって中国政府との交渉が長引いたほか、新型コロナウイルス感染症の流行や用地買収の難航もあって工事は遅れ、22年末の進捗率は15%程度にとどまっている。当初計画では37%を想定していた。それでも26年3月までの完成を目指す。

第2期はナコーンラーチャシーマー駅からノンカーイ駅までの約253キロ。途中駅としてブアヤイ(ナコーンラーチャシーマー県)、バンパイ(コンケーン県)、コンケーン、ウドンタニの4駅が計画されている。第1工期の終了後から3~4年で完成させるとしている。全線の開業は早くても29年としており、タイ中両国政府が鉄道建設に合意した15年当時の予定から9年余りずれ込むことは確実だ。

建設費約4,800億バーツはタイ負担

高速鉄道建設は、2014年5月のプラユット・ジャンオーチャー陸軍司令官(現首相)らによる軍事クーデターの後、欧米諸国との関係が冷え込んだことをきっかけに貿易や経済の拡大を目的に計画が始まった。中国としても、習近平政権が13年から掲げる広域経済圏構想「一帯一路」とリンクできるなど、双方の思惑が一致するという背景があった。ところが、技術やシステムの供与に止まらず、建設資金や資材、労働者の派遣までも中国が主張したため一時停滞。最終的に約4,800億バーツ(約1兆7,000億円)の建設費はタイの全額負担とすることで着工となった。

現在、具体的に工事が進んでいるのは、クルンテープ・アピワット中央駅の発着ホームと、ナコーンラーチャシーマー県に新設されるパークチョン駅周辺(クランドン~パンアソーク間)の3.5キロの土木工事のほかは目立ったものはほとんどない。それでも22年8月には関連する土地収用法が発効し、第1期工事の用地確保にも弾みがついたほか、第2期工区の環境影響評価の申請が間もなくの段階となっている。

立ちはだかる世界遺産影響評価

こうした最中、アユタヤ駅周辺の開発をめぐって物議を醸す事態が生じている。世界遺産「アユタヤ」に関して、管轄する国連の教育科学文化機関(ユネスコ)から「待った」がかかったのだ。タイ政府は当初、アユタヤ駅舎について仏教寺院を模した高さ45メートル3階建ての荘厳な造りとするプランを進めていた。駅舎を含む南北13.3キロの区間(バーンポー~プラケーオ間)についても高さ19メートルの高架とする計画だった。

チャオプラヤーの本支流に囲まれた島状のアユタヤには古代遺跡が数多くあり、付近一帯の1,810ライ(約290ヘクタール)は1991年にユネスコによって「プラナコーンシー・アユタヤ歴史都市」として世界遺産に登録されている。景観を変える巨大建造物の建設や大規模開発には遺産影響評価が必要とされており、それがなければ工事は進まない。文化省芸術局も付近3,000ライを考古学研究の対象に登録しており、同様に開発には大きな壁が立ちはだかる。

地下化、迂回案など代替案を模索

そこで政府が取った新たな対策が5つの代替案の作成だった。まずは高架橋の高さについては全体として17メートル以下に引き下げ、新駅舎を地下化するというプランが第一に検討された。それによれば、駅舎の周囲5キロ全域が地下構造物となり、追加予算として153億バーツ、さらに5年の工期が必要とされた。続いて検討されたのが30キロにわたり世界遺産を迂回するという案だった。だが、これにも3,750ライの新たな土地収用が必要となり、264億バーツの追加費用が発生することが判明。工期も7年とされた。

駅舎を移設し、北に3.5キロのバーンマー駅周辺にするという案も考案されたが、同様に工期は5年とされた。このほか、現行計画のまま後に都市計画を決定して解決するという先送りプランや、高架橋だけを作って駅舎の建設場所は後で決定するという案も相次いで挙げられたが、いずれも決め手を欠いている。検討の陣頭指揮には現内閣のプラウィット・ウォンスワン副首相が当たっている。

一方、ユネスコは「遺産影響評価はタイの法律下にはない」とタイ政府の対応にくぎを刺す。特別法を制定して、遺産影響評価を回避しようというタイ国内の一部強行意見を警戒した対応だ。ただ、ユネスコはこうも指摘する。「最終的に判断するのはタイだ。世界遺産は国に観光客と観光収入をもたらす源泉なのだから」。投げられたボールにどう応えるのか。政府の対応が注目される。

<関連過去記事>

・バンコク沿線 注目開発 エリア

・タイ 2020年最新版 インフラ計画進捗状況 威信掛けた成長戦略か、大言壮語か

 

【未来の経済区!?】バンナー都市開発×ライトレール

バンナートラート通りを中心とする主な開発状況を徹底解説!

※ライトレール:バンナー~タナシティ~スワンナプーム国際空港
※進捗度はArayZ編集部の現地視察の感覚でありデータに基づいた数値ではありません。

バンナー開発

Bangkok Mall【進捗度:★☆☆】

小売大手が威信を懸けた一大プロジェクト
小売大手ザ・モール・グループが旗艦プロジェクトとして建設する商業施設。投資額は500億バーツで2024年に完成予定。
投資:500億バーツ / 面積:120万㎡ / 完成:2024年

AIA East Gateway【進捗度:完工済】

環境に配慮したプレミアムグレードAオフィスビル
バンナー通りで初となるプレミアムグレードA、33階建てのオフィスビル。5階建ての小売棟も併設。LEEDゴールドおよびWELLゴールド認証。
投資:データなし / 面積:7万㎡ / 開業:2023年末

VERSO International School【進捗度:開業済】

BTSが手掛けるタイ最大規模のインター校
BTSグループが香港の企業と組み、50億バーツを投じて開設する27万㎡、タイ最大規模のインターナショナルスクール。幼児から高校生まで最大1,800人が受け入れ可能。
投資:50億バーツ/ 面積:27万㎡ / 開業:2020年

スワンナプーム国際空港 フェーズ2【進捗度:★★☆】

新ターミナルなど建設、年間6,000万人受け入れへ
発着能力を伸ばすサテライトターミナルを建設中(278億バーツ)。第2ターミナル(420億バーツ)および第3滑走路(218億バーツ)の建設も決定している。
投資:518億バーツ/ 面積:120万㎡ / 開業:2024年

BITEC フェーズ2【進捗度:開業済】

タイ有数の大型展示場、さらなる拡張実施
タイ産業界の一大イベント「METALEX」など数々の大規模な国際見本市などが毎年開催される。2016年には増設が完了。17年には併設の高層オフィスビルBhiraj Towerが開業している。
投資:60億バーツ/ 面積:7万㎡/ 開業:2016年

Forestias【進捗度:★★☆】

緑豊かな複合都市がバンナーに新たに出現
不動産開発大手MQDCによる巨大プロジェクト。面積63.7万㎡に住居のみならず、オフィス、商業施設、スポーツ施設、病院などを擁して自然を取り込んだ街を創り出す。
投資:1,250億バーツ/ 面積:63.7万㎡/ 開業:2023年末

Mega City【進捗度:不明】

商業施設に加えオフィス、コンド、ホテルも誘致
SFディベロップメントが2012年にMega Bangnaとして開業。北欧の家具大手イケアなど入居。未使用の土地24万㎡にホテルやオフィス、商業施設の誘致を計画している。
投資:670億バーツ/ 面積:64万㎡/ 開業:未定

Central Village 【進捗度:開業済】

空港至近、タイ初の高級アウトレット
セントラルグループによる2019年開業の大型アウトレットモール。投資金額は50億バーツ。150近いブランドが入居する。
投資:50億バーツ/ 面積:4万㎡/ 開業:2019年

外資規制の対象ではない事業「小売」「卸売」その4

タイ進出を新たに検討する企業だけでなく、進出済みの企業にとっても、タイでのビジネスにおけるもっとも重要なルールの一つが外資規制です。タイで自社が実施する事業は何か、その事業は外資規制をクリアできるのか、それによってタイ子会社の資本戦略や組織構造も大きく変わってきます。

本連載では、外資規制の基礎から応用までをご説明します。

資本金を大きくしても外資企業は「農産物」や「飲食」の販売ができない

販売に関する最後の論点として、「何を販売するか」について触れておきます。極論をいえば、多額の資本金さえ積めば、外資企業がタイ国内での「小売」と「卸売」を実施することは可能である、というのが販売事業における基本的な考え方となります。一方で、例外的にこの原則に該当しないケースもあります。

用途、販売先、品目によって判断が分かれる事例 【案件番号】2017年9月 No.1

【案件概要】 外資企業N社は、食品を製造してタイ国内への販売と、海外への輸出を行なっている。仮にN社が原材料を調達して、
(1) 自社で使用する場合、(2) 海外へ輸出する場合、(3) タイ国内で販売する場合、それぞれ外資規制上の許可が必要となるか

【商務省の判断】
(1) 自社で使用する場合、または自社製品の原材料として使用する場合は、規制事業に該当せず、許可取得は不要
(2) 海外へ輸出する場合は、「輸出」として規制事業に該当せず、許可取得は不要
(3)1. 原材料が地場農産物の場合は、タイ国内での販売は「地場農産物の取引」として規制事業に該当し、商務省の許可が必要
2. 原材料が地場農産物ではなく(例えば缶詰の缶など)で、他の商品を製造するための原材料としてタイ国内で販売する場合は、商務省から許可を得るか、または(外国人事業法が定める他の事業で必要な最低資本金と、他の法律で定める事業に必要な資本金を控除した)残りの払込済み資本金が1億バーツ以上であれば、許可申請の必要なく、事業を行なうことができる

N社の事例は、販売する品目によって外資規制上の考え方が異なる可能性を示した、とても分かりやすいケースです。自社での使用や輸出が外資規制に抵触しないことは既に説明した通りです。一方、タイ国内への販売についても、通常であれば資本金さえ十分に維持できれば許可なしでも事業が実施できる、というのが、これまで説明した大原則でした。ところが本事例では、販売する品目が「地場農産物」である場合に、「卸売」ではなく「地場農産物取引」という別の規制事業に該当することが示されています。

「卸売」と「地場農産物取引」は、外資規制の対象事業である点に変わりはありませんが、後者には「卸売」や「小売」に置かれている資本金条件がありません。いくら資本金を積んでも無許可での実施が認められませんので、外資企業にとっては、実施のハードルがより高いということになります。

タイ国内への販売でありながら「小売」「卸売」ではなく、取り扱い品目を理由として別の考え方になる、というケースとして、「農産物」の他にも重要なものが2つあります。

飲食業

1つ目は、いわゆる飲食業です。これもタイ国内で飲食物を「販売」している、という考え方もありますが、タイの外資規制上は「小売」ではなく、「飲食物販売」という別の規制事業に該当します。「地場農産物販売」と同様、資本金条件がありませんので、どれだけ資本金を積もうとも、無許可では外資企業が実施することはできません。特に、飲食業において商務省からの許可(飲食業としての許可ではなく外資規制緩和の許可)を得ることは非常にハードルが高いとされ、イケアなど極めて例外的な事例しか見られません。

飲食販売に関するイケアの外国人事業許可証(FBL)取得事例

会社名: IKANO (Thailand) Co., Ltd. (イケアの運営会社)
設立   : 2007年1月30日
資本金: 1,076,000,000 ※2024年2月時点
FBL   : ① バンコクの「エムスフィア」内にあるイケアにて、
スカンジナビア料理と飲料を販売することができる(2023年8月取得)
② ノンタブリのイケアにて、スカンジナビア料理・タイ料理と飲料を
販売することができる(2017年7月取得)
③ プーケットのイケアにて、スカンジナビア料理と飲料を
販売することができる(2015年7月取得)

出所:タイ商務省データベース (注)データベース上ではサムットプラカンの「メガバンナー」内にある「イケア」での許可取得は確認できない

なお、一般的には外資企業が絶対に実施できない(タイ資本との合弁にせざるを得ない)と考えられている飲食について、イケアがFBLを取得している、というのは日系大手小売業または飲食業にとっても注目すべきケースといえます。あくまで個別の判断となりますし、どの程度の規模感が求められるのか、和食などに料理の国籍を限定することが重要なのか(ノンタブリのみタイ料理も許可)、など判断基準は分かりませんが、許可取得事例が存在する(かつ複数取得している)という事実は、取得に挑戦する意義があることを示しています。

「スクラップ」の販売

もう1つの事例が、「スクラップ」の販売です。こちらも商務省の判断事例は非常に少ないのですが、製造工程で発生したスクラップをリサイクル会社に売却することは、外資規制に抵触しない(=外資企業が実施できる)とされています(2012年1月No.1)。

こちらは農産物や飲食とも異なり、「小売」「卸売」に該当しないだけでなく、外資規制そのものに該当しないというケースです。厳密には、「品目」が該当しないというよりも、「事業」に該当しない、という考え方を商務省はしているようです。同様に、不要となった機械設備等を売却することについても、事業として行なうものではないため、外資規制に該当しないと認識されています。  ただし、スクラップや不要機械設備については、商務省の解釈が明確に示されているわけではないため、安易な拡大解釈はリスクがあるといえそうです。

 


三菱UFJリサート&コンサルティング

三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱ タイ現地法人
  • 吉田 崇プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    Head of Consulting Division
    吉田 崇


  • 池上 一希 プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    Managing Director
    池上 一希

MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

Tel:+66(0)92-247-2436
E-mail:kazuki.ikegami@murc.jp(池上)

【事業概要】 タイおよび周辺諸国におけるコンサルティング、リサーチ事業等

外資規制の対象ではない事業「小売」「卸売」その3

タイ進出を新たに検討する企業だけでなく、進出済みの企業にとっても、タイでのビジネスにおけるもっとも重要なルールの一つが外資規制です。タイで自社が実施する事業は何か、その事業は外資規制をクリアできるのか、それによってタイ子会社の資本戦略や組織構造も大きく変わってきます。

本連載では、外資規制の基礎から応用までをご説明します。

多数店舗展開するために巨額な資本金を設定するケースも

前回まで紹介してきた「販売」に関する別の論点として、外資企業に認められる「店舗数」について考えてみます。外資企業にとって、資本金を1億バーツにすることで販売事業が行なえるようになるものの、事業店舗数については限りがあります。「卸売」の場合は1店舗、「小売」の場合は5店舗が資本金1億バーツの場合での上限です。これ以上に店舗数を増やそうとすると、店舗数に比例して資本金も増やす必要があります。まずは店舗としてのイメージがしやすい、一般消費者向けの「小売」を例にとって説明します。

BtoBの「小売」や「卸売」とは異なり、一般消費者向けの小売業は、どうしても店舗数が多くなる傾向にありますので、資本金も1億バーツでは不足する可能性が高まります。日本を代表するアパレル企業A社の場合、外資ステータスで資本金18億バーツ超と極めて多額ですが、外資規制のもとでは計算上の店舗数は90店舗が上限となります。他方、同じく日本を代表するB社は、地場の大手財閥との合弁ですが、ステータスは外資となっているため、資本金8億バーツ超に対して上限は40店舗です。かなり頻繁に増資を繰り返している両社ですが、資金的な需要だけでなく、出店計画に合わせて資本金を調整しているものと推測されます。

これに対して大手コンビニC社は、コンビニエンスストアという性質上、他の2社よりも店舗数が更に多くならざるを得ません。やはり13億バーツ超の大資本金ですが、同社のステータスが外資企業だったとすれば、上限は65店舗ですので既に大幅に超えています。

同社は、B社と同じく地場の大手財閥との合弁で、ただしタイ資本企業ステータスを選択することで、外資規制を受けずに店舗展開を進める方針をとったと考えられます。この観点からすると、日本とタイの出資比率をちょうど50%とするB社は、外資規制の観点からすると非常に惜しい印象も受けますが、同社にとっては資本金の額よりも、合弁相手とのイーブンな関係こそに重きを置いたと思われます。

店舗数の規制は、やはり小売業にとっては大きな課題です。C社だけでなくD社やE社など、現実的には規模の大小を問わずタイ資本との合弁による、タイ資本ステータスが一般的とは言えます。その中で、多額の資本金を投じて外資ステータスを維持する各社は、タイ市場への今後更なる期待と決意を示していると言えるかもしれません。

「店舗」の定義は必ずしも明確になっているとは言えない

先述の通り、外資企業が資本金1億バーツの資本金をもつことで「小売」または「卸売」を行う場合、「小売」は5店舗、「卸売」は1店舗が、店舗数の上限として定められています。この「店舗」は、コンビニエンスストアなど一般消費者向けの小売業であればイメージしやすいですし、増資の積み重ねを含め、かなり余裕を持った資本金の設定をしていますので、あまり問題にはならないでしょう。一方、1億バーツでも1店舗しか持てない「卸売」や、「小売」でもBtoBの場合など事務所や倉庫を持つ場合では、「店舗」の定義やカウント方法をどのように考えるべきでしょうか。

ご紹介する2つの事例では、「小売」または「卸売」における「店舗」の定義について、若干の言い回しは異なるものの、ほぼ同じ内容を述べています。商務省が示す「店舗」の業務は、おそらく日本人が一般的に考えるイメージより広い範囲に及ぶもので、商品のやり取りに留まらず、販売に関連する事務的な作業までを含む、幅広い内容です。その結果、顧客に関係する作業を全く行なわないとする1つ目の事例では、支店は「店舗」とみなされないのに対し、2つ目の事例では「店舗」に該当する可能性がある、との判断になっています。

支店を「店舗」とみなさないとした判断事例

【案件概要】 外資企業L社は支店を2ヵ所もち、商品保管と従業員向け研修に使用している。2ヵ所いずれにおいても、商品売買に関する連絡は行なっておらず、タックスインボイスや領収書の発行も行なっていない。また顧客との商品授受も発生しない

【商務省の判断】 外国人事業法における「店舗」とは、顧客との商品売買の連絡、顧客からの受注、顧客による商品受領と返却、各種書類の発行、顧客との経理処理など、商品売買に関する顧客との連絡を重視する場所である。L社は、2ヵ所の支店いずれにおいても、商品売買に関する連絡を行なっておらず、タックスインボイスや領収書の発行も行なっていない。また顧客やエンドユーザーとの商品授受も行なっていないことから、「小売」または「卸売」における「店舗」に該当しない

支店を「店舗」とみなす可能性があるとした判断事例

【案件概要】 外資企業M社は「小売」と「卸売」を行なっている。タイ全土にもつ支店では、倉庫として使用するほか、従業員の執務場所、社内会議、費用の支払、営業資料の作成を行なっている

【商務省の判断】 「店舗」とは、商品売買の連絡、商品代金の支払、オーダーの授受、商品の授受、各種書類の発行と授受、顧客との経理処理など、商品売買に関する顧客との連絡業務を行なう場所である。従業員の執務場所、社内会議、費用の支払、営業資料の作成、その他の、倉庫としての業務を超える業務のために支店を使用する場合は、「小売」または「卸売」における「店舗」に該当する可能性がある

出所:タイ商務省資料より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成 (注)論点整理と明確化のため筆者が内容を一部編集しています

 

明らかに「倉庫」としてしか使用していない場合を除けば、販売会社がタイ国内に何らかの拠点を設けておきながら、そこで顧客に関連する業務を全く行なわない、というケースは少ないのではないかと思われます。タイに拠点を1つしか置いていない企業であれば問題となりませんが、仮にもし複数拠点を置いて、そこで顧客や売買に関する何らかの作業を行なっているケースがあれば、「店舗」としてみなされるリスクに留意すべきと考えられます。

一方で、そもそも「卸売」やBtoBの「小売」において、「店舗数」を厳密に検討することは我々の経験上もあまりなく、企業の側もほとんど意識していないのではないかと思われます。これまでの商務省の解釈事例も、ごく限られた件数に留まっています。

2つ目の事例においても「該当する可能性がある」ということですが、このような曖昧な表現をすることは商務省の資料では他にあまり見られず、若干の歯切れの悪さも否めません。また、2件で定義の言い回しも若干異なりますが、定番の内容であれば通常、商務省は一言一句同じ言い回しを使っています。以上の背景からは、本件も、まだ商務省内で明確に判断基準が定まっていないものの1つと推測されます。


三菱UFJリサート&コンサルティング

三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱ タイ現地法人
  • 吉田 崇プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    Head of Consulting Division
    吉田 崇


  • 池上 一希 プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    Managing Director
    池上 一希

MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

Tel:+66(0)92-247-2436
E-mail:kazuki.ikegami@murc.jp(池上)

【事業概要】 タイおよび周辺諸国におけるコンサルティング、リサーチ事業等

メコン5の2022年の振り返りと2023年の見通し

みずほ銀行バンコック支店メコン5課が発行する企業向け会報誌 『Mekong 5 Journal』よりメコン川周辺国の最新情報を一部抜粋して紹介

メコン5の2022年の振り返りと2023年の見通し

メコン5編集室|バンコック支店

入国規制が徐々に緩和され、観光客やビジネスパーソンの往来が回復ししつつあるメコン5各国。タイでも渋滞の復活にポストコロナへの突入を実感している人も多いのではないだろうか。コロナ禍前に観光客の多くを占めていた中国が2月6日以降、タイ、カンボジア、ラオスを含む20ヵ国を対象に団体旅行を解禁することから、ますますインバウンド需要の復活が見込まれる。今回はそんなメコン5各国の2022年の振り返りと2023年の見通しをみずほ銀行メコン5編集室が解説する。

はじめに

メコン5各国GDP成長率(前年比、%)

メコン5各国の2022年は、当初新型コロナの影響により日常生活が引き続き制限される国もあったが、4月以降は最悪期を脱しポストコロナへと突入していった。各国の入国規制も段階的に緩和され、世界各国からメコン5へのビジネスパーソンの往来も増加し、タイやベトナムを中心に、新規投資や工場拡張の動きもみられるようになった。旅行者も各国増加しており、土産物店で外国人が買い物している姿を見かけるようになるなど、観光業への依存度が高いメコン5各国で経済や雇用などでも大きな改善がみられ、ようやくポストコロナという言葉が実感できるようになってきた年であった。

2022年及び2023年のメコン5各国GDP成長率見通しはコロナ禍前の水準へと回復するという予測であり、今後もFDI(海外直接投資)の増加も期待できる。

次頁からは、メコン5各国の2022年を新型コロナの影響、経済動向、各国独自のトピックをもとに振り返るとともに、2023年は各国がどう成長し、何が課題となるのかなどについて解説する。

タイ-副編集長代理 下村 彰

2022年の振り返り

▶︎ 新型コロナの影響

2022年に入り各種規制緩和が期待されていたタイであったが、オミクロン株の感染拡大を受け、1月に警戒レベルが引き上げられ、各種規制は継続していた。その後、4月初めをピークに感染者数は減少傾向となり、5月以降に各種行動制限や入国制限が順次緩和となった。9月末には約2年半ぶりに非常事態宣言が解除となり、入国規制も完全に撤廃されたことで人の往来も増え、消費も活発化している様子が見受けられる。

▶︎ 経済動向

新型コロナ感染拡大以降軟調であったGDP成長率は2023年1Q:2.3%、2Q:2.5%、3Q:4.5%と、回復傾向にある観光業が成長を牽引している。IMFの予想によると22年通年で2.8%の成長を見込んでいる。

タイでは、新型コロナ感染拡大以前の経常収支は14年以降黒字で堅調に推移してきたが、新型コロナを受けた外国人観光客数の激減によるサービス収支の悪化に加え、エネルギー価格上昇による輸入増や世界経済の減速による輸出減も重なり、21年より経常収支は赤字に転落。22年も2年連続の赤字を見込む。

一方で、各種規制緩和に伴い、22年の観光客数は年始より順調に回復(図表1)。21年はコロナ禍により43万人まで落ちこんだが、22年はタイ政府が掲げた1,000万人という目標を上回り1,100万人を見通す。

タイの主要産業である自動車産業についても、タイ工業連盟によると1月~11月の生産台数は、約172万台と前年比12.6%の増加(図表2)。

タイを訪れた外国人旅行者数推移、タイの自動車生産台数推移

新型コロナ関連の規制緩和で国内消費が改善したほか、半導体不足の緩和も生産増加に寄与した。

また、タイ投資委員会の発表によると22年1月~9月の「自動車・部品」への新規投資申請額は昨年対比4.4倍に増加しており、投資の面からも直近の活発な動きが確認される。

【トピック】ESG関連

2022年はESG関連の話題に多くの注目が集まった年となった。タイは、ASEANの中でも早期に少子高齢化が進んでいくことが予測されており、持続可能な成長を実現するためにも、産業高度化に資する投資拡大や高度人材育成が急務となっていた。この状況下、タイ政府はコロナ禍からの経済復興を後押しするための国家戦略として、「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済モデル」を21年に公表。農業・食品、健康・医療、エネルギー・バイオ、観光、クリエーティブ・循環型経済等に関する投資呼び込みを推進している。

22年1月には、日本の経済産業省とタイエネルギー省との間で「エネルギー・パートナーシップの実現に関する協力覚書」が締結され、 日タイの脱炭素に向けた協力が深化された。また、タイが議長国であった11月のAPECの首脳会議においても、BCG経済に関するBangkok Goalについて首脳宣言に盛り込む等、政府としてもBCG経済促進の取り組みを世界に向けて発信している。

民間企業についても、政策の方向性に沿って、大手財閥系企業を中心に脱炭素、再生可能エネルギー、バイオ関連等の事業展開を推進。BCG分野における日タイ企業の協業についても相次いで発表されており、大企業のみならず高い技術を持ったスタートアップとの連携についても注目されたのが特徴的であった。

加えて、タイ政府としては、自動車関連産業の一大集積地であるタイを世界最大のEV生産ハブの1つにすることを計画しており、2030年にEVの生産台数を72万5,000台に引き上げ、自動車生産台数における比率を30%に拡大することを目標として打ち出している。22年2月の閣議では、本目標達成に向け、タイ国内でのEV生産を条件に新たなEV振興策(補助金の交付、物品税率の引き下げ、輸入関税の引き下げ)が承認されていることに加え、23年~24年にかけて中国系を中心にBEV(Battery Electric Vehicle:電動自動車)の生産開始が見込まれる等、今後のマーケット拡大が予測される。

2023年の見通しと課題

▶︎ 経済動向

IMFによると2023年のタイのGDP成長率は3.7%を見込む。活動規制緩和の影響が通期に寄与し、インバウンド需要の増加が期待されることが主な成長要因の一つとなっている。タイ中央銀行は23年の外国人観光客の目標を2,200万人と予想しているが、コロナ前の19年には観光客数は約4,000万人であったことを踏まえると未だ回復途上といえる。  しかし、中国が23年1月8日より入国時の隔離規制撤廃を発表しており、コロナ禍前の19年に外国人観光客の約30%を占めていた中国人旅行者が戻ってくることで、需要回復が更に加速することが期待される。

▶︎ 家計債務等の問題

一方で、インフレや高水準の家計債務等の問題は2023年の大きな不安材料の一つとなっている。家計債務については足もとGDP比で90%を上回る水準で高止まりしており、不良債権化が進行。消費拡大の足かせとなっている。22年は中央銀行による3年8ヵ月ぶりとなる政策金利の引き上げや2年10ヵ月ぶりの最低賃金の引上げ等が実施されたが、23年以降もタイ政府としては景気動向を踏まえた難しい舵取りが求められる。

▶︎ 下院総選挙の実施

2023年の主なイベントとしては5月までに実施が予定されている次期下院総選挙の実施が挙げられる。最近でも、現首相が最大与党を脱退し、新党への参加を表明するなど政党間の駆け引きが活発化。総選挙後に発足する政権では各種景気刺激策が打ち出されるとみられ、国内消費拡大につながることが期待される。  一方で、総選挙前後での政治デモの拡大やバラマキ政策による財政健全性低下に伴う中長期的な経済不安定化リスクについても注意が必要である。

▶︎ おわりに

2022年2月、タイの首都バンコクの英語表記をクルンテープ・マハナコーンに変更することが閣議で承認されたというニュースが流れた(政府としては「両方とも使用できる」との見解)。

バンコクの正式名称は、その美しさや繁栄を謳った世界で最も長い首都名として有名であり、クルンテープ・マハナコーンはその最初の2語を表す。ポストコロナで回復基調にあるタイだが、上述の通り課題も多い。その名の通り23年以降バンコクそしてタイが更なる繁栄の軌道に乗ることを期待したい。

【トピック】2023年為替相場見通し
タイ | アジア・オセアニア資金部 バンコック室 鈴木 一勲

各国中銀の金融引締めは、「どれだけ」から「いつまで」に目線がシフトしており、最も市場に影響を与えるだろうFRBの政策が2023年も引き続きドライバーになると予想。市場予想通りにFRBの対応が進めば、将来の利下げへの思惑から次第にドル安が進むと考えられる他、タイ中銀の金利引上げも年央までは続くと考えており、タイの金融正常化プロセスが進んで32バーツ台を窺う可能性もある。但し、世界的にインフレが想定よりも長期化する場合、各国中銀の金融引締め長期化が避けられない。その場合は一層経済減速懸念が強くなり、市場心理悪化と共にドル高が再来する可能性に注意したい。


ベトナム-副編集長 中尾 貴博

2022年の振り返り

▶︎ 新型コロナの影響

旧正月明け2022年3月には新型コロナウイルス感染が再拡大し、3月13日に1日の新規感染者数が過去最多の45万人を超え、生産現場では人手不足などが発生した。ウクライナ危機も相まって原材料価格も高騰したが、2Q以降には生産活動が回復基調となった。4月以降に感染者は減少傾向となりウィズコロナが本格化し、5月以降には感染対策関連の懸念は払しょくされたことで多くのビジネス関係者がベトナムへ入国できるようになった。一方で輸入相手国第1位の中国のゼロコロナ政策に伴い各方面に影響が及んでいる。電子部品や通信機器関連輸出入へ影響があったが、12月現在においては工場の拡張などもあり多くの企業が通常運転へと戻っている一方で、鉄鋼やセメント等の建築資材を中心にベトナムで製造し中国へ輸出を行ってきた業界では未だ需要回復に至っていない。

▶︎ 経済動向

ポストコロナへ突入したといえるベトナムの2022年のGDP成長率(前年比)は1Q:5.1%、2Q:7.8%、3Q:13.7%(ベトナム統計局・GSO)と大幅な回復を見せ、ベトナム政府は通年で8%、各国際機関も7~8%の成長を見込んでいる。この水準はフィリピン6.5%、マレーシア5.4%、インドネシア5.0%などを抜きASEAN各国の中でもトップの水準である。CPI上昇率は4-4.5%程度で着地する見込みであり、それぞれ政府目標を達成見込み。今後も堅調な経済成長が見込まれ、ポストコロナにおいてもコロナ前からの外資系企業によるベトナムへの積極的な投資は継続・拡大すると考えられる。

貿易面において、GSOによると11月末までの輸出総額は約6,738億米ドルで、前年を100億円弱上回ることとなり、貿易黒字を維持している。主力の電子機器関連が回復し、その他ウクライナ危機などの影響で欧米諸国がベトナムからの米の輸入を増加させ価格が上昇していることなども背景に挙げられ、元々主要農産物であるコーヒーや果物なども好調を維持している。一方で、欧米各国の景気減退により特に衣料品については足元好調だった業績が今後急激に減退していく可能性があり、既に人員整理を発表した企業も出始めている。

海外直接投資(FDI)認可額については、ベトナム計画投資省によると上半期はFDIの新規投資は伸び悩んだが、以降22年11月までは工場への追加投資、新規LNG発電PJなどがけん引し回復基調となっている。国別認可額は、シンガポール58億7,640万米ドル、日本46億381万米ドル、韓国41億2,467米ドルに中国が22億米ドルで続いた。産業別では製造業が約150億米ドルと最大であるが、不動産が約41億米ドルと続く。しかし、ベトナム国内では複数の大手不動産会社のトップが逮捕されたこと、当局による開発PJの許認可が下りず進捗が芳しくないPJが数多くあること、銀行に対する総量規制を背景として銀行が住宅ローンの実行を制限したこと(現在は最悪期を脱したとの見方もあり)などの事象も発生しており、不動産(特に住宅用)業界の景況感は足元急激に悪化。これに伴い鉄鋼等素材メーカーの需要が縮小している状況が継続しており、23年も回復時期が予想できない業界も存在する。

【トピック】USD/VNDの兌換リスク

USD/VNDの取引バンドと取引レート推移

ベトナムの為替管理制度には2016年1月以降「管理フロート制」が導入されており、中央銀行(SBV)が介入を行いUSD/VND相場を一定水準に保っている。この規制ではSBVが日次で公示する「中央レート」を起点とする取引バンド内での為替取引が認められている。米利上げが相次いだことでVND対USDレートは下落基調となり、国内輸出業者の外貨売り渋り、国内輸入業者の外貨買いニーズの高まり、海外投機勢によるVN株売り(USDへのシフト)などの要因が相まって、市場実勢でのドン安進行をSBVがコントロールできず、10月17日に取引バンド幅を拡大するも市場実勢レートはバンド上限値まで上昇した。

ベトナムの通貨規制上、業種を問わず上限値を超えた水準でのUSD買いVND売りの取引は認められておらず、金融機関における市場でのUSD調達に影響が出た。この状況は15年頃までは時折発生していたが、15年9月にベトナム国内のUSD預金金利ゼロ施策や、16年以降発表された為替中央レート算出ロジックの明確化、貿易黒字化などがあったことから、USD調達が難しくなる場面は発生せず約6年安定していたといえるが、22年の米利上げに伴い発生した全世界的なドル高圧力に耐え切れなかったと考えられる。12月現在、この状況は落ち着いているが、市場実勢レートがバンド上限値まで再度上昇する場合は、USD買い取引に支障が出る可能性があり、注視が必要である。

2023年の見通しと課題

▶︎ 経済動向

これまで述べてきた通り、ベトナムの経済成長は今後も安定推移していくと考えられる。その水準はASEAN諸国の中でもトップクラスであり、FDIの対象国として有望な国の一つに今後も挙げ続けられるであろう。昨今ベトナムは、自由貿易協定の恩恵や中国国内の新型コロナウイルス対策のロックダウンなどを背景に、サプライチェーン見直しの対象国としての魅力を改めて発揮しており、FDIによるサテライト工場の加速につながっている。

▶︎ 労働人口問題・M&Aの加速

一方で、既存の港湾や空港、電力、鉄道といったインフラや労働人口がチャイナ+1やタイ+1の生産移管需要に対応しきれなくなる可能性もあり、今後の動向には注視すべきである。また、内需向けの投資ではM&Aが加速している。直近では金融機関のM&Aが活況であり、今後も他業種へのM&Aも増加していくと考えられる。買収後にVNDでのビジネスを行い、USDにて輸入決済や配当などを行う際には前述の兌換リスクの影響が大きくなるためマーケット環境には注意を払う必要がある。  日系企業においては、現在の円安環境が投資決断への大きな足かせになっていると思われる。しかし、韓国や中国勢などが一気に投資を加速させる可能性があるため、ベトナムへの投資を本気で検討する際には、一定の為替水準で決断しなければ他国に遅れを取るであろう。

▶︎ カーボンニュートラルへの取り組み

ベトナムは2021年のCOP26で2050年までの温室効果ガスのカーボンニュートラルへの取り組みを表明して以降、2030年以降の石炭火力発電所の新設停止、2040年以降の石炭火力発電の段階的廃止などの方針を発表し、22年11月のCOP27ではこれらの気候変動対策へ取り組む意向を再度表明した。しかしながら、FDI投資が増加してくれば当然ながら電力需要も増加するため、電源開発確保への対応を迫られており、現在草案がほぼ完成しているとされるPDP8(第8次国家電力マスタープラン)の発表が待ち望まれている。策定がさらに遅れてしまうと、今後のベトナムへのFDIの意欲に水を差す懸念がある。

▶︎ 遅々として進むベトナム

新型コロナによりベトナムも大きな打撃を受けたが、世界各国が同じ問題に直面したにもかかわらず、政府と国民が一丸となったベトナムは早期に経済を回復させてきた。これがベトナムの底力であり、今後もその魅力は変わらないと考えられる。様々な問題に直面しても「遅々として進む」とよく表現されるベトナムの発展スタイルは今後も継続するであろう。

【トピック】2023年為替相場見通し
アジア・オセアニア資金部 ハノイ室 庭田 拓

2023年のUSDVND相場は安定を取り戻す一年となるか。22年はUSDの利上げペース加速を契機にUSDVNDも急騰。外貨準備の減少によりUSD売り介入が限界を迎えたことで、中銀も為替相場のコントロールに苦慮した印象だが、23年については米国の利上げのスローダウンによりUSDの再急騰は見込みにくい状況。USD上昇局面が終焉を迎える中、貿易・投資でのインフローがVNDのサポートとなり、USDVNDは下落圧力が強まる展開を予想する。ただし、世界経済が減速に向かい、ベトナムの輸出拡大が限定的となればUSDVND下落のスピードは緩やかなものになるだろう。


ミャンマー-副編集長代理 井原 諒人

2022年の振り返り

▶︎ 新型コロナの影響

2022年2月の新型コロナウイルス第4波により感染者が急増したが、3月以降は行動制限措置が緩和されたほか、約2年ぶりに国際旅客便の再開、入国時の隔離条件や検疫体制も緩和。22年12月現在において、日本人の入国規制について通常通りビザの取得は必要であるが、渡航目的による制限はなく、現地医療保険の購入とワクチン接種証明書があれば出発前検査は不要であり、入国隔離規制も不要となっている。ヤンゴン市内の様子を見ても、車の渋滞は増え、週末のショッピングモールは混雑している。市内の人流は徐々にではあるが回復しつつある。

▶︎ 経済動向

政治・社会の不安定化に伴う経済活動の停滞や新型コロナ感染拡大の影響も相俟って、2021年度のGDP成長率は▲18.0%(世界銀行)と大きく落ち込んでいたが、22年度は3.0%(世界銀行)と若干回復する見込である。新型コロナの落ち着きによる主要都市の経済活動正常化や一部製造業や建設業で業績が上向いていることを要因として挙げているが、後述の新外貨兌換規制や通貨安に伴うインフレの影響もあり、経済活動は新型コロナ前の水準までは戻っていない。また、22年10月FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)は同国をブラックリスト(FATF勧告19の1「強化された顧客管理」の適用)に指定。今回の勧告は外貨取引を制限するものではないものの、FATF加盟国・金融機関によるミャンマー取引の監視強化、経済制裁などに影響が出る可能性もあり今後の動向には注意が必要である。

【トピック】新外貨兌換規制

2022年4月3日、ミャンマー中央銀行(Central Bank of Myanmar、以下CBM)は、外貨のミャンマーチャット(以下、MMK)への転換に関する告示及び通達を発出し外国為替管理規制を大幅に強化。主な規制内容は下記のとおり。

① ミャンマー居住者が国外との取引で獲得した外貨を1営業日以内にMMKへ強制兌換
② 当該外貨からMMKへの転換レートをCBMが規定(実質固定相場)
③ 国外への外貨送金において当局の事前承認が必要

発出当初は対象企業の範囲や諸手続が不透明であったが、ミャンマー投資委員会(Myanmar Investment Committee)で許可を得て操業中の外国直接投資事業や経済特区(Special Economic Zone)進出企業などが本規制の免除対象となり、承認申請も一部取引は承認が下りている状況。ただし、輸入決済に必要な外貨を確保するのは非常に困難となっており、企業活動の制約となっている。

2023年の見通しと課題

2021年2月の政変以降、現政権と対立勢力との膠着状態が継続。22年11月のASEAN首脳会議においても情勢打開に向けた策を見出せず、暴力の即時停止など5項目の履行を求める従来路線が維持された。23年8月の総選挙が予定通り実施されるのか、仮に実施される場合でも、その結果を国際社会が受け入れるかについては現時点において不透明さが残る。

経済動向については、縫製業の稼動など一部分野では緩やかな回復基調にあるが、海外からの支援や投資の停滞に加えて、外貨不足等の影響もあり回復は限定的となる見通し。 足もと、既進出の日系各社においては、様子見の姿勢を継続している企業が大部分と見られるが、政治対立の膠着や経済停滞が長期化する場合においては、経営判断を要する1年となるか。


カンボジア-副編集長 岸田 一作

2022年の振り返り

▶︎ 新型コロナの影響

政府は自国内の高いワクチン接種率や観光収入や関連産業への経済影響も勘案し、周辺国の中でも比較的早い2021年11月よりワクチン接種完了者の検疫隔離期間を廃止するなどウィズコロナへの舵を切った。22年3月には入国者のPCR陰性証明書提示が廃止され、以前に実施されていたワクチン接種完了者の検疫隔離撤廃と合わせて入国規制が事実上解除された。期待された観光客数は22年1〜10月で前年同期比約10倍となる157万人に上ったが、過去最高だった2019年に比べると3割程度の水準にしかならない。タイ・ベトナム・ラオスといった周辺国からの観光客が6割を占めた一方で、2019年に全体の36%を占めた中国人観光客はわずか5%弱に留まり、今後の本格的な客足回復の要因として期待される。

▶︎ 経済動向

2022年は昨年から続く縫製品などの軽工業品輸出の回復に加えて観光業の復興により5.1%のGDP成長率が見込まれている。輸出入の数値からは、中国からの輸入および米国向けの輸出の増加が目立っており、表面化はしていないものの米中貿易摩擦の影響でカンボジアを経由する商流が新たに発生している可能性がある。

【トピック】物流インフラの改善

カンボジアは経済成長の方向性として、ハイテク産業およびR&D、グローバルサプライチェーンに貢献する産業など高付加価値産業の投資誘致・技術移転等を加速すべく2021年に新投資法を制定した。ソフト面の取組みと同時並行で、高速道路・コンテナターミナル拡張・新空港建設等ハード面の改善にも取り組んでおり、22年10月には首都プノンペンと深海港を有するシアヌークビルを結ぶ高速道路が開通した。更に12月にはプノンペンとベトナムとの国境に位置するバベットを結ぶ高速道路の建設にかかる契約調印準備が整ったと報じられており、成長著しいホーチミンへと繋がる南部経済回廊の物流改善が期待されている。

2023年の見通しと課題

2023年は5年ぶりの総選挙が7月に実施される。前回18年の総選挙前には最大野党が最高裁より解党を命じられるなど、その後の外交・経済に影響を与える出来事が起きていたが、今回はそういったインパクトのある出来事は想定されていない。ただ選挙前の常として官・民ともに23年上期はそれほど活発な活動が起きないと予想される。なお、総選挙の前哨戦となる22年6月の地方評議会選挙ではフン・セン首相率いる与党が有効投票数の74%の支持を得ていた。

経済成長という観点では、中国からの観光客の回復等を主因として前年を上回る6.6%のGDP成長率が計画されている。一方で高度にドル化された小国経済の特徴として、米国と無関係に自国経済状況に基づいた金融政策をとることができないことから、特に米国経済の影響を受けやすい点はリスク認識しておく必要がある。例えばUSドルを中心とした金利の上昇により欧米景気が冷え込み、主力の縫製業輸出が下振れた場合、中央銀行が金利を適正化できずに国内景気の悪化を長期化させてしまう懸念がある。

後発開発途上国指定の解除が近づいており、縫製業や観光業といった特定産業への依存度をなるべく軽減し、より付加価値の高い産業を育成することが求められている。新投資法や物流インフラの改善が多角化された安定的な経済発展を下支えすることに期待したい。


ラオス-副編集長 岸田 一作

2022年の振り返り

▶︎ 新型コロナの影響

自国の医療水準を念頭に慎重な姿勢を継続していたが、1月より観光客の入国を段階的に許容し、周辺国の動きに呼応する形で5月に民意を確かめたうえで全面開国(入国前検査廃止)に至った。あわせて、外貨獲得手段として重要な存在である周辺国への出稼ぎ労働者も越境を再開した。

▶︎ 経済動向

2022年のGDP成長率は2.5%と推計されている。アフターコロナに舵を切るなか、21年末に開通した高速鉄道「中老鉄路」を活用した運輸および観光がプラス材料の一方、急激なインフレと通貨安と財政不安が民間投資の足を引っ張った様相。ラオスは日用品など幅広く輸入品に依存しており、ロシアによるウクライナ侵攻後急激なインフレに襲われ、特に5月に起きたガソリン不足は大きな混乱をもたらしたうえ、その後も月を追うごとにインフレ率は上昇していき11月には前年同月比38%を記録した。また、同時に地場通貨LAKはUSDに対して年初来36%減価しており、インフラ投資のための外貨建て対外債務負担が強く意識されており、格付け機関フィッチは8月に1ノッチ引き下げた(その後商業上の理由で格付け中止)。

【トピック】中老鉄路の本格稼働

陸封国であるラオスにとって、物流面の資本不足はこれまでの課題であったが2021年12月に念願の中老鉄路が開通した。22年は旅客・貨物ともに本格稼働の年となり、特に旅客の人気は22年末になっても衰えておらず依然としてチケットの入手が困難な状況にある。貨物に関しては、ビエンチャン・ロジスティクスパークにてタイ鉄道との積み替えが可能となり、順調に利便性を改善させている。

2023年の見通しと課題

GDP成長率は3.1%(IMF)と予想されている。プラス材料としては、2022年に段階的に改善してきた観光産業の通年寄与に加え周辺国への売電事業の拡大。一方で25年までは既存債務の返済負担が過大であり、最悪のケースとして22年まで水面下でなされたであろう二国間債務のリストラクチャリングが不調に終わった場合はデフォルトになる可能性もゼロではない。さまざまな国際機関が提言しているように、トップラインの伸長に加えて、徴税効率の改善等を通じた歳入の底上げや公共投資のガバナンスの向上を通じたコスト管理の強化による財政機能の安定化を期待したい。


みずほ銀行バンコック支店メコン5課

E-Mail : mekong5@mizuho-cb.com

98 Sathorn Square Office Tower 32nd-35th Floor, North Sathorn Road, Silom, Bangrak, Bangkok 10500 Thailand

競争から協調、協働、そして価値共創へ

競争から協調・協働、そして価値共創へ

寄稿者プロフィール
  • 藤岡資正プロフィール写真
  • チュラロンコン大学サシン経営大学院日本センター所長
    明治大学専門職大学院教授

    藤岡 資正 Professor Takamasa Fujioka, PhD.

    英オックスフォード大学より経営哲学博士・経営学修士(会計学優等)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター兼MBA専攻長、ケロッグ経営大学院客員研究員などを経て現職。NUCBビジネススクール、早稲田ビジネススクール客員教授。神姫バス(株)社外取締役、アジア市場経済学会理事、富山文化財団監事などを兼任。
    撮影:石田直之

はじめに

新型コロナウイルスの出現によるパンデミック(世界的大流行)や昨今の世界情勢の悪化は、あらゆる意味で私たちの想像を絶する危機的な状況を生み出しています。現代社会や日本の抱える課題や歪み、矛盾が一気に顕在化してきたことで、慌ててさまざまな制度や仕組みの見直しが叫ばれるようになりました。新型コロナウイルスは、基礎疾患を有している人に対して猛威を振るうことが知られていますが、疫学的危機のみならず世界情勢の悪化などの危機は、日本という国が抱えてきた社会・政治・医療・経済など、あらゆる分野における基礎的な疾患に対して容赦ない攻撃を加えてきます。

ただ、コロナ禍によって顕在化してきた課題群は、以前から既に私たちの社会や組織が抱えていたものが多くあることも事実です。むしろ新たな問題が出現したというよりは、以前から抱えていた問題が顕在化するスピードが加速し、既存のインフラや仕組みでは対応できない領域が生まれ、さまざまな制度や産業のプレートに多くの隙間が出現したと捉える方が正しいのではないでしょうか。

こうした状況において、あらゆる組織においてリーダーの能力が問われるとともに既存の制度の見直しが図られています。コロナショックは私たちの社会システムに大きな揺らぎを与え、企業経営においても新常態への対応が求められるようになりました(本誌2020年12月号特集参照)。

昨年の特集号(本誌2022年1月号)では、企業経営にとってはこうした環境の変化を時間軸と空間軸、そして組織に対する影響度を鑑みながら、クライシス対応とリスクマネジメントを戦略的に統合していくことで、突発的危機、段階的危機、継続的危機に対応しながら、新常態での生存領域を確保していくことが大切であることを指摘しました。企業経営においては、こうした変化スピードへの対応に向けて組織変革のギアをあげていくと同時に、新たに生じた隙間のなかに機会を見いだし、事業を創造していくことが求められます。

危機的状況においてリーダーの真価が問われる

平穏な環境の中で失われた問題意識、危機意識、当事者意識

「疾風に勁草を知る」これは、平穏で緩やかな風が吹いているときには、どの草が地面深くにしっかりと根を張っているのかを見分けることは困難であるが、激しい風が吹くと、しっかりと地に根を張った丈夫な草とそうでない草を明確に区別することができる、という意味です。英語では、“When waves get stronger, that’s when the strength of truly strong is revealed.”などと表現されます。

これを組織のリーダーに当てはめるとするならば、苦難に直面することで、初めてその人物や企業の節操のあることや意志の強さを見分けることができ、危機的な状況下でこそ人物や企業そして国の人格、社格あるいは国格が露わになる、ということでしょう。コロナ禍に見舞われている現代の社会情勢において、まさに私たち日本人や日本企業の節操や意志が試されているといえます。

これまで平穏な環境に慣れ親しんでしまった私たちは、国や自らの所属する組織の将来に対してそれほど大きな危機意識を持つことなく過ごしてきました。それゆえに、適切な問題意識を抱くこともなく、極めてナイーブで危うい関係性や甘い前提のなかで保たれていた日本という国や組織の現状が、未来永劫続いていくものだと信じていたのかもしれません。

問題意識、危機意識、当事者意識の欠如という問題は、リーダーのみならず、私たち一人一人を含め広く日本社会に共通してみられる傾向ではないでしょうか。危機的な状況に陥るまでは、どこか他人任せで、私たち一人一人が、自ら地に根を張る努力を怠っていたのかもしれません。

危機的な状況の中で問われる企業家・リーダーの役割と価値共創

経営の世界ではかつて、「アメリカと肩を並べて頭なし」と揶揄されることがありました。しかし、ふと気がつくといつの間にか、日本という国に対して、「中抜き大国」、「先進国から衰退国化へ」と表現されるような状況に陥ってしまいました。

こうしている間にも、世界情勢は大きく変化しており、国の存続という次元においても日本は大きな危機に直面していると言えます。コロナウイルスと同様に、さまざまな危機は、こうした脆弱な体制や社会に対して、決して手を緩めることはなく容赦なく迫ってきます。

2022年1月号の特集で「危機における経営」を取り上げましたが、危機管理には、(1)生じうる危機的な状況を事前に想定して、そうした状況に陥ることが決してないように準備すること、(2)危機的状況に陥った場合に、そこから迅速かつ適切に脱出すること、という2つの側面があります。

新型コロナウイルスや昨今の世界情勢への対応には、(2)がクローズアップされてきましたが、(1)の危機管理の重要性をしっかりと認識しておくことが大切です。リーダーの役割は(1)に関連して、「最悪の事態を想定する」ことで、国として企業として死守すべき領域を明確にし、最悪の事態から国や組織を守ることであり、リスクはリストアップして終わりではなく、最終的には主観に基づき、取るべきリスクをとることなのです。

危機的状況下での意思決定の選択肢は、危機発生後の時間の経過とともに減少していきます。事態が生じる前に最悪の事態に備えておくことが重要であり、こうした危機への対応を誤ると、「危機はやがて悲劇をもたらす」ということを忘れてはなりません。

一国の政治やマス・メディアのレベルは、その国の国民の程度を現していると言われることがありますが、少なくともコロナ禍や国際情勢の激変を目の当たりにするにあたり、私たちは、今の社会・政治・経済の仕組みの危うさと、全てとは言わないまでも大学や研究機関の専門家(私自身を含む)、政治家、医師、官僚、そしてメディアの程度について嫌というほど思い知らされたのではないでしょうか。

いずれにせよ、このまま国会議員や官僚や専門家に任せきりにしていては大変なことになってしまうということに多くの人々は気がつき、国民は憤りや不安を覚え、失望したのです。

しかし、失望していても不満を述べていても状況が改善されるわけではありません。新型コロナウイルスの拡大や国際情勢の急速な悪化による世界的混乱という疾風が吹き荒れるなかにおいて、私たちはこれまでの社会経済の在り方を見直し、迫りくる危機への戦略適応を迅速に図ると同時に、新たな生き方を模索し、新たな環境を自らの手で創造していかなくてはならないのです。

“マネジメントの父”と称される経営学者のドラッカーは、「経営者の役割は社会や顧客が求めている価値の創造を担うことである」と説きましたが、今、そしてこれからの社会において、社会や顧客に対する価値を創造するために私たちは誰とどのような関係性を構築していくべきなのでしょうか。先行きが不安な中で、私たちの将来がどうなるかということを予測したくなる気持ちもわかりますが、それよりも、それぞれがどのような将来を描くのか、将来をどう創造したいのか、私たちの「意志」が問われているのです。

こうした問題意識のもと、本年度の特集では、不確実性の高い環境における企業家(リーダー)の役割と価値共創について皆様と考えていきたいと思います。

企業家精神の発揮-不確実性への対応にむけて

企業経営は常に環境の変化への対応であるともいえます。ビジネススクールでは、こうした変化への対応は、主に経営戦略に関する科目で中心的に学んでいきます。戦略とは後で振り返った時に、うまくいったことや失敗をした理由について「後知恵で理解すること」だという研究者もいます。例えば、ある研究者は「戦略とは後づけで合理的に説明されるグッド・ラック(幸運)」であると表現をしています。また、「戦略は必ずしもポジティブな側面だけではなく、ある状況下ではネガティブに機能することもある」という指摘もあります。

このように、戦略には計画的な側面と創発的な側面、トップダウンでの実行とボトムアップでの実行、合理的な面と非合理的な面などさまざまな面があるので、どの立場から戦略という実践を捉えようとしているのかという点を明らかにしたうえで議論をする必要があります。

経営戦略には実にさまざまな定義がありますが、ここでは、「企業と環境とのかかわり方のパターンについて将来志向的に示すものであり、組織成員の意思決定の指針となるもの」という意味で理解しておきましょう。

つまり、企業の将来にとって重要な環境を識別し、環境との相互作用のパターンを将来的に示す中で、社会や顧客に対して価値を創造・獲得していくための指針を示し、限られた経営資源を有効活用するための道筋のようなものです。

事業ドメインを定義することが経営戦略の第一の構成要素

ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授によれば、戦略とは、何をするかに関する意思決定というよりは、何をしないのかに関する選択であると指摘しています※1。そして、何をするのか、しないのかという決定は、事業ドメイン(どこの、誰に、何を、どのように提供するのか)に関する決定であり、何をいかに獲得するのかに関する資源獲得の仕方の決定にもかかわります※2。つまり、企業がどのような事業に従事し、将来どのような事業に進出していくのかを決定していくための指針を示し、誰に、何を、どのように提供していくのかという事業ドメインの設定とかかわる問題です。

どのように組織の目的を設定し事業が定義されるかによって、対象となる市場や競争する相手も大きく異なるので、経営戦略を考えるにあたりドメインの設定は非常に重要なプロセスであり、ドメインを定義することは経営戦略の第一の構成要素であるといえます。そして、戦略的意思決定とは、行動に対する特定のコミットメントを伴います※3。つまり、戦略とは何をしないのか、誰に嫌われるのかに対する選択であり、それに伴う経営資源の利用に関する経営者のコミットメントなのです。

このように説明すると、なんだか簡単に経営戦略について理解をすることができたような気になりますが、それでは、「環境」や「変化」とは一体何を指すのでしょうか?

組織の構造や戦略は、コンティンジェンシー理論では、環境を反映したものであると考えられています。つまり、組織と環境は互いに独立して認識することが可能なものとして捉えられています。

しかし、組織は環境に埋め込まれており、組織の行動によって環境は創造されることもあります。そうであるとするならば、環境とは客観的に外在しているものとして組織が実際の環境を反映すると捉えるのみではなく、組織成員の環境に対する認知を反映していると捉えることが大切です※4。こうした理解は、価値共創という近年の経営学のキーワードを理解するうえでも重要です。

新型コロナウイルスによって出現した新常態という同じ条件の下でも、企業家が状況をどのように認知し、企業行動に結びつけていくのかによって、企業活動の成果は大きく異なります。極めて激しい競争にさらされていると感じている企業は、そうした認知に基づいて環境適応をするために組織、戦略、組織文化などを変革していくでしょうし、同じ事業のドメインで事業展開をしていたとしても、環境に対して認識が甘ければ、組織への反映のされ方は異なるものになります。

このように、企業家の環境に対する認知によって組織は適応的にも硬直的にも、能動的にも受動的にもなり得るのです。

※1 Porter, M. E. (1996) “What is a strategy?,” Harvard Business Review (November-December), pp.61-78.
※2 谷口和弘(2008)『組織の実学 : 個人と企業の共進化』NTT出版
※3 Mintzberg, H., Raisinghani, D. & Theoret, A. (1976) “The Structure of “Unstructured” Decision Processes,” Administrative Science Quarterly, 21, pp.246-275.
※4 藤岡資正(2009)「管理会計と戦略の相互構成的関係:「実践」という視点」『企業会計』61(6)

危機の中で機会を見いだしトランスフォーメーションの契機とする

2020年12月号の本誌特集で述べたように、コロナ禍(withコロナ)における企業家の環境に対する認知とそれに基づく経営変革の取り組み(business transformation)が、コロナ後(afterコロナ)の新常態における慢性的な危機への対応力と競争力の差となって表れてくるでしょう(図表1)。

新型コロナウイルス対応の移行と業績の関係

不確実性の増大は決して居心地の良い状態ではありませんが、S&Pグローバル1200指数に含まれる企業のうち上位25%は、08年のリーマンショックの影響を大きく受けたにもかかわらず、回復期間が早く、その後の回復幅もEBITDAで5倍と、大きなことが分かっています。

これが何を示しているかというと、競争力の高い企業は、不確実性を優位性に転換する能力を有しているということです。まさに私たちが直面している危機の中で、機会を見いだしトランスフォーメーションの契機とする企業家精神が求められているのです。英雄は乱世にこそ立つといわれますが、経営者としての企業家(起業家)精神も乱世にこそ発揮されるべき職能だと言えます。

経営者は企業を取り巻くさまざまな変化に対して、そうした変化が連続的なものであるのか不連続な変化であるのかということを見極めなくてはなりません。連続した変化は、各種のレポートやトレンドなどのデータを分析することである程度は予測しやすい緩やかなタイプの変化と言えるでしょう。こうした連続的な変化は、経験曲線や規模の経済性といった論理によって企業経営を行いやすく、業界のプレーヤーの入れ替えも限定的で勢力図も安定しています。

一方で、不連続な変化の特徴は革新的なものであり、社会や組織に大きな変革を促すような予測がしにくく、変化のスピードも非常に速いものです。不断に変化する環境のうちで、不連続の変化への対応は非常に難しいことです。

高度成長期が終わりバブルの崩壊、テロや震災による外部環境の激変、新たな技術の出現による過去の技術やサービスの駆逐、現在のような感染症の拡大によるパンデミックなどは、いずれも企業に不連続な変化を要請し、この変化への対応の是非がその後の企業の将来を左右することになります。

変化への適応度が有効であれば生き残ることができる

そして、こうした不連続な変化の特徴は、企業経営の効率性を高めることのみでは対応が不可能であるという点です。これは、生物にも当てはまり、私たち人類は急激な地球環境の変化によって絶滅した恐竜などに比べて、変化への適応度が有効であったからこそ、生き残ることができたとも言えます。つまり、環境の激変期、不連続な変化の度合いが大きければ大きいほど、効率性のみではなく、環境や市場に対する有効性が重要となるのです。

過去と同じ活動をより効率的に行うことと、新たな環境に有効な活動を行うことはトレードオフの関係にあります。しかし考えてみると、企業や生物が現在の環境で生存しているということは、少なくともある時点ではその時の環境に有効に適応していたということです。しかし、環境への適合度が高まれば高まるほど、企業の成功が大きければ大きいほど、企業も生物もこれまでと同じ方向で進化を遂げようとしてしまいます。

環境が安定的で生存条件も緩やかに変わっていく連続的な変化であれば、こうした方向での進化でも問題はありませんが、不連続な変化になると、これまでの延長線上にある活動をより効率的にするだけでは環境との不適合が生じてしまうのです。

知識が価値を生み出す時代と言われて久しいですが、知識の成長スピードは速く、予測不可能な形で進化していきます。新型コロナウイルスによるパンデミックの出現や世界情勢の混沌とした状況は、現在のような高度な情報社会にあっても、未来を予測することがいかに難しいかを我々に突きつけたとも言えます。経済学者であり、哲学者でもある K・ボールディングは「我々は知識が確かに加速度を伴って成長すると認識する。

知識はその成長率を常に増加させている。すなわち知識とは、継続的に上がり続ける利率で蓄積されていく資本総額のようなものである」と指摘しています。つまり、知識やテクノロジーの進化を予測することに力を注いでも、それは徒労に終わる可能性があり、全く予測をしていなかったような知識の発展やテクノロジーの変化に対処しなくてはならなくなるということです。

そうであるとすれば、経営者は自社が何を知らないといけないのかを考えるために予測するのではく、「自社が何を知るべきであるのか」「何を知りたいのか」を考えるためのビジョンを示すことが重要となり、それに基づいた未来洞察(Foresight)が求められるのです。

過去のトレンド情報が原理的に存在しないような非連続の変化に対応するには、過去の傾向を前方に投影する予測(Forecast)でも、将来展望(Outlook)でもなく、未来洞察が重要になります(本誌2020年12月号特集参照)。

経営者の役割-戦略の意味づけ

変化に適応することで環境を自らの戦略に合わせていく

戦略は組織に一定の指針を与える役割を果たしますが、環境条件が大きく変化するような状況では戦略の有効性や前提そのものが成立しなくなります。しかし、そうした場合であっても、戦略に意味を付与するのは内容そのものではなく、リーダーや組織成員が戦略を意味のあることであると強く信じることが戦略の有効性を決定づけます。

経営学でよく使われる事例に山で遭難した隊員の逸話が出てきます。「ある隊列がアルプス山脈で悪天候のなかで遭難の危機に見舞われた際に、隊員が持っていた一枚の地図を頼りになんとか危機を切り抜けた」という話です。そして、「後でわかったことは、実はその地図はアルプスのものではなくピレネー山脈のものだった」という内容です。

話の真相はわかりませんが、この逸話のポイントは、戦略計画というものはこの地図によく似ており、リーダーや隊員が不正確で曖昧な地図であったとしても、皆がそれを有意義であると感じ、信じることで、戦略という地図が大切な意味を有するものとして取り扱うことができるということです。つまり、刻一刻と状況が変化する危機的な環境下では、正確な地図を描くことや、地図を持っているということ自体が重要なのではなく、直面する事態に一丸となって臨機応変に対応するための即興的判断や団結力などが問われるということです。

新規事業に関する研究では、成功事業の約93%が当初計画した戦略を断念したり、修正をしたりしていることが明らかになっており、当初から計画通り戦略が環境に適合していることは稀であることが分かっています。つまり、計画や分析が精緻なものであれば正しい戦略が導き出されるというわけではなく、変化に適応しながら、環境そのものに働きかけることで環境を自らの戦略に合わせていくということも大切になるのです。

環境の変化に対応するためには、「変えるべきもの」と「変えざるべきもの」を峻別することが不可欠ですが、その際に自己の存在論を検討しなくてはなりません。大事なことは自社の存在を問い続ける中で、新常態における自らの価値創造と価値獲得そして価値共創の「型」を発見し、再構築に努めることだといえます。

経営の中身を創造する:「学は立志より要なるは莫(な)し」(『言志四録』)

自動車王といわれたヘンリー・フォードはたたき上げの経営者ですが、ある日、意地悪な知識人たちに「あなたは会社で何か問題が生じた際には、どのように対応するのですか?」と聞かれたといいます。そして彼は、「私よりも優秀な人たちを雇い原因を究明するようにしています。そうしている間、私の頭はすっきりとした状態に保つことができるので、より大事なことに時間を使います」と答えたそうです。

「それではあなたや会社にとって、大事なこととは何ですか?」と再び問われると、「それは、『思考する』ということです」と答えたといわれます。つまり、フォードは、知識や情報の過多ではなく、自分の頭で「考えること」が重要であり、それができる人は非常に限られていることを指摘したのです。

少し話が逸れますが、三島由紀夫は「からっぽの日本」を危惧していました。学問には、出生や身分ではなく「立志」(志を立てる)ことが大切であり、志あるものが己の運命を切り開き、社会を先導するのだという佐藤一斎の教えは、明治という新たな時代を切り開いていった若者たちに大きな勇気と希望を与えたといわれます。現代の企業経営においても、競争に勝つことが目的となり、「なぜ・誰のための競争であったのか」「そもそも何のための経営であったのか」について問う機会が少なくなっています。経営から志が失われていく社会とは、会社という組織から経営者の主体性が消滅し、「からっぽの会社」が宇宙ゴミのごとく目的なくさまよう空虚な現代の社会経済のようです。

同様に、かつてアインシュタインは、「手段は全て揃っているが、目的は混乱している」と指摘したそうですが、さまざまな手段が利用可能な現代の経営を指しているともいえるでしょう。知識や情報は「考えるための手段」であって目的ではないのです。また、情報というものは玉石混淆であり、目的に応じて取捨選択されなくてはならないという点です。情報はオイルに例えられますが、オイルと同じように蒸留装置を通じてそれぞれの目的に応じて精製されなくてはならないのです。

つまり、目的なくして情報を適切に精製することはできません。インターネット上にあらゆる情報が溢れかえり、検索エンジン1つでさまざまな情報にアクセスすることが可能な現代社会は、「高度情報化社会」とも形容されます。

しかし、情報はあくまでも思考のための潤滑油なのであって、目的ではないのです。これは実務家との交流やビジネススクールの教室でも感じることですが、さまざまな情報に簡単にアクセスできるようになればなるほど、そして、情報の量が増していくほど、人間は思考することを簡単に諦めてしまうようです。

先述したフォードは、「障害(好ましくない変化)が恐ろしく感じるのは、目標から目を離しているからだ」と語ったようですが、あらゆる情報が溢れ、事業環境の変化が著しいなかにおいても、手段のみではなく、「今していること(仕事)の本当の意味は何であるのか?」と立ち返ることが必要だということかもしれません。

価値共創経営へ向けて-価値創造の主体は顧客へ

ジェトロの資料※5によれば、タイで活動が確認されている日系企業は約5,900社あり、そのうち40%が製造業(自動車関連、電気機械など)となっています。国際協力銀行の資料※6によると、在タイ日系企業にとってのタイ市場の見立ては、回答企業の50%以上が、「今後の成長性」を期待する一方で、同じく回答企業の50%以上が、「他社との厳しい競争」や「労働コストの上昇」を課題として挙げています。

日系企業にとって、タイは重要な製造拠点である一方で、製造製品の高付加価値化や現地での販売強化が指摘されるようになりました※7

進出国別日系企業の営業利益(黒字化)見通し(製造業・非製造業含む)

図表2は、在タイ日系企業を対象に営業利益ベースの黒字化見通しを聞いたジェトロによる調査ですが、在中国日系企業の回答とは対照的に、2011年から21年の間に、徐々に黒字化見通しが悪くなっていることがわかります。

※5 ジェトロ(2021)「タイ日系企業進出動向調査2020年調査結果」2021年3月)
※6 国際協力銀行(2021)「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告(第33回)」2021年12月)
※7 藤岡資正、チャイポン・ポンパニッチ、関智宏(2012)『タイビジネスと日本企業』同友館。

製品を中心とした考え方ではなくサービスを中心として経営を捉えなおす

これまで、タイの日系企業の多くは製造業ということもあり、最終顧客(生活者)との直接的な接点をもたないケースが多く、工場で生産した製品を取引相手に販売した時点で主要な取引活動を終えてきたのですが、近年はIT技術の進展に伴い、製造業も工夫次第で比較的容易に顧客との接点や関係性を構築できるようになりました。

そうなると、製造業が顧客接点(コンタクト・ポイント)を持つことで、顧客と一緒に相互作用して顧客の価値創造をサポートしていくことが可能となり、これまでの製品(モノ)を中心とした考え方ではなく、サービスを中心に経営やマーケティングを捉えなおすことが重要になってきます(図表3)。

新しいマーケティングの組み立て

日系企業は、今後こうしたサービス社会における価値共創を促進していく必要があり、必要な情報や価値を決められるのは企業ではなく、生活者(消費者)である顧客であるという認識を持つ必要が大切です。

20世紀に発展した伝統的マーケティングは、交換パラダイムを拠り所として、企業の立場から有形財であるモノを中心として発展しました。ところが、現在のように、情報技術が高度に発展したサービス社会では顧客の立場から顧客の求める時に、顧客が生活する世界の時空間の中で企業と顧客の直接的な相互作用が生じることが増えていきます。

ここでの価値は、市場での交換価値ではなく、交換後に生み出され、交換の対象は知識・スキルになります。換言すると、製品は知識・スキルを移転する道具とみなされます。そして、その価値は文脈価値として、消費者(顧客)によって独自に判断されるのです。

価値創造者ではなく価値促進者であること

モノに焦点を合わせている限り、売り手と買い手の関係は市場での交換を通じた1回きりですが、サービスは、その後、与え手と受け手という関係において、2回目の相互作用に続くことになります※8。すなわち、市場ではなく、生活世界で繰り広げられる、この2回目の相互作用に焦点を合わせていくことで、消費プロセスの時空間に広がりが得られるのです※9(図表4)。

価値共創マーケティングとは何か

こうした考えをマクロレベルに敷衍(ふえん)したのがタイプラスワン戦略であり、日メコンの戦略的互恵関係の構築に際して、生活者基点の価値共創の在り方を再考することが重要となり、日本(企業)は価値創造者ではなく価値促進者であるということを認識しなくてはなりません※10

 

サービス中心の考え方はこれまでの考え方を駆除するものではありません。引き続き伝統的なマーケティングが有効な状況は存在しますし、むしろこの両者は相互補完関係にあると言えます。在タイ日系企業の強みは、タイ市場/顧客との良質な関係性に基づくインタラクションにあり、顧客の生活世界から今一度市場を捉えなおすことによって、新たな生存領域が創出されていくことになると思います。

価値とは、意図的に創造することができるものなのでしょうか?組織の知識創造を理論化した野中教授と竹内教授によれば※11本来、価値とは創造をしようと思って実現されるものではなく、絶対的なものを追求し続けているうちに実現できるものと定義されます。基軸となる考え方は変わることがない中で、時代や環境が変わることによって、そこに新たな価値が加わったりするものだということです。

つまり、価値の創造は、常に絶対的な基軸となるものを追求するという姿勢と覚悟を維持していくことを通じて実現されるのです。そして、経営者の役割を社会に対する新たな価値の創造であるとするならば、目指すべき社会とはどのようなものなのでしょうか。

そして誰のための価値創造なのでしょうか。まさに経営者の経営思想、哲学が問われているのです。

※8 村松潤一(2021)「価値共創マーケティング―市場を超える新たなマーケティングの展開―」研究・イノベーション学会(国際問題分科会)報告資料、2021年1月13日
※9  村松潤一(2016)「ケースブック価値共創とマーケティング論」同文館)
※10 藤岡資正(2015)『日本企業のタイ+ワン戦略―メコン地域での価値共創へ向けて』同友館、藤岡資正(2018)『新興国市場と日本企業』同友館
※11 野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社

コラボレーションの原則

企業間のコラボレーションでは適切な方式を導き出すことが重要

これまで企業と顧客の関係を議論してきましたが、この特集の最後に、価値共創に並んで重要な、企業間のコラボレーションについても若干の検討を加えていきたいと思います。

情報技術の発展とともに世界中の至る所で、企業規模の大小に関わらず新しいアイデアが生み出される時代になりました。タイ、そしてメコン地域においても、この10年でオープン・イノベーションやコラボレーションといった言葉が頻繁に飛び交うようになりました。

2019年9月には、CPグループが東南アジア最大のデジタル・イノベーションハブとして、True Digital Parkを開設し、オープニング式典には、ソムキッド副首相(当時)などが出席するなど、大きな期待が寄せられていることが分かります。

一昔前からビジネスマンが価値共創やコラボレーションという言葉を流行文句のように使うようになりましたが、よくよく聞いてみると、この両者を混同して使っている人がほとんどです。2023年を迎えるにあたり、ワンランク上のビジネスマンを目指す、ArayZ読者の皆様にはこの違いを理解していただき、明日からの経営に少しでも生かしてもらえればと思います。

コラボレーション(collaboration)の語源は「co+labor」であり、共に働くなどの意味になります。では、なぜ企業はコラボレーションを志向するのでしょうか。対外的なコラボレーションの目的は、最新の技術を確保(導入)したい、新しい原材料を獲得したい、新しい市場を発見したい、自社の弱みを補完したい、自社の強みをさらに強くしたいなどが考えられ、2000年代以降、組織的な知識創造などの文脈で取り上げられるようになりました※12

一口にコラボレーションといってもさまざまな形態があります。ここでは、ネットワークの開放度を「開放的 or 閉鎖的」、ネットワークの統治の構造を「集権型 or 分権型」に分類することでコラボレーション・ネットワークの形態を4象限に分類して考えてみましょう(図表5)※13

最適なコラボレーション・ネットワークを選択する

※12 浅川和宏(2004)「組織戦略とR&D成果:内外コラボレーション戦略を中心として」第12回産研アカデミックフォーラム報告資料
※13 ピサノ, G.・ベルガンティ, R.(2009)「コラボレーションの原則」『ダイヤモンド・ハーバードビジネス・レビュー』2009年4月号、124‐137頁。

ネットワークの開放度は、コラボレーション・ネットワークによって大きく異なりますが、例えば、完全なオープン・ネットワークにおいてコラボレーションの相手を探す場合は、問題を公開し、不特定多数が参加できるようにして、解決策を求めるリナックスの例を挙げることができます。

他方で、閉鎖的ネットワークは、自社が抱えている問題に対して必要な能力を有すると思われる専門家や協力相手にアプローチすることで共同して問題解決に取り組みます。開放的か閉鎖的かという視点は、現在の戦略を鑑みて、コラボレーションの在り方を開放的にした方がよいのか、もしくは閉鎖的にした方がよいのかという分類です。

次にネットワークのガバナンス構造をみてみましょう。意思決定権がネットワーク内の一企業に全て集権されているか、それとも参加者がフラットに意思決定に参加していくのかという視点から、コラボレーションの統治形態(ガバナンス)を分散的かつ自律的に任せるのか、一定の統制力をもち集権型にコントロールしていくのかという分類です。

中心企業が最重要問題の決定や解決策の選択、そして解決案の採用基準の設定などを決めるのが集権型ガバナンスで、参加企業がフラットに決定に参加していくことができるのが分権型ガバナンスです。

このように分類すると図表5のように、

1.参加資格は開放的だが、ガバナンスは集権的な開放的集権型のネットワーク
2.開放的だが、分権型である開放的分権型のネットワーク
3.閉鎖的で集権型の閉鎖的集権型のネットワーク
4.閉鎖的だけども分権型の閉鎖的分権型のネットワーク

というように4つのタイプに分類が可能です。

ネットワークの話になると、開放的でフラットな形態が称賛されることがありますが、これがあらゆる条件下で閉鎖的で集権型なコラボレーションよりも優れているというわけではありません。

適切なコラボレーション方式を導き出すには、それぞれのコラボレーションの長所と、それに付随する問題を比較・検討しながらトレード・オフを考慮しなければなりません。そして、特定の課題に対処するうえで必要なケイパビリティや組織(構造)、資産が自社に備わっているのかどうかを見極めながら、どのコラボレーション・ネットワークが自社にフィットするのか、図表5に示したような内容についてそれぞれ考えていく必要があります。

コラボレーションの選択はあくまで「手段」 、重要なのは「目的」が何であるかを問うこと

コラボレーション戦略は複数を組み合わせて同時利用することもあり、自社ならではの資産やケイパビリティとの関連で考えていく必要があります。例えば、IBMはサーバー事業とメインフレーム事業の戦略を支えるため、複数のアプローチを巧みに活用しています。また、開発から長らく集権型のガバナンスを採用してきたアップル社は、顧客が欲しがるアプリケーションは何であるのかを考えていくうちに、自社開発には限界があることに気がつきました。

そして、アプリケーションの選択を市場に委ねる意思決定をして開発キットを公開(2008年3月)し、サード・パーティーがiPhoneのOSをプラットフォームにしたアプリケーションをユーザーに提供できるようにし、有償アプリケーションは、売り上げの7割が開発者に、3割がアップル社に入るようになっています。

コラボレーション・ネットワークの選択はあくまで「手段」ですので、こうしたネットワークを通じて解決したい社会的な課題や事業の課題といった「目的」は何であるのかを問うことを忘れないようにしなくてはなりません。優秀で創造的な人材を引きつけることや、イノベーションにふさわしい社内環境を整えることは重要ですが、それだけでは現在の事業のスピードに追い付くことはできません。

コラボレーション・ネットワークを構想し、そのネットワークの可能性を引き出す方法を知るビジネスプロデューサーが求められています。

最後に

生活世界があっての経済。 もう一度、経営の本質に立ち返る

価値共創経営セミナーにて講演を行う藤岡氏

不確実性が増加するのは、環境の激変によって、選択の幅が意図的に広げられるからです。そして、まさにその時こそが、企業家の創造力の出番なのです。また、「創造」とは、自らが生きていること、すなわち生命を確認するということであり、「生きる」意味を問うには、「何に価値があるのか」という私たちの価値判断が問われることになります。

人が人間となるのは、人と人の間の関係性においてであり、価値とは、社会とのかかわりを通じて文脈を共有する実践の場において創出される多元的なものなのです。自分の人生や企業の目的とは発見するものではなく、人生とは社会とのかかわりにおいて自らを創造していくことだといえます。

経済価値のみには決して収斂(しゅうれん)されることのないもの、つまり、「私たちにとってかけがえのないもの」、「生活者・社会にとってかけがえのないもの」、これらについて意識的であることが「善い」社会を築くことにつながるのだと思いますし、企業家の責務でもあるのです。

そして、私たち一人一人が自らの持っている可能性を十分に使い切る意識を持つことが大切です。近年再び注目され始めた企業経営と社会とのかかわりにおいて取り上げられる、経営者の責任や道徳性の発揮もこうした可能性の一つだといえます。

つまり、道徳性を発揮することがなければ人生は大きく膨らむことはないのです。

ここで、道徳性には次の2つの段階があることを指摘しておきたいと思います。第一に、「社会や人に迷惑をかけるようなことはしない」という段階であり、これは従来では、多くの日本人ができていたことです。第二に、「社会や人のためになる」という段階であり、タイではタンブン(積徳)ともいわれます。この段階は、日ごろからかなり意識を持って過ごしていなくては難しいのではないでしょうか。

前ハーバード大学のスティーブ・ヤング先生(サシン客員教授)は、野獣キャピタリズムから道徳キャピタリズムへの転換を主張されています※14が、そのこと自体は、私たち日本人にとっては、かつては当たり前のことだったのではないでしょうか。

ヤング先生とは10年来の関係ですので時々ご一緒をするのですが、中国や日本そしてタイなど東洋の思想や仏教を学ぶ中でこうした考え方に行きついたといわれています。石田梅岩は、『都鄙問答』の中で、「学問は心を知ることからはじまる」と説いています。

※14 スティーブ・ヤング氏著『CSR経営:モラル・キャピタリズム』生産性出版,2005年

私は、兵庫県で創業140周年を迎える神姫バス株式会社で日本経済界の重鎮の方々の末席で社外取締役をしています。もう10年近く前になるかと思いますが、ある日、同社の経営会議の席で私が効率化のための路線の統廃合の検討について経営陣の皆様に問うたことがあります。その後の夕食後の二次会の席で、社長と専務が次のように話をしてくれました。

「先生、兵庫県の山間地域に実際に行ってみたことはありますか?そこでは、私たちのバスなくしては生活することができない老家族や幼い子供たちが生活しています。路線自体は全くの赤字なのですが、そうした地域の方々が私たちに『神姫バスさんのおかげで病院にも行くことができるし、子供が学校にも行くことができます。本当にありがとう。』と言ってくれるのです。

先生の言うことはよくわかるのですが、路線については、子供たちの無垢な笑顔や深々と感謝の意を表してくれるご老人の姿が目に焼き付いて廃止できないんですよ」と。

この言葉をお聞きして、私は「はっ」としました。そして、赤字路線を廃止することで収益性を確保するのではなく、こうした人々の生活を守るために収益性を確保し、基幹事業や新事業で競争力を獲得しなくてはならないのであって、そのための経営なのだということに改めて気がついたのです。その時の社長と専務の言葉を聞いて、私はこの会社の方々と働くことができて本当に良かったと感じましたし、こうした会社を社会が育むことが大事であり、そうした存在を世の中に伝えていかなくてはならないと思いました。

ビジネススクールの授業では、東京でも名古屋でも、そしてバンコクでもシンガポールでも上海でもシカゴでも、同じ話をしています。そして、いずれの国の教室でも、学生たちは「心に響いた」と言ってくれます。

つまり、人々が心地よいと思うことは、いずれの国でも大きく異なるわけではなく、他者に「関心を向け」、「共感する」という機会を提供することが大切なのではないかと思います。

そもそも、社会というものは人や家族を基点として形成されているということを忘れてはなりません。そこに経済活動が形作られたのであって、経済あっての生活世界ではなく、生活世界があっての経済なのです。

生活世界に入り込み、文脈価値を共有することで相互作用を通じて価値を共創していくという考え方は、こうした本質に立ち返るということでもあるのだと思います。


記事やセミナーに関するお問い合わせは下記までお願いいたします。

チュラロンコン大学サシン経営大学院日本センター事務局

瀬古 E-mail:taro.seko@sasin.edu

サシン経営大学院Webサイト

タイ財閥最新動向-変貌を遂げるアジアのコングロマリット

タイをはじめとするアジア各国で絶大な影響力を持つ財閥系コングロマリット。コロナ禍を経て、タイの主要財閥の海外展開はどのような変化を見せているのか。今回は、三菱UFJリサーチ&コンサルティングがタイ財閥の全体像から近年の海外投資動向まで、CP、TCC、セントラル、サイアムセメント、サハグループの5社に焦点を当て解説する。

タイ財閥の成り立ちと特徴

まず周辺国との比較で見たタイ財閥の位置付けについて解説する(図表1)。

タイは歴史的にほとんどが華僑系の民間企業である。例えばタイ証券取引所(SET)に上場する企業の約75%がファミリービジネスであり、タイの国内総生産(GDP)の80%以上も占めるほど存在感を持っている。

歴史的にもタイと中国の繋がりは緊密で、13世紀のスコータイ王朝の時代より中国商人の往来や移住などが活発だった。タイの華人系人口については、ASEANではインドネシアに次いで700万~1,000万人存在すると推定され、タイの食品・小売を主とする有力グループであるチャロン・ポカパン(CP)グループは、そのルーツを辿ると潮州系である。

同様に主要財閥は、大半の出身が中国南岸部に集中しているなどの特徴があり、中国の政財界との人脈が太い財閥も多い。

2点目は海外展開、特にASEAN域内への投資に積極的である点である。タイ国内市場が飽和し、自社の競争力維持のためにもベトナムやインドネシアなど潜在市場への展開が、今後の伸び代として期待されている。

中でも2010年代に積極的に域内投資を手掛けてきたサイアムセメントグループ(SCG)は代表的な事例である。SCGは19年、インドネシアのパッケージング企業であるPT Fajar Surya Wisesa Tbkの株式55%を6億6,500万米ドルで買収し同国への事業強化を図った。17年に地場の建材企業を買収するなど、最も力を入れている国の一つであるベトナムには石油化学コンビナートを造成しており、22年稼働開始を目標に19年から22年にかけて約56億米ドルの投資を計画している。

また、タイ最大の小売財閥であるセントラルグループも、16年にベトナム小売り大手ビッグCを11億4,000万米ドルで買収するなど積極的な姿勢を見せている。

タイの主要財閥の概観

具体的なタイ財閥の顔ぶれについては、世界の上位公開企業2,000社を順位付けした「Forbes Global 2000」が有益な情報源となる(図表2)。今年5月に発表された22年版では、タイからランクインした企業は14社となった。

Forbes Global 2000のタイ企業順位比較 

周辺国のASEAN財閥同様、金融系が約4割を占め構成比が高い点は共通しているが、国営の資源最大手のPTTがトップを維持し、王室系のSCGやタイ商業銀行(SCB)が上位にあり、またタイを代表する食品・小売大手のCPグループが躍進したことが特徴といえる。

本ランキング圏外の企業名などを見ても業種別にはさまざまであるが、タイが「アジアの食卓」という別名を持つだけあり、前述のCPグループをはじめベタグロなど農業、食品・飲料由来のコングロマリットが多く見られる点も特徴として挙げられる。

また、近年は「中進国の罠」からの脱却を図るタイ政府の産業高付加価値化の施策にリンクし、「Thailand 4.0」などの政策に連動した注力分野への投資も見られる。特にEV、デジタル、IoTなどの事業に参入する動きが多く見られるのも特徴である。

タイ財閥の海外投資動向

コロナ以降の投資傾向は二極化、投資対象国はベトナム転換傾向

2000年代に入り、タイの主要財閥は海外展開に舵を切り始めた。海外売上も増加傾向にあり、18年にはタイ上場企業の海外売上が3兆バーツを超え、収入全体の約3割を占めるに至る(図表3)。

タイ上場企業の海外からの収入額推移

タイ国としても18年にマレーシアを抜いてASEANで2番目に大きい対外投資国となっているが、その背景としては、国内市場の成長鈍化、人件費の上昇、ASEAN経済共同体(AEC)発足などによる域内交易の円滑化などが挙げられる。

また、新型コロナ以降の近年の傾向として、CPグループなど経済の停滞をむしろ好機ととらえ、積極的なM&Aなどにより新たな事業を組成する企業がいる一方で、サイアムセメントグループやセントラルグループなど既に参入している分野の育成や既存事業の拡大を主目的とした施策を採用する財閥も見られ二極化している。

投資対象国を進出した企業数でみるとASEANが最も多く、15年に海外投資した192社中152社、19年には232社のうち191社がASEANに投資しており、進出は増している。その中でもCLMVへの進出が8割近くを占めている(図表4)。

地域別進出上場企業数(2015年及び2019年、複数回答結果)

CLMVをさらに細分化するとベトナムとミャンマーが1、2位を争っていたが、直近のミャンマーの政治状況により、ベトナムへの投資転換はしばらく続くことが予測できる。

直近では投資形態に変化も。スピーディかつ低リスク投資傾向へ

直近の投資形態を見ると、企業買収、株式購入や合弁など、パートナーを伴う投資が伸びていることが分かる。買収・株式購入・合弁への投資が2015年に6割程度だったことに対して、19年には9割に至るほど投資形態が変わっている(図表5)。

投資形態別割合の推移(投資額に対する%)

既存事業への投資やパートナーとの合弁に投資をすることにより、スピーディーな投資効果や比較的に低いリスクを企業が求める傾向がより明確になっている。

タイ企業の対外M&A取引による投資の構成は、製造業(食品・飲料系)および鉱業から金融などのサービス分野が上位を占める(図表6)。

対ASEAN投資額累計の部門別割合

CPグループ、TCCグループのタイビバレッジ、ブンロッド、セントラルグループなど、名だたるタイ財閥が食品・飲食系であることからである。直近ではコンビニ、スーパーなどの小売店、レストランなどの外食店に対する投資も活発であり、近隣国の増加する消費市場の需要を取り込むケースも多く見える。

タイ・ユニオンの事例から考察するタイ企業の海外投資目的

Thaiunion

タイ大手企業の海外展開の代表事例として挙げられるのはタイ・ユニオンである。すでに世界トップレベルの水産大手として、1997年から海外進出に成功しており、現在各国に協業先や子会社を有しており、2021年の売上では93%を国外から稼いでいる。グローバルレベルで有望市場に漁業権を持つ一方で、加工工場などを開発しながら、流通網も積極的に確保している。

流通網は特に北米で大きく展開しており、水産業オリオン・シーフード・インターナショナルや外食レストランであるレッド・ロブスター・シーフードなどを傘下におさめている。

すでに同社の積極的な海外投資は一段落したところであり、近年では国内やASEAN域内で豊富な水産物を使った高付加価値製品の開発などに注力している。近い将来、それらの製品をグローバルレベルで確立した販路に乗せ拡販を進めることが想定される。タイ・ユニオンおよびその他の投資事例などをもとに、タイ企業の海外投資の目的を考えると次の3つが挙げられる。

① 調達・生産拠点の拡大によるサプライチェーンの強化

② 販路拡大による顧客確保

③ 投資分散による収益源の確保

まず1点目のサプライチェーンの強化を目的とした対外投資は、原材料の調達先拡大からそれらの加工・生産、製品の販売流通までの垂直展開が挙げられる。アグリ分野から食品加工、販売までをセットで抑えるCPグループが代表例である。

また、直近ではサイアムセメントグループがベトナムでは化学部門、インドでは建材部門において積極的に投資をしているが、ベトナムは原材料調達から生産までの川上、インドでは製造から販売までの川中〜川下強化など、いずれもグループ主要事業のバリューチェーンの強化を目的とする動きである。

2点目の販路拡大による顧客確保は、既に販売網を構築している海外の地場企業を買収することで、円滑な参入と事業拡大を志向するものであり、消費財メーカーに多く見られる。タイ・ビバレッジ(TCCグループ)が、ベトナムの酒類大手であるサイゴン・ビアやミャンマーのウイスキー最大手グランド・ロイヤルグループに出資を行ったことがこのケースに該当する。

3点目は投資分散による収益源の確保である。タイ国内での内需の停滞の補完を目的として、CLMVなど新興エリアでの投資を進めたり、さらなる技術やブランド確保のために高単価・安定収益が見込める欧米など先進国への投資を進めることが挙げられる。代表的な業界は小売業であり、近年積極的に周辺国への展開している点が目を引く。セントラルグループのベトナム進出、TCCグループのカンボジア、ラオス進出などが代表例である。

以降では、タイの主要大手企業がどのような狙いで近年海外での投資を行っているのかケーススタディをもとに考察する。

CPグループ


〈過去のCPグループについての記事はこちら〉

【投資傾向】
● 良質な原材料調達を通じてサプライチェーンを強化する

● 流通販路拡大でタイ国内の中小サプライヤーにも商機を与えて共存する道を模索する

Charoen Pokphand(CP)グループは、川上のアグリ分野から食品加工、小売分野に至るまでの垂直展開を進めている点が特徴である。同グループの投資の代表例として中国市場が挙げられ、1978年の改革開放当時から参入。時を経て、2012年には保険事業として平安保険の株式を総額93.9億米ドルで買収、15年には中国最大の国営コングロマリット・中国中心集団公司への出資など様々な事業での進出を行っている。

その他市場でも、19年にはカナダの最大級の養豚・豚肉加工企業であるハイライフ・インベストメンツを買収しているが、主要国における養鶏などのアグリ分野への投資はもとより、東南アジア、特にカンボジアやラオスなどの近隣諸国へのCPオールの展開や、マレーシアでのテスコ買収などが目立った投資である。

販売網の拡大はEコマースにおいても進められている。20年には香港のオンラインオークションサイト「WeMall」を提供するチリンドを買収した。さらに、Eコマース決済を容易にするため、米国のインターステラー社と提携し、ステラー・ブロックチェーンを利用した越境Eコマースをより安価で容易に行えるよう目指している。

また、同グループは近年中小企業支援を打ち出しており、会長のタニン氏は海外展開を「市場を牽引するCPグループが担う責務」と定義している。同グループが海外進出することで、タイの中小企業や中小規模農家の販売先を増やすことが狙いである。近年目立ったニュースとしてはドイツの流通大手メトロのインド事業の買収などが挙げられる。同事業は総額12億米ドル相当であり、グループの最重要テーマとしてインド国内での販売網獲得に向けた取り組みを進めている。

CP企業概要

業種 食料品、通信、小売 等
設立 1921年
グループ会社 200社超(世界21ヵ国)
従業員数 延べ36万人
総売上高 680億米ドル(2020年)

コンビニエンスストアのセブンイレブンやスーパーマーケットのロータス、食料品卸売のマクロなど、タイに住む人なら誰もが知っているであろう店舗を展開するタイ最大の民間企業CPグループは、1919年に中国からやってきたChia Ek ChorとChia Seow Hui兄弟が、21年に開業した小さな種の輸入店舗Chia Tai社から始まった。今は農業・食品だけでなく小売、メディア・通信、IT、不動産、自動車、製薬まで、様々な分野でその存在感を発揮する巨大多国籍コングロマリットへと発展した。現在の中核事業は大きく分けて食品、小売、デジタルの3つ。原点である農業・食品分野においては動物飼料事業で世界1位、畜産事業で世界第4位、養鶏事業では世界6位など世界有数の企業に成長している。

TCCグループ


〈過去のTCCグループについての記事はこちら〉

【投資傾向】
● 中核のタイビバレッジグループのM&Aを通じて周辺国のサプライチェーンを強化・ 拡大
● 大型小売ビッグCで近隣国の小売市場の先占を狙う

タイ国内の事業拡大において、相次ぐ買収を行ってきたThai Charoen Corporation(TCC)グループは、第2世代による経営に移行し、根幹事業が固まりつつある。その中で、飲料のタイビバレッジや消費財のベルリーユッカー、小売のビッグCやメトロといったグループ企業が海外展開を進めている。

流通事業では、2016年にベトナムのメトロ・キャッシュ&キャリーを買収、タイでビッグCを買収して市場参入するなど、早期からASEAN市場への展開を視野に入れていた。ビッグCについては19年にカンボジア、ラオスに展開している。特にカンボジアでは今後5年以内に市場トップとなることを目指し、今年になって現地コンビニチェーンである「キウイマート」を買収するなど積極的な動きを見せている。

グループの中核企業であるタイビバレッジは、早期から積極的な買収を続けており、過去にはシンガポールの食品・飲料大手のフレーザー&ニーブ(F&N)社を買収し海外での販路を入手するとともに、物流や倉庫などに関するノウハウも獲得した。タイビバレッジはその他にも、ベトナム醸造最大手サイゴン・ビアとミャンマーのウイスキー最大手のグランド・ロイヤルグループを買収しており、アルコール飲料では域内最大企業となっている。

タイビバレッジの代表取締役社長であるタパナ氏は、「ASEANは他の地域と比較して、成長が見える市場であり、人口も6億人を誇る。この地域に展開することが我々の事業の課題である」と述べており、タイビバレッジとTCCグループにとってのASEAN市場の重要性を説いている。特にTCCグループ内では、ポストコロナのASEAN市場は再びリセットされた状態にあると考えており、様々な事業体を通して海外進出する好機ととらえ、小売のビッグCや飲料のタイビバレッジを主軸に展開を加速していく方針である。

TCC企業概要

業種 飲料、不動産、小売 他
設立 1960年
グループ会社 100社超(世界10ヵ国以上)
従業員数 延べ6万人
総売上高 540億米ドル(2020年)

TCCグループは飲料・食品部門以外にも流通・製造部門、不動産開発部門、金融部門、農業部門の5つの事業グループにて構成されている。事業のコアは、東南アジアでも最大級の酒類・飲料企業を筆頭とした飲料・食品部門で、酒類のみならずノンアルコール事業にも積極的に参入。日本食レストランや即席食品を展開するOishiグループを有する他、パッケージング分野も自ら手掛けることで一気通貫で事業の展開が可能である。また、同部門以外にも川上の農業分野から川下の総合商社Berli Jucker PCL(2001年買収)、タイを代表する小売ブランドであるハイパーマートのBig C(16年買収)まで事業範囲を拡大させており、典型的な垂直統合型の企業グループと言える。

Centralグループ


〈過去のCentralグループについての記事はこちら〉

【投資傾向】
● 高級ブランドや店舗はセントラル・パタナが、生活分野に近い小売店舗はセントラル・リテールが中心となって展開
● ベトナムとマレーシアを中心にモダントレードの普及で市場獲得を狙う

セントラルグループは小売最大手財閥として既にタイ国内でショッピングモール事業やスーパーマーケット、ホスピタリティ事業などを展開している。海外進出はグループを挙げての目標であり、タイに依存しない中所得層や新興国市場の深耕を志向している。直近ではベトナム進出を強化しており、2018年から22年にかけてベトナムにおいて約665億バーツの投資を続けている。

グループCEOのトス・チラティヴァット氏は「我々は、毎年10%超の成長を続ける国内総生産と9,300万人超の人口を有するベトナムの経済規模に、強いビジネスチャンスを感じている。更に、ベトナムの人々は強い購買力を有している」と述べている。特にベトナム市場では、21年だけで66億バーツかけて5店舗の新規展開を行い、ベトナムの2大都市だけではなく他地域の主要都市への展開を目指している。現在はスーパーマーケットやホームセンターがメインであるが、今後に向けてはセントラルブランドとしての出店や百貨店「ロビンス」の展開も視野に入れた戦略を発表している。※: 2017年インタビュー時点

ベトナム以外のASEAN市場で大規模投資を行っている先はマレーシアである。セントラル・パタナ社を通して、マレーシアのI-Berhadと協業し、85億バーツを投資してセランゴール州の首都、シャーアラム内のi-Cityにショッピングモールを開発した。東南アジア市場以外にも、イタリアやイギリスの老舗百貨店の買収、グッチやボッテガなどの高級ブランドへの出資など、自社グループの百貨店やショッピングモールの体制強化の動きを進めている。


Big Cは、ベトナムでは「GO!」として事業を展開(16年に買収)

Central企業概要

業種 食品&ブランド 他
設立 1947年
グループ会社 50社超(世界13ヵ国)
従業員数 約8万人
総売上高 推定約80億米ドル(2021年)

タイ小売における最大手セントラルグループはデパートやスーパーマーケットを含む食品&ブランド事業、ホテルや飲食店を含むホスピタリティ事業、大型商業施設やオフィスビルを含む不動産開発事業といったハード面の他、近年は金融・ファイナンス事業、デジタル・Eコマース事業など多岐に渡るビジネスを展開。

なかでも着目すべきは、食品・ファッション、ハードウェアなどの小売・ブランド事業を担うCentral Retail Corp. PCL(1947年創業)で、タイでは51県約1,980店、海外ではベトナムとイタリアで約140店の小売店を展開する。特に食品事業は収益の40~50%を占め、店舗はTopsマーケット、セントラルフードホール、ファミリーマートなど。2020年にはタイ証券取引所に上場している。

Siam Cementグループ

【投資傾向】
● アジア各地域の成長性とそれに乗じた開発需要を見込んで進出国と進出形態を決める
● 建材事業の優先国はインド、化学・包装事業の優先国はベトナム

サイアムセメントグループはタイ及びASEAN域内最大の建設資材関連財閥である。成熟傾向にあるタイ市場からの多角化は同社の経営課題であり、海外展開によりタイ市場だけでなくASEAN市場を代表する存在になっている。

また、同グループ最高経営責任者ルンロート氏は、「今後数年でベトナムが我々の最優先市場になるとみている」と述べているが、同国ですでに現在20社以上の傘下企業を抱えており、ベトナム発のサプライチェーン強化と事業多角化を同時に展開している点が特徴である。事業別には、同社の根幹であるセメント・建材事業がタイ建材小売ブンタウォンとの協業でカンボジアへ進出しており、一定の成果を上げている。一方で自社単独の動きとして、サプライチェーンの強化を狙いベトナムのセメント最大手ベトナム・コンストラクション・マテリアルを買収しており、タイ以外でのセメントの生産能力を大幅に飛躍させている。

また、2018年にインドネシアホームセンター大手のカトゥール・セントーサ・アディプラナと提携しており、同国の小売建設セクターへの進出を目指している。また、近年注力している化学及び包装材事業で特に注目すべきはベトナムのロンソン石油化学コンビナートの建設である。同事業はグループにとって、10年以上投資して築いたベトナム事業の集大成ともいえる約4.4億米ドルをかけた大型投資であり、ベトナム政府からも支援を受けている。同コンビナートの完成によりベトナムからASEAN全域へ石油化学製品の供給を想定している。このように川上事業の安定化を図るとともに、近年は包装材メーカーを多数買収し生産拠点を拡大している。19年にはインドネシアでファジャール社を、20年にはベトナムでビエン・ホア・パッケージング社とドゥイタン・プラスチック社を、そして21年には英国でゴーパックUKを買収している。

 

Siam Cement企業概要

業種 建設資材、化学、包装 他
設立 1913年
グループ会社 342社(世界14ヵ国)
従業員数 約54,000人
総売上高 16,179百万米ドル(2021年)

タイ及び東南アジア最大かつ最古の建設資材財閥。1913年に国王ラマ6世(ワジラウド)の勅令によりタイ初のセメント工場を設立するために設立され事業を拡大してきた。現在はセメント・建設資材、化学、包装の3つを軸にそれぞれの会社が事業を運営している。筆頭株主は現国王ラマ10世(ワジラロンコーン)で、34%弱を保有している。はじめはセメントを中心とした建築資材の製造が主要産業であったが、国内では建設市場成熟による需要が減っており、高付加価値製品を生産する化学事業が大きく成長。2021年はグループ全体の売上の44%弱を占め、全体の33%を占めたセメント・建材事業を上回っていた。22年6月に化学事業の中核会社SCG Chemicalsが上場し、今後のさらなる事業拡大が期待される。

SAHAグループ

【投資傾向】
● 食品・消費財部門を主軸としたASEAN諸国及び新興国への展開拡大
● デジタルをキーワードとした小売事業のチャネル強化

ワコールや、ライオンなど 日本企業との多くの取り組み

サハグループは、グループ会社約300社のうち80社近くが日本企業との合弁であり、ワコールや、ライオンなどタイを代表する多くの日本企業とのパートナー成功事例が見られる(図表1)。

日本企業との提携一覧

また、タイ全土にわたる流通・小売ネットワークを背景とした強力な販売力が同グループの強みの一つであるが、製造分野からその受け皿としての工業団地運営までのノウハウを有しており、日本企業がタイで事業を行う上で必要なノウハウを全面的に提供できる点が特徴である。

これには戦後の経済成長期に、日本の商売への姿勢に触れて理解を深めていったグループ総帥にあたるブンヤシット氏のバックグラウンドが大きく影響している。同グループの日本企業との主な提携実績は図表1の通りであるが、相対的にマイノリティ出資が多いのも特徴である。

直近では、株式会社コメ兵と合弁会社 を設立し、2019年にバンコクで第1号店をオープンした。同社はカバン、時計などの高品質の中古ファッション製品の買取・販売事業を立ち上げており注目されている。また、総合ディスカウントストア事業として、日本のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスとタイ地場企業TOAとの合弁会社DONKI Thailand Co., Ltd.を設立し、25年末までに20店舗を目指し出店拡大を支援するなど、今後も日本企業との提携は変わらず続いていきそうだ。

サハグループの海外事業展開とチャネル拡大戦略

今後の同社の方針として、①既存事業の海外展開による拡充と、②デジタルを駆使した新しいマーケティングチャネルを構築し、強みである販売力をさらに強化するという2点が挙げられる。

①について、ブンヤシット氏は「国際的な拡大は主にASEAN、特にミャンマー、カンボジア、ラオス、およびバングラデシュや特定のアフリカ諸国などのいくつかの新興市場に焦点を当てる」※1とコメントしている。実際に、食品・飲料事業の中核を担うタイ・プレジデントフーズ(TPF)がアジアはミャンマー、カンボジア、バングラデシュに3工場、欧州はハンガリーに1工場を有する。

22年2月にTPF社のディレクターであるPojjana氏は「海外市場からの収益部分を現在の29%から26年に総収益の50%に引き上げることを目指している」※2と述べ、今後1〜2年間で、ハンガリーに駐在員事務所を設立し、インド、マレーシア、ベトナムに代理店設立を目的とした投資をする。また、米国、中東、アフリカに工場を設立し、今後5年間で5大陸に5つの生産拠点を設ける計画をしている。26年に海外収益150億バーツを目指す。

②ついては、デジタル戦略を軸としたチャネル拡大に力を注いでいる。17年には東南アジアのEコマース大手のLAZADAと業務提携するなど、時代に合わせた事業展開も行ってきた。また、グループ傘下のサン・ベンディング・テクノロジーは、タイの自動販売機業界のリーダー(21年で市場シェア約46%)であり、23年までに工場、MRT駅、ガソリンスタンドやマンション、病院など、全国で2万台の自動販売機設置を目指している。また、今後は25年までに自社自動販売機の約75%をスマート化(キャッシュレス化等)することを表明している。

※1:バンコクポスト2014年6月27日記事より ※2:バンコクポスト2022年2月16日記事より

メタバース(仮想現実)技術などデジタル市場にも注力

新たな動きとして注目を集めたのは、2022年6月下旬に開催した第26回サハグループフェアでの、メタバース技術を取り入れた買い物体験だ。また、タイのデジタル資産・仮想通貨取引所Bitkubと提携し、即席麺ブランドMAMAのNFTカードを配布し注目を集めた。タイは暗号資産の保有率世界一、タイ政府観光局が22年4月に仮想ドリアン果樹園の探索を可能にする「アメージングタイ メタバース」の開設を表明するなど、デジタル市場としてのポテンシャルも高く同グループも本分野への投資に積極的に取り組んでいる。

SAHA企業概要

業種 コンシューマプロダクツ 他
設立 1972年
グループ会社 200社超(世界約10ヵ国)
従業員数 約10万人
総売上高 推定約80億米ドル(2021年)

サハグループを統括するのはSAHA Pathana Inter-Holding PCL(SPI)である。売上の6割を占めるコンシューマプロダクツ事業は、I.C.C. Internationalを中核とし繊維・ファッション、家庭用品、美容・化粧品などへの投資を行っている。続いて2割を占める食品・飲料事業の中核は、即席麺の製造、パン・ベーカリー製造・販売である。3つ目の工業団地開発およびその他の事業への投資については、警備会社大手セコム等のサービス業への投資の他に、生産能力拡大及び政府の地域産業拡大政策を支援するために行っており、タイ国内4ヵ所で自グループ工業団地を運営している。近年は、日本をテーマにしたショッピングモール「Jパーク・シラチャー日本村」に約5億バーツを投資し第2期開発に乗り出している。

寄稿者プロフィール
  • 池上 一希 プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    池上 一希 Managing Director

    日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に当社入社。大企業向けの欧米、中国、アセアン市場での事業戦略構築案件を中心に活動。18年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等のテーマに取り組む。


  • 金 勲貞プロフィール写真
  • MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
    金 勲貞(キム フンジョン)Senior Consultant

    韓国で大学卒業後、主に米国系事業会社にて営業支援、人事、マーケティングなどを経験。2006年に渡日、一橋大学大学院にてMBA取得後、日系大手事業会社で人事、国際業務、新規事業企画などを歴任。15年よりタイに移住、日系企業タイ現地法人にてマーケティング、人事、その他管理全般を経験。18年に当社入社。
    ※当2名の他、池内勇人(アソシエイト)が執筆

三菱UFJリサート&コンサルティング

MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

Tel:+66(0)92-247-2436
E-mail:kazuki.ikegami@murc.jp(池上)

【事業概要】 タイおよび周辺諸国におけるコンサルティング、リサーチ事業等

品質が必要とされる理由とは?いすゞ、マツダ、三菱、トヨタの役員に聞く、成功への鍵

品質とは、企業が成功するために必要不可欠なものであり、特に自動車メーカーにとっては製品の品質が顧客の安全性、利便性、そして総合的な体験を具現化するものである。そこで、顧客体験研究と自動車産業データ分析のエキスパートであるNielsenIQ Automotive Teamが、タイで最も成功している自動車メーカー、いすゞ、マツダ、三菱、トヨタがどのような工夫をして激しい競争に打ち勝ち、自動車産業の将来を見据えているのかを探った。

タイの自動車市場における消費者の品質に対するニーズは、常に進化を続けている

あらゆる高品質な製品やサービスに見られる3つの重要な側面は、業務効率、消費者の信頼、そして価格に見合う価値だ。自動車産業における品質管理が、時代の変化とともに進化してきたのは当然のこと。4人の経営者の見解では、以下のような要因がこの変革に寄与しているという。

テクノロジーとコネクティビティ

技術革新とコネクティビティの進化に伴い、品質に対する消費者のニーズも進化していると、Toyota Motor Thailand Co., Ltd.のソムキッド・プラディットカムジョーンチャイExecutive Vice Presidentは語る。新しい技術が生まれれば、自動車メーカーはそれを取り入れて車の性能を向上させなければならない。

しかし、だからといって、滑らかな乗り心地、快適な座り心地、エンジンの品質、信頼性、異音のなさ、部品の優秀さなど、クルマに求められる基本的な条件を見失うわけにはいかず、消費者がこれまで以上に製品から提供される技術に注目していることを理解しながら、メーカーはこれらの要素の品質を確実に維持する必要がある。

一方、AutoAlliance (Thailand) Co., Ltd.の猿渡健一郎社長兼CEOは、通信技術の新機能を継続的に開発することが品質保証に持続的な効果をもたらし、メーカーも接続性を技術的進歩の中核に据えると確信している。

トレンド、政府規制、社会問題

猿渡氏は、社会の環境意識の高まりにより、電気自動車が消費者にとってより望ましい存在になっていると考察する。メーカーはこのトレンドに対応する必要がある一方で、カーボンニュートラルやネットゼロエミッションの目標など、世界各国のさまざまな政府規制も舞台設定に欠かせない要素となっている。また、日本の例として、若い世代よりも高齢者の交通事故が多いことを挙げ、この社会問題を解決することが自動車のイノベーションにつながったと紹介した。

エモーショナルな要求

消費者の期待は大きく、メーカーは日常的な設備だけでなく、情緒的な面でもそのニーズに応えなければならない。例えば、人目を引くデザイン、豪華なデザイン、エレガントなデザインは、その人の社会的地位を示し、オーナーに誇りを与えることができるとTri Petch Isuzu Co., Ltd.のウィチャイ シナヌンファDirectorは語る。

Mitsubishi Motors (Thailand) Co., Ltd.の小糸栄偉知社長兼CEOは、消費者のニーズは常に変化しており、“お客様の声”に耳を傾けることが重要だと述べる。また、消費者ニーズが変化しているのは、単に時間の流れだけではなく、国やセグメントによる自動車市場の違いが独自の要求を生み出しているとも指摘。企業は常に顧客の動向を把握し、ニーズがどのように変化しているのか、どのように対応すれば効果的なのかを分析する必要がある。そのため、三菱は社員に対して特別なトレーニングを実施し、顧客満足度を高める企業文化を醸成している。

メーカーから見た品質管理の課題

特に最新の技術革新の場合、「品質管理」は難しい課題であることは4人の経営者全員が認めている。メーカー側は、プロセス、部品、サプライヤー、新製品など、どのような進歩があり得るのか、品質や顧客満足にどのような影響があり得るのか、その方向性を明確に理解する必要がある。

いすゞは、設計、製造、納品、アフターケアに至るまで、すべてのプロセスで品質保証に責任をもち、その結果、顧客から信頼を得ている。マツダは、設計者、技術者、品質管理者など複数のチームが連携し、最適な業務効率を実現している点も評価できる。また、問題が発生した場合にも、迅速に把握し対処している。三菱自動車は、顧客の多種多様なニーズに対応することが重要であると考えており、顧客との共通認識のもと、喫緊の課題から解決し、独自のセリングポイントを持つ車種を生み出している。最後に、トヨタは「安全・品質」を顧客に保証するために、安全・品質原則の遵守、顧客中心の変更管理など、顧客が直面する問題を減らすためのさまざまな基準や手順を持っている。このような方法の成功は、経営者が日々のオペレーションを注意深く監視することに大きく依存している。

自動車メーカーの成功を支える要因

各社とも独自のポリシーやコンセプトを持っているが、消費者の声に耳を傾けてクルマの設計を行い、結果としてブランドに対する顧客の信頼を高めるという信念を共有していることは明らかである。これら4社の経営者は、自動車メーカーが成功するためのキーファクターを次のようにまとめている。

 

 

 

自動車市場はリバウンドの段階にあり、COVID-19の大流行後、再び拡大し始めているというのが、4人の経営者の一致した意見である。消費者は、職業生活、観光、あるいはキャンプなど、自らの視野を広げ始めている。しかし、ソムキット氏とウィラチャイ氏が述べるように、自動車メーカーにとっては、特に金属のコスト高や半導体の入手難など、非常に難しい障害が残っている。

現在の不安定なサプライチェーンには、今後とも十分な注意が必要な一方、多くの国々がパンデミックの影響からまだ回復していない。また、燃料価格の高騰が消費者の自動車需要に大きな影響を及ぼしており、メーカーは今年の販売台数を正確に予測することが困難な状況にある。こうした不安定な要因にもかかわらず、自動車市場は正しい方向に向かっているように思われる。自動車メーカーにとって、消費者の声をより重視し、チームワーク、効率的な製造工程、製品の安全性を確保することは、最高の品質を維持することにつながる。これは自動車業界に限ったことではなく、あらゆる業界の生産者が競争に打ち勝つための指針として捉えるべきだろう。

過去の品質賞の受賞は、経営者の誇りであり、お客様の声を大切にする組織の証である。これらの賞は、自動車メーカーの品質へのこだわりを示すものだ。


NielsenIQは、消費者行動に関する最も完全で偏りのないビューをグローバルに提供するリーダーです。画期的な消費者データプラットフォームと豊富な分析機能により、NielsenIQは世界の主要な消費財メーカーや小売業者に対して、大胆かつ確実な意思決定を可能にしています。

包括的なデータセットを使用し、すべての取引を平等に測定することで、NielsenIQは、あらゆる小売プラットフォームにおけるパフォーマンスを最適化するために、消費者行動に関する将来を見据えた見解をクライアントに提供します。データ統合に関するオープンな理念により、地球上で最も影響力のある消費者データセットを実現しています。NielsenIQは完全な真実をお届けします。

アドベントインターナショナルのポートフォリオ企業であるNielsenIQは、約100の市場で事業を展開し、世界人口の90%以上をカバーしています。

詳しくは、NielsenIQ.comをご覧ください。

お問い合わせ
Matooros Maneeruttanaporn
Mail:Matooros.m@gmail.com
TEL:0897680065

Kanjana Jaroenthaithip
Mail:Kanjana.Jaroenthaithip@nielseniq.com