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タイの歴史の振り返りと未来展望

本稿では、アジア通貨危機から洪水、クーデターと民政化に至るタイの歴史を振り返るとともに、日系企業を取り巻く過去10年の産業構造の変化を投資奨励産業、タイ財閥、事業用不動産、自動車産業、日系企業の 経営課題の5つの視点から整理し、日タイ連携の今後の未来を考える。

タイの歴史の振り返りと未来展望

2000年代まで: アジア通貨危機からの復興

1990年代のタイは急速な経済成長によるインフラ基盤と都市化の進展、海外の投資による経済の活性化により堅調であったが、1997年のアジア通貨危機で経済が急速に失速。

その後、復興が進み経済は少しずつ落ち着きを取り戻し、都市部を中心に高架鉄道(BTS)や地下鉄(MRT)整備が開始された。

また、1995年には衛星放送の普及によりタイの家庭で海外の番組や音楽に簡単にアクセスできるようになった。一方で赤シャツ・黄シャツに代表される国民の2極化が起こり紛争も顕在化した。

2010年代: 洪水からの復興と成長減速へ

2011年に未曾有の大洪水がタイを襲う。首都バンコクや工場地帯を多く含むパトゥムタニ、アユタヤなど中部を中心に600万ヘクタール、被害総額は1.44兆バーツにのぼった。当時のインラック政権は復興支援策として「コメ買取政策」と「ファーストカー減税」を実施。これらの政策は国家財政に負荷が高く、また消費需要の先食いも起きたため、特需が落ち着いた2015年以降、タイ経済は低成長に減速した。

人々の消費形態も大きく変わった。消費喚起策に呼応し、車・住宅・その他消費が活性化。後の家計債務の増大の一つの契機となっている。

またこの時期は国民の意識が大きく変革した時期でもある。富の偏在の2極化に辟易とした若年層により「第3の道」が各メディアで謳われるようになる。文化面での変革も目覚ましく、アニメやアイドルといった日本文化やK-POPや整形などの韓流文化などの外来文化は若年層の民主化意識、環境意識と海外旅行需要の高まりを感じさせた。

2014年に軍部はクーデターを決行、プラユット陸軍大将は実権を掌握し、首相に就任した。日系企業の関心を集めた「デジタルエコノミー」、「タイランド4.0」などの国家方針が打ち出され、デジタル化、再生可能エネルギー、自動化などの重点産業への投資が集まった。更に東部経済回廊の開発や3空港高速鉄道、高速道路延伸などのインフラ開発も公表され、結果としてプラユット政権下10年間はコロナ禍2020年を除くと平均して約3%台の経済成長を見せた。

一方、市民目線では引き締め色が強まり、首相批判や軍部批判などに対し処罰が下されるなども為された。2016年のラーマ9世の崩御に伴い、国民は喪に服した後にラーマ10世が即位するなど、タイの歴史の大きな転換点となった。

2020年代: 民政復帰と中国投資の活発化

2019年5月には総選挙が実施されたが、第1党タイ貢献党は過半数を確保できず、親軍系政党の下でプラユット氏が首相を続投した。新政権は「BCG経済モデル」などの新政策を打ち出すが、2020年以降は新型コロナウイルスや大洪水などの災害処理にも追われた。

2023年に実施された総選挙では民主派が第1党となったが、各種の駆け引きの結果、タイ貢献党を主とした親軍派・保守派も含めた11党による大連立政権が組閣された。タクシン氏が新政権樹立後、17年ぶりに帰国したことも注目を集めた。

また、この時期の特徴として米中貿易摩擦などの影響で中国資本のタイでのプレゼンスの上昇が挙げられる。中国Alibaba社によるEC大手Lazada社の買収やJD.comの進出などが話題となり、タイの経済界の目が日系から目移りするようになったのもこの頃である。

このトレンドは2021〜23年の電気自動車分野での中国系の投資ラッシュにより鮮明となり、従来日系勢の牙城といわれたタイの自動車産業への影響が危惧され、危機感を煽ることとなった。

プラユット首相が2021年にCOP26でタイとしての脱炭素の目標として2065年ネットゼロ・エミッションを公約として掲げたのも重要なイベントである。これにより民間でも財閥系を中心に脱炭素の目標が掲げられ取り組みが強化された。

タイの未来はいかに: 揺れる政経、中国の躍進、迫る脱炭素目標

これらのタイの軌跡を踏まえると、特に洪水復興後のタイの現状をとらえて「停滞の10年」と評価する声は多い。たしかに中長期的な課題としても富の偏在、人口減少などタイの未来に関して悲観的な要素も多い。

一方で、明るい兆しもみられる。一つは地政学的な観点によるものである。足元でロシアのウクライナ進行を主とする欧州問題、昨年勃発した中東危機、米中のデカップリングなどの動きを踏まえると、ASEANの相対的なポジションは向上している。とくに各種の法制度、インフラが整備されており、域内の中核国でもあるタイをおさえることの重要性は高くなっているといえよう。

また中進国同国の課題である高付加価値産業への転換についても一部で明るい兆しが見えている。前政権の政策の目玉である東部経済回廊(EEC)の開発についてはBYDが自動車製造拠点としてラヨーン県に進出、総額178億THBの投資を実施。一方でインドのCtrlSはデータセンターの進出を公表、2024年建設開始に向けて交渉中であり、総額13億THBの投資が期待されるなど大型投資や投資実績も増加しており活発な成果を見せている。

2023年の投資実績も134件と前年に比べ14%ほど伸長している。投資額においてもFDI全体の3割にあたる386億THBが投資されており、内訳としては日本が70.5億THB、中国が41.2億THBと中国がトップになることこそなかったものの、猛追していることがわかる。

脱炭素の目標である2065年ネットゼロ・エミッションについても期待されており、政府は財閥大手に対して協力体制を求めている。更に2030年代はタイ政府が挙げる脱炭素施策のゴールが目白押しであり、電気自動車の普及目標(2030年電気自動車普及30%)や再生可能エネルギーの目標(2037年)、温室効果ガス4割削減(2030)が控えており、これに向けて自動車の電動化、農業を中心としたバイオマス社会・低炭素社会の実現などが達成できるかを注視していく必要があるだろう。

また、政治面での動きとしては民主化への動きが期待される。昨年の選挙を経て正式に文民政権に移行している。連立政権に親軍政党が入っており注視が必要であるが、民意を踏まえると今後緩やかに文民統制の強化、政策の透明性や明確性が上がってくることが期待される。

最後に、日本勢の立ち位置である。官においての貢献は高速鉄道やバンコクのみではない都市鉄道における政府開発援助や脱炭素分野などの民間連携の橋渡し役が大きく期待されている。民に関しても、中国企業の台頭はあるといはいえ、日系企業の投資のストックの積み上がりも特筆した貢献を見せており、強固なサプライチェーンを通した技術移転や人材育成においても大きな実績を築いてきた。

今後の期待される立ち位置としては継続した人材育成・技術移転のみならずタイが掲げるBCG経済モデルや脱炭素などに応えるビジネスモデルとローカルとともにASEAN市場への展開を目指せる橋渡し役であると考えられる。


投資奨励産業

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Head of Consulting Division 吉田 崇

BOIの政策に見える本質に変遷はないものの、TISOや発電など対象業種の修正は継続。中国の投資金額が日本を上回る

BOIによる投資奨励政策の変遷と現状

タイの投資奨励政策を所管する役所と言えば、在タイ日本人ビジネスパーソンなら誰もが知るBOI(タイ投資委員会)である。1977年制定の投資奨励法に基づき設立されたBOIは、前身を含めれば既に半世紀以上にわたり、タイへの投資を牽引する役割を担ってきた。

BOIの長い歴史の中で、投資奨励政策は何度か方針転換がされてきたと言われるが、この10年間に限って言えば、良い意味で大きな変更は見られなかったと評価することができる。もちろん、2015年の改正における、いわゆる「ゾーン制」(タイ全土を経済発展レベルに基づくゾーンに分割し、ゾーンによって投資恩典の多寡を設定する)から、業種の重要度によって恩典を設定する現制度への変更や、2023年からの新奨励政策における競争力向上のための恩典など、目玉となるような発表は定期的に行なわれてきた。

しかし、現在も地方部に対する追加的な恩典は維持されているし、かたや従前も重要な業種に対する追加的な恩典は存在していた。競争力のある、すなわち付加価値の高いとされる業種への追加的な恩典も同様である。

その意味では、実質的な制度変更があったというよりも、新しい投資奨励政策としてのBOIのアピールが巧みであったとも言えよう。そこには「タイランド4.0(デジタル化推進)」や「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済モデル」、「EEC(東部経済回廊)」といった、タイの産業政策としてキャッチーなトピックも常に織り込まれてきた。

具体的な恩典の内容も、法人税の免除、機械・設備や部品・原材料の関税免除、外資規制緩和といった基本的な仕組みは以前から変わらず一貫したものである(図表1)。

細かいことを言えば、例えば恩典の厚い「ゾーン3」で最も首都圏に近かった東部プラチンブリ県の優位性が、ゾーン制廃止によって、かつてに比べ下がったように見えることなど若干の課題もないとは言えず、2018年のITC(国際貿易センター)廃止のように企業にとってマイナスとなる変更もあった。

ただし制度変更によって投資奨励の対象外となった場合も、各企業が取得済みの恩典は原則として維持されており、進出企業に対する配慮もされてきた。

このように、何を特に重視するのか、といったバランスの微調整はあれども、「タイにとって重要とみなす産業に対して、法人税免除等の恩典を与える」という制度の本質には大きな変化はない。BOIの投資奨励制度は、10年前の時点で既に完成度が高く、それが維持されてきたと言うことができる。

タイへの投資動向の変化

他方、「タイに投資する側」の状況は、この10年間で大きな変化を示している。BOIの投資統計は「申請ベース」「認可ベース」「奨励証書発給ベース」の3種類が公表され、このうち「申請ベース」と「認可ベース」が使い分けられることが多いため留意が必要だが、いずれにしても長年、タイにとって最大の投資国としての地位を維持していた日本が、申請ベースでは2019年に中国に抜かれたことは、関係者に大きな衝撃を与えた(図表2)。

中国からの投資申請が急増した背景には米中貿易摩擦があり、米国からの制裁を恐れた中国企業が、生産拠点をタイに移管する動きを見せたことが主な原因と考えられている。ある意味では一過性の現象であり、また申請に対して認可ベース(同年ないし翌年)は対応する数字となっていないことから、申請はしたものの認可まで至らず、取り下げた事例も相応にあったと推測される。

しかし2023年は、ついに認可ベースでも、中国が日本を抜き去る可能性が高い(※執筆時点で2023年9月までの数字が発表済み。なお申請ベースでは2022年から中国が再度、首位に立っている)。この10年間で、タイにとって最大の投資家であった日本は、名実ともに、その地位を既に中国に譲り渡したことになる。

業種別の投資動向とBOIの政策対応  個別の業種に目を配ると、10年前の時点でも既に人気であったTISO(貿易投資支援事務所)は、現在でも多くの申請がされている。ただし以前はTISOで認められる事業の中でも「機械の輸入卸売」と、それに付随する「据付・保守等のサービス」が多かった印象だが、最近ではコンサルティング事業としてTISOを活用できる可能性が広く知られ、実際に取得する事例が目立ってきた。

また2021年からは、TISOとIBC(国際ビジネスセンター)で海外グループ会社向けの貸付が認められるようになったことで、TISOの有効性は更に増している。

10年前はTISOと並び人気であったIPO(国際調達事務所)は、2014年に一度廃止されたが、上述のITCを経て2021年に復活しており、部品・原材料の卸売事業を行なう企業にとっては有効な選択肢となり得る。その他、例えば「発電」に関しても、近年は顧客工場の屋根に太陽光発電の設備を設置する、いわゆるPPA事業としての新しいビジネスに形を変えて、BOI認可を多数取得する事例が増えてきている。

上述した通り、BOIの投資奨励に関する政策は、本質的には変わっていない。一方で、投資奨励の対象となる業種に関しては、追加や修正、一部の入れ替えは、この10年の間にも常に行われている。背景には、技術の進展、環境に関するグローバルなトレンド、更には域内におけるパワーバランスが影響することもあるだろう。

新規進出企業だけではなく、タイ進出済みの日系企業にとっても、BOIの投資奨励を上手く活用できる可能性に留意したい。


タイ財閥

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Associate 池内 勇人

トレンドは海外進出と多角化。売上増加を記録するも国内経済停滞と社会問題への取り組みが課題に

タイの財閥と投資トレンド

タイの経済の中心は財閥といわれる。本章では財閥各社の変遷、また近年の投資のトレンドなどについて解説していく。

「Forbes Global 2000」のリストを見ると、2014年にはタイ企業は17社、2023年も変わらず同数がランクインしている。

また、その顔触れも金融系が多いことなどあまり状況は変わらないが、世界のポリエチレンテレフタレート(PET)供給最大手Indorama Ventureや再エネ・EVに尽力しているBanpu(タイ企業15位・全体1644位)などが新たにランクインしている。また、売上がランクイン全体で2,012億THBから2,499億THBと約23%増加しており、確実に成長していることもわかる。

具体的には、CPグループによる中国、ベトナムへの農畜産業の展開やTescoの買収、サイアムセメントによるベトナムBatico買収やインドネシアIndocorr Packagingなど包装材事業の加速による売上高増、PTTの特にPTTORによる飲食への小売りの多角化などは事業の多角化を進めている中で足元、売上高増や利益増となっている。

また、昨今取り上げられる持続可能な社会に向けた投資も活発になっており、ESGテックに関するベンチャーキャピタルを保有しタイの脱炭素に向けた活動も行っている。

タイ企業の海外展開と課題

近年の動きで活発なのは国内市場の成熟を見越した海外展開の活発化であろう。過去10年間で上場企業の内278社が進出している。足元傾向で大きくみられるのは海外収益の増加であり、タイ上場企業の海外事業の躍進がみてとれる(図表2)。

この大幅な売上増は東アジアからの収益が大きく、CPグループが中国・広西での養豚業へ34億人民元の投資を実施、養豚100万トン、飼料生産36万トン、加工肉年産3万トンを誇る一大拠点となった。このような大規模拡大が背景の一つとして考えられるだろう。なお地域別にはCLMV(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)が多く、特に小売や食品系の企業による市場拡大を目的としたM&Aや現法設立は多い。

今後もタイを牽引していくであろうタイ財閥だが、経済の停滞を踏まえ、エリア的な多角化をすすめデリスキングをすすめていくのか、それとも国内での体制構築を強化し人材育成や高齢化、環境対策など社会問題を解決し真にタイの顔となるような企業群となるのかといった課題が大きく立ちはだかるだろう。


事業用不動産

GDM (Thailand) Co., Ltd.
CEO 高尾 博紀

中国リスクによりタイがサプライチェーンの重要拠点に。 データセンター市場の成長に期待

工場・物流用地編

2010年から現在まで、タイ不動産市場は政争、洪水、クーデター、国王崩御など、数々の困難な環境にさらされてきた。

2011年の洪水は、タイ国内の製造業の分布に大きな変化をもたらした。 特に、製造業の中心地の一つであったアユタヤから、バンコク都心部やチョンブリ・ラヨン県への大規模な移転が見られた。

この出来事はサプライチェーンの構造そのものにも深刻な影響を与え、現在でもタイにおける事業立地の選択において、この洪水の影響が考慮されている。また、この洪水はタイ政府のEEC(東部経済回廊)政策を加速させる一因となった。

2021年には、チャイナリスクを避けようとする中国・台湾企業が多数タイへ進出してきた。 この動きは世界のサプライチェーン再編の一環であり、タイが世界のサプライチェーンにおいて重要な役割を担う拠点としての地位を確立していることを示している。この傾向は今後も続く見込みである。

物流業界においては、ドライ倉庫への大型投資が続く一方で、冷凍冷蔵倉庫や危険物倉庫などの機能性を打ち出す差別化が顕著になってきている。 また自動倉庫への投資も増加傾向だ。タイの世界サプライチェーンとしての付加価値を底上げするためには、物流の高度化が重要な要素である。

オフィス・ホテル編

今日ではBTSやMRTなどの都市鉄道システムの発展は、都心部の移動における重要な手段となった。2000年代初頭のサービス開始時、高い運賃が原因で敬遠されがちだったが、経済の発展とともに可処分所得が増え、2010年代には電車を利用する習慣が広く根付いた。

これにより、駅近であることが不動産価値を左右する重要な要素の一つと認識されるようになった。

駅近の土地は当初、主にコンドミニアムの用地として開発されたが、2010年代に入ると、オフィスやホテルの開発が相次いだ。

2020年に発生したパンデミックは、オフィスとホテル業界に大きな打撃を与えたが、タイのホテル大手、アセットワールド社のようにパンデミック時でも外資ホテルマネジメント会社との提携や新規ホテル開発を継続し続け、既にパンデミック前の業績を上回る回復を遂げている例もある。

残念ながら、パンデミックによる経済的底打ちの時に積極的な投資を行った日系企業は少なかったが、今後10年を見通すと絶好の買い場であった可能性が高い。

注目セクター:データセンター編

2010年初頭、東南アジアにおけるデータセンターの主要拠点はシンガポールに置かれ、タイが重要な役割を果たすとは考えられていなかった。しかし、2010年代後半になると、NTTやKDDIのTELEHOUSE、シンガポールのSTテレメディアなどがタイで高品質なデータセンター開発を加速し、タイの重要性が急速に高まることとなった。

TELEHOUSE Bangkokの報告によれば、タイのデータセンター市場はデジタルエコノミーの成長を背景に、成長率(CAGR)が27%にも達し、今後も需要の増加が見込まれている。この動きをさらに加速させているのが、AWS(アマゾンウェブサービス)のタイ進出である。

現在、タイ東部EECエリアに3ヵ所のデータセンター開発が進行中であり、グーグルやマイクロソフトもデータセンター開発に対して前向きな姿勢を示している。これが実現すると1,000億円規模の投資になる見込みである。

国家戦略および企業戦略の両面から、デジタルエコノミーやAIの重要性がますます高まっている。高品質なデータセンターは、今後10年のビジネスや経済成長に不可欠であり、その動向に注目したい。


自動車産業

NRI Consulting & Solutions (Thailand) Co., Ltd.
Senior Manager 山本 肇

EV市場が急拡大し、中国メーカーが台頭。政策、ユーザーの意識、 プレーヤーの3要因によりタイがASEAN市場の変化を扇動

野村総研タイによるタイ・ASEANの自動車産業に関する本誌への寄稿は、2016年6月から「【連載】半歩先読み、タイ自動車市場~タイ自動車ユーザの実態と展望~(全12回)」の連載タイトルで始めた。

その後に、連載タイトルを「タイ、アセアンの自動車ビジネス新潮流を読む」変えながら、7年以上の連載を続けたことになる。従って、本稿ではこの執筆期間の約7年を振り返る。

成熟化したタイの自動車市場

2010年代半ばと今現在を比較して、改めて気付かされるのは、タイの市場が成熟化していることである。16年のタイの一人当たりGDPは約6,000ドルから22年には7,000ドルに増えているのにもかかわらず、この6~7年でタイの市場規模はほとんど変わっていない。

23年の自動車市場は78万台であり、6年前の17年の規模と同じなのだ。その頃は、12年のファーストカーバイヤー政策により過去最高の143万台を記録してから、需要の反動減に見舞われていた。

自動車業界では、タイの市場の実力値は100万台程度であり、徐々に100万台に回復するとみられていた。しかし、100万台に回復するには、18年まで5年もかかった。その後、コロナ禍の影響で、市場は76万台まで収縮し、市場はまだコロナ禍前の水準まで回復していない。

自動車生産は、輸出が100万台前後で安定して推移していることから、21年のコロナ禍以外は国内市場の変化の影響を受ける形で180~200万台のレンジに収まっている。

19年11月号の「タイの自動車市場 今後の動向」では、タイの国内市場の低迷の要因として、

①中間層の可処分所得の伸び悩み、
②移動手段の多様化(BTS・MRT等の公共輸送手段の利用増大やGrab等のカーシェアリング)
③ミレニアル世代の消費の多様化(車の保有に拘らず、スマホや旅行などに消費する世代の台頭)

の3つを挙げたが、現在もこれらの制約要因が大きく変わっていないことがわかる。むしろ、コロナ禍による中間層への経済的な打撃から、①の問題がより深刻化し、自動車市場に影響を及ぼしていると言えよう。

大きく変わった注目・成長セグメント: エコカーからEVへ

他方で、タイの乗用車の市場構造は、この6~7年でEV市場の拡大と中国勢の参入により大きく変わったことは言うまでもない。2016~20年の連載記事で度々取り上げていたのは、内燃機関の60万バーツ以下の低価格の小型乗用車の「エコカー」である。

タイ政府は低燃費車を普及させるため、10年代初めに物品税を25%から17%まで大幅に引き下げた。更に、「ファーストカーバイヤー政策」により、12~13年の初めて車を購入するユーザーに対して、10万バーツの補助金の支給することにより、エコカーの市場は17万8千台、全市場に対するシェアは17%まで急拡大した。

19年以降、エコカーの第二弾の「エコカー2」により、物品税は更に12%まで引き下げられ、日系メーカーが新型エコカーを相次いで投入したことから、エコカーがどこまで回復・拡大するのか注目されていた。

18年3月の「タイの自動車市場のセグメント別動向と構造変化(前編)」では、「(エコカーを購入する)ファーストカーバイヤーは、中所得層でほぼ乗りつぶすまで乗り続けるユーザーと、比較的裕福な家庭の若年層で5~6年で買い換えて、より高級な車にステップアップしていくユーザーの二つに分けられる」と指摘している。当時のエコカーのユーザーの特徴は、現在のEVのユーザーと重ね合わせてみると興味深い。

EVユーザーは、35歳以下の若年・ミレニアル層が多く、当時のエコカーのユーザーと共通点がみられるからである。新しいタイプの車に関心をもち、その普及のけん引役となるのは、中間所得層のミレミアル世代ないしそれ以下の世代であることは、今もあまり変わっていない。

その一方で、EVの車両価格は80 ~120万バーツが多く、当時の50~60万バーツのエコカーより割高であり、購入層は都市部の高学歴者・高収入の給与所得者や経営者が中心であるために、エコカーほどEVの裾野はまだ拡がっていない。

21年半ばから急台頭した中国勢

21年5月号「ローカル・外資主導で進められるEVエコシステムの形成」以降、タイ及びASEANのEVの記事をより頻繁に連載するようになった。21年5月にタイ政府が包括的なEV戦略として「30@30 Policy」を公表し、中国メーカーが相次いで新規参入したことが背景にある。

22年1月に「モーターエキスポで見た中国メーカーの急伸」と題して、長城汽車(GWM)などの中国メーカーのEV市場参入に注目した。

22年10月に「中国系BYDの躍進中国NEV最大手BYDのタイ進出〜日系メーカーにとって黒船到来となるのか〜」で、「BYDの進出は、タイ・ASEAN市場を牙城としている日系メーカーにとって黒船の到来を意味するかもしれない」と警鐘を鳴らした。実に、昨年のBYDのシェアは4%まで急拡大しており、その勢いは日系にとって脅威となりつつある。

最後に~もはや新興市場ではないが、 変化を好むタイ

最後に、タイの市場の特徴について触れたい。タイの市場は成熟市場であり、人口も今後減少局面にあり、新興市場とはもはやいえない。

23年のEV市場は前年比6倍以上の7万6千台に急成長したが、自動車市場全体は前年比9%減となっている。EV市場の成長が市場全体の成長と同期化している中国市場や直近のインドとは、大きく異なっている。

その一方で、タイ市場は、最近のEV市場の急拡大からみられるように、インドネシアやマレーシア等の周辺のASEAN市場と比べると変化のスピードは速く及びタイミングも先行している。他国は先行するタイに追随して、同じような政策を打ち出しているのが実態だ。

タイがASEANで市場の変化を先導する要因として、上図に示すように、第一に、タイ政府が投資誘致と補助金をセットにした「政策要因」、第二に、成熟した「ユーザーの意識要因」、第三に、タイの政策に呼応し活発に投資・進出する「プレーヤー要因」が挙げられる。

今後、これら3つの要因と、世界的・地域的なPEST(Politics、Economy, Society、Technology)要因が複雑に相互作用することで、タイ及びそれに追随する他のASEAN市場がより複合的に変化することが予想される。


日系企業の経営課題

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director 池上 一希 

市場の成熟化、米中貿易摩擦などを背景にビジネスモデルの変革、 事業再編、パートナー戦略、現地化などが課題に

タイにおける60年の日系企業の歴史

2022年12月14日にトヨタ自動車が設立60周年記念式典を開催した。当日は政府首脳級、サプライヤー、ディーラー、現地関係者など約1,500名が出席し、豊田社長(当時)はタイへの感謝と更なる貢献に向けた決意を表明した盛大な式典となった。

この60年はタイにおける日系企業の歴史そのものといってよい。1960年代の進出を皮切りに、日系の進出は1985年のプラザ合意による円高の進展により加速(図表1)。

その過程でコストダウンを目的とした現地調達率の向上などが課題とされる。これにより中堅規模のサプライヤーの展開含めたすそ野産業の進出が進んでいき、2000年代には日系企業のタイにおける製造業のサプライチェーンは一定の完成をみることになる。

この時点までの日系各社の経営課題は、輸出型拠点構築としての最適な立地の確保、良質な人材の採用・確保、日本式のカイゼンなどの考え方の浸透、安定的な経営を支えてくれる現地パートナーの確保などが主なものであった。

このトレンドに変化がみえたのが2015年前後である。マクロ環境的にはタイ国内での人口の伸びが鈍化し市場成熟が見えてきた。それに加え、2011年の洪水の復興需要という一種のバブルの効果が消え自動車産業を中心に余剰生産力を抱えることとなる。

また、2017年以降、米中貿易摩擦問題などを背景として中国系企業のタイ移転が活発となった。これらを踏まえて、ビジネスモデル転換の必要性が日系企業の中で高まってきたのがこの時期といえる。

これにより日系企業が直面した経営課題として大きく4点が挙げられる。

① ビジネスモデルの変革

一例として挙げられるのは製造業としてのタイの位置付けを再検証する動きである。製造業では2010年代から一部分野において、第三国への生産拠点の移管を検討する日本企業が増加した。タイの人件費の推移を見ると、コンスタントな賃金上昇により、2000年からの約20年で人件費が約2倍になっている。

また2020年代にはコロナ禍や設計・生産分野におけるDX化の進展によるリモートの進展により、各海外市場に人員・機能を配置する意味合いが低下し、タイにある機能の日本への移管も進んだ。

一方、タイ国内に配置する機能はコスト構造を打ち返すだけの付加価値の高い事業が求められることになり、従来通り事業継続を続けていく企業の関心として新規事業や既存事業の高度化などの施策の検討も進んだ。

② 事業再編の動き

前述の事業高度化に関連する動きとなるが、よりタイ事業の収益性を上げるための施策として、統括機能の強化、資本再編、グループ再編などの施策が主に各社で取り組まれた(図表2)。

「統括機能の強化」はASEANにおける地域統括機能の見直しの文脈におけるタイの機能強化である。特に近年は高コスト構造が顕著なシンガポールの機能を一部タイに移管する動きがみられる。

「資本再編」は、タイ法人の資本構成を見直す取り組みであり、これは歴史的な経緯から株主であったタイ人の個人少数株主などとの関係を再考し、配当を無駄なく機動的に進める動きである。「グループ再編」は歴史的にグループ会社数が複数存在する大手企業が子会社を集約し効率化を図る動きである。

2023年に施行となった民商法典では従来タイで認められていなかった吸収合併を可能にしたものであり、これを今後後押しするであろう。

③ 地場パートナーとの関係性の変化

進出日系企業も歴史が長くなり従来のパートナーと構築した親和性に変化がみられるようになっている。例えば自動車業界においてサプライヤーが日本国内型の系列取引をタイで展開していたのが、今後は系列外や異業種への販売多角化を検討するケースが増えてきた。

また、BtoCではタイの消費者の購買力向上を踏まえて、タイへの消費者によりリーチできる販売ルートの確保も重要な経営課題として上げられるケースも増え、「従来のパートナーでは、新たな状況に対応しきれなくなってきている」という声をよく聞く。

これらの状況変化に伴いパートナーの見直しや提携解消し自前路線に経営の舵を切るケースも増えてきた。一方これにはタイ企業側の視点も忘れてはならない。

たとえば、親日的であった経営者が世代交代し経営方針がよりドライになった、中国・台湾企業など他資本との提携により経営資源を日系にあまり割けなくなってきた、などのケースも散見される。

新たな日タイにおけるWin-Winの関係構築は従来よりも難易度が上がっており、「なぜ協働するのか」というストーリー構築の必要性が従来以上に増しているといえよう。

④ 経営のローカル化

これまで見てきた事業の高度化、再編、パートナー戦略を果敢に実行する上では、市場・消費者・文化をより理解するタイ人従業員への権限委譲とマネジメント参画が必須となろう。冒頭のトヨタ自動車ではすでにタイ人が多くの経営層に登用されており一つのロールモデルといえるが、ここに至るまでには本社のフィロソフィーを浸透するための膨大な時間と透明・公平性の高い人事制度などの施策が必要となってくる。

最後に、最近注目されているのは、比較的しがらみの少ないタイを含むASEANで新しいビジネスモデルや制度構築をし、本社に逆輸入するという試みである。

経営のローカル化による好事例を本社に還元するという意味では実験的ではありつつも、さらに一歩進んだ施策と考えられ注目に値する。

これらをサポートする上で、日本本社の経営層では情報伝達スピードや実感が伴いにくいものも多く、最前線であるASEANにおいていかに的確な情報収集を行い、意思決定を下す機能を持たせるという点も重要になると考えられる。

タイと日本の産業連携の未来像(タイ国日本人会 × Mediatorインタビュー)

製造業を中心にタイで築いてきた日本の存在感が、産業構造の変化に伴い着実に変化してきている。今後日本企業がタイでビジネスを進めていく上で求められるタイ企業との関係構築とは。日タイビジネスに深く関わってきたタイ国日本人会第51代会長の島田氏とMEDIATOR社のガンタトーン氏が過去10年の変化や日タイ共創の未来について対談した。
Mediator Co., Ltd. 代表取締役社長
ガンタトーン・ ワンナワス(左)
在日経験10年。埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。09年にMediator Co., Ltd.を設立し、日本貿易振興機構や日本政府機関の業務を請け負う。在タイの日系企業向けに異文化をテーマとした講演も行っている(講演実績、延べ12,000人以上)。
タイ国日本人会 会長
島田 厚 (右)
1955年、東京生まれ。90年に三井物産駐在員として初来タイ。以降、日本とタイを行き来し、2013年9月に同社を退職後、日本駐車場開発(タイランド)の上級副社長、アジア工業団地の顧問に就任。16年4月にタイ国日本人会の第51代会長に就任。

プラユット政権下で動き出したインフラ開発

ガンタトーン:この10年間で一番印象に残っている社会的な出来事は何ですか。

島田:やはり印象として深く残っているのは2014年の「バンコク・シャットダウン」です。インラック首相の退陣を求める反タクシン派の大規模デモによりアソーク駅前などバンコク都内7ヵ所が封鎖され、駐車場事業を展開する当社は存続が危ぶまれました。

しかし、これを契機に、新たなビジネスの展開を模索し、法人向けの不正薬物検査をはじめとするヘルスケア事業の立ち上げに繋がりました。有事が発生してから新規事業を始めるには時間がかかります。ビジネス環境の変化に対応し続けるには、順調なうちに次の種蒔きをしておくことが重要だと痛感した出来事でした。

ガンタトーン:その後のプラユット政権時代はどうご覧になっていましたか。

島田:良いか悪いかは別にして、それまで進展が見られなかったプロジェクトがプラユット政権下で動き出したのは事実で、これはタイ経済の成長にとって必要な一歩だったのではないかと思います。

ガンタトーン:私も同じ意見です。当時、EECや高速鉄道、BTS開発などの承認が次々に下り、完成予想図を見た時は東京メトロ並みの発展を感じました。

高付加価値化が求められる工業国タイ

ガンタトーン:政策面では、タイランド4.0に始まり、20ヵ年計画、現在はBCG(バイオ・循環型・グリーン)経済を推進していますが、個人的にBCGはタイの強みに合っていると感じています。島田さんはこれまでのタイの政策についてどのようにお考えですか。

島田: 1960年代のサリット政権下で積極的に外資を導入し、製造業を誘致して農業国から工業国への転換を促した時代はタイ経済の発展には大きなポイントだったと思います。ここ10年の変化としては、人件費の上昇により、安価な製品ではなく付加価値の高い製品の生産が生き残りの鍵となってきたこと。また、タイ国外への輸出など、周辺国を含めたビジネスが強化されてきたことが挙げられると思います。

ガンタトーン:以前は「CLMV」や 「チャイナプラスワン」、「東西経済回廊」、「南北経済回廊」などが話題になっていましたが、近年はベトナムに関心が集中している印象ですね。

役割の変化する在タイ日系企業の経営者

ガンタトーン:日系企業の動向としては、三井物産が国営資源最大手のPTTや独立発電大手のガルフ・エナジー・デベロップメントとの合弁会社を設立するなど、タイの大手企業と連携して事業展開する動きが増えましたね。

島田:大手日系製造業がタイ財閥と連携する事例は以前からありましたが、タイの産業構造の変化に伴い、電力やガスなどインフラ事業においても日タイ連携の動きが見られるようになりました。

ガンタトーン:タイ企業は各分野において、日本、中国、アメリカなど協業相手を冷静に選定しています。近年では日本企業のプレゼンスが低下しているとも言われますが、私はまだ期待できる部分も多いと考えています。島田さんから見て、在タイ日系企業の変化として特筆すべき点はありますか。

島田:昔と比べて、現地法人に与えられる権限には変化を感じます。かつては投資や人材登用など、一定の範囲内で決裁権限を持っていましたが、現在は基本的に戦略は本社主導となっています。そのため、現法社長の役割は新規顧客開拓など地域密着型の業務が中心となっている印象です。

ガンタトーン:ある在タイ日系自動車部品メーカーの責任者は、「業績は守るからあとは任せてくれ」と現法主導で戦略を実行しています。いい意味で本社の言うことを聞かないことも時には必要だと思いますね。また、以上のような変化を昔と比べて権限が縮小したという捉え方もあれば、デジタル化が進み情報共有が迅速になったことで、本社主導でも効果的に現地法人を管理できるようになったという面もあるのかなと思っています。

拡大するタイ企業の海外投資

島田:日本企業の投資金額も昔に比べて増加しており、私が1990年に初めて赴任した頃とは桁違いです。

ガンタトーン:投資規模は明らかな変化ですね。近年では、タイ企業の海外投資が拡大しています。例えば、タイ企業が日本の再エネ市場へ投資をしたり、シンハビールの不動産部門がモルディブでリゾート開発を行ったり、タイユニオンが米レッドロブスターに出資をしたりと、業種を問わず、買って利益が出なければ売るという積極的な姿勢が目立ちます。

島田:タイ企業は売る時も決断が早く、潔さが際立っていますね。

ガンタトーン:種蒔きの観点では少額の投資も行われており、PTTは電動バイクのバッテリー交換所を展開するスワップアンドゴーなどのスタートアップに積極的に投資をしています。

島田:自社でできない領域に対しては、スタートアップなど新しい分野への投資も必要ですね。

自社が強みを持つ案件ごとの連携が鍵に

ガンタトーン:現在タイの工業団地では、法人税減免期間の延長など、安売り合戦が繰り広げられていると感じます。この状況ではどの産業も長期的に繁栄することは難しい。したがって、別のアプローチでの戦略が必要だと思います。タイは大手企業であっても自社技術を持っていないため、海外にその技術を求めています。800社以上あるタイの上場企業と日本企業の接点を増やすことで、双方が協力して成功を収める未来を期待しています。島田さんは日タイ共創の未来をどう見ますか。

島田:いくらタイと日本の関係が良好であっても、タイ企業は当然、国を問わずその分野で最も進んでいる企業とのパートナーシップを模索します。そのため、日本企業は自身の強みがどの分野にあるのかを明確に把握する必要があります。

ガンタトーン:繊維産業はその一例ですね。ユニクロは東レと提携し、ファッション性だけでなく機能性も重視し、他のブランドと差別化を図りました。これこそまさに日本らしい経営哲学だと思います。このようなアプローチは他の産業にも展開可能だと思いますか。

島田:産業による差異はありますが、自社の強みを明確にし、案件ごとに複数の企業とパートナーシップを構築することが重要だと考えています。

ガンタトーン:当社がマッチングをサポートした企業でも、MOU締結後に具体的な案件に進展しないことがしばしばあります。日本企業は自社の強みを整理し、それを必要としているタイ企業に提供する。それも、個別具体的な案件ごとに連携するという点がポイントですね。

当社では、4月に創刊するタイのビジネスガイド「THAIBIZ」および日タイのマッチングプラットフォーム「TJRI」を通じて、駐在員への情報提供やネットワーク構築、またタイ企業との共創支援をより一層強化していきます。

島田:ガンタトーンさんにしかできないことだと思いますし、それにより日本企業とタイ企業が共同で成功するプロジェクトが増えることを私も期待しています。

多様化するタイ社会のリスク・ニーズに挑む

Siam Cosmos Services Co., Ltd.

左から
Deputy Managing Director 宮本 憲 氏
Manager 江尻 佳孝 氏
Direct Broking Division 大森 雅人 氏

15th Floor, Two Pacific Place Building, Room No. 1502, 1503, 142 Sukhumvit Road, Kwaeng Klongtoey, Khet Klongtoey, Bangkok 10110
日本人窓口:inquiry_jp@siamcosmos.co.th

タイにおける事業展開や生活上のリスクへの備えとして必須となる保険。1990年に伊藤忠商事系列の企業としてタイで設立されたのが保険ブローカー(仲介会社)のSiam Cosmos Services Co., Ltd.だ。2011年にタイを襲った未曾有の大洪水では、豊富な経験に裏付けられた交渉力と現場力により多くの企業の早期復旧を下支えした。近年はBtoB領域のみならず、バイク保険・家電延長保証といったBtoBtoCや、ペット保険に代表されるBtoC領域への展開を加速させており、業界のリーディングカンパニーとして更なる存在感を高めている。

保険の『入口』から『出口』まで

「保険ブローカーは、お客様の代理人です。保険契約時の『入口』から、事故や損害が生じた際の保険金支払、すなわち『出口』までのサービスを一気通貫で提供することが弊社の使命」とDeputy Managing Directorの宮本氏は説く。

『入口』では、顧客が抱えるリスクに基づく適切な補償の設計、保険会社の選定・交渉を経て、リーズナブルな保険料を提供するとともに、契約内容を分かりやすく正確に伝える。

一方の『出口』では、顧客に寄り添い、早期且つ適切な保険金支払いを実現するため、交渉代理人として保険会社との折衝を行う。2011年の大洪水時、多くの企業が事業休止を余儀なくされ、資金繰りが喫緊の課題となる中、宮本氏を筆頭にスタッフ総動員で水没する現地に赴き、損害調査に奔走。現場のひっ迫した被害状況を伝える熱量のこもった交渉により、保険会社から早期の保険金支払いを実現し、罹災企業の窮地を救った。 変革を続ける同社の経営  前述のように、同社ではBtoBの保険サービスを主軸として取り扱ってきた。しかし、タイの経済発展に伴う生活様式の変化や、劇的に移り変わる事業環境を受け、同社の事業にも変化が見られる。

タイで国民生活の足となる二輪車に対する保険や、家電やIT機器を対象とした延長保証は、法人パートナーとのBtoBtoCスキームを通じて20年来手掛け、事業の大きな柱に成長した。2020年にはペット保険の販売を開始して、BtoC領域にも進出。これらの保険は今では業界トップクラスのシェアを誇るが、特にペット保険はコロナ禍の巣籠もり需要を見事に汲み取った事例である。

また、企業向けの損害保険においては、いわゆる「倒産保険」とも呼ばれる取引信用保険の取り扱いにも益々注力する。取引先の倒産や長期不払いなど債権の焦げ付きを対象とした保険だ。「企業における優先課題の一つは取引におけるリスクヘッジだが、リスク無くして企業の成長はあり得ない。取引信用保険は、不透明な経済下での貸倒リスクをヘッジするとともに、専門の保険会社の機能を活用した取引先の与信判断の手法としても重宝されている」とManagerの江尻氏は語る。ここ2~3年は、タイのローカル企業からの照会も増えているという。

発揮するマーケットインの視点

Deputy Managing Director 宮本 憲 氏

生活や人に対する保険に目を向けてみると、WHOの統計では、2000年からの20年でタイの一人当たり医療費が毎年平均約8.8%上昇、つまり約5倍となったことを示している。

同社では、「タイで働く日本人の安心安全を提供する必要がある」と、医療費インフレが続く2005年に、Bangkok Life Assurance社と共同で、いち早く日本人向けの団体医療保険「Japanese Medical」の販売を開始した。通院・入院はもちろんのこと、歯科治療や理学療法を含む日本人のニーズを網羅的にカバーする保険だ(下部参照)。法人契約に限定することで、リーズナブル且つ安定した保険料の提供を実現している。 団体医療保険を担当する大森氏は、「近年では物価インフレや、情報収集が容易になったことを受け、職選択において福利厚生や働きやすさを重視する傾向が強まっている。人材確保・定着率向上の観点から、人事戦略の重要な要素として、タイ人従業員向け団体医療保険の採用や拡充が加速している」と語り、この領域に注力する。

時代を反映する保険ブローカービジネス

1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショック、2011年のタイ大洪水と、同社が歩んできたこの約30年の間に、タイ経済はいくつもの危機を乗り越えてきた。「そのたびに必要性が見直され、成長を続けてきたのが保険ブローカー業の市場だったのではないか」と宮本氏は振り返る。一方で、企業としての成長戦略から、BtoB以外の領域への展開と見直しを続けてきた結果が、現在の事業ラインナップであり、同社が業界のリーディングカンパニーたる所以ではないだろうか。

進出当初は日系企業が取引の中心であった。その根幹が揺らぐことはないものの、日系に限らずタイで活躍するすべての企業と人々のサポートを使命に、非日系企業との取引は今では4割にも及ぶ。時代とともに変革を続ける同社の更なる挑戦に注目したい。

キヤノンが誇る映像技術でスマートファクトリー実現を加速

Canon Marketing (Thailand) Co., Ltd.

左から
Senior Project Manager 川野 敦史 氏
Vice President Ooi Chik Hoe 氏
Senior Project Manager 進藤 賢治 氏

カメラメーカー大手のキヤノンが映像技術を活用したスマートファクトリー事業のタイ展開を開始した。解像度の高い高性能カメラを活用することで、離れた場所からでも鮮明な解析が行える。人の目が行き届きにくい高所や危険な場所、多量の情報を一度に読み取る必要のあるケースなどで威力を発揮することが期待される。こうした映像DXのサービスは、すでに日本国内や米国などで始まっており、成長著しい東南アジア市場についてもタイを皮切りに拡大したい意向だ。

自動化や省人化に高い効果

高い解像度に焦点が自動的に合うオートフォーカス機能は、カメラメーカーであるキヤノンの最も得意とするところ。もともとは防犯目的で使用されていたネットワークカメラを産業向けに活用しようというのが、今回のスマートファクトリー事業だ。ネットワークカメラシステムは、カメラ本体、カメラ映像を録画・管理するビデオ管理システム、映像解析ソフトウェアで構成される。

同社の強みはこれらの要素すべてをグループ内にもっていることだ。ネットワークカメラのグローバルリーダーであるアクシスコミュニケーションズ社、ビデオ管理ソフトウェアのトップブランドであるマイルストーンシステムズ社のソリューションを組み合わせ、ワンストップでサービスを提供する。人件費の上昇などからタイでも自動化や省人化など工場の在り方の見直しは喫緊の課題として浮上する中、既存の工場に容易に後付けでき、投資コストを抑えられる点からも同製品への関心は高まっている。

ズーム倍率に優れたネットワークカメラだけでなく、プロ向けでも使用される高精細なミラーレスカメラなら目視作業を超えた自動化も可能だ。従来、人が行なっていた生産ライン上のコードやメーターの読み取り、異常の発見などを少数のネットワークカメラで把握することができる。同社が開発した専用ソフトウェアを活用すれば、カメラで「見て」、「録った」映像情報を解析してデータ化や通知に「使う」ところまでお手のものだ。

ミラーレスカメラの高解像度画像を検査に活用

トレーサビリティーにも有益

映像情報はビデオ管理ソフトウェアで保管されており、異常がいつから始まったのか、不良品がどこで生じたのかなどトレーサビリティー(追跡調査)の面でも効果を発揮する。映像の検索機能で容易に事後的に突き止めることができ、ラインおよび品質改善にも貢献する。責任の所在も明確となり、無用なトラブルも回避できる。

生産工場にとどまらず、多量の製品が出し入れされる倉庫業や運送業などの棚卸しの管理にも有益だ。キヤノンのソリューションはカスタマイズ性にも優れていることから、他のIT企業や機器・装置メーカーなどとのコラボレーションにも弾みがつきそうだ。

タイ法人でビジネス開拓を担当する川野敦史Senior Project Managerは「アジアには高いポテンシャルがある。現地のニーズに合ったやり方で、さまざまな提案を行っていきたい」と抱負を語る。技術担当の進藤賢治Senior Project Managerも「当社が持つ映像技術の知見を元に、提案型のワンストップ・ソリューションを提供していきたい」と意気込みを見せた。

キヤノンのイメージングソリューション

見る:撮影方向・ズームが自在なPTZカメラ、広範囲一括撮影が可能な全方位カメラ等、環境や目的に合わせ最適配置をし、工場内をリアルタイムで常に「見る」

録る:トラブルや異常などの記録をあとから検索し、直ぐに見直すことが可能な映像管理ソフトウェアで「録る」

使う:人の目に代わって画像を解析することで、状態把握や異常値の即時検出。映像をデータ変換して「使う」

活用事例

長年培ったカメラ技術+生産技術+映像解析技術で製造現場のスマート化/DXを推進

工程ごとに録画映像に目印となるデータを付けることで、後からデータで製品をトレースバック、不具合発生箇所を時系列に確認できるようになります。

導入効果

  1. 完成品の外観検査

  2. 【導入前】人による工程検査を実施していたため、高所作業の危険回避や効率化が必要でした。
  3. 【導入後】Vision EditionのQR読み取り機能、パターンマッチング機能を使用し、出荷前製品検査の自動化を行うことで、高所作業の安全確保や安定した検査の自動化はもとより、映像によるトレーサビリティーも向上しました。 
  1. パレット上の商品一括検査

  2. 【導入前】従業員が製品出荷時、QRコードをハンディーのQRコードリーダーで読み取るが、製品出荷管理の効率化が急務でした。
  3. 【導入後】Vision EditionのQR読み取り機能を使用し、QRを自動で一括読み取り行うことで、出荷時の省人化と効率化を実現しながら、商品箱のキズ、梱包状態を後から確認できることでトレーサビリティーの向上にも寄与しました。
  1. 制御盤の異常検知

  2. 【導入前】作業員が定期的に現地で制御盤確認を行うが、確認作業の効率化と常時モニターできないことが課題となっていました。
  3. 【導入後】Vision Editionのアナログメータ読み、色判定、数値読み取り機能により、常時、自動で、確認行えるようになり、異常時の発報機能を使い、作業員や管理者に通知まで行えるようになりました。

Canon Marketing (Thailand) Co., Ltd.

E-mail: cmt_toiawase@cmt.canon.co.th
Tel : (66)0-2344-9999 (英・タイ)

98 Sathorn Square Office Tower, 22nd – 24th Floor North Sathorn Road, Silom, Bangrak, Bangkok 10500

英語版サイト

タイ語版サイト

 

 

タイ自動車市場〜潮目が変わった2023年と日系メーカーの挽回策〜

  本稿では、タイのEV市場の最新動向、タイランドEV3.5を中心としたEV奨励策を概観した後、2024年以降に注目されるタイのEVにおけるトレンドを取り上げて、最後にEVで後発に回った日系メーカーの挽回策について触れる。

23年は、日系メーカーが長らく高いシェアを誇ってきたASEANで、潮目が変わった年として自動車産業史に残るかもしれない。その第一波がタイに押し寄せ、インドネシアや他のASEAN市場にドミノ倒しのように広がっていく。そのようなホラーシナリオを十二分に感じさせる展開となった。

モーターエキスポで際立った中国勢の展示

それを筆者が肌で感じたのは、2023年11月30日~12月12日まで開催されたバンコクモーターエキスポであった。タイにおける中国系三大ブランドのBYD、GWM、MGに加えて、今年から初参加の長安汽車(Changan)、広州汽車(GAC-Aion)が最も目立つ奥のブースの半分以上を占領し、斬新なEVのデザインと派手な演出で、集客力で圧倒していた。特にChanganの「Deepal S07」は、高級車のようなデザインでありながら、130万バーツ代の手頃な値段で発売されたことから話題となり、展示会ではモデルに近寄れないほどの人気ぶりであった。

そのあおりを食ったのは、常連の日系メーカーであった。地味な演出で、並べているモデルも代わり映えがないこともあり、多くのブースは閑散としており、新旧交代を目の当たりにした感があった。
新車の成約台数にも早速表れた。モーターエキスポ期間中の中国系5社の成約台数は2万1,000台以上に達し、全体の成約台数の4割以上を占め、3位BYD、4位AION、5位MG、6位Changan、7位GWMと中国勢が上位を占めた。1位と2位はトヨタとホンダが取ったが、その他日系メーカーは8位以下と振るわなかった。

タイのEV旋風を巻き起こした中国系メーカー

中国勢の躍進は、言うまでもなくタイでEV旋風を巻き起こすことに成功したことによる。タイ政府がEVに対する補助金を昨年4月から開始し、中国メーカーは間髪を入れずにタイへの進出を決め、新規EVモデルを相次いで投入。その結果、EVの販売比率は、昨年の約1%から、23年10月には12%まで上がり、1~2%にとどまっている他のASEAN諸国に比べて突出している(下図)。

中国勢主要4社(BYD、MG、NETA、GWM)のシェアは今年10月までの累計で11%、10月の単月ベースでは16%まで伸びている。EVの販売台数では、中国系は6割以上を占めており、中国メーカーの独壇場となった。
中国メーカーのEVのシェア上昇は、昨今のローン審査の厳格化も後押しした形となった。家計の負債比率の上昇を背景にローンの焦げ付きが増えており、ディーラーのローン審査が厳しくなっている。EVを購入する顧客は、一戸建て住まいの中間所得層以上が多く、ローン返済リスクが低いために、内燃機関の購入者に比べてローン審査が通りやすくなるからだ。

タイの市場で注目されるのは、市場の両極化が進んでいることである。ボリュームゾーンはBYD「ATTO 3」のような100万バーツ前後のCセグメントのSUVであるが、Teslaの「Model Y」のように200万バーツ以上の高級モデルが5位内の上位にある反面、NETAの「NETA V」やBYD「Dolphin」のような55~70万バーツの低価格モデルが販売を伸ばしている。

タイのEV販売動向

2023年のタイのEV販売台数は、補助金などによるBEVの小売価格の引き下げにより急増し、7万6千台に達した。
BYDの「ATTO 3」が販売トップであり、Tesla以外は中国メーカーが上位を占める。

タイのEV販売台数(2024年1月現在)と タイのモデル別EV販売台数トップ5(2023年1月~12月)

タイのセグメント/価格別のEV市場マップ

タイのEV市場は、プレミアムセグメントのTesla、ミディアムセグメントのBYD「ATTO 3」、ローセグメントの「NETA V」と3セグメントに分かれている。ボリュームセグメントはミディアムセグメント。

中国勢の成功要因

BYDの4P戦略

中国勢のEVがタイで飛躍的に伸びているのは、政府の手厚い補助金や通りやすいローン審査などの外部環境もあるが、的を射た4P(Product、Price、Promotion、Place)戦略が効いたからだ。つまり、一時的なブームにたまたま乗れただけでなく、それを最大限に活用できる能力と戦略を持っているから伸びたのである。中でも中国勢で首位を走るBYDは、この4P戦略で際立っている。

タイの新たなEV普及策「EV3.5」

タイの中心的なEV奨励策は2021年に発表された「30@30」であり、その実現のためにEV関連投資への法人税免税などの投資奨励策、補助金の支給、EV物品税・関税の引き下げ、充電網の整備、部品の国産化の推進などが行われている。22年以降、タイにEVの急速な普及をもたらしたのは、22年3月から施行された「Thailand EV3.0」のスキームの下での補助金の支給である。当スキームは24年1月末に終了し、同年2月から始まる新しいEV投資奨励策の「EV3.5」に引き継がれ、補助金は従来の15万バーツから10万バーツに減額されたが、27年まで継続される予定である。「EV3.0」と同様に、補助金支給を受ける自動車メーカーは、26~27年までに現地生産を開始し、24~25年までの輸入完成車台数の2~3倍の生産をすることが条件となる。

タイの政策動向

2024年以降のタイのEV動向の注目点

(1)EVブームは継続するのか

2024年のタイの自動車業界の動向でまず注目されるのは、24年以降もEVの販売ブームが続くか否かである。2月以降補助金が15万バーツから10万バーツへ引き下げられることによる影響が業界で関心を集めている。結論から言えば、EVを購入する顧客は、初期購入価格のみならず、ランニングコストやメンテナンスコストを重視しているため、補助金の削減はさほど影響が出ない可能性が高い。むしろ、より低価格の投入モデルが増えることや中国系のディーラー網がより全国に拡充することにより、販売台数は増える可能性がある。なお、タイ電気自動車協会(EVAT)のウタモテ・クリサダ会長は今年の販売台数を昨年の倍の15万台と予測している。

EVの今年以降の拡大は、最近のEV購入者の購入層の変化からも裏打ちされる。本誌2023年8月号の拙稿でも触れたように、現在のタイのEVの普及段階は普及初期から普及加速期に移行している。普及初期は、複数保有の富裕層が中心であったが、23年の後半以降から、NETAのような50万バーツ代の廉価なEVや、70万バーツ以下のBYDの「Dolphin」が発売されたこともあり、EVのユーザーの中で初期購入者が増大し、より若い世代であるミレニアム世代、つまり40歳以下の都市中間層(オフィスワーカー、マネージャー層)にまで広がっている。購入において重視する要件も普及初期のユーザーのように技術、環境、デザインなど、イノベーターが重視する要因からランニングコスト(対燃料費)のような経済性や実用性をより重視するようになっている(下図)。

近年の購入層の変化

燃料代に比べると、EV電気代は3分の1にとどまる。EVの価格が若干上がったとしても、現在のように燃料価格が高止まりするのであれば、EVに乗る方が経済的と考える顧客が多い。特に初期購入者層は、所得が相対的に低いこともあり、ランニングコストを含めた総所有コスト(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ:TCO)をより重視する。また、2台目需要の多くは、遠距離はICE、100km以下の近距離ではEVと使い分けることができるため、EVへの切り替えは今後も順調に進むことが予想される。

(2)EVの普及はどのような段階で減速するのか ~EVのリセールバリューの問題の顕在化

EVの普及は、2023年後半に減速した米国市場にみられるように、イノベーターやアーリーアダプターに一通り普及したら、普及障壁(右頁上図)に直面する可能性がある。イノベーター理論では、イノベーターからアーリーアダプターまでの人口は全体の17.5%とされており、それ以上広がるかどうかは、補助金などの政策要因、EVプレーヤーの戦略要因(投入する商品)、充電などのインフラ要因、ユーザーの意識・生活様式の変化要因などにかかっていると想定される。現在のEVユーザーの多くは、1日の走行距離が100~150kmであり、ユーザーの8割以上は家で充電しており、公共充電ステーションでの充電をあまり必要としていない。しかし、移動距離が長いヘビーユーザーであれば、購入ファクター(KBF)において、公共充電ステーションの普及や、充電時間の重要度が高まることが予想される。

また、EVの普及に従い、EVの問題点もより顕在化することになるだろう。その一つは、今はタイのユーザーがあまり重視していないEVのリセールバリューである。EVの購入層は、複数保有の富裕層ないし初めて車を購入するミレニアム世代以下の世代であるために、リセールバリューはまだ重要な購入要因(KBF)として考慮されていない。しかし、車を買い替えるユーザーであれば、EVの5~6年後のリセールバリューをより重視するだろう。また、ローン会社は現在、EV購入者に対する審査は厳しくないが、将来的にはEVのリセールバリューが大きく下がることがあれば、ローン条件がより厳しくなる可能性もある。

中国系合衆新能源汽車傘下の新興EVブランドNETAの参入 と BYD廉価EVハッチバック 「Dolphin」の投入

近年の購入層の変化

(3)環境負荷軽減やバッテリーの価値維持のために必要なバッテリーの3R

中長期的にEVの残存価値を高めるためには、車両価格の4割以上を占めるバッテリーを有効にリユース、リパーパス、リサイクルする3Rのサーキュラーエコノミーの確立が不可欠となる。中国でEVのゴミ捨て場が社会問題化しているように、EVの残存価値が低く、バッテリーが捨てられるようになれば、環境悪化にもつながる。バッテリーのリサイクルはリサイクルコストが高いために、当面有望視されているのは電池のリユースと、太陽発電などに使われるバッテリーエネルギーストレージシステム(BESS)やフォークリフトなどその他輸送機器へのリパーパスである。

しかし、そのためには、バッテリーの劣化状態(SOH)を正確に診断する技術や設備への投資、使い済みバッテリーを回収・選別・配送する商流と物流の構築が不可欠となり、投資が必要なほか、一定以上のEVの使用済みのバッテリーのスケールメリットが望ましいことから時間もかかる。日系メーカーとしては、このような車のライフサイクルを考慮したバリューチェーンを最初から構築すれば、環境負荷の低減につながり、タイ政府や環境意識の高いユーザーの信頼を勝ち得ることになるだろう。中国メーカーは本国でそうであるように、まだしっかりとしたバッテリーのバリューチェーンを構築できていない。

バッテリーのライフサイクル

(4)2024年からの中国メーカーの現地生産の影響~中国EVの現地生産はもろ刃の剣

タイ政府は、EVに対する補助金の給付の条件として、現地生産を義務付けており、下表のとおり中国メーカーは2024~25年にかけて相次いで生産を開始する。また、新たに韓国のHyundai/Kiaも工場建設を発表している。BOIの統計によれば、395億バーツの投資金額により、24年のEVの生産能力は35万9,000台に到達する。

中国メーカーは現在中国からEVを完成車として輸入販売しているが、完成車輸入から国内生産への切り替えは、中国メーカーにとってもろ刃の剣となる可能性がある。まず、ネガティブ要因(デメリット)としては、中国メーカーの強みは本国で集中生産することによる量産効果であることから、タイでの現地生産により採算性が下がることが挙げられる。例えば、BYDは本国で50万台規模の工場において集中生産し、社内にサプライチェーンを持つことが同社の競争力の源泉となっている。さらに、中国メーカーは昨年、国内での過当競争を背景に採算性の高い輸出を増やすことで収益を補塡していた。タイ現地での工場の稼働を維持するためには量産しなければならず、供給圧力が増え、タイ国内でのEV市場が伸び悩めば国内での過当競争に陥る可能性がある。

また、現地調達40%の達成目標は現地でのサプライチェーンを有していない中国メーカーにとってハードルが高く、到達できなければ現地生産車として認定を得られず、補助金を受けられなくなるリスクがある。もちろん、それはタイ政府がどの程度厳密に現地調達率を審査するかにもかかわってくる。以上のような状況から、将来中国メーカーは淘汰される可能性がある。

その一方で、ポジティブ要因(メリット)として、EVの現地生産に伴い、中国メーカーは中長期的により安定した供給体制を構築することになる。さらに、そのことがディーラーおよびユーザーから信頼をより勝ち取ることにつながる。現地生産により、モデルの継続的な供給、販売およびサービスが顧客およびディーラーに対して保証されるからである。また、現地生産することで現地により適合した製品の開発と供給がより可能となる。現にBYDやGWMは、タイでの現地生産の後にR&D拠点の設立を計画しており、生産と開発を両輪で進める方針だ。タイでは、タイの嗜好を反映したアクセサリーなどの一部の部品の設計やコネクテッドなどのソフトウェア回りを開発する可能性がある。生産と開発の両者がうまくかみ合えば、日系にとって一層の脅威となる。

主要EVメーカーのタイでの生産計画

ネガティブな要因 と ポジティブな要因

(5)中国系のEVの現地生産によるサプライチェーンへの影響は限定的か?

中国系メーカーの進出により、EV関連のサプライチェーンがタイで今後どのように発展しているのか関心が高い。EVの部品点数は元々内燃機関の4割程度と言われており、しかも当面はほとんどの部品が中国からのノックダウンで輸入されていることから、EV関連のサプライチェーンの広がりは当面限定的とみられる。タイでは40%以上の国産化率が義務付けられ、またモーター、バッテリーマネジメントシステム(BMS)などの基幹部品の現地化が求められているが、最大手のBYDは本国でバッテリー、半導体、モーター、BMSを含めてほとんどの基幹部品を内製化していることから、BYDの系列会社を連れてきて自社工場内で最終加工・組付けする可能性が高い。中国メーカーは本国から安い部品を調達して、現地では最低限の組み付けにとどめることが望ましい。

日系に比べてコストの安いローカルメーカーには一部のボディ部品などが外注される可能性は残されているが、金型は中国から調達し、現地ではスタンピングや塗装などの最終加工のみといったようなプロセスにとどまるだろう。中国メーカーがより本格的に現地化を進めるのは、20万~30万台以上の量産規模が達成してからであると想定される。

(6)日系メーカーのシェアの低下に拍車をかけるディーラーのくら替え

24年以降も、日系メーカーのシェアの一層の低下は避けられないように見える。その傾向を助長しているのが、最近のディーラーの動向である。BYDなどの中国勢の進出と好調な販売を目の当たりにして、EVに商機を見たディーラーが日系から中国勢に続々とくら替えするケースが相次いでいる。例えば、日産のメインディーラーであるSiam Motorsを経営するPornprapa一族はBYDの独占的なディストリビューターのReverとなったことは記憶に新しい。地方のディーラーでもその傾向がみられ、長安汽車の「Deepal」のコンケーン県のディーラーは、日系メーカーの大手ディーラー出身であるとみられる。

それに加え、優秀なセールス人材も、売れる中国ディーラーに流れているという話が関係者から聞き漏れてくる。つまり、中国系のEV市場参入により有力なEV商品を持たない日系のシェアが下がり、それがディーラー離れを引き起こし、さらに日系のシェアがダウンするという悪循環が起きようとしている。例えば、野村総研タイがシンガポール日本商工会議所向けに発表した資料では、中国系のシェアは22年現在の5%から28年までに24%までの上昇を予測している。このままいけば、日系メーカーの何社かはタイ市場から撤退する可能性もあるだろう。

ネガティブな要因 と ポジティブな要因

中国メーカーの国産化戦略

日系メーカーの巻き返し策

EVのゼロベースの開発とその中継ぎとしてのハイブリッドの再強化

以上のような中国メーカーのEVでの攻勢と直近の日系のシェアダウンに対して、日系メーカーはどのような巻き返したらいいのか。そのカギとなるのが、24年1月10日、ラスベガスで開催されたCESでホンダが発表したEVのグローバルモデル「0(ゼロ)シリーズ」だろう。現在のEV市場はコスト・スペック競争が激化しており、既に中国勢にコストではもちろんのこと、スペックでも後発の日系としては充電距離の長さなど既存のスペック競争で差別化することも難しい。そこで、ホンダは「既存のスペック競争には参加せず、EVをゼロベースで作ること」を宣言した。26年から北米で展開を開始する。トヨタも同様に、26年を目処にEV向け次世代プラットフォームを開発する。また、27年から全個体電池を搭載したモデルも投入する予定だ。

さらにFCV(燃料電池)、水素エンジンなどの開発・商品化を進めることで、真の「マルチパスウェイ」を展開していくことは望ましいが、技術難度はさらに高いことから、より長期の30年以降の課題となる。

これら新しいプラットフォームのEVの展開が開始する26~27年まで、日系メーカーは持ちこたえられるのか。その間に手を打たないと、中国にシェアを奪われ、挽回の余地が難しいほど地盤沈下が進む可能性がある。23年末から24年初めにかけて、トヨタとホンダがEVの現地生産を始めるが、既存のラインでの生産が予定されており、本格的な量産とは言い難い。しかし、EVで大きなシェアを取れなくても、日系のEVのサービスの良さ、バッテリーの耐久性などで他社とうまく差別化することができれば、今後のEVでの日系の巻き返しのスタート地点に立つことができる。

日系の中国メーカーへの対応策・EV挽回策

短期のスパンでみれば、日系が強みとしているハイブリッドのコスト競争力を再強化することも選択肢としてありえる。世界の動向やタイのEV奨励策と逆行しているように見えるが、EVの普及が壁にぶつかれば、HEVが再評価される余地はある。実際に、米国では昨年、ハイブリッドの販売が伸びた。中国では昨年後半以降にPHEVの販売が伸びている。現状ではEVは補助金が支給されていることから、補助金を受けて70万バーツ以下のBYD「Dolphin」と比べると、ホンダ「City e:HEV」は76万9,000バーツであり、割高である。そこで、部品の現地化と量産化を果敢に進めて、コストを引き下げることが重要だ。また、製品の価格競争力に加えて、アフター・サービスのコストを引き下げ、ユーザーのTCOを引き下げることが望ましい。ホンダは、昨年末に5年間のサービス・パーツ無料キャンペーンを展開している。EVのローンチに比べると、地味な取り組みではあるが、日系が強みとしているアフター・サービスをフルに活用した戦い方として注目される。

最後に

中国メーカーの追い上げは激しい。このままいけば、日系メーカーの何社かはタイから撤退する可能性もあり得る。しかし、タイユーザーの日系ブランドに対する信頼は高く、短期的には中国系に対して差別化できる商品およびサービスの展開や、サービスを含めたコストの引き下げによりユーザーのTCO(Total Cost of Ownership)への訴求を強める。さらに長期的には、既存のスペック競争に距離を置いた新しい製品・技術軸を打ち出せば、日系は挽回できる可能性は十分にある。

寄稿者プロフィール

野村総合研究所タイ

  • プリンシパル 山本 肇t
  • 野村総合研究所タイプリンシパル 山本 肇

    国内のシンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。06年からCSM Automotive(後にIHSに改称)のバンコクオフィスのダイレクター。13年から野村総合研究所タイに勤務。アセアンの自動車産業の調査(設計開発、サプライチェーン、市場戦略など)、産業政策策定支援を専門としており、野村俊郎・山本共著『トヨタの新興国適応~創発による進化~』などの著書あり。

野村総合研究所タイ

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua, Wattana, Bangkok 10110
TEL: 02-611-2951
URL: www.nri.co.jp

アジアとともに未来を創るスタートアップと創造都市

地政学的リスクの顕在化が進んだ世界経済

世界を震撼(しんかん)させた新型コロナウイルス感染症による混乱も約3年の時を経て収束を迎えたことで、世の中もようやく落ち着きを取り戻しつつあるように見えました。しかし、2022年初頭からはじまったウクライナ戦争はまったく終息の見通しが立っておらず、米中対立のエスカレーションや中東情勢の悪化によって、世界を取り巻く情勢はこれまで以上に厳しいものになっています。さらに日本やタイを含む東アジアでは台湾有事の懸念、北朝鮮によるミサイル発射問題など多くの脅威にさらされています。自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific, FOIP)の実現には、あらゆるレベルでのASEANとの戦略的互恵関係の構築が不可欠であり、そうした認識をより一層共有していくことが重要となります。

2024年の事業を展望するにあたり、上記のような地政学リスクや経済安全保障に関するリスクの顕在化への対応を避けて通ることはできません。国家間の緊張や地域紛争などによるリスクは、企業経営では原材料の調達問題や物価の高騰などへとつながることから、グローバルサプライチェーンの再構築が急務になっています。もちろん、これまでも東南アジアやメコン地域での事業展開に際しては、各国の政情不安、ハイパー・インフレーション、洪水や地震など、自然災害への対応などについてのリスクを勘案したうえでリージョナルサプライチェーンの構築が進められてきました。私たちも産官学が協力することで、製造業におけるタイプラスワン戦略や日タイ・日メコンでの戦略的互恵関係の構築に向けて、さまざまなプロジェクトに取り組んできました。こうしたプロジェクトは、地域事業戦略としての意味合いのみならず、自然災害への対応としての危機管理マネジメント、中国の影響力に対するリスク分散、グレーターメコンサブリージョン(GMS)構想などの意味合いもあり、企業レベルに留まらずメコン地域における日本の立ち位置を確保していくための取り組みでもありました。残念ながら、このような私たちの危機意識は、企業レベルでのコスト削減の一環としてのリージョナル戦略という意味では広く製造業を中心に浸透したものの、国家や国民の安全を経済面から確保していくという「経済安全保障」という意味では、必ずしも広く共有されたわけではありません。しかし、直近の数年間で世界情勢が急激に悪化したことにより、現在では多くの人がこうした問題意識や危機意識を「当事者」として共有することができるようになりました。


近年の危機

国際情勢の緊迫化によって揺らぐ秩序

東西冷戦の終結後、多くの貿易協定が締結されることによる自由貿易の推進が世界経済を発展させるとの考えのもとで進められた貿易の自由化は、米国を中心とする先進工業諸国や中国経済発展にも大きく寄与するとともに、ASEAN諸国もこうした恩恵を少なからず受けてきました。米国を中心に経済的な開放性を促すことによって各国の自由な交易を促進し、さまざまな国際機構を通じて政治的な互恵性を高め、ルールに基づく国際秩序の構築を通じて国家間の関係性が深まることが期待されていたのです。そこでは、力の支配ではなく法の支配によって国際紛争は平和的な手段で解決されると考えられていました。

しかし、自由な経済活動の拡大が互いの国家を豊かにし、経済的な結びつきと法の支配に基づいた秩序によって戦争によるコストを増大化させて、軍事を相対化させるという第二次世界大戦以後の米国を中心とした国際社会の取り組みはここ数年間で一気に後退してしまいました。また、リーマンショックやコロナ禍によって、米国などの先進国においても国内の不況や貧富の格差の拡大の不満が高まり自国主義が強まったことで、そうした不満のマグマはグローバル化した経済や経済的リベラリズムに対する反発の高まりへとつながることになったのです。

国際情勢の緊迫化によってルールに基づく秩序が大きく揺らいだことに、再びパワーポリティクスが台頭し、経済活動もまた政治的な駆け引き材料として用いられるようになってしまいました。こうした中、企業経営においても、地球温暖化問題やパンデミック(世界的大流行)や自然災害といった危機への対応に加えて、国家間・地域間の対立をはじめとする紛争の危機という重層的かつ複合的な危機への対応が不可欠となっています。残念なことに、世界各国が協力してよりよい社会、誰もが平和に暮らせる世界へと単線的に発展していくわけではなく、私たち人類はまるで歴史をさかのぼりながら韻を踏んでいるかのようです。

このような危機的ともいえる現在の状況を悲劇にしないために、私たち一人一人が何をすべきなのか、何ができるのかを考えることが大切です。過去800年間にわたって危機の歴史を研究してきた元IMF(国際通貨基金)チーフエコノミストでハーバード大学教授のケネス・ロゴフ氏は著書『THIS TIME IS DIFFERENT:Eight Centuries of Financial Folly』において、多くの人はもっともらしい理由があれば、「今回だけは違う(this time is different)」と思い込み、危機に正面から向き合わない傾向があると指摘します。その結果として、危機の兆候があるのに、そこから目を背けることでそれが深刻な危機へと発展してしまうことになると警鐘を鳴らします。日本やアジアを取り巻く国際情勢においても「日本は大丈夫」、「誰かが何とかしてくれる」といった問題意識・危機意識の欠如が深刻な危機へとつながる可能性があることを企業経営においても想定しておかなくてはならないでしょう。「危機」を「悲劇」にしてはならないのです。

ASEAN有識者の見解と日本のプレゼンス

地政学リスクの顕在化と経済安全保障が複雑性を増していく中で、日本にとってのASEANとの関係性の構築の重要度は高まっています。こうした中、ASEAN諸国からみた日本・米国・欧州・中国との関係性はどのようなものでしょうか。この点について、シンガポールにある東南アジア研究所(Yusof Ishak Institute〈ISEAS〉)の大規模サーベイ調査「The State of Southeast Asia 2023」を取り上げてみてみましょう。本調査ではASEAN各国の学術機関、政府機関、シンクタンクなどに所属の有識者1,300人に対して、ASEANがおかれている現状や直面している課題などに関する質問を行っています。この中で、「東南アジアで最も経済的に影響力がある国は?」という質問がありますが、第1位は中国(59.9%)が最多で、第2位の米国(10.5%)や日本(4.6%)、韓国(1.0%)を圧倒しています。ただその一方で、「その経済的脅威が自国に及ぼす影響についてどう思いますか?」という問いには、当該地域に対する中国の影響力が拡大に対して64.5%が懸念を示し、歓迎すると答えた35.5%を大きく上回りました。そして、米国の経済的影響については歓迎するが65.7%で、懸念するが34.3%となっています。

また、同地域に対する政治的・戦略的影響力が大きい国についての質問では、中国(41.5%)、米国(31.9%)、日本(1.9%)、韓国(1.7%)という結果となっています。そして、政治的・戦略的影響が自国に及ぼす影響については、中国が自国の政治的・戦略的脅威になり得ることに対しては懸念すると答えた割合が68.5%に達し、歓迎すると答えた31.5%を大きく上回っています。

こうした結果からもASEANの有識者は政治的影響力や経済的影響力を強める中国に対しての警戒感を強く持っていということが分かります。また、米国に対する政治的・戦略的影響力については、歓迎するが55.8%で、懸念するが44.2%となっており、米中の対立に巻き込まれたくないという思惑が見え隠れします。この他には、「ルールに基づいた秩序を維持し、国際法を守るためにリーダーシップを発揮できると最も信頼できる国はどこですか?」との質問に対しては、米国(27.1%)、EU(23.0%)、日本(8.6%)、中国(5.3%)という結果となっています。

このようにASEANの有識者は、経済面で中国への依存度が高まっていることから、中国との経済的な関係を可能な限り良好に維持したい一方で、依然として政治面では中国に対する警戒感は強く、米国やEUとの関係性も重視していくという実利主義的なスタンスを保っていることを理解することができます※1。

ただ、残念なことに、少なくともASEANを代表する1,300名人の有識者の見解としては、米国や中国と比較した場合の日本の政治・経済の両面におけるプレゼンスや期待は総じて低いと言わざるを得ません。また、ルールに基づいた国際秩序を守るための日本のリーダーシップに関しても、米国と欧州と比較してもケタ違いに日本への期待が小さいということが分かるでしょう。

※1 石川幸一(2023)「中国とASEANの経済協力と行動計画(2021−2025)」『世界経済評論インパクトプラス』第22号、http://www.world-economic-review.jp/impact/plus/impact_plus_022.pdf(2023年12月2日閲覧)を合わせて参照ください。

東南アジア研究所の大規模サーベイ(2023年)

競争力が弱まっていく日本と成長するアジア諸国

こうした見解は、日本人としては少し寂しい気もしますが、日本の名目GDPは日本の人口の3分の2であるドイツ(約8,000万人)に抜かれて世界第4位となり、数年後にはインドに抜かれて第5位になる見込みです。日本の人口は世界で第11位ですが、国の平均的な豊かさの指標である一人当たりGDPでは世界で31位となっています。この順位は円安が反映されていない時点ですので、円安の値が反映される来年度はさらに数値は悪化することになりますが、実は円安は問題の一部でしかありません。アジア開発銀行の資料によると、2000年から2022年度までの生産年齢人口当たりの実質GDPの成長は日本が30%成長なのに対して、韓国や台湾はそれぞれ約200%と210%となっており、デフレや円安のみの問題ではないことが分かります。日本は少子高齢化や円安の影響を差し引いた実質ベースでの成長率も低く、数量ベースでの付加価値創出の弱さが停滞の大きな問題となっているのです。中国に名目GDPを抜かれた後も日本との差はあっという間に大きく広がり、いまやGDPの差は約4倍に開き、中国の国防費は日本の3~4倍となっています。

このように年々、競争力が弱まっていく日本ですがIMD世界競争力年鑑(2023年)においても、過去最低の35位となっています。そして、欧米諸国や中国・韓国・マレーシアだけでなく、気がつくと遂にタイの後塵(こうじん)を拝する結果となっています。さらに、インドやフィリピンもすぐ後ろに迫っているということに、皆さんはお気付きでしょうか。

IMD世界競争力年鑑 2023年版(64ヵ国中)

「政府効率性」と「ビジネス効率性」が低い日本

ここでIMDの競争力の指標についてもう少し詳しくみてみましょう。まず日本と他のアジア諸国を比較すると、日本は「政府効率性」に加えて「ビジネス効率性」の順位が低いことが分かります(次頁図表3)。政府効率性の順位が悪いのは日本人であれば既に多くの方々が理解していることだと思いますが、なんとビジネス効率性は政府効率性と比べても、さらに低いランクとなっています。ちなみにビジネス効率性は、生産性・効率性、労働市場、金融、経営プラクティス、取り組み・価値観の指標を総合して作成されていますが、いずれの評価項目においても非常に低くなっています(次頁図表4)。日本のビジネスパーソンであれば、「そんなことはないはずだ!」と思われるかもしれませんが、それぞれの評価項目の中身をみてみると、各生産性の低さ、デジタル対応への遅れ、企業の俊敏さや経営者の能力、取締役会の効率性、起業家精神や起業家活動の低さ、グローバル化への対応や社会経済の変革意識など、いずれも日本(企業)が強いとは言えない部分であることが分かります。

IMD世界競争力年鑑2023年版「総合順位」の内訳(64ヵ国中)

日本経済の成長期を知る中高年以上の方々にとっては、こうした現実を直視するのはなかなか難しいことかもしれません。もっとも、アジアや世界でご活躍の本誌の読者の皆様は、年々低下していく日本のプレゼンスを肌感覚で理解されていると思います。とは言いつつも、改めてこうしたサーベイの結果を目の当たりにすると、少し残念な気持ちになってしまうのは私だけではないはずです。ですから、こうしたサーベイに拒絶反応を起こす人がいることも理解できますし、講演などでこうした話題が出るとランキングのつくり方がおかしいと怒り出す人もいます。もちろんランキングには、さまざまな問題があることも確かなのですが、同時に多くの指標で日本のプレゼンスが低下していることも確かなのです。日本には日本の良さがあり、日本はそうしたランキングでは数値化することのできないような資源を有した素晴らしい国であることには変わりがありません。ただ、それは他の国も同様で、タイにはタイの良さがありますし、中国にもそれぞれの素晴らしいところがあります。

IMD世界競争力年鑑2023年版「ビジネス効率性」の内訳(64ヵ国中)

選ぶ立場から選ばれる立場への転換を受け入れること

大切なことは、日本の企業や大学が選ぶ立場からアジアから選ばれる立場へと転換しているという現実を謙虚に受け入れる姿勢です。こうした現状を受け入れたうえで、影響力や支配力といったハードパワーのみではなく、選ばれる魅力につながるソフトパワーを磨いていくことが重要となります。これは高度職業人材をめぐる獲得競争のみではなく、現場での労働者やオフィスワーカーそして海外からの出稼ぎ労働者を日本へ受け入れる際にも同様です。日本で働きたいという東南アジア諸国の方々は年々減少しています。経済産業省の資料によると、一般的な部長職の給与は既にタイ企業が日本企業を上回っており、私も参加したリクルートワークスの調査では、管理職となる年齢も日本より10歳ほど若くなっています。先日、ある日系メディアの方々とご一緒しました「はじめてこの話をした8年前には衝撃を受けましたが、今では当たり前になってしまいましたね」と話されていたことが印象的です。いまやニューヨークのフードデリバリーサービスの最低賃金は17.96ドル(2,716円)で、オーストラリアの最低賃金は23.23豪ドル(2,228円)なのに対して、東京は1,113円です。タイ人とベトナム人の日本への旅行者は平均で1日当たり2.2万円消費しますが、日本からタイの旅行者は2.0万円で、ベトナムでは1.9万円です。ASEANの上位中間層人口はこの15年間で約2.6倍の1億8,600万人になっており、富裕層も3倍となっています。日本のビックマックの値段(2.83ドル)でも、2023年には中国(3.56ドル)、タイ(3.5ドル)、そしてベトナム(2.95ドル)にも抜かれてしまいました※2。

過去の栄光に浸りその頃の自慢ばかりしている人が魅力的でないのと同様に、今現在の日本の現実を直視し、反省すべきは反省して、学ぶべきところは学ぶという当たり前の姿勢が求められます。もはや、過去の日本経済の成功の余韻に浸っている余裕はないのです。

※2 藤岡資正『週刊東洋経済』12月2日号の記事を参照下さい(「日本はタイやベトナムより豊かだ」という幻想 スシローも大戸屋も日本で食べるより高い | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net))。

イノベーションの担い手としてのスタートアップ

国際情勢が混沌(こんとん)とする中、グローバル化やデジタル化への対応に加えて経済の新陳代謝の促進などを進めていかなくてはなりません。こうした中、タイでは、「タイランド4.0」、「BCG経済」など、さまざまな産業政策のコンセプトが打ち出されています。現在、タイ政府は先進国入りのためにイノベーション駆動型の経済構造への転換を目指し、掲げている「タイランド4.0」では、タイ王国の国家戦略(2018―2038年)の根幹として「足るを知る経済の哲学」(Philosophy of Sufficiency Economy)を位置付け、基本的な手段としてテクノロジーとイノベーションを捉えています(NESDB, 2018)。イノベーション駆動型経済への鍵は、イノベーション駆動型企業、つまり科学、テクノロジー、イノベーション、創造性を活用して高い成長とビジネスの持続可能性を達成するビジネスの創造にあります。そのため、タイ政府は国内総研究開発支出をGDPの2%まで引き上げ、売り上げ10億バーツ以上のイノベーション駆動型企業を1,000社創出し、また、時価総額10億ドル以上で株式未公開のユニコーン・スタートアップ企業を5社以上創出することを目標としています。さらに、さまざまな分野にわたって創造性と優れた研究を促進する環境を作り出すことを目的とした国家科学技術イノベーション政策局(National Science Technology and Innovation Policy Office)を立ち上げています。

「タイランド4.0」とは、タイの伝統的な産業をイノベーティブな価値重視の産業に変革することを目的とした包括的な経済モデルであり、東部経済回廊(EEC)や投資委員会(BOI)の奨励金などのさまざまな取り組みはそれを支えるものです。中でもバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルは、持続可能でバランスのとれた発展を促進することを目的として、タイ政府が最近最も推進している新しい経済モデルの一つとなっています。

タイを先導する経済系出身のグローバルな閣僚たち

最終的な実現可能性は別としても、タイ政府の意図する方向性は、意外といっては失礼ですが、「ロジカル」かつ「戦略的」だと感じられる方は多いのではないでしょうか。それもそのはずで、2000年代以降、タクシン前首相のグループの流れを受け継いだ経済系の閣僚をみてみるといずれもグローバルクラスの高度な専門人材であることが分かります。例えば、ソムキット氏(元副首相で、商務大臣など多くの閣僚経験)、スビット氏(元商務大臣ほか閣僚を歴任)はいずれもノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院で世界的なマーケティング研究者であるフィリップ・コトラー教授のもとで博士号を取得しています。なぜ、ビジネススクールの出身者が閣僚なのだろうと思われる方も多いと思いますが、企業経営者でもあるタクシン前首相は、在職時に国を企業組織に例え、首相を社長、大臣を事業部長として位置付けたうえで、国家戦略を経営戦略に例えました。そして、経営戦略論の大家であるハーバード大学のマイケル・ポーター教授をアドバイザーに据え、チュラロンコン大学サシン経営大学院などと協力して国家戦略を策定しましたが、その際のサシン経営大学院のチームに当時サシンの教員であったスビット前大臣も含まれていました※3。ソムキット前副首相もNIDAの教授を務めていましたし、タクシン派ではないですが、現在のタイ中央銀行総裁のセタプット氏もサシン経営大学院の教員であり、イェール大学の経済学博士、コブサック氏(元首相府大臣)はMIT(マサチューセッツ工科大学)で博士号を取得しています。

世界が混沌(こんとん)とする中で高度知識人材の登用は当たり前のことだといえますが、例えば、コロナ禍でリーダーシップを発揮したことで知られる台湾デジタル担当大臣のオードリー・タン (唐鳳) 氏のことを覚えている方も多いのではないでしょうか。日本では、IT大臣と紹介されることが多かったようですが、本人は、ITとは機械と機械をつなぐものであり、デジタルは人と人をつなぐものであり、両者は全く異なるものだと訂正を求めたことでも知られています。そして各国のメディアに対しても、デジタル担当大臣としてのビジョンを以下のように説明しています。

* * *

When we see “internet of things”,
let’s make it an internet of beings.

When we see “virtual reality”,
let’s make it a shared reality.

When we see “machine learning”,
let’s make it collaborative learning.

When we see “user experience”,
let’s make it about human experience.

When we hear “the singularity may be near”,
let us remember: the plurality is here.

* * *

すごく簡潔にポイントをまとめるならば、結局はデジタル化というのは、決してデジタルがそれ自体で単独で進展していくのではなく、デジタルの向こう側には私たち人間がいることを忘れてしまってはならないというメッセージです。こうしたグローバルに通用する高度知識人材は、官僚が作成した政策に基づいて事前に準備をされた原稿を読み上げるのではなく、自らの知識に基づいて自らの言葉で自らの職務を語ることができるのです。

魅力ある都市の創出:スタートアップエコシステムとイノベーション※4

※4 スタートアップに関する議論は、2024年発売予定の藤岡資正「スタートアップの本質とエコシステム」『スタートアップビジネスMBA講座』同文館をご覧ください。

 日本、韓国、台湾など、東アジア諸国は国内資本主導で工業化を推進し、研究開発が国内で行われ、技術が蓄積されてきたのに対して、タイは日本を筆頭に外資の受け入れによって工業化を推進してきたことから、タイ国内での主要な技術の蓄積が不十分であることが指摘されてきました。実はタイ経済は10年ほど前から、労働力増加やインフラなどの資本蓄積による成長が限界に近づいています。このため、イノベーションを促進させるために、研究開発などの知的集約度の高い機能・工程にフォーカスした産業高度化を図ろうとしています。

それでは、なぜタイにとってイノベーションが大切なのでしょうか。これまでアジアで先進国の仲間入りを果たした国々は、対米全要素生産性(TFP)の割合を向上させてきたということが分かっています。国の経済成長は、生産要素である資本及びおよび労働の増加とTFPの伸びによって説明されることになるのですが、このTFPという指標は、経済成長のうち資本投入と労働投入では説明することのできない残余部分であるといえ、私たち研究者は、TFPをイノベーションの代理指標として用いたりします。つまり、生産性ドリブンの経済構造からの脱却には、イノベーションを通じてTFPを高めることが重要となるのです。こうした中、タイ政府は社会の変革を主導し、急成長していくプロセスで経済構造の転換を促す存在としてスタートアップの支援に力を注いでいます。こうした政策もあり、投資を受けるスタートアップは、金額・案件ともに2012年から2021年の間に4社から57社へと10倍以上に増加しています(図表5)。ちなみに、過去20年間にタイで新しく起業された事業の上位はフィンテック、電子商取引、ビジネスソリューション、ブロックチェーン、教育テックとなっています(図表6)。

タイにおけるスタートアップ投資件数

タイにおける産業別スタートアップ投資件数(2001‐2022)

近年では日本でも社会経済全体でスタートアップに対する期待値が高まっています。スタートアップといえば、「GAFAM」と呼ばれるGoogle、 Apple、Facebook、Amazon、 Microsoftが有名ですが、実際にこれら高成長したスタートアップは、米国の株式市場の成長や新規雇用の創出に大きく貢献しています。例えば、「GAFAM」を除くS&P500指数は過去10年でほとんど横ばいであり、TOPIXとそれほど変わらないことが分かります(図表7)。対照的に「GAFAM」は、この10年で10倍近くに株価を伸ばしています。そして、いうまでもなく新規雇用にも大きく貢献しています。

日本(TOPIX)と米国(S&P)における直近10年間の株式市場のパフォーマンスの推移*

それでは日本におけるスタートアップはどうでしょうか。雇用面について設立後年数別の従業員者数の純増減を2009年から2014年までの間でみてみると、設立後0~9年の企業から255万人の従業員数増加が見られる一方で、設立後30年以上の企業からは、258万人の従業員数減少が確認されています(図表8)。身近な例を挙げると、例えばフリマアプリで有名なメルカリ社は2015年から2018年の間に従業員数が329人から1,826人と5.6倍に増加しています(図表9)。スタートアップの成長には、多くの人材が必要であり、それだけ多くの雇用を生み出すということが分かります。このように起業は新たな雇用の創出という面で設立後10年以上の企業と比べて大きく貢献していることが分かります。

日本企業の設立後年数別従業者数の純増減

メルカリ社の従業員数と売り上げの推移

スタートアップ・エコシステム(生態系)を構築

こうしたスタートアップの育成には、スタートアップ・エコシステム(生態系)を構築することが重要となります。エコシステムとは生物学の用語で、生物とそれを取り巻く環境が生産と消費の循環を通じて、相互作用しながら反映する自然界のシステムを表すものです。ここで重要な視点は、スタートアップの成功は、エコシステムの中で環境を含めたさまざまな要因が協調して組み合わさることで生み出される成果であるということです。つまり、スタートアップを生み出すには、それに適したエコシステムが構築されている必要があるということです。実際にイノベーションを通じて社会経済のパラダイム変革をもたらしてきたスタートアップの誕生は、世界を見渡しても一部の特定の都市(もしくは大都市圏)に偏っていることが分かります。

高密度で研究機関や企業や専門家が集積する大都市の重要性

大都市の重要性はこれまでも指摘されてきましたが、その理由の1つが、限られた空間に高密度で研究機関や企業や専門家が集積することで期待される外部経済性です。それぞれのアクターの間での専門知識や技術が共有・共創されることで産業や経済の成長が促進される外部効果は知識や技術のスピルオーバー現象とも呼ばれ、有名なものとしては、マーシャル・アロー・ローマ型の外部性(マーシャル外部性)があります。マーシャル外部性は同業種の同一性の高い産業集積による外部性を説明するものであることはよく知られていますが、ジェイコブス型外部性もイノベーションや創造的な都市の創出には重要となります。ジェーン・ジェイコブスは、名著『アメリカ大都市の死と生』(原著:The Death and Life of Great American Cites)の中で、1950年代のアメリカ諸都市におけるスクラップ・アンド・ビルド型再開発とゾーニングによる都市計画が都市の衰退の要因となったことを指摘しています。彼女は人間的な魅力ある都市の特徴として多様性が不可欠で、多様性は大都市に住む人々の安全や暮らしやすさにとっても重要であり、都市が発展するための条件として図表10の4つが提示されています。

都市が発展するための条件

こうした多様性に依存しながら老舗の中小・零細企業が都市に存立可能となり、それ自体さらなる多様性の余地を生み出すことによってより一層多様性が促進されていくことになります。つまり、中小企業の存在そのものが多様性の源泉となると考えられるのです。ジェイコブス型外部性(Jacobs externality)は、異なる業種に属する多様な企業が集まる「都市」という集積がイノベーションにとってインキュベーション的な役割を果たすことを示しています。彼女は、地域特化ではなく最も重要な知識は同種の産業以外からもたらされる「異花受粉効果」(cross-fertilization effect)として、多種多様な産業集積がイノベーションを促進するという多様性の外部経済の可能性を示しています。

このように、結局は、優秀な人材、創造的な人材、多様な人材や企業が集積するような魅力ある都市を創造していくことが大切になるのですが、そうした人材は文化資源の豊富な場所に集まります。文化資源は老舗、歴史的建造物や庭園、文化的な祭りや食事や芸能、博物館や資料館、大学など研究機関といった豊かな土壌に根差しており、過去と未来をつなぐ模倣困難な資源なのです。農作物においても豊かな土壌を育むには時間がかかりますが、文化的資源を醸成するために大量消費大量生産の工業化システムに組み入れてしまうと、人工的に土地に農薬を大量投下された土地がやせ細ってしまい回復不可能となるように、都市の魅力は減退してしまうことになります。

日本企業、日本のビジネスパーソンとしての存在意義と魅力とは何か

情報化技術の進展やロボティクス、そしてAIが世界を席巻する中、日本企業として日本のビジネスパーソンとしての存在意義と魅力とは何なのでしょうか。ネット社会ではすべての商品が情報商品となっていきますが価値共創には必ず現地の生活者との日々の日常での接点(コンタクトゾーン)が必要となります。つまり、市場(マーケット)での交換取引のみではなく、そこに人と人の関係性が構築される場が創出される必要があります。

古いたとえで恐縮ですが、鉄腕アトムはロボットですが、人間のココロを持つが故に苦しみ悩みを抱えます。ドラえもんも未来では不良品とされるネコ型ロボットですが、私たちと同じように感情をもっています。こうした人間のココロや感情はその一瞬の時々や文脈で移り変わるという意味で捉えどころのないものであると同時にどこか普遍的なところもあります。こうした人間としての温かみやぬくもりを感じることができるビジネスパーソンや技術者の育成をしてきたのが、かつて日本の成長を支えてきた日系企業であったような気がします。アジアを代表する企業家である松下幸之助は、松下電器は何をつくっているところかと尋ねられたら、「松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具もつくっております。こうお答えしなさい」と言っていたそうです。そして「事業は人なり」ということで「物をつくる前に人をつくる」ことが大切で、「単に技術力のある社員や営業力のある社員を育成すればよいというのではなく、自分が携わっている仕事の意義、社会に貢献するという会社の使命をよく自覚し、自主性と責任感旺盛な人材を育成すること、いわば産業人、社会人としての自覚をもった人間を育てることが企業の社会的責務である」と考えていたといわれます。

インターネットを通じたソーシャルネットワークが世界中に浸透したことによって人々は物理的に離れたところでもリアルタイムで情報交換をすることが可能になりました。このこと自体は良い側面もありますが、リアルの世界と大きく異なることは、バーチャルの空間で自分の世界に閉じこもることが可能となったことで、自由に世界中の人々と開かれた交流していると錯覚をしているだけで、実はネット空間では自分と価値観を共有している人たちのみでのより閉鎖的な交流となる傾向があります。そのため異なる価値観や意見を有したコミュニティー間での建設的な交流が行われることが少ないという指摘もあります。日本企業はグループ内の結束は高いが、外とのつながりが弱いという指摘はこれまでもなされてきました。一方で、変化への対応が強くイノベーションが起こりやすいのは、コミュニティー間での強い結びつきではなく、弱い結びつきであることも指摘されています※6。いずれにしても、こうした分断されたコミュニティーを越えて人々を結びつける「接着剤」の役割を果たすのが理念やビジョンといった目的であり、これらを多様な価値観を有する人が集まる空間で共有するための場の創出をどのようにして企業が担うことができるのかが大切になります。製造業も労働集約型から資本集約型そして知識集約型に移行しつつありますが、サービス業も肉体労働から感情労働へと移っていくのかもしれません。

※6  社会学者のグラノベッター(1973)は、これを「弱い結びつきの強さ」と呼んでいます。

 企業の製品・サービスの差別化が十分に行われていない競争環境では、顧客は最終的に値段(価格)で購買の決定をすることになります。ただし、このように顧客が購買理由を価格に帰属させるようになると企業の戦略的ポジショニングは脆弱化していくことになります。そうした事態を避けて顧客との価格以外の接点を構築するには、価格以外のものに購買理由を帰属させるために市場へ関係性を導入する必要があります。関係性の構築には人間性が求められ、ロボットやAIには代替されることのない人間としての判断の重要性が高まってくるのではないかと思います。優れたソフトウェアとコンピューターがあれば計算することができる意思決定では代替不可能な実践、つまり数字や文字では表すことのできない自らの「心」で感じることのできる主観を伴う判断が大切になるのです。

最終的には「ハッピー」であること

いずれにしても、日進月歩で進んでいく技術はそれそのものでは価値を生み出さないため、新たな技術を用いて何を成し遂げたいとかという目的が必要になります。つまり事業の目的、人生の目的や志がなくてはなりません。あらゆる技術はハイテクであると同時に、ハイタッチでなくてはなりませんし、何よりそれを用いる人間がそうした技術を管理することができなくてはならないのであって、最終的には世の中がハッピーにならなくてはならないのです。

寄稿者プロフィール

チュラロンコン大学
サシン経営大学院日本センター所長
明治大学専門職大学院教授

  • 藤岡 資正 プロフィール写真
  • Professor Takamasa Fujioka, PhD. 藤岡 資正

    英オックスフォード大学より経営哲学博士・経営学修士(会計学優等)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター兼MBA専攻長、ケロッグ経営大学院客員研究員などを経て現職。NUCBビジネススクール、早稲田ビジネススクール客員教授。神姫バス(株)社外取締役、アジア市場経済学会会長、富山文化財団監事などを兼任。

サシン経営大学院
チュラロンコン大学サシン経営大学院
1982年設立。提供される学位の多くがケロッグ経営大学院とのジョイントディグリーである点が特徴的で、特にマーケティングとファイナンスの分野に強みを持っている。MBA、EMBA、HRM、HRMディプロマ、PhDなどの学位プログラムを有しており、正規生として毎年約700名が在籍している。

メコン5の2023年の振り返りと2024年の見通し

 みずほ銀行バンコック支店メコン5課が発行する企業向け会報誌『Mekong 5 Journal』よりメコン川周辺国の最新情報を一部抜粋して紹介

メコン5の2023年の振り返りと2024年の見通し

メコン5編集室|バンコック支店

はじめに

2023年は観光などコロナ禍で落ち込んだ産業が共通して復活を遂げる一方で、EVの浸透や製造業の製品多角化などコロナ前に戻るにとどまらない発展も各地で垣間見えた。今後は財政状況や投資誘致施策など各国固有の事情を背景とした、より個別性の高い経済成長模様が見られるであろう。

23年及び24年のメコン5各国GDP成長率見通しは各国ともにコロナ前の水準へ回復するという予測であるも、細かくみると23年の成長率は昨年予測未達になるなど、自国の事情だけでなく大国経済の影響を受けやすい地域であることも伺える。

本特集では、メコン5各国の23年を、経済動向、各国独自のトピックをもとに振り返るとともに、24年は各国がどう成長し、何が課題となるのかなどについてメコン5編集室のメンバーが解説する。

メコン5各国GDP成長率(前年比、%)

ミャンマー-副編集長代理 井原 諒人

ミャンマー

2023年の振り返り

▶︎ 経済動向

21年2月の政変以降、非常事態宣言が今も尚発出され不透明な政治・経済情勢が継続しており、23年8月までに実施すると公約されていた総選挙は国内の治安悪化を背景に延期となった。23年10月27日にはミャンマー北東部の少数民族武装勢力による国軍への一斉攻撃が発生。この戦闘の広がりにより、政治・経済情勢の先行きは更に見通せない状況となっている。
また、国内紛争により国境貿易は停滞し、輸出不振に伴う貿易赤字の拡大や輸送路の封鎖に伴う物流コストの増加でインフレ圧力が強まっている。貿易赤字の拡大に伴い外貨調達環境は厳しさを増しており、医薬品等の輸入品の在庫不足や燃料調達が市内で困難になる等悪影響を及ぼしている。係る中、23年10月に国軍は国外で働くミャンマー人労働者から徴税を行うことを発表するなど新たな外貨収入源の確保を狙った動きも出てきている。そうした結果、23年12月12日に世界銀行はミャンマーの23年度(23年4月~24年3月)の実質国内総生産(GDP)成長率は1%にとどまるとの見通しを示した。

▶︎ 2024年の見通しと課題

24年度のGDP成長率は2%になる見通し(世界銀行)。国軍による全権掌握から間もなく3年となるが、政治的な混乱が長期化する可能性を否定できず、外貨不足に伴う外貨管理規制も当面継続もしくは更なる引き締めに動く公算が高いことを踏まえると、引き続きミャンマーでの事業環境は厳しいと想定される。また、足許ミャンマーから事業撤退を進める日系企業の動きは限定的と考えられるが、今後の投資環境の改善を見通せない中、制裁等の外部要因、燃料調達難、安全面、政変の長期化によっては、投資計画の先送りや既存ビジネスの一部中断・縮小、或いは周辺国への移転・撤退といった経営判断も選択肢の一つとなり得る。

【トピック1】新外貨兌換規制

22年4月にミャンマー中央銀行(Central Bank of Myanmar、以下CBM)より発出された海外送金の事前承認や外貨の強制的なミャンマーチャット兌換(実質固定相場)を柱とする新外貨管理規制が継続運用されている。外貨調達難が企業の事業活動にも影響を与えており、特に内需型ビジネスの企業は外貨が調達できず原材料の輸入が滞り生産を維持できないなど厳しい状況が続いている。一方で、23年6月にCBMは銀行を通じて外貨売買を希望する取引をオンラインで報告・承認する仕組み、通称「オンラインマッチング」を新たに導入。このシステムを通じてCBMは事前に個別の為替申請1件1件の必要性やレートの適切性を確認し承認している。23年12月には、オンラインマッチングにおける為替レートをCBMが設定せず、売り手と買い手で自由に設定できる旨の新たな通達をCBMが発出。これにより、市中レートに近い水準での為替取引が行われ始めている(実際の運営では、USD1=MMK3,500を超えるレートでの取引申請はCBMが否認しており、行き過ぎたチャット安水準での為替取引を防ぐため管理を継続している模様)。

【トピック2】日系企業の進出動向

外務省が公表している「海外進出日系企業拠点数調査」によると、22年10月1日時点の日系企業拠点数は540となっている。政変前の20年をピークに拠点数は微減しているが、多くの日系企業が急激に撤退へ舵を切っている訳ではないことがわかる。他方、JETROの在ミャンマー日系企業を対象としたアンケート調査(調査時期:23年8月21日~9月20日)によると、全体の約70%程度が今後の事業展開について「拡大」または「現状維持」と回答している。政治不安やそれに伴う金融規制により事業活動の制約を受けながらも、その進退については引き続き状況を注視するとしている日系企業が多いと考えられる。


ラオス-副編集長 岸田 一作

ラオス

2023年の振り返り

▶︎ 経済動向

23年はラオスにとっては外部環境要因の影響を大きく受けた一年であった。

まず経済活動について見ると、中国を中心とした大国の経済活動低迷の影響により輸出が伸び悩んだうえ、食料・燃料といった日用品輸入物価の高騰も相まって、国民所得への打撃とともに、国家としての外貨準備高の低下懸念も引き起こした。更に、エルニーニョ現象による降水量減少は、一過性ではあるものの主力産業である売電収入の低下とともに電力輸入負担をもたらした。

上記の影響を受けて、もともと収入に比して水準の高さが危険視されていた対外債務が、年平均25%程度の自国通貨安によりGDP比の債務はついに100%を上回り、これらは全て、国家としての外貨準備を低下させ、緊縮財政を引き起こした。

緊縮財政は短期的にはデフォルト不安を後退させるものの、思うように対外直接投資の呼び込みや人的資本への投資といった将来の産業育成につながる前向き施策に資金を投下できず、FDIの不調、そして働き口の伸び悩みを経て産業停滞により直接的な税収停滞にもつながるため、中長期的には解消すべき課題と言える。

更に23年度は上記に加えて恒常的な通貨安・外貨準備の流出に起因するインフレが前年同期比20-30%のレベルで起きてしまったため、タイを中心とした出稼ぎ労働が助長され、国内の労働力不足を引き起こしており、冒頭で述べた輸出伸び悩みの一因ともなっている。これも「タイ・プラスワン」や「ベトナム・プラスワン」といった雇用創出力の高い投資需要を取り込んで高度成長を遂げたいラオスにとって、成長率を制限してしまう頭の痛い課題になっている。

2024年の見通しと課題


直近2年続けて財政および国民生活を苦しませてきたインフレについては、大国・周辺国のインフレ圧力の弱まりを受けて15%程度に収まる予測が立てられている。加えて近年取り組んでいる徴税効率の向上や国営企業向けを中心とした債務の厳格管理がうまく成果を生み出すことができれば、前向き施策の実施、産業の育成、歳入の増加による再投資、といった順回転の成長ストーリーを想定することも可能である。

特に24年、ラオスはアセアン議長国に就任するため、世間から注目を集めるチャンスである。「Visit Lao Year 2024」と銘打ったキャンペーンによる短期的な観光特需も期待されるが、これを機にラオスが誇る豊かな自然資源が観光やクリーンエネルギーといった観点から投資機会と捉えられ、持続可能性の高い投資が増えるよう期待したい。

【トピック】政府債務

ラオスは債務償還スケジュールを公表しており、21年より年間10億USD超の既存債務の返済+利払いが予定されていた。しかし21年・22年の実績を見ると、元本の返済や利払いの額がスケジュール通りに履行されていないことが分かる。この大半は対外債務の約半分を占める中国を債権者としたリスケジュール交渉が奏功した結果と見られている。いずれにしてもコロナ禍後、本格的にデフォルト不安が囁かれてから数年間凌ぎ続けてきたことは事実であり、今後もこういった延命策が、重要なファクターであり続けることは間違いない。


カンボジア-副編集長 岸田 一作

カンボジア

2022年の振り返り

▶︎ 経済動向

GDP成長率は5.6%(IMF)と昨年の成長率を上回る見込み。特に観光を含むサービス業についてはコロナ前の旅客数には届かないものの、前年比のGDP成長という点において大きく貢献した。対照的に、これまで観光に次いで成長を牽引してきた縫製業と建設業は、23年の成長に寄与することができなかった。

縫製業は、昨年・一昨年といち早くコロナ禍からの回復を遂げたものの、もともと加工貿易が中心で 最終需要地である欧米市況の影響を受ける構造になっており、23年は若干の前年比マイナスとなる見込み。更に建設業については20年以降ほぼ横ばいで成長を牽引出来ておらず、国内の建材需要の落ち込みが輸入量の減少という形で表れている。

注目すべきは電子部品や自転車、自動車部品、プラスチックなどその他の製造業で、観光業とともに成長牽引ドライバーとなっている。実際、21年10月に施行された新投資法でも製品多角化の意図が 見られ、海外直接投資(FDI)も伸長している。カンボジア開発評議会(CDC)によると、23年の9月までに認可した新規のFDI事業191件のうち製造関連事業は175件で、前年同期の132件から約33%増加。主な投資先は、鉄鋼や自動車用タイヤ、セメント、段ボール、電気・電子(E&E)製品などで、縫製や履物などこれまでの主力製品と異なる製造業が目立つ。その結果、輸出総額に占める縫製品の割合は2000年は91%と圧倒的であったが22年には62%まで低下している。

2024年の見通しと課題

カンボジア・プノンペン街並み

引き続き観光を含むサービス業・その他製造業が牽引し、GDP成長率6.1%の見込み。基本的には23年の経済動向と同じような動向が予想されるが、課題としては、構造的な主要輸出国依存傾向が挙げられる。輸出先上位5ヵ国で輸出総額の75%を占めており、欧米諸国・中国といった大国の景気下振れリスクや地政学リスクが一層高まった場合、国全体に対して与える影響は大きい。更に、歴史的に「ドル化経済」となっているため、金融政策の自由度が乏しく、米国にて想定以上に金融引き締めが長期化した場合、国民の生活実態とはかけ離れた意図しない金融引き締めをせざるを得なくなるリスクをはらんでいる。

【トピック】政治動向:下院議会総選挙の実施

23年には7月23日に5年ぶりとなる第7回下院議会選挙(総選挙)が実施された。投票率は84.6%で、与党である人民党が総投票数の82.3%を獲得した。この結果、人民党は125議席中120議席を占有し、残りの5議席を第一野党のフンシンペック党が獲得した。選挙の結果を受け、40年近く首相を務めたフン・セン氏に代わり、長男のフン・マネット氏が後継首相として選任された。フン・マネット首相は直近まで陸軍総司令官であり、これまで政治の表舞台に出てきたことが無かったが、就任以来精力的に外交活動を展開しており、12月には日本でJETRO・みずほ銀行等により共催された投資セミナーにて基調講演を行うなど、日本企業への期待がうかがえる。


ベトナム-副編集長 金澤 沙織

ベトナム

2023年の振り返り

▶︎ 経済動向

ベトナムの23年のGDP成長率(前年比)は1Q:3.4%、2Q:4.3%、3Q:5.5%、4Q:6.7%(ベトナム統計総局、以下GSO)となった。ASEANの中でも特に外需依存度の高いベトナムでは、世界的なインフレや中国景気の低迷等による輸出の落ち込みに加え、電力不足による生産活動への影響もあり、2Q迄は特に製造業が伸び悩んだ。3Q以降は、半導体サイクルの回復を背景に、カメラ・コンピュータ等を中心に中国向けが増加したこと等により低迷していた輸出が底打ちしたことに加え、小売等によるサービス部門の伸び等によりGDP伸び率が加速した。結果、23年通年のGDP成長率は前年比5.1%増となり、政府のGDP成長率目標(6~6.5%)には届かなかったものの、IMFの見通し4.7%を上回った。

▶︎ 貿易

貿易面において、GSOによると11月までの輸出総額は約3,226億米ドル(前年同期比5.7%減)、輸入総額は2,968億米ドル(10.5%減)となり、貿易収支は、259億米ドルの黒字となった。輸出入ともに前年同期を下回ったが、中国向けの輸出入の増加等により、9月に約1年ぶりに前年同期比プラスに転じた後、10・11月も前年同期を上回った。輸出は、1位の米国が電話機・同部品等の減少により前年同期比13.2%減の879億米ドルとなったものの、2位の中国はゼロコロナ政策の解除により555億米ドル(5.5%増)と需要の回復が見られた。輸入は、1位の中国が1,003億米ドル(前年同期比8.4%減)、2位の韓国が477億米ドル(17.3%減)、3位の日本が198億米ドル(8.1%減)で、上位国からの輸入が減少となった。原材料・部品等を輸入して、輸出品を製造する産業構造である中、輸出の不振により、仕入れが減少したことが要因とみられる。特に、韓国の品目別2位であった電話機・同部品が前年同期比95%減と大幅に減少しており、世界需要減少を背景に韓国サムスン電子による減産が影響している模様。

▶︎ FDI

FDIについては、ベトナム計画投資庁によると11月までの新規・拡張件数は4,017件(前年同期比43.2%増)、認可額は229億米ドル(8.7%増)となった。国・地域別では香港・中国・台湾等からの投資が増加しており、米国による対中追加関税措置を考慮して中資系企業が生産拠点分散を目的にベトナムでの生産を増強していると考えられる。業種別にみると、認可額・件数ともに1位は製造業で1,565件(前年同期比51.8%増)、認可額195億米ドル(39.5%増)となった。主な投資案件は、韓国LGグループ傘下の電子部品メーカーLGイノテック(スマートフォン用カメラモジュール大手)による北部ハイフォン市での拡張投資(約10億米ドル)、台湾の鴻海精密工業によるEV充電器や通信機器の部品工場建設(約3億米ドル)、中国のルナジーグループによる中部ゲアン省でのソーラーパネル製造案件(約3億米ドル)等であった。認可額の2位は不動産で、10億米ドル(前年同期比62.3%減)となり、22年初頭から顕著となっている汚職摘発の動きに伴いインフラプロジェクトの遅延等が発生していることが依然重石となっているとみられる。国・地域別の新規・拡張案件の認可額では、香港が42億米ドル(前年同期比2.4倍)で首位となり、2位韓国38億米ドル(4.1%増)、3位中国38億米ドル(80.8%増)と続く。日本は6位で12億米ドル(72.5%減)であり、中資系企業のベトナムへの生産移管が進んでいるものと見られる。

【トピック1】日越外交関係樹立50周年
23年9月21日に日本とベトナムは外交関係樹立50周年を迎えた。1973年に外交関係を樹立して以来、両国の指導者は会談を開くたびに、ほぼ必ず2国間の「戦略的パートナーシップ」に言及し、その発展を誓い合って今日に至ったが、 23年11月には、あらゆる分野での価値共創に向けた協力関係の強化を目指して2国間関係が「アジアと世界における平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」に格上げされた。当該コンセプトに呼応するように、あらゆる分野・レベル・世代の有志による「手と手を取って未来へ世界へ」をテーマにした参加型の様々な50周年記念事業が開催されている。

【トピック2】電力不足

ベトナム北部では、23年5月から6月にかけて深刻な電力不足となり、計画停電や厳しい節電要請が実施された。これまでも北部では夏場に電力不足に陥りやすい傾向にあったが、商業施設・オフィス・一般家庭等でエアコン導入が進み電力需要が増加する中、猛暑により主要な水力発電所の貯水施設が枯渇したことに加え、火力発電所にも不具合が生じたため電力供給不足に陥り、北部の多くの製造業は、供給制限や停電などで生産活動の縮小や停止を余儀なくされた。6月以降は、火力発電所の復旧とともに降水量増加によるダムの水位上昇により一旦電力不足は解消した。
ベトナム政府は、安定した電力供給と50年までのカーボンニュートラルを実現するため再生可能エネルギーの推進に取り組んでおり、23年5月、21年から30年までの電力開発指針「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」を予定より2年遅れで公布した。PDP8によると、総発電設備能力を50年に20年比で7〜8倍とすることに加え、水力発電を含む再生可能エネルギーの割合を30年までに30.9~39.2%とし、50年までに約70%まで引き上げることとしている。また火力発電所の新設は30年までとし、バイオマスやアンモニアへの移行を進める他、ガス火力発電においても水素への移行等を段階的に進める。加えて、洋上風力発電の開発を本格化させ、50年には風力発電を主力電源の一つに位置付ける計画としている。PDP8の公布により、これまで停滞していたエネルギー分野への投資活性化が期待される一方で、30年までのPDP8期間において電力開発・送電網の整備等に1,347億米ドルの投資が必要と見積もられているが、ベトナムとして計画を具体的に進めるための財源の裏打ちはなく、国内外の投資拡大に向けた具体的な道筋が不透明となっている。電力供給の拡大が進まず、電力不足問題が長期化した場合にはベトナムの製造業の成長阻害要因となる他、対内直接投資にも悪影響を与える可能性がある。

2024年の見通しと課題

ベトナム国会は、24年のGDP成長率見通しを6.0~6.5%に設定している(IMFは同5.8%)。ベトナムは外需依存度が高いため、安定した対内直接投資の流入がベトナム経済発展の支柱となる中、米中対立を背景にした中国等からの製造業関連の投資がベトナム経済を下支えしており、当該サプライチェーンシフトの動きは24年も継続する見込み。一方、主力であるスマートフォン向けなどの半導体製品の外需低迷等に伴い、輸出は底入れしつつも依然振るわず、不動産市況も回復が遅れている。足元GDPは伸長しているが、市中ではベトナム経済の実態については公表された数字より厳しい印象を持っているという声も聞かれるほか、直近のベトナムの製造業購買担当者景気指数は4ヵ月連続(9-12月)で好調・不調の境目である50を割り込んでいる。反腐敗運動等による政治情勢の不安定化、電力問題などの海外からの投資流入に悪影響を与える要素もあり、内外に漂う不透明感を払拭できるかどうかが24年のベトナム経済を占う鍵となりそうだ。

2024年為替相場見通し

アジア・オセアニア資金部 ハノイ室 庭田 拓

24年のUSDVNDは年後半にかけてVND高が進行する展開を予想。米国では2022年から利上げが継続されてきたが、24年の注目点は「米国はいつ利下げに転じるか」。年前半は米金利が据え置きとなる可能性があり、USDVNDも24,000台超えの水準が続くと予想するものの、年半ば以降は米国が利下げに転じる可能性が高く、徐々にVND高圧力が強まるだろう。ベトナムでは経済支援のために緩和的な金融政策が続いており足許は製造業中心に景気底打ちの兆しも見える。景気減速サイクルに入るであろう米国との対比を踏まえれば、USDVNDは年後半に24,000割れの水準までVND高が進むシナリオを想定する。


タイ-副編集長代理 下村 彰

2023年の振り返り

▶︎ 経済動向

23年のGDP成長率は1Q:2.6%、2Q:1.8%、3Q:1.5%と、観光業が回復途上にあるも、世界経済減速に伴い輸出が縮小し、予想を下回る水準となった。IMFの予想では23年通年で2.7%と前年比微増(+0.1%)を見込む。

23年の外国人観光者数は月間200〜270万人で推移(図表1)。22年対比大幅に改善し、23年通年の目標である2,500万人は達成できる見込みであるものの、新型コロナ前の19年の観光客数(約4,000万人)と比較すると未だ回復途上。特に中国人観光客については、9月にビザ免除措置の適用を開始し誘致を促すも、中国経済回復の遅れ、越境詐欺やバンコクの商業施設で起きた発砲事件にともなうイメージ悪化等を背景に伸び悩み。

23年のタイの輸出額については商務省によると1月~11月で2,618億米ドルと前年比1.5%減少しており、23年通年では前年比1%程度の減少を見込む。23年上半期に中国向け輸出が伸び悩んだことが主な要因。

タイの主要産業である自動車産業の生産台数は、タイ工業連盟によると1月~11月で約171万台と前年比1.0%の減少(図表2)。23年前半には4年ぶりに200万台を超えることを見込んでいたが、タイ工業連盟は通年予想を185万台に下方修正。

家計債務の高まりに伴うローン審査の厳格化や、金利上昇、生活費高騰等を背景に、国内向け生産が落ち込んでいることが主な要因。加えて足もと中国のEV等の輸入車販売が増加していることも国内向け生産減少の一因となった。

2022年は昨年から続く縫製品などの軽工業品輸出の回復に加えて観光業の復興により5.1%のGDP成長率が見込まれている。輸出入の数値からは、中国からの輸入および米国向けの輸出の増加が目立っており、表面化はしていないものの米中貿易摩擦の影響でカンボジアを経由する商流が新たに発生している可能性がある。

【トピック】下院総選挙の実施

5月14日に下院総選挙が実施され、前進党が151議席で最多、次点にタイ貢献党が141議席と、野党が大勝する構図となった。前進党はタイ貢献党を含む8党の民政連立を組成し、党首ピタ氏を首相候補として第一回首相選出投票に臨むも、刑法112条(不敬罪)改正の公約等を背景に保守派の支持を得られず、首相選出とは至らなかった。タイ貢献党はこの結果を受け、前進党を除く旧与野党で11党の民軍連立を組成。第二回首相選出投票にて本連立が擁立したタイ貢献党セター氏が過半数を獲得し、第30代首相となることが決定した。 タイ貢献党によるこの民軍連立組成は、これまで軍政派との連立組成を明確に否定してきた中での裏切り行為として民政派支持者層からは強い反発あり。タイ貢献党としては、今回失った支持を回復する観点からも、経済問題解決に注力していく姿勢を見せており、国民からの期待が高い電気代やガソリン価格等の生活コストの引き下げ、農家の債務返済期限延期等の施策を早期に実現。また、セター氏の実業家としての経験を活かし、“セールスマン首相”として積極的な外交を展開しており、各種世論調査によると一定の支持獲得に繋がっている。

【トピック】BEVの急伸
23年1月〜11月の自動車販売台数のうち、BEV(Battery Electric Vehicle:電動自動車)の販売台数が前年同期比8.2倍の6万4,815台(全体の9.16%)と昨年対比急伸。タイ工業連盟によると23年通年では7万台を超える販売を見込む。 このBEV急伸の動きについては、燃料価格の高騰による影響に加えて、タイ政府による電動車に対する積極的な支援姿勢も背景の一つとして挙げられる。タイ政府は、タイを世界最大のEV生産ハブの1つにすることを目指しており、30年にBEVとFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池車)の生産台数を72万5,000台に引き上げ、自動車生産台数における比率を30%に拡大することを目標としている。タイ政府は電動車の普及と生産を促進するべく、22年2月にインセンティブプラン「EV3.0」を承認し、補助金導入・物品税輸入関税の引下げを実施。23年12月には24年からの新たなインセンティブプランとして「EV3.5」を導入することが正式に閣議承認された。EV3.5はEV3.0と比較すると補助金額が引き下げられ、輸入完成車台数に対する生産義務台数の条件が厳格化となるも、インセンティブ付与については継続する形となった。BEVの更なる普及にあたっては、タイの特殊な新車販売車種構成(1tピックアップトラックが市場の40%超:22年実績)や充電インフラ不足等が制約要因となり得る。また、24年に開始が予定される中国系を中心としたBEV現地生産体制には未だ不透明な部分も多い。一方で、輸入車の増加に加えて現地生産開始に伴い供給が増加することで、値下げ競争の激化も想定され、24年にはBEV販売が更に増加する可能性もあると考えられる。

2024年の見通しと課題

IMFによると24年のタイのGDP成長率は3.6%を見込む。海外からの需要が回復するとともに、個人消費が引き続き堅調に推移していくことが期待されている。また政権交代に伴い遅れていた24年度予算の成立が2Qに予定されており、公共投資の増加も見込まれている。

一方でリスク要因としては中国や米国の経済動向が挙げられる。両国の経済が予想より弱くなると、貿易、観光等の観点からタイ経済への影響は大きく、下振れリスクが高まる。タイ観光庁は24年の中国人旅行者の誘致目標を23年見込み比2倍超の820万人に設定。19年に記録した1,000万人超という水準と比較して、どこまで回復出来るかは24年のタイ経済にとって重要なポイントの一つ。また、タイの高水準の家計債務の問題(GDP比で90%を上回る水準で高止まり)は引き続きタイ経済にとって不安材料の一つとなっており、23年の利上げに伴う高い金利水準と相まって個人消費の抑制に繋がるリスクが想定される。

24年はセター政権の主要な公約である「最低賃金引き上げ」、「デジタル通貨1万バーツ配布」の動向にも注目が集まる。「最低賃金引き上げ」については2027年までに最低賃金を600バーツ/日に引き上げることを公約に掲げており、実現すれば現状対比大幅な上昇となる。まずは2024年1月から2.37%の引き上げが実施され、今後も段階的に引き上げられていく予定であり、賃金上昇に伴うインフレリスクや生産コストの上昇に伴う海外直接投資の減少リスクが懸念されている。「デジタル通貨1万バーツ配布」については24年5月の実施が見込まれており、実施後短期的には消費促進に伴う経済活性化が見込まれるものの、長期的にはインフレ等のネガティブな影響も懸念されている。両政策とも、現時点では先行きは未だ不透明な状況が続いており、セター政権の実行力が問われる展開となっている。

2024年為替相場見通し

アジア・オセアニア資金部 バンコック室 鈴木 一勲

24年のドルバーツは年央にかけて底堅く、年後半に下落する展開を予想。世界的な需要低迷からタイ自動車生産は前月比マイナスが常態化。また、観光客数回復ペースも政府期待対比緩慢であるため、FRB内で利下げ議論が本格化する中でも大きくドル安には動かないと見る。タイにおいても、1万バーツ給付策の動向が不透明であることや、17年憲法が経過措置終了を迎え、下院のみで首相選出が可能になることで根強い前進党支持がもたらし得る政情不安要素もバーツ安として作用するだろう。但し、周辺国比で安定した財政や経常収支はフローを呼ぶ要素であるため、利下げを織り込んで低下する米金利と共に次第にバーツ高になると予想。


みずほ銀行バンコック支店メコン5課

E-Mail : mekong5@mizuho-cb.com

98 Sathorn Square Office Tower 32nd-35th Floor, North Sathorn Road, Silom, Bangrak, Bangkok 10500 Thailand

第1回 官民共創が牽引する タイ社会課題解決の新たな展望

 長年、深刻な社会課題となっているバンコクの交通渋滞や大気汚染。近年、世界的にSDGsやESG投資、タイにおいてもBCG経済が取り沙汰されるようになったことで、政府や自治体だけでなく民間企業がこうした社会課題解決に取り組む気運が高まっている。そこで、本連載ではJICA事業を通しタイの社会課題解決に奔走する知られざる日系企業の取り組みを紹介する。

タイが抱える社会課題

国際的な研究組織である持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)が世界各国のSDGsの達成度を評価した「Sustainable Development Report 2023」によると、タイは健康・福祉、海や陸の豊かさ、平和と公正などの項目で深刻な課題があった(図表1)。これらの指標を詳しく見ていくと、結核や交通事故、海洋地域の環境保護や廃水処理、PM2.5やCO2排出、森林伐採など環境問題について多くの課題が見られた。本調査で明らかにされている課題に加え、交通渋滞や降雨による冠水、高齢化など様々な社会課題が顕在化しており、これらの解決に資する事業やビジネスへの期待が高まっている。一方で、社会課題に取り組むビジネスは、例え社会的に意義のある事業でもビジネスにすることが難しいことから手を付けられてこなかったものも多い。

タイのSDGs達成度(2023年)

JICAによる「中小企業・SDGsビジネス支援事業」

JICAは「信頼で世界をつなぐ」というビジョンのもと、約150の国と地域で開発途上国の課題解決に取り組んでいる。タイとの協力関係も長く、2024年にODA(政府開発援助)70周年、JICA事務所設立50周年という節目の年を迎える。

12年から展開する「中小企業・SDGsビジネス支援事業」は、その国の経済・社会課題の解決につながることおよびビジネスとしての利益を生むことの双方を満たす事業を支援するものだ。一般的に政府機関との関係づくりをしようとしても民間企業のみでは現地パートナーにアクセスするにも相当な困難を要するが、JICAのネットワークを活かすことで一定程度調整コストが減り、事業実施を加速させることが出来るのが大きなメリットである。

民間企業の技術活用が期待される分野

タイではこれまでに74件の事業を実施している(図表2)。特徴としては、他国に比べ高齢化が進んでいることから、介護向け製品などの高齢化対策につながるビジネスに関心を持つ企業が多い。また環境やインフラ、農業に関連する事業も多い。

タイで実施されたJICAの事業別実績

近年ではDXや先端機器等を活用した提案も増えているが、必ずしも最新の技術である必要はなく、社会課題解決につながる製品・サービスか否かという観点がより重要となる(図表3)。また、タイでは格差が大きく、地方ではバンコクと違った課題があるため、どういった地域をターゲットにするか明確にしておくことも重要である。

タイで活用が期待される民間企業の製品・技術(例)

JICA民間連携事業への応募

本事業を実施するためには、毎年の公示期間に提案をいただき、審査で採択される必要がある(22年度実績では倍率は4倍程度)。注意点として、日本で法人登記のある企業からの提案が必要で、タイ現地法人の場合は日本の本社などを通じて提案いただく必要がある。また、大企業、中小企業、スタートアップなどの区分によって提案できるスキームや支援金額等に違いがあるため、確認の上検討してほしい(図表4・QR参照)。

JICA民間連携事業支援メニュー

次号からは、実際にJICA事業を活用し、社会課題解決につながるビジネスをタイで実施している企業を紹介していく。自社でもこんな事業が出来るのではということがあれば気軽にJICA事務所に相談いただきたい。

寄稿者プロフィール

JICAタイ事務所

  • 木下真人 プロフィール写真
  • Representative木下真人

    タイの社会課題解決につながる日系企業のビジネス支援を担当。インドネシア、中国、シンガポール、トリニダード・トバゴなどで15年以上にわたり海外のJICA、日本大使館の国際協力業務に従事。2008年以来二度目のタイ赴任。International Institute of Social Studies 開発学修士。

JICA
JICAタイ事務所
Tel: +66(0)2-261-5250
Email: Kinoshita.Masato2@jica.go.jp
31st floor, Exchange Tower,
388 Sukhumvit Road, Klongtoey
Bangkok 10110, THAILAND

タイにおける事業縮小/撤退時の資産売却(機械設備)

タイのオフィスや工場の縮小・閉鎖時に問題となる機械設備などの資産処分。特に閉鎖時にはその他の様々な対応事項によりそこまでリソースを割く事が出来ず、取引先や従業員に低廉な価格やスクラップ同然の価格で売却をするケースも多い。そこで本稿では、工場やオフィスの閉鎖が決定した際、適正な価格で資産を売却するための留意点について、タイで産業設備の売却を数多く手がけるSUPERNOVA HOLDINGSの片山氏に解説してもらった。

 

弊社ではあらゆる産業セグメントを対象に、グローバルな販売網を活用したオークション販売や弊社による資産の買取りなど、販売価格を最大化するための最適な売却支援サービスを提供しています。資産を適正な価格で売却するには以下の3点に特に留意する必要があります。

1. 時限的な冗長性の確保

企業により保有されている機械設備は様々ですが、どのような資産であっても適正な売却価格を確保するためには、売却先の探索、条件の交渉、売買条件の比較検討、販売先及び条件の確定、契約の締結などのステップを踏む必要があり、当然ながら、これらの工程には相応の時間を要します。特に、特殊性が高い機械設備の場合はタイ国だけでは流動性が限定されるため、売却候補先を見つけるにも相応の時間が必要となります。まずは売却までの時間的な余裕を確保することが重要です。

2. 資産の所有権・BOI恩典の使用有無の確認

資産の中には、取引先より提供された資産やBOIの恩典を使った機械設備など、自社に所有権が無いものや売却時までに手続きが必要となることも多く、固定資産台帳の整備などに合わせ売却可能かどうかを確認する必要があります。

3. 現物の管理及び売却管理体制の整備

売却活動を行う過程でよくあるトラブルとして、固定資産台帳などに記載されている資産の紛失や盗難などの問題や、従業員による売却先の斡旋による不正取引などがあります。従業員による売却先の斡旋が全て悪いということではありせんが、売却先と共謀し低廉な価格で売買を行わせ、売却先よりキックバックを受けているケースや、取引先などへ転売し利益を得るケースなども起こっています。
これらの問題を避けるためにも、売却に際し、資産の現物管理や売却を管理するチームや担当者を決めるなどし、管理体制を構築・強化することが重要となります。

寄稿者プロフィール
  • 片山氏 プロフィール写真
  • SUPERNOVA HOLDINGS COMPANY LIMITED
    Director
    片山 実宣 氏

    地方銀行において、上場、中堅企業向けの法人融資、ストラクチャードファイナンスなどに従事。その後、企業再生ファンドに参画。参画後、中堅家電メー力一の事業再成長に向けた経営改善業務、財務菅理業務を取締役として主導。2021年に同社のタイ現地法人を台湾大手企業へ売却。中小企業診断士。

メコン5における中国の影響拡大

 メコン5と中国は地理的な近接性や歴史的な背景もあり、政治・文化・経済など様々な面で元々つながりが強かったが、2015年4月に中国の主導により開催された「瀾滄江(ランソウコウ)メコン開発協力(Lancang – Mekong Cooperation)」を契機に、影響力が急速に強くなってきている。本稿では、メコン5ヵ国のうちラオス、カンボジア、タイ、ベトナムにおいて、近年中国が主導している主なインフラプロジェクトを紹介したうえで、中国の投資拡大が引き起こす貿易経済等への影響および日系企業への影響について考察していく。

物流改善、インフラ整備の進展は日系企業が投資検討をする場合の前向きな変化か

(1) ラオスと中国の歴史的背景

ラオスは1961年に中国と国交を樹立した。一時、ラオスと旧ソ連の関係強化を懸念した中国がラオスに対する経済支援を中断したことで関係が悪化したものの、1989年ラオスのカイソーン首相による中国公式訪問、1990年中国の李鵬首相によるラオス公式訪問等を経て、2国間の関係は改善した。2009年には、両国関係が「全面的戦略パートナーシップ」に格上げされ、さらに2019年には両国間の経済発展や人的交流など国際問題や地域問題解決へ向け協力を強化する「ラオス・中国運命共同体マスタープラン」が署名された。

近年は両国首脳による会談が頻繁に行われている。中国はラオスを一帯一路構想の最前線として、支援すると同時に影響力の拡大を目指していると言われている一方、ラオスも中国の支援を通じた経済成長を期待して中国との関係構築を重視しており、今後も両国間の関係がさらに深化していくと考えられる。

(2) 中国の投資拡大

中国企業は1989年以後ラオス向け投資を拡大してきた。2021年12月末時点で、ラオスに対する各国・地域からの直接投資(FDI)総額は、中国が134.2億米ドルと圧倒的首位である(図表1)。中国企業からの投資プロジェクトの件数も911件で最多。なかでも2021年に開業された中国ラオス鉄道(中国国家鉄路集団が建設)は代表的なプロジェクトの一つであり、今後の2国間の貿易において大きな役割を果たすことが見込まれている。また、エネルギー・農業・鉱業・不動産業などはラオス政府が投資誘致の重点分野としている分野であり、中国企業の投資による技術移転を通じた域内産業成長が期待されている。

ラオス向け世界からの直接投資総額累計(1989年~2021年)

(3) 中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

2009年中国はラオスに対して459品目を対象とした特恵関税を供与し、さらに2010年の中国アセアン自由貿易協定(ACFTA)発効により、ラオスと中国との貿易が急速に増加している。2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により中国向け輸出入ともに減少したものの、2021年は回復に転じた。2022年の中国向け輸出額は33.4億米ドル(前年比24.9%増)と大きく伸び、鉱物・木材・農産品が主要輸出品になっている。また、中国からの輸入額は23.3億米ドル(前年比40.2%増)と同様に大きく増加しており(図表2)、自動車・電子機器・通信機器などが主要輸入品となった。ラオスにとって、中国は輸出入ともにタイに次ぐ2番目の貿易国であり、今後中国ラオス鉄道を通じて両国の貿易量がさらに増加していくことが期待される。世界銀行の予測によれば、ラオスから中国への陸上貨物量は2020年の120万トンから2030年は370万トンに増加すると予測されている。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

中国からの投資が増えている一方で新たな問題も出てきている。中国主導によるインフラ分野の投資急増に伴うラオス政府の公的債務急増はその一つである。世界銀行の推定によると、2022年の公的債務は対GDP比110%(約170億米ドル)となっており、そのうち対中国の債務が約半分となっている。中国ラオス鉄道プロジェクトによる中国からの借入金や保証債務もその一部になっている。2022年6月に、米国の格付け会社ムーディーズはラオス政府の長期の現地通貨建ておよび外貨建て債務の発行体格付けを「Caa2」から「Caa3」に引き下げた。ウクライナ情勢による国内燃料不足や食料品価格の高騰、そして中国に対する過剰債務により通貨が下落し、債務不履行リスクが高まったことが要因になっている。

中国企業による投資はラオスの環境にも影響を与えている。例えばナムリック1.2水力発電プロジェクトによる周辺の生態環境や周囲の住民や住環境への影響や、農村部各地で行う果物農園開発プロジェクトによる土壌汚染や水質汚染といった一連の環境問題に対する批判の声もある。また多くの中国企業はマネジメント層のみではなく、一般ワーカーも中国から連れてくる傾向があるため、現地での雇用創出効果も限定的と疑問視されている。さらに近時、中国企業がラオスを拠点として運営するオンラインカジノとそれに伴う金融犯罪の増加もラオスと中国における社会問題になっている。

(4) 日系企業への影響

中国の積極的な投資及び中国企業の進出により、ラオスの対中関係がより緊密度を増してきておりラオスの投資環境も近年大きく変化してきている。中国企業の進出により、環境問題の発生や政府の対外債務の増加等のマイナス面も顕在化している反面、ラオスの国内インフラ整備が進み、投資環境の改善等の投資環境へのプラス面の影響も大きい。またメコン5を含む周辺国全体における物流ネットワーク向上という観点も注目すべき点といえる。

現状、ラオスは、アセアンの中でも日系企業の進出数は限定的であり、日本からの投資もそれほど大きな伸びがうかがえてこなかった。しかしながらこれまで述べてきた通り、物流改善、インフラ整備の進展は、日系企業が投資検討をする場合の前向きな変化として捉えられるだろう。中長期的に見れば投資環境の改善は、ラオスの国内経済の発展にも十分つながるものであり、ラオスに対する日系企業の投資姿勢にも好影響を与える可能性があるだろう。

主要プロジェクト

①中国ラオス鉄道

中国ラオス鉄道

中国の雲南省昆明市からラオスの首都ビエンチャンをつなぐ鉄道プロジェクトであり、2016年に着工、2021年12月に開通し、貨物列車および旅客列車がそれぞれ時速120km/h、160km/hで運行されている。旅客駅は両国国境にある磨憨(モーハン)-ボーテン経済特区や観光地のルアンパバーン、ヴァンヴィエンなどに設置されており、2023年4月までの統計によると、開通してから500日間で合計1,400万人以上がこの鉄道を利用している。さらに中国の新型コロナウイルス感染対策の緩和を受けて2023年4月から国際旅客列車も開通し、中国の観光客が昆明から列車で国境を越えてラオスに行くことが可能になった。

中国ラオス鉄道は、ラオスにとって対中貿易や観光業の振興など国内産業の発展にプラスに働く見込みがある一方で、本プロジェクトの総事業費は約60億米ドルでそのうち大半が中国に対する債務になっており、今後鉄道の運営利益が確保できずにラオス政府の債務返済が困難となり、債務の罠に陥るリスクが懸念されている。

②主要都市間高速道路

主要都市間高速道路

都市間高速道路として代表的なのは両国国境中国側の磨憨とラオスのビエンチャンをつなぐ磨万(モーワン)高速道路である。これは中国云南省建設投資控股集団とラオス政府が共同出資で建設するプロジェクトであり、ラオスにとって初となる高速道路である。全長は400kmで、完成後は現状自動車で20時間以上かかる距離を5時間に大幅に短縮できる。2020年12月には磨万高速道路プロジェクト第一期のビエンチャンからヴァンヴィエンまでの区間が一般開通された。

さらに2021年には中国主導によるビエンチャンからラオス南部のパクセーをつなぐ高速道路プロジェクトをラオス政府が承認した。完成後は自動車で12時間かかる距離を7時間に短縮することができ、ラオスを起点としたカンボジアおよびベトナムへの陸路の利便性が大幅に高まることが見込まれ経済効果も期待されている。

タイプラスワンやベトナムプラスワンといった観点でも投資国としてカンボジアが見直される可能性も

(1) カンボジアと中国の歴史的背景

カンボジアはシアヌーク前国王時代から中国と良好な関係を構築しており、2010年には「全面的戦略パートナーシップ」を確立し、フン・セン前首相が在任中の約38年間も親中の政策をとり続けてきた。直近では2023年7月のカンボジア総選挙で、与党であるカンボジア人民党が圧勝し、8月7日にフン・セン前首相の長男であるフン・マネット首相がシハモニ国王より首相として承認され、8月22日に新政権が発足した。フン・マネット氏はアメリカ・イギリスでの留学経験があり、新政権は親中から欧米にも配慮した政策へ転換する可能性もあると予想されたが、8月13日に中国王毅外相がプノンペンを訪問しフン・マネット氏と会談した際に、フン・マネット氏が中国との伝統的な友好関係の継承に強い意欲を表明したことから、カンボジアの親中政策は継続していくと考えられている。

(2) 中国の投資拡大

中国はカンボジアへの最大投資国になっており、カンボジア開発評議会(CDC)によると、2023第1四半期時点で、カンボジアにおける1994年以降の累計FDI総額458億米ドルのうち、中国企業は約45%(200.8億米ドル)と圧倒的なシェアを占めており(図表3)、特にインフラ・建設業・農業・金融などの分野への投資が集まっている。カンボジアは中国が提唱する一帯一路構想の中で、雲南省から海につながる「橋頭堡(きょうとうほ)」として非常に重要な位置付けとなっているが、カンボジアも一帯一路構想に積極的に参加し自国の経済発展や産業育成に期待を寄せている。

カンボジアにおけるFDI総額累計(1994年~2023年第1四半期)

(3) 中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

カンボジアにとって中国は長年にわたり最大輸入国であり主要輸出国である。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により輸出入額は前年対比一時的に停滞したものの、2021年には回復した。2022年1月1日に二国間自由貿易協定が発効され、2ヵ国間の輸出入がさらに拡大した。2022年の中国からの輸入額は141.8億米ドル(前年比22.6%増)と大幅に伸び、機械・繊維・電子機器などが主要輸入品となっている。一方で、中国への輸出額は18.3億米ドル(前年比12.5%減)と減少したが、主要輸出品である農産品が中国の新型コロナウイルスの防疫措置によって輸出制限されたことが原因の一つと考えられる(図表4)。

中国企業の進出により恩恵を受ける関係者が多くいる反面、カンボジア人の生活に一部ネガティブな影響を与えており反発の動きなどもある。例えば、中国企業の不動産開発により土地価格の高騰や工場が引き起こした水質汚染など環境にも影響を与えている。また中国企業によるオンラインカジノの運営により、治安に影響を与えるトラブルの増加なども問題視されている。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

(4) 日系企業への影響

カンボジアは、2010年頃に安価な人件費、若い労働力確保の容易さ、高い経済成長率、参入障壁の低さなどにより、日系企業の進出が一時的に増加した。その後、高い物流コスト、熟練労働力不足、不安定な電力供給などの課題改善が進まないこともあり、近年では日本からの投資が伸び悩んでいる。

カンボジアにおいても、ラオスと同様に中国の積極投資が進み、国内地価の高騰や治安上の懸念などの問題が発生している一方で、高速道路や空港の建設、発電所の建設により物流環境やインフラ整備が改善している。日本政府が開発を支援しているシアヌークビル港と国内主要都市、および周辺国との物流ネットワークの改善は、日系企業のアセアン全体におけるサプライチェーン再構築を進めるうえで優位に働くことになろう。タイプラスワンやベトナムプラスワン、といった観点でも投資国としてカンボジアが見直される可能性もあると思われる。

【カンボジア国内各地で進む中国化】

中国企業の投資が進むことで中国式の運営方式を取る企業が増加し多くの中国人が移住したことにより、都市部では中国語が日常生活に欠かせない言語になるといった中国化の動きが、カンボジア各地で進んでいる。

【カンボジア国内各地で進む中国化】

①シアヌークビル

かつて静かなリゾート地であったシアヌークビルだが、現在は中国企業が住宅・オフィスビル・商業施設・ホテルなどの建設プロジェクトを開始しており、各地で建設工事が行われている。中国企業の進出により多くの中国人が移住しており、総人口30万人のうち10万人が中国人とも言われている。中心部のゴールデンライオンモニュメント付近の店は、多くが中国人により経営されており、中国語しか通じないような場面もある。また、高層住宅やホテル・カジノの建設も相次いでおり、共通点はいずれもカンボジア人向けではなく、中国人を中心とした外国人観光客及び外国人投資家向けになっている。その結果、土地価格が異常に高騰し、多くのカンボジア人はシアヌークビル市内に住めるところがなくなり郊外への移住を余儀なくされ、中国企業に対する不満の声も近年増えている。

②農村部

シアヌークビルやプノンペンなどの都市部のみではなく、カンボジアの農村部においても中国企業による農業プロジェクトが進んでいる。中国の経済発展により、中国の国内では高級な熱帯果物の消費ニーズが高まっており、多くの中国企業がカンボジア農村部でバナナなどの果物農園を開発している。顔認証による出勤管理など経営方式は最先端のものが導入され、中国の栽培技術や中国製農機も使用されている。カンボジア従来の農業方法から機械化された生産への転換が進んでおり、カンボジアの農業発展にポジティブな影響を与えている一面もある。また、農園の従業員はカンボジアの平均月収を上回る賃金を支給され、「生活水準が改善できる」と中国企業に好感を持つカンボジア人も多いようだ。

主要プロジェクト

① 主要都市間高速道路

主要都市間高速道路

首都プノンペンと物流の最大拠点である南部港湾都市のシアヌークビルをつなぐ高速道路の建設プロジェクトは、中国国営企業の中国路橋工程が2019年に建設を開始し、2022年11月に正式開通した。これにより2都市間の走行時間が6時間から2時間に短縮された。また、2023年6月にプノンペンとベトナム国境近くの都市バベットをつなぐ高速道路も着工しており、開通後は4時間以上かかる距離を1.5時間に短縮できる見込み。さらに2023年6月にカンボジア公共事業運輸省が中国路橋工程とプノンペン・シェムリアップ・ポイペトをつなぐ国内3番目の高速道路の建設に向けた調査について契約を締結した。このように主要都市間の高速道路が開通すると、主要都市間の物流や交通の利便性が向上することとなり、メコン5地域に進出している日本企業としてもプラスの面が大きくなるだろう。

② 新国際空港

新国際空港

首都プノンペンの新国際空港は中国国営企業の中国建築第三工程局が建設を担っており、2024年に第1期工事が完了する予定である。第1期完成部分は年間1,300万人の旅客が利用できるように計画されている。最終第3期は2050年の完成を予定されており、年間5,000万人の旅客利用が可能となる。

また世界遺産に指定されているアンコールワットが所在する観光都市シェムリアップには、アンコールワットから車で20分程度の場所に国際空港が位置し年間約300万人の旅客が訪れている。一方、近年はジェット旅客機による振動や騒音が遺跡群に悪影響を与える懸念があるとのことで、遺跡群から50km離れた場所で新空港プロジェクトが計画されている。新空港は、中国の雲南建設投資控股集団により建設され、2023年10月に運用開始予定であり、年間700万人程度の旅客の利用が可能となる見通しである。

 上汽通用五菱汽車、BYD、上海汽車集団、奇瑞控股集団等の中国企業がベトナムで電気自動車(EV)の新規大型投資を検討する動きも

(1) ベトナムと中国の歴史的背景

ベトナムは、第二次世界大戦と第一次インドシナ戦争を経てベトナム民主共和国(北ベトナム)とベトナム共和国(南ベトナム)に分裂し、北ベトナムは1950年に中国と国交を樹立した。 そして1975年に北ベトナムが南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン市)を陥落させ、翌年に統一国家のベトナム社会主義共和国が成立した。当時ベトナム最高指導者であった親ソ連派のレ・ズアン氏は、旧ソ連との関係が悪化した中国と距離を置いた。1978年の中越戦争、1989年まで続いた中越国境紛争や赤瓜(せきか)礁海戦などがあり、中越の緊張関係が続いていた。1991年のソ連崩壊後、両国の関係が緩和し、2000年に陸路の国境線が確定した。一方で、南沙諸島と西沙諸島の領有権をめぐる争いは現在まで続いている。

(2) 中国の投資拡大

政治的な背景などもあり、これまでの中国企業のベトナム向け投資をみると、メコン5ヵ国の中で、1件当たりの投資額が比較的小さく、また進出地も北部の中越国境や地方都市に集中するといった傾向だった。なお2010年代前半まで発生していた反中デモ等が中国企業の意識に根強く残り、ベトナム投資検討に慎重姿勢を取らせたこともあった。

しかし中国の労働集約型産業から資本・技術集約型産業への構造転換を背景に、中国企業が低付加価値の製造機能をアセアンに移転する動きが強まっている。また米中貿易摩擦により、アメリカが中国産製品の輸出に対し高関税を課すようになったことがその動きを加速させた。

このような状況下、中国企業のベトナムへの投資姿勢にも変化がみられ、2017年以降は中国からの直接投資金額および件数は増加している。新型コロナウイルス(COVID-19)によるパンデミック直前の2019年は、中国による投資認可件数は過去最多を記録した。また中国が2013年より提唱する「一帯一路」政策に基づき、不動産・電力の分野で大型投資案件が徐々に増加し、足許の中国は第4位の投資国になっている(図表5・図表6)。

中国のベトナム向け直接投資額推移(2011年~2021年)

ベトナム向け直接投資額(2022年)

(3) 中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

中国はベトナム最大の輸入国であり、米国に次ぐ輸出国である。中国からの輸入額は2016年以降増加が続き、コンピューター、電子製品などが主要輸入品目となっている(図表7)。小米(シャオミ)等の中国企業のベトナムにおける生産拡大に伴い、民生用電子機器の中間財輸入が増加していることが背景の一つであり、ベトナムの内需の底堅さが、今後も足許の輸入水準を下支えする可能性が高い。一方、中国向け輸出額も増加基調が続いていたものの、2022年は減少に転じた。中国がCOVID-19の防疫措置として輸入を制限したこと、中国国内消費の低迷が減少要因と考えられる。不動産部門における過剰投資で積み上がった住宅在庫の調整が、中国の景気減速を下押しする中、しばらく対中輸出は弱含みの展開が予想される。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

ベトナム政府は、家電大手の美的(Midea)や大手自動車メーカーのBYDなど、高い技術力を持つ中国企業の大型投資を歓迎している。一方、先述の都市鉄道の事例にみられるように、トラブルや工事遅延などが発生していたことから、中国企業が関与するプロジェクトに対する懸念は根強く、公共性の高いプロジェクトへの参画には慎重な姿勢もうかがえる。さらに現時点では、単純な組立工程のみを移転する中国企業も多く、このような投資はベトナムの技術力向上、産業発展効果が小さいとの指摘もあり、中国企業の急速な投資拡大を警戒している。ただし、足許では中国の景気減速や政策の不透明感を受け、中国企業は投資抑制ムードを強めており、当面はベトナム側の警戒を刺激する懸念は小さい。

(4) 日系企業への影響

米国の高関税を回避する目的から、ベトナムで簡易加工後に米国へ輸出するようサプライチェーンを変更した中国企業もあるが、2023年8月に米国商務省は、中国系の太陽光発電製品メーカー5社を迂回輸出先として判定した。その後米国はベトナムから太陽光発電製品を輸入する際に、迂回輸出ではないことを証明できない企業に対して中国と同様の高関税を課すとしている。今後このような動きが増えると、ベトナム経由で米国へ輸出をしている日系企業も、迂回輸出ではないことを疎明する事務負担の増加や対米輸出関税が中国と同水準にされるなど影響を受けることが懸念される。現時点では日系企業が影響を受けているといった動きはないが、米国が規制の対象範囲を拡大しより厳しい措置がとられる場合は、日系企業も対米輸出に関するサプライチェーン見直しの検討等を余儀なくされる可能性も否定はできない。米中関係を織り込んだ複数シナリオを予測し、それを踏まえた戦略検討がより重要となる。

他方、足許では上汽通用五菱汽車、BYD、上海汽車集団、奇瑞控股集団等の中国企業が、ベトナムで電気自動車(EV)の新規大型投資を検討する動きがある。このような投資を捉え、中国企業のサプライチェーンでのビジネス機会を狙う視点も重要である。コア部材は中国内で生産される自国製品が使用される場合でも、日系企業が得意とする製品の安全性・安心感を切り口に差別化を図れる可能性はある。また既存の日系プラットフォームの活用等をセールスツールとして活用することも一案と思われる。

主要プロジェクト

① ハノイ都市鉄道2A号線

ハノイ都市鉄道2A号線

首都ハノイ南部の郊外地区から市内を走り、ハノイメトロの一部として機能している路線である。中国国営企業の中鉄六局集団有限公司が建設、設計を担当し、車両と設備も中国製品を使用している。しかしながらその進行は、土地収用による問題や設計変更、工事事故の発生などによる複数回の工事中断もあり、実際の開業は2021年11月と当初予定より大幅に遅れた。2022年11月時点の統計によると、1日あたり平均乗車人数は3万2,000人であり、設計上の同最大運送力21万7,000人の約7分の1となっている。渋滞緩和や公共交通の利便性向上、およびバイクの利用減少による大気汚染改善への貢献を期待していたものの、バイク文化の浸透状況等を踏まえると、利用者の拡大には相応の時間を要する可能性が高い。

② ビンタン1号火力発電所

ビンタン1号火力発電所

ベトナム南部ビントゥアン省のビンタン1号火力発電所は、中国がベトナムへ投資している最大の発電プロジェクトである。中国送電大手の中国南方電網と電力大手の中国電力国際発展有限公司が95%を出資し、ベトナム国営のベトナム石炭鉱産グループ(ビナコミン)とともに建設した。年間発電量は80億kWであり、南部における電力の安定供給に貢献している。

中国企業の投資拡大の影響を受ける日系企業も多く、中国企業の動向をより注視していくことが必要か

(1) タイと中国の歴史的背景

タイは中国と歴史上、領土、領海における紛争が少ない国であり、政府、民間ともに古くから良好な関係を継続し、1975年に国交を樹立し、2012年に両国が全面的な戦略的協力パートナーシップを構築した。近年でも両国首脳会談が頻繁に行われており、近時では2022年11月に中国の習近平国家主席がタイを訪問し、2023年2月にはドーン・ポラマットウィナイ副首相兼外相が中国を訪問した。タイ王室も複数回中国を訪問している。またタイは1993年より中国人が自由に海外旅行が可能となった最初の国であり、海外旅行先として中国人の人気も高い。タイ観光・スポーツ省によると、パンデミック直前の2019年にタイに渡航した外国人観光客の内、中国からの観光客は全体の28%を占めた(図表8)。ただし、コロナ禍後の中国人観光客の回復は周辺国より遅れており、タイ政府は中国人に対するビザ免除措置等の誘致に向けた施策を打ち出しているほか、9月25日にセター首相自らがビザなし第1陣となった観光客を空港で出迎えた動きもあった。

タイにおける国別外国人旅行者数(2019年)

(2) 中国の投資拡大

ベトナムと同様、中国の産業構造転換、米国向け輸出時の高関税回避等を背景に、中国企業の海外生産移転の動きが強まる中、タイも中国企業の有力な投資対象国の一つである。2019年の中国からタイへの申請ベースの直接投資額は前年より大幅に伸び、全体の51.7%と過去最高の投資申請額となった(図表9)。2020年はCOVID-19の影響を受けて減少したが、2021年には回復し、2022年は774億タイバーツ(約31億円)と日本を抜いて国・地域別シェアの1位となった(図表10)。自動車・自動車部品、電子電気、縫製分野が投資の多い分野となっている。

中国からの直接投資額推移(2016年~2022年)世界からの直接投資額シェア(2022年)

近時は中国のEV関連企業によるタイ進出が拡大している。中国国内のEV市場における競争が激しく、国内市場の飽和化が懸念される中、EV関連企業にとって海外進出が事業拡大戦略の一つである。その中で特にタイが中国EV関連企業の人気を集めている理由は、①インドシナ半島の中心部でアセアン全体をカバーできる物流のハブとなる地理的優位性があること、②すでに自動車産業のサプライチェーンが構築されていること、③アセアンの中では港や物流網が整備されていて輸出拠点としての優位性があること、④中国との良好な関係から反中活動などの政治的リスクが低いこと、などが挙げられる。

上海汽車は2013年よりタイで部品製造を開始しており、その後も2017年に完成車工場として第二工場を建設し積極的な投資を進めている。その他、長城汽車、BYD、哪吒汽車、長安汽車、広州汽車などのEVメーカーも、相次いでタイでの現地生産に向けた投資を加速させている。

完成車以外のEV関連分野においても、中国からのタイ投資が増加している。充電インフラに関しては長城汽車と哪吒汽車はそれぞれタイの地場企業と提携して、充電スタンドの設置を進めている。車載電池に関しても、中国大手の寧徳時代の他、BYD、国軒高科などが、タイ現地生産に向けた検討を開始しており、中国企業のタイへの投資はより拡大していくと考えられる(図表11)。

タイにおける中国EV企業の進出動向

(3) 中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

タイにとって中国は最大の輸入国であり、アメリカに次ぐ輸出国である。中国からの輸入は2016年以降拡大傾向が続き、機械類、燃料、電子部品などが主要輸入品目である(図表12)。EV、家電等を中心に、中国企業がタイでの生産を拡大しているものの、高付加価値部品等は依然中国から輸出する動きが継続すると想定され、当面中国からの輸入は増加基調が続くと考えられる。一方、2022年の中国向け輸出額は前年比減少に転じた。自動車部品、電子部品、ゴム、果物等の減少が目立つが、中国のCOVID-19対策としての輸入制限および中国国内の消費低迷が、この輸出減少の原因と思われる。しかしながら、中国ラオス鉄道開通によりラオス経由でタイ産果物の中国向け輸出が急増する等、追い風が吹く分野もある。タイで今後の伸長が期待される産業に中国企業が注目し、新たな投資が創出される可能性も考えられる。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

(4) 日系企業への影響

タイにはアセアンで最も多くの日系企業が進出しており、中国企業の投資拡大の影響を受ける日系企業も多く、中国企業の動向をより注視していくことが必要となる。

中国企業の投資による通信インフラの改善は、日系企業にとっても生産性の向上等につながることに加え、日系企業が有する通信技術活用の裾野が拡大し、プラス材料として捉えることもできるだろう。またタイのサイアム商業銀行が2020年に行った調査によると、タイに進出した中国企業の約8割は、今後タイ企業や日系を含む外資系企業を調達先とすることも視野に入れており、その内の約3割は近い将来タイ国内での調達へ転換を検討している。中国企業が調達の裾野を拡大することは、日系企業のビジネス拡大機会獲得につながる可能性がある。

一方、日系企業と競合する分野においては、中国企業の大量参入により競争環境が激化することが予想される。すでにEV分野では、中国企業がタイ市場の積極的な開拓を進めており、従来日系企業が圧倒的なシェアを占めていた自動車産業は転換点を迎えている。中国企業の市場参入を織り込んだ新たな戦略を策定し、先んじて行動していくことが日系企業が生き残る重要なポイントとなるだろう。

主要プロジェクト

① 中タイ鉄道

中タイ鉄道

タイの首都バンコクから東北部のナコンラーチャシーマーを経由して、ラオスの国境にあるノンカイとつながり、その後ラオスの首都ビエンチャンから中国ラオス鉄道を使い、最終的に昆明に至る総距離873kmの高速鉄道である。2029年の開通予定であり、開通後にはバンコクから東北部までの所要時間が7割以上節約できる見込みである。両国政府は2010年から本プロジェクトの検証を開始し、当初は資金の一部を中国から借りる計画だったが、2023年にタイが資金を拠出し建設を主導すること、中国は技術と車両を提供することで合意した。2021年に開通した中国ラオス鉄道と異なり、中タイ鉄道は資金負担も含めタイ主導によるプロジェクトであるとされている。

② 通信インフラ

通信インフラ

タイはデジタルを重点産業の一つに定め、通信インフラ整備に注力している。タイの通信大手であるAISは、中国大手通信会社中興通訊(ZTE)と包括的協力契約を結び、同社より高度な5Gネットワークの構築について技術提供を受け、開発を進めている。また同じく中国通信大手のファーウェイは5Gネットワーク技術やIoTソリューションなどを使い、タイ地方部の遠隔医療システムの構築に携わると同時に、タイのモンクット王国工科大学ラクラバン(KMITL)向けにタイ国内ではそれほど普及していなかった100Gのキャンパスネットワークを構築した。今後他の大学をはじめ、タイ国内施設への幅広い展開も計画している。

終わりに

ここまで、メコン5の4ヵ国における中国の影響拡大について説明してきた。各国の経済水準、中国との関係性も一律ではなく、中国企業の動向が日系企業へ与える影響も国により異なるものの、今後各国での事業活動を進める際には、中国企業の動向を正確に捉え、先行きを考えることが重要である。

住宅需要が減少する不動産部門、不良債権が増加傾向にある金融部門を背景に、2024年にかけて中国の景気は減速が予想されている。政府主導によるインフラ投資拡大、サービス消費の底堅さ等の下支え要因により底割れは回避したとの見通しだが、短期的には中国のアセアンへの投資が鈍化する可能性はある。

しかしながら、これまでの投資を通じて中国企業がアセアンにおいて一定のプレゼンスを確立していることを踏まえれば、一時的に投資が縮小したとしても、国内景気の回復とともに投資拡大へ転じるだろう。そのような観点も踏まえ、日系企業は投資環境の変化に対するアンテナを高めつつ、新たなビジネス機会を開拓していくことを期待したい。

みずほ銀行バンコック支店メコン5課

寄稿者プロフィール

みずほ銀行 国際戦略情報部

  • 陳 農 プロフィール写真
  • グローバルアドバイザリー第二チーム陳 農

    2012年来日。2017年に入行後2019年からカンボジア・プノンペン出張所で勤務。 2020年から国際戦略情報部にて、日系企業のアセアン進出支援業務に従事。 インドネシア、マレーシアの担当を経て、現在はタイ、カンボジア、ラオスへの進出を支援。

多角化する日本からの投資と電気自動車中心の中国からの投資

多角化する日本からの投資と 電気自動車中心の中国からの投資 〜BOI 5つの戦略産業から見えてくるもの〜

中国からタイへの投資が近年高水準で推移している。どういった内容の投資案件が多いかを見ていく。タイ投資委員会(BOI)が分類する最も大きな投資規模のカテゴリーに当たる20億バーツ以上の投資事例から見ていくと、中国からタイへの大型投資は図表1にあるとおり、そのほとんどは電気自動車関係の投資である。一方で日本からタイへの大型投資は図表2にあるとおり、自動車分野を中心としながらも、化学、電気電子分野と多角化しはじめている。

中国から大型投資認可(20億バーツ以上)

日本から大型投資認可(20億バーツ以上)

BOI 5つの戦略産業から見えてくるもの

 BOIナリット・タートサティーラサック長官は2023年10月11日に、修正済みの5つの戦略産業と重要な課題を発表した(図表3)。これらは2024年から2027年までの4年間の投資促進政策の中核として位置づけられる予定である。

 この戦略が示す通り、タイが投資を促進する産業とその分野は多岐にわたる。日本企業は、これらの産業とその分野で幅広く投資を進めている。例えばBCG分野ではタイで生産されるサトウキビ由来の糖を活用した繊維や食品の原料製造の展開、デジタル&創造分野では、データセンターの設立やArayZ11月号掲載のとおり日本のスタートアップのタイ展開が進み、タイの産業のデジタル化へ貢献をしている。また、地域統括本部および国際ビジネスセンターの分野は、JETROで昨年、今年と実施をした地域統括拠点に関するセミナーは活況を呈し、BOIの地域統括拠点に関する制度であるInternational Business Center(IBC)を活用する企業は日本企業が一番多く、その数は増加傾向にある。

 これらが示す通り、日本企業はタイの持続可能な産業発展とインダストリー4.0への産業変革のために、タイ政府が戦略的に投資を促進する産業とその分野において多角的に投資を進めている。

BOI 5つの戦略産業

寄稿者プロフィール

ジェトロバンコク事務所

  • 亀田 周 プロフィール写真
  • 投資促進部長亀田 周

    2009年ジェトロ入構。東京本部、福島事務所、ジャカルタ事務所を経て、2022年11月よりバンコク事務所にて日本企業のタイへの貿易投資全般のサポート業務を実施。

RFIDタグで現場のDX化を促進――TOPPANグループがタイ市場にてRFID事業に本格参戦

電波・電磁波を使って非接触で読み書きを行い、在庫管理や棚卸しに活用できる技術「RFID(Radio Frequency Identification)」。データが記録されたRFIDタグは紙のように薄く、手のひらサイズ。製造現場では製品や車両の位置情報管理、医療現場では医療機器の在庫確認など、さまざまなモノに貼り付けて、リーダー・ライターで読み取れば、所在や数量の確認、管理がお手のものだ。
印刷から始まり、現在はDXにも力を入れるTOPPANホールディングス傘下のTOPPANエッジは、RFID事業において日本で20年の実績を持つ。タイ市場でのRFID事業に本格参戦の動きを見せる同社の染森氏、岡氏に話を聞いた。
染森 和彦 氏│フォームシステム部門にて第三次オンライン化に伴う大手金融機関の帳票設計を複数手掛ける。その後、営業部門にて、大手金融機関を通算30年間担当。2022年4月に執行役員に就任。2023年4月より現職。
岡 正俊 氏│2002年よりRFIDシステム開発に従事。製造業・医療関連でのRFIDシステムの開発・構築に従事し、2012年には病院向けRFID導入案件で自動認識システム大賞を受賞。その後も複数の導入プロジェクトに参画。2021年4月より現職。

印刷の枠を超えてDX化を促進

創業は1965年。ビジネスシーンで活躍する事務用帳票(ビジネスフォーム)の印刷事業から始まったTOPPANエッジは、ビジネスフォームを情報伝達を支える「情報の器」と捉え、あらゆる情報を円滑に伝えるためのプロフェッショナルを目指してきた。紙媒体にとらわれず、時代に合った多様な形に発展させてきた彼らが現在注力しているのがRFIDタグの販売及びソリューションの提供だ。

注目したのはアジアマーケットのハブともいえるタイ市場。同社は東アジア・ASEAN諸国を中心に関係会社を有しており、タイには1984年に設立した現地法人のTOPPAN Edge (Thailand)Limitedがある。タイ国内で印刷事業に加え、カードの製造・発行、セキュリティ関連商材の分野でも高いシェアを持ち、長年「タイ国民IDカード」の製造・発行処理など、政府大型案件の受注や現地企業との取引拡大により、安定成長を続けている。

日系企業があまた進出し、地場産業・企業の成長も著しいタイ市場。同社はここで現地法人のTOPPAN Edge (Thailand) Limitedと共に、RFID事業に本格参戦する。当面、特に注力するのは、製造、医療現場でのRFID導入だ。製造現場の自動化促進、品質の向上・安定化や医療現場での作業効率向上、ヒューマンエラー防止のための活用を見込む。

タイにおけるRFID展開

競合は決して少なくないが、生き残る自信は十分だと同社は語る。根拠となるのは長年にわたって開発を続けてきた製品の性能及び品質だ。RFIDタグは通常、金属面に貼ると電波干渉が起こり、読み取りづらくなる。屋外に据え置けば熱や雨に当たり、劣化も早い。

同社のRFIDタグは、日本での20年間の実績の中で、現場の環境や利用状況に応じて開発を繰り返し、用途に適したタグを作り上げてきた。そのため、形状、薄さ、耐熱・耐久性など、多様な用途に応じて豊富なラインアップを持ち、最適な一枚を見つけることができる。さらに、顧客の条件に応じたカスタマイズも可能だ。アンテナ設計に豊富な実績・ノウハウを持ち、顧客に寄り添ったオーダーメイド型のタグ開発を強みとする。

品質面では工場出荷前の全数通信検査と外観検査を実施し、100%良品出荷を約束する。染森氏、岡氏は、「酷暑が続く熱帯のタイでも、利用条件や用途に最適な、長期間性能を維持するタグを提供できる」と自信を見せる。

RFIDは技術開発で年々通信距離を伸長しており、現在では10m以上の通信が可能なタグもある。遠くにある複数のタグを一気に読み取りできる特性から応用範囲は広い。少子高齢化や、今後更なる人件費高騰が懸念されているタイ市場でも、人の手に頼っていた作業を自動化することで、現場の自動化や作業効率・品質の向上にうってつけだ。

今後は日本で築き上げた技術、ノウハウをタイの現地法人TOPPAN Edge (Thailand) Limitedと共に展開し、タイ市場でDX化へのさらなる貢献を目指す。

製造業の導入事例をみる
https://rfid.toppan-edge.co.jp/solve/lp_manufacture.html

医療現場の導入事例をみる
https://rfid.toppan-edge.co.jp/solve/lp_medical.html


【お問い合わせ】

TOPPANエッジ株式会社
edge_gl@toppan.co.jp
担当:植村・渡邉(日本語・英語)
https://www.edge.toppan.com/

TOPPAN Edge (Thailand) Limited
waraporn_n@toppan-edge.co.th
担当: Waraporn(タイ語・英語)
https://www.toppan-edge.co.th/th/home/

【求人】ポジティブで高い志持つコンサルタントを募集

1980年設立の製造業に特化したコンサルティング会社、株式会社テクノ経営総合研究所。そのタイ法人が誕生したのは2010年。自動車産業など日系企業が盛んに進出を始めた頃で、当時のタイは人件費が安く、組立工場の位置付けだった。それが今では研究・開発(R&D)機関が置かれるまでとなり、すっかり市場も様変わりした。必要とされるコンサルティングの有り様も変化をしている。今後も成長が見込まれるアジアで、テクノ経営総合研究所はともに高い志を持って働いてくれるポジティブな仲間を求めている。

コンサルタントのやりがいは計り知れない

所属コンサルタントはバンコクを起点にASEAN一帯に存在する顧客のニーズに応えている。個々人の裁量は大きく、任せられる仕事の量や質のレベルも高い。高度経済成長期の日本にあった終身雇用や年功序列はここには存在しない。仕事に向かう姿勢と積極性次第で、評価も収入も大きく変わっていくのが基本的な仕組みとなっている。

日本や海外で一定の社会経験を積んだ人材だけを採用・育成し、一流のコンサルタントに育て上げる。求められるのは「自分自身を成長させたい」、「新しいことにチャレンジしたい」という熱い思いだ。仕事を通じて大きな感動が得られるコンサルタントのやりがいは計り知れない。

成果を生み出すには 気づきを与えることが大切

与えられた契約期間内で顧客企業の利益につながる成果を生み出すためには、その企業で働く現地の人々の活性化、そして教育が必要とされる。工場を建て稼動させるだけでなく、そこで働く人たちに〝気づき〟を与えることが何よりも大切だと同社は指摘する。

気づきは経営サイドからの一方的な働きかけだけでは伝えられない。答えを教えるのではなく、ともに考え、対話を繰り返す。コンサルタントが去っても、日本人が帰国しても、変わらぬ質と量の生産体制を維持できるかが求められるゴールとなる。ここに、あまた存在する他のコンサルタント企業との大きな違いがある。

駐在員は数年で帰国してしまい、次の世代が育たない、引き継ぎがなされないという問題は日常的。組織や和を重視する日本社会とは異なり、タイでは個を大切にする文化と歴史があることを忘れてはいけない。これらを踏まえ、気づきをどう伝えるかが問題解決の鍵となる。

サービス業へのコンサルティングにも関心

タイはここ十数年で大きく変容を遂げた。少子高齢化や賃金の高騰から、自動化・省人化に対する関心もかつてないほどに高まっている。安い労働力に支えられたタイをはじめとするASEANの労働集約型市場は、過渡期を迎えている。組立工場時代、タイに課せられた役割は汎用品の大量生産だった。だが現在、多く見られるようになったのは多品種少量生産の需要だ。タイ工場は世界の拠点工場としてその地位を確立するところまでへと成長している。

同社は製造業に続く新たな有力産業として、ホテル業や飲食業などサービス業全般へのコンサルティングにも関心を向ける。共通するのは「人に働きかける」という点だ。タイはホスピタリティの高い国。多くの人口が関わる産業として、サービス業が存在する。微笑みの国で、サービス業の収益改善を目指そうとする動きは必ずある。


様変わりするタイの市場で働いてみませんか?

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Techno Management Consulting (Thailand ) Co., Ltd.

担当:上野
Email:ueno@tmng.co.jp
Tel: +66(0) 2665 2791, 2792
Website:https://www.tmng.co.jp/

ベトナム発求人サイト「べとわーく」がタイ本格進出

2007年にホーチミンで創業したHRnavi Joint Stock Company。現在、ホーチミンとハノイに拠点を構え、ベトナム及びタイを中心に東南アジア各国の求人紹介を行っている。ベトナム人17万人以上、日本人6,000人以上の登録者数を誇り、優秀なコンサルタントのきめ細かいサポートを強みに、現地企業だからこそできる生きた情報の提供と15年にわたり独自に培ってきた企業との豊富なネットワークで、海外就職希望者を各国の日系企業に紹介している 。

サービス立ち上げから1年で日本人登録者6,000人を突破

近年、東南アジアで日本人および外国人の現地採用需要が加速する中、同社は2022年7月に日本人求職者向け転職支援サイト「べとわーく(VietWork)」を立ち上げた。サービス開始から早くも日本人登録者6,000人を突破。企業からの求人依頼、候補者からの問い合わせ数が大幅増加しており注目を集めている。

海外現地の日系人材会社では、数年で担当コンサルタントが入れ替わるケースが多いが、同社は現地に根付いた経営層、コンサルタントが存在するため顧客からの信頼も厚い。そのため、べとわーくでは日系現地法人からの良質な案件、また他社では見ることができないような案件も数多く取り扱っている。

業種別に特化した豊富な知見で最適な人材を提案

候補者の紹介に関しても、推薦先企業とのマッチングに重点を置き、各コンサルタントが過去の成功体験をもとに適切なアドバイスとコンサルティング業務を行っている。成約確率、定着率の高さには自信を持つ。

今年に入りべとわーくは早くもタイ進出に乗り出した。業務提携先であるAlbaly Group Recruitment社とともに、ベトナム事業で培った人材コンサルとしてのノウハウを活かしながら、業種に特化した人材の発掘、提案型のサービスをタイ国内でも提供する。その中心となるのがHRnaviハノイ支店代表でもある嶋村拓史氏。前職は日本の金融機関。持ち前のガッツと明るさで、「信頼関係を大切にしたい」と抱負を語る。


HRnavi Joint Stock Company
パートナー兼ハノイ事務所代表 嶋村 拓史 氏
関西学院大学商学部卒業後、地方の金融機関に入社。10年以上にわたり法人営業および国際業務に従事し、2017年4月にHRnaviに転職。人材コンサルタントとして第二の人生をスタート。現在は代表パートナー兼ハノイ事務所代表として業務に従事。


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Email: info@vietwork.jp
Web : https://www.vietwork.jp/

タイでイノベーションを巻き起こす日本発スタートアップ

セター・タウィシン新政権が今年9月5日に発足し、政策動向に企業関係者から関心が集まっている。タイ経済活性化に向けた重要政策の一つが、スタートアップ振興だ。産業界からも、タイ資本市場協会連盟(FETCO)のコブサック・プートラクーン会長(元タイ首相府相)が「タイのデジタル革命やインダストリー4.0に向け、スタートアップが鍵となる。タイ国内のユニコーン企業数が限られる中、スタートアップの国外からの誘致にも注力すべき」と指摘している。
本稿では、JETROバンコクおよびMUリサーチ&コンサルティング監修のもと、日系スタートアップのタイ市場における可能性について解説するとともに、革新的な技術やサービスでタイ政府や企業から注目を集める20社を紹介する。

日本のスタートアップシーンとタイ市場の可能性

日本のスタートアップ概要

日本国内においては、政府が2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、同年11月に「スタートアップ育成5ヵ年計画」が打ち出された。戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現するとし、官民一体となったスタートアップの成長を加速させようという動きがある。

INITIAL(スタートアップ情報プラットホーム)によると、22年の日本国内のスタートアップ企業の資金調達額は、過去最高額であった21年を越え、8,774億円を記録している。

しかしながら、日本における開業率やユニコーン企業(創業10年以内で、時価総額10億ドル超の未上場企業)の数は、欧米と比較しても未だ低い水準である(図表1)。スタートアップ育成5ヵ年計画では、27年度には資金調達額が10倍(10兆円規模)となることを目標に、ユニコーン企業を100社創出※1することを目指している。

出所:CB Insights「The Complete List of Unicorn Companies」

出所:CB Insights「The Complete List of Unicorn Companies」

日本国内の行政機関、自治体は、海外各国にて開催されるスタートアップ関連展示会などのイベントにブースを構えることが多い。コロナ禍が明け、タイにおいてもスタートアップ企業が集う展示会・ピッチイベントが、行政機関や民間機関、開催規模の大小問わず多く開催されるようになっている。

23年8月、クイーン・シリキット国際会議場で開催された「Techsauce Global Summit 2023」は、タイの民間組織が主催機関となるタイ最大級のスタートアップ・テックイベントである。ここに、JETROバンコク事務所はジャパン・パビリオンとして一画を構え、日系スタートアップ企業10社の参加を支援した。

「創業間もないスタートアップ企業にとって、販路開拓機会の獲得は大きなメリットがある。タイ企業のキーパーソンとの繋がりを得る機会は非常に希少。大型イベントへの参加実績自体が会社の信用度向上に繋がる」と、ある出展企業は語る。海外進出を図るスタートアップ企業にとって、人的・資金的リソースが限られる中、各国で開催される大型の展示会・ピッチなどのイベント参加は大きなリード獲得に繋がる。

日系スタートアップ企業のタイ進出契機

ベンチャーキャピタル等から多くの出資を受けるスタートアップ企業にとっては、上場・M&Aを果たすことがひとつの出口戦略となる。継続的な売上拡大を狙うため、国内市場のみならず、並行して海外展開を含めた事業展開の必要性を意識するスタートアップ企業は多い。

タイに現地法人を構える、ある日系スタートアップ企業は「タイ進出前から、日系企業からの引き合いがあった。進出する日系企業の多さから市場の裾野の広さを感じていた」と語る。JETROバンコクの調査では、5,856社(タイ日系企業進出動向調査2020年)もの日系企業がタイに進出しており、進出初期における顧客・パートナー対象として、現地日系企業の裾野を捉えようとする。

終章で紹介する日系スタートアップ企業からも多く耳にしたが、タイ進出の契機としては、①顧客対象となる進出日系企業の数、②進出前からの現地企業からの引き合い、③国内出資元企業からの提案、④タイ特有の市場性に着目、といったことが挙がる。

①②現地日系企業数、引き合いの存在による進出判断については、スタートアップに限らない話ではあるが、海外事業へ注入するリソースが限られる体制下、進出初期における顧客対象が見えやすいという側面は、進出要素としては当然に強いのが現状である。

③国内出資元企業からの提案については、スタートアップ特有の状況でもある。日本国内市場の成熟状況を鑑み、海外展開状況・市場性が投資家による出資判断材料となることもある。投資家との相談を踏まえ、彼らの現地商流・ネットワークを活用しながら、進出に乗り出すことも多い。

④タイ特有の市場性に着目するスタートアップ企業は、近年タイ政府が推し進める「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済モデル」をはじめとする経済戦略に対して、企業が提供するサービス・プロダクトそのものが解決策に繋がることからも、マーケティング活動を強めている。現在は特に、AI・サステナビリティ分野の強化を進めるタイ大手財閥企業からの引き合いや市場性からタイ進出に取り組む企業が目立つ。

スタートアップ関連イベントPHOTO

スタートアップ関連イベントPHOTO

大手・スタートアップ問わず注目されるタイにはない日本の技術

23年度にタイ国内で開催されたスタートアップ関連イベント(図表2)では、大学の研究開発等をもとにした独自の製造技術や特殊素材を扱う、いわゆる「ディープテック」と呼ばれる企業にタイ企業・投資家からの注目が集まった。特にコロナ禍においては、SaaS(クラウド系のソフトウェア)関連企業への投資熱を経た時があったが、昨今においては、ディープテック企業がその傾向にある。

(主に、経済産業省、JETROバンコク、在タイ日本国大使館等が開催に関わるイベント)

(主に、経済産業省、JETROバンコク、在タイ日本国大使館等が開催に関わるイベント)

日本の技術、新規性・将来性は、タイ大手財閥企業、ベンチャーキャピタルからも非常に関心が高い。タイ最大財閥CPグループは、2030年までのサステナビリティ目標として、GHG排出量の削減、再生可能素材の利用率向上といった項目を掲げている。例えば、農業・食品加工工程において発生する食糧廃棄をゼロにする取り組みが挙げられるが、こうした課題解決に関連した革新的な技術は、日本をはじめとする国外スタートアップに求められている。

一方で、ディープテック企業は、SaaS型のインターネットサービスと比較し、社会実装に至る開発期間・コストがかかることが多い。今年8月にバンコクで開催されたスタートアップイベント「Techsauce Global Summit 2023」に参加した、特殊耐熱素材を開発するスタートアップ企業ThermalyticaのWu(ウー)氏は「プロダクトの用途開拓・開発のための資金・量産体制の確保を同時に進めている。国内市場だけでなく、海外での市場前提のため、各国での調査・商談を続けている」と語る。技術開発のみならず、その研究資金確保・さらには上市(製品の市場流通開始)のための量産体制・製造コストダウンの方法も探していかなければならない。

自社の技術力・市場性が、タイのBCG経済・環境問題等における課題解決に適していると訴求することが、タイ大手財閥との協業に進展すると言える。

Techsauce Global Summit 2023にて 独自の技術で開発した最高の断熱材の社会実装に取り組む

Techsauce Global Summit 2023にて 独自の技術で開発した最高の断熱材の社会実装に取り組む

寄稿者プロフィール

JETROバンコク事務所

  • 松浦 英佑 プロフィール写真
  • SME Promotion Department
    Director松浦 英佑

    2012年より行政機関にて中小企業、スタートアップ支援に従事。23年よりバンコクにて日系スタートアップ企業のタイ進出、タイ財閥系企業とのイノベーション促進を担当。

タイ財閥と日系スタートアップの共創

タイがスタートアップ育成する背景

タイ経済はイノベーションを渇望している。観光産業をはじめとして新型コロナウイルスの影響から完全に経済が回復していないことや、将来的な人口減への懸念もあり、中長期のタイ経済は緩やかに衰退を迎えるとの悲観的な見解もある中、ブレークスルーが従来以上に求められているといえよう。

タイ政府もそれを見越し近年各種のスタートアップ優遇政策を進めている。政策は複数の政府機関にまたがっており、1つはデジタル経済推進庁(Digital Economy Promotion Agency:DEPA)による施策が挙げられ、タイのみならずAEC全域での知的財産権に関するサポートと特許申請の迅速化を行っている。更にDEPAはデジタルスタートアップや技術・テクノロジー系の事業者に対して信用保証協会への手続き支援を行い、100億バーツまでの資金調達などを支援している(詳細条件あり)。また、DEPAはソフトウェア・デジタルコンテンツ事業者の登記も行っており、過去に70件、検討中の事業者も310件ほどあり、スタートアップによる様々なコンテンツやソフトウェアの展開を加速している。

その他の機関ではタイ証券取引所(Stock Exchange of Thailand:SET)の取り組みが挙げられる。SETでは「LiVE Plateform」というプラットフォームを展開し、スタートアップや中小企業に向け、大手監査法人による経営ノウハウのEラーニングの実施や法務関連の知識提供、上場企業とのビジネスマッチングなどによる機会提供も行っている。

スタートアップ育成の遅れと挽回をリードする財閥

このような施策によりサポートを受けているタイのスタートアップの事業環境であるが、域内主要国と比較して同国はスタートアップ育成で劣後しているとの見方がつきまとまっている。たとえば、スタートアップ企業はタイにおいて1,000社ほどあるといわれる中でイノベーション創出の目安ともなるユニコーン企業の数でみるとタイはBitkub(金融)とAscend Money(金融)、Flash Express(物流)の3社のみであり、シンガポール(同13社)はおろか域内のライバルであるインドネシアと比べても劣後している(同6社)。政府もこの遅れを挽回すべく、2022年にはベンチャーキャピタル(VC)や投資家がスタートアップ企業の株式売却時の売却益を非課税対象とする制度も導入した。90年代からスタートアップ育成で先行するシンガポールでの恩典にフォローする動きであり域内での競争環境が意識されているのがわかる。

一方、タイの場合、伝統的に官よりも財閥を主とする民のほうがよりダイナミックな動きをとっており、これをカバーしているのも事実である。スタートアップと財閥との関連性でいうと、いくつかのパターンに分かれるが、①財閥自らが新規事業を行うケース、②CVCを立ち上げスタートアップとの接点を有するケース、③有望なスタートアップを財閥自身がM&Aなどの手段で取り込むケースなどが挙げられる。 たとえば、①についてはPTTが政府政策であるBCG経済モデルに沿い、自前でスマートファーミングなどの先進的農業事業に着手している。

2023年6月9日、スタートアップ・マッチングイベント「Japan-ASEAN Startup Business Matching Fair 2023」より

2023年6月9日、スタートアップ・マッチングイベント「Japan-ASEAN Startup Business Matching Fair 2023」より

②については各財閥とも近年ファンドを立ち上げ、有望企業への出資を行っている(図表1)。対象業種は暗号通貨やフィンテックなどの金融関連が多いのが特徴である。また前述分野以外でも環境面での投資も活発化しており、Thai Oil社(TOP)やPTG Energy社(PTG)などによるCVCを通したグリーンテクノロジーを有するスタートアップへのコンタクトを取り始めているケースも見られる。

出所:GCV及び各社HPを基にMURC作成

出所:GCV及び各社HPを基にMURC作成

③についてはポートフォリオの拡大や安定化を目指す企業による実施がみられ、こちらもPTTORの事例となるが、Oh ka Jhu Organic(オーガニック飲食店)やKamu Tea(タピオカミルクティー)、Kouen(日本食)やPacamara(スペシャリティカフェ)などの飲食まわりにおける買収を立て続けに行っている。また、これとはべつにCPグループは個別のスタートアップや事業投資にかぎらず、「True Degital Park」を設置し、起業家のためのオフィス環境の整備から会社設立などの立ち上げ支援も行い、一歩踏み込んだ施策を推進し、エコシステム形成を図っているといえよう。

起爆剤となりうるタイ財閥×日系スタートアップの連携

タイならではの動きとして、この一連の動きを強化する起爆剤となり得るのが、タイ財閥×日系スタートアップの連携であろう。一例としては、タイ娯楽大手Major Groupが筆頭株主であるタイ・マクドナルドの決済システムにおいて日系スタートアップのOmise(現Opn Payments)と協業したことが挙げられる。タイ・マクドナルドは同社に対し店舗におけるペイメント・ゲートウェイの全面的な委託を行うと公表している。その他の事例として、CPグループは活発的な機会提供を行っており、エビ養殖の生産性向上に向けたウミトロンとの提携やマーケティングへの効果的なデータ活用に向けたニューラルグループとの協業など、日系スタートアップとの積極的な取り組みがみられる(図表2)。

出所:各種情報よりMURC作成

出所:各種情報よりMURC作成

また、投資環境整備に向けた取り組みも進んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループの連結子会社であるアユタヤ銀行(クルンシィ)はCVCを有しスタートアップとの接点づくりを進めており、本年6月に「Japan-ASEAN Startup Business Matching Fair」を実施。日系・ASEAN域内の投資家・起業家をつなぐ場としてタイ、日本、カンボジアを始めとするASEAN各国等9ヵ国60社以上のスタートアップが参加した。また、在タイ日本国大使館及びJETROバンコク事務所主催の「Rock Thailand」はCP Group、経産省、True Digital Parkとの共催の元、本年11月4日にイベントを行う予定であり、スタートアップピッチングの場を提供するなど、日タイ双方の活動促進を活発にすることを目的としている。

寄稿者プロフィール

MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

  • 池上 一希 プロフィール写真
  • Managing Director池上 一希

    日系自動車メーカーでアジアの事業企画を担当。2007年に当社入社。大企業向けの欧米、中国、アセアン市場の事業戦略構築案件を中心に活動。18年よりバンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後の事業改善等のテーマに取り組む。
    Tel: +66(0)92-247-2436
    Email: kazuki.ikegami@murc.jp(池上)

  • 池内 勇人 プロフィール写真
  • Associate池内 勇人

    製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。21年にMURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。

タイで注目の日系スタートアップ企業20社

スタートアップ企業INDEX

スタートアップ企業INDEX

Neural Group

手のひらサイズのデバイスで、街情報のAI画像解析を実現

独自開発のAIによる画像解析とエッジコンピューティング技術を活用したAIエンジニアリング事業を展開するニューラルグループ。2018年の創業からわずか2年半で東京証券取引所に上場を果たし、初の本格的な海外進出として、タイ法人を22年末に設立した。街中の画像情報を認識・解析するAI技術はすでに日本各地の自治体、ディベロッパー、鉄道、商店街などで活用されており、地域のスマートシティ化に貢献している。

「交通量や商業施設内の人流を可視化し、その情報発信を通して人々の行動変容を促すのがコンセプト」と話すのはNeural Group (Thailand) Co., Ltd.の竹中一真CEO。同社は、今年4月にタイ最大財閥CPグループ傘下のEgg Digital社と事業提携した。慢性的な交通渋滞に悩むタイの幹線道路をAIで解析し、渋滞状況に応じて屋外広告のコンテンツを切り替えるデジタルマーケティングプロジェクトに乗り出している。竹中氏は「渋滞の待ち時間を生産的な時間に変えたい」と意気込む。

同社のAI解析は、カメラに設置された小型機器「エッジAIボックス」の端末内で完了する。クラウドサーバに送信されるのはテキスト情報のみで、個人を識別する画像情報は端末機器の中で破棄されるため、個人情報も保護できる。

AIエンジニアおよびデータサイエンティスト教育のエコシステム構築に向け、今年からタイ高専とパートナーシップを締結し、同社の技術者を派遣している。政府の産業高度化政策「タイランド4.0」を人材面でも支援する。

https://www.neural-group.com/

Recursive

Recursive

トップエンジニアによるフルカスタマイズのAI開発

フルカスタマイズ可能なAI開発を強みに、企業のサステナビリティ実現のためコンサルティングから新規事業開発支援、ソリューション開発まで手がけるのが株式会社Recursiveだ。日本企業でありながら、CEOを務めるのはポルトガル人のティアゴ・ラマル氏。

創設者でもあるティアゴ氏は、「AlphaGO」で知られる世界最高峰のAI開発会社、DeepMindの元シニアリサーチエンジニア。強化学習、予測モデル、自己管理型学習など数々の最先端プロジェクトに従事し、「Nature」誌などにも論文を発表している。そんなティアゴ氏のことを「世界の宝。AIエンジニアのトップオブトップ」と評するのはもう一人の共同創設者、山田勝俊COOだ。2人の出会いから2020年に生まれた同社。ティアゴ氏に対する信頼が世界中からトップエンジニアと仕事を呼び込んでいる。

今年3月頃から本格的に動き出した海外進出。インドネシアでは森林火災の防止など森の保全プロジェクトに参加。AIで地下水位を予測するなどして、他社では1年半かかっていた取り組みをわずか2ヵ月で結実させ、これまでを凌ぐ成果を生み出した。

タイでは、8月に登壇した「Techsauce Global Summit 2023」をきっかけに主要財閥と組み、エネルギー、食、ヘルスケアなど一気に様々なサービスへの展開を狙う。大規模言語モデルを活用した情報横断検索システムはタイ語にも対応する。向こう半年をめどに拠点の開設も計画しており、現地の大学と協力してAIエンジニアの育成にも乗り出した。山田氏は、「いつかタイの会社が自社で開発できるように」と社会貢献への思いを語る。

https://recursiveai.co.jp/ja/

RUTILEA

RUTILEA

ゼロコードですぐに使えるAI画像処理

「AIをゼロコードで、すべての人へ」をスローガンに、2018年に京都で創業した株式会社RUTILEA。複雑な導入プロセスをシンプルにすることで、精度の高いAIをすぐに使える状態にし、製造業の生産性向上を支援している。国内大手自動車メーカーなどで採用が進み、自動車部品の外観検査、動画による作業分析・安全管理、ドキュメント作成・管理などに活用されている。

この技術に着目をしたのが、タイのキングモンクット工科大学(KMUTT)の科学技術イノベーション政策研究所だ。昨今、タイ国内で相次いでいる銃器を使った犯罪の数々。この抑止が緊急課題として浮上していた。

同社は、物体検出やセグメンテーションを行う画像解析AIを使って、捜査機関などが持つ膨大な画像データから銃器を検出できる仕組みを構築する。薬物中毒者や再犯者に特徴的な挙動データを採り入れ、衣服の中に隠し持っていたとしても、その不自然な体勢や行動から銃器の存在が判別できるよう精度を高めていく方針だ。本年8月頃からプロジェクトを開始し、結果次第で来年の実用化が見込まれる。タイ深南部では分離独立を目指す武装勢力もおり、バンコクでの実績が郊外にも展開されることが期待される。「安全な場所に産業は集まる。インパクトは大きいはず」と同社は話す。

Synspective

Synspective

天候や時間帯に左右されない高分解能衛星

人工衛星データの販売およびデータを活用したソリューション提供で、災害対策やインフラ開発、農業生産性の向上などに貢献するのが2018年設立の株式会社Synspective。地図アプリなどに活用される従来の光学衛星と違い、同社が開発・運用する「SAR衛星」最大の特徴は、波長の長いマイクロ波で地表面の観測を行うことで、雲に覆われていても夜間でも、1年中常時地形や構造物の形状・物性までを正確に把握できる点だ。
同社のSAR衛星は、1,000km²以上のデータを3m以下の分解能で一度に取得でき、観測モードにより1m以下の分解能でもデータ取得が可能。SARデータは時系列分析や変化抽出に強く、経済・環境の連続的変化を捉えるのに適していると言える。

小型・軽量による低コスト化を図った同社の衛星は、多数機生産が可能となり、現在の3機体制から24年以降に6機体制を目指し、20年代後半には30機体制まで引き上げる計画。より迅速かつフレッシュな情報提供および幅広い顧客ニーズへの対応が期待される。

シンガポールに東南アジア市場の統括子会社を置く同社だが、タイでも、衛星運用・通信事業を行うTHAICOM PUBLIC COMPANY LIMITEDやタイ地理情報・宇宙技術開発機関(GISTDA)とパートナー関係にある。過去20年間で面積が半分以下になったとされるタイの森林のモニタリングや、ミリ単位の地盤変動観測による地滑りの危険性予測など、アジア太平洋地域の社会課題解決に取り組む。

https://synspective.com/jp/

ECOMMIT

ECOMMIT

全国約3,000の回収拠点、国内外約100のリユース・リサイクルネットワーク

鹿児島県で創業した株式会社ECOMMIT。数あるリサイクルショップと違うのは、全国約3,000箇所の回収拠点と、国内外約100社のパートナーと築き上げた与信管理ルールだ。

日本国内で排出されるごみの量は、東京ドーム112杯にも相当する4,167万トン。1人が1日に捨てるごみの量は約900グラム。現在稼動する最終処分場もあと20年分しか残されていないのが現状だ*¹。にもかかわらず、日本の廃棄物のリサイクル率はOECD加盟国の中でも最下位に近い20%台*² 。この危機感が事業を成長に導いた。

同社は回収におけるインフラが圧倒的に不足していることが原因だと考え、2023年4月に不要品の回収・選別・再流通を一気通貫で行う「PASSTO(パスト)」の提供を開始した。公共施設や商業施設など、人々の生活ルート上に不用品回収ボックスを設置し、全国各地に回収拠点を拡大中。24年9月までに1,000ヵ所、回収する衣類は現在の倍の1万2,000トンを目指す。

回収後は衣類選別のプロがまだ使えるリユース品を選別。その数は123品目にも上る。これらを自社ネットワークや海外卸のルートに乗せ再利用へ。リユースできないものは、原料として生産現場へ提供する。その一つが東南アジアだ。

タイのリユース市場の拡大は目覚ましい。10〜20代を中心に古着に対するハードルはほぼなくなり、良いものを安く求める消費者が少なくない。アパレル生産国として縫製原料の需要も高く、資源としての循環も期待できる。「捨てない」選択肢を提供し、地球規模で再利用・再資源化を進める。

*¹ 出典:環境省HP   https://www.env.go.jp/press/110813.html
*² 出典:国立環境研究所社会対話・協働推進オフィスHP   https://taiwa.nies.go.jp/socialmediapolicy/index.html

https://www.ecommit.jp/

EF Polymer

EF Polymer

作物残渣由来の完全オーガニック・完全生分解性吸水ポリマー

オレンジやバナナの皮など作物残渣を原料とした完全オーガニック由来の超吸水性ポリマーの開発に成功したのは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)発のスタートアップEF Polymer株式会社。創業者はインド人のナラヤン・ラル・ガルジャールCEO。自身も干ばつ地域の農村出身で、「村の仲間を助けたい」との思いから研究を始めた。同大のアクセラレータープログラムを経て、今では日本、インド、アメリカ、フランス、タイの水不足に悩む多くの農家を助けている。

世界で干ばつ被害を受けているのは人口約79億人の45%。水不足が作物の収量拡大の弊害となっている。「EFポリマー」を土に混ぜ込むだけで水利用量の最大40%、肥料の20%が節約でき、収量は15%拡大する。従来の石油由来のポリマーは吸水倍率などの機能が農業用途に向いていないだけでなく、土壌や海洋汚染など中長期的に環境への影響が懸念されるが、EFポリマーは水分と栄養素の保持力が高く、完全生分解性。作物の病気も軽減でき、農家の収入増にもつながる。

タイでは2020年頃からキャッサバ、サトウキビ農家で実証実験を開始。メコン川の水位が過去100年で最低を記録するなど気候変動が農業に与える影響は深刻だ。EFポリマーはその切り札となる公算が高い。同社は、これまでに5ヵ国で160トンのEFポリマーを届けてきた。さまざまな農作物の残渣が使えることから、地産地消型・循環型経済モデルも確立できるとして新たな国や地域への浸透も進める考えだ。

https://ja.efpolymer.com/

SPACECOOL

SPACECOOL

ゼロエネルギーで空間やものを冷やす0.1ミリのフィルム

厚さわずか0.1ミリの新素材。太陽光からの熱を95%以上ブロックするのと同時に、赤外線として95%以上の熱を宇宙空間に放出することを可能にした夢のようなフィルムを、大阪ガスの研究者が開発した。地球温暖化の解決に役立つと、2021年に事業会社として設立されたのがSPACECOOL株式会社だ。社名と同名のフィルム「SPACECOOL」は、タイや中東などの低緯度地域で早くも威力を発揮する。

世界が注目するこの技術は、放射冷却現象の原理を応用している。冬の夜間から明け方にかけて気温が一気に低下するあの現象だ。地球は昼夜問わず常に熱を赤外線として放射し続けている。そこで、赤外線放射によって出る熱を太陽光から入る熱よりも大きくすることで、貼付した対象物を冷やすことを可能にしたのが同製品だ。直射日光が当たった状態で素材の表面温度が外気温より最大6℃、使用環境次第でそれ以上の温度低下も可能という。耐候性は10年以上。貼るだけで空間やものを冷やすことができるため、地球温暖化対策、省エネ、コンテナの温度上昇抑制、屋外機器の故障防止など様々な用途で活用され、大阪・関西万博のパビリオンでも使用されることが決まっている。

タイで事業化が始まったのは今年4月。環境問題に関心を持つ大手企業などから引き合いが相次いでいる。放射冷却を使った放熱フィルムの商業化は世界でも少なく、欧州では同社を例にその効果の評価基準作りが始まっている。有害物質を含まず、人体にも地球にも優しいSPACECOOLが市場をリードしている。

https://spacecool.jp/

Zeroboard

Zeroboard

温室効果ガスの排出量を簡単に算定・可視化

企業や製品・サービス単位での温室効果ガス(GHG)の排出量を算定・可視化および削減管理できるクラウドサービス「Zeroboard」を提供する株式会社ゼロボード。社内システムの各種データ(調達、会計など)を入力または連携するだけで、専門知識は不要だ。国内外の各種環境法令の報告形式での出力や、排出量削減のシミュレーションも可能。2021年の設立から加速度的に導入社数を拡大し、販売開始からわずか1年半で2,600社を超えた。

Zeroboard (Thailand) Co., Ltd.はASEANの統括会社として23年3月に開設。タイは2050年までにカーボンニュートラル、65年までにネットゼロ達成を目指しているが、「タイ証券取引所から気候関連財務情報の開示義務が課せられている上場企業ですら、GHG排出量の算定・見える化はこれからというところが多い」とタイ法人代表の鈴木氏は指摘する。

同社は、アユタヤ銀行や泰日経済技術振興協会(TPA)、タイ発電公社(EGAT)の子会社INNOPOWERなどと相次いでパートナーシップを締結。アライアンスパートナーである長瀬産業とは、脱炭素経営の普及啓発やタイ企業との共創の場として、EEC事務局の施設内にソリューションの展示ブースを設置。ベトナムでも共に、現地のGHG排出量オンライン報告システムに「Zeroboard」を連携する実証事業を進めている。インドネシアも新たな市場と捉え、アジア各国を飛び回る鈴木氏。脱炭素競争に勝ち残るための第一歩をゼロボードが支援する。

https://zeroboard.jp/

Nihon Agri

Nihon Agri

日本の農産物の「美味しさ」と「知財」を世界へ輸出

農家の販売先市場が国内に限定されていることに問題意識を持ち、青森県産りんごや静岡県産さつまいも、栃木県産シャインマスカットなどを東南アジアや台湾、香港ほか海外に輸出しているのが、2016年設立の日本農業。20年にはタイ法人Nihon Agri (Thailand) Co., Ltd.も設立し、北部チェンマイ県に日本人技術者3名が常駐して日本品種いちごの現地栽培を始め、出荷量、販売量ともに順調に伸ばしている。

バンコク中心部の商業施設には海外から輸入された青果が整然と並ぶ。日本産も少なくないが、幅を利かすのは韓国や中国など。価格は日本産を大きく下回るものが多い。「日本産の良さを知っている人が少ない。知っていても買えない人が多くいる」とCOOの今岡氏はもどかしさを覚える。日本産の美味しい青果をボリュームゾーンである中間所得層にも届けたいと、仕入れのタイミングを調整したり、サイズの小さいものを出荷したりするなど、中間ロスの削減に奮闘している。

入荷後、傷があるために廃棄する青果は加工販売することで、食品ロスの削減にも取り組む。環境意識が高まるタイでは重要な課題だ。
「輸入規制、輸出規制の厳しいタイでは煩雑な事務手続など問題山積だが、後継者不足・市場縮小に悩む日本の農家救済の一助になれば」(今岡氏)。若きスタートアップ企業が農業の構造変革に挑む。

https://nihon-agri.com/

Sagri

Sagri

衛星データとAIで施肥量を最適化

29歳の若き連続起業家、坪井俊輔氏が2018年に設立したサグリ株式会社。途上国の児童労働を見たことがきっかけだった。

衛星データやAIを用いて耕作放棄地を可視化する「アクタバ」と、作付け状況を可視化する「デタバ」を国内40の自治体に導入し、農業にかかる調査を効率化。農業人口が減少する中、大規模農場経営や新規参入の切り札になるとして期待されている。

また、インドとシンガポールの支社を起点に国外にも提供しているのが、衛星データから生育状況の把握や土壌の解析を行う「Sagri(サグリ)」だ。農家は収穫量が落ちるのが不安なため、ついつい多量に使用されがちな化学肥料。Sagriを活用することで、全炭素や可給態窒素といった土壌の状態が可視化され、施肥量が最適化できる。その結果、農家のコスト削減にもつながる。

タイやベトナムでは、地方自治体や現地大手財閥と共同で新たな利用も始まっている。化学肥料削減によって生まれる温室効果ガスの減少分からカーボンクレジットを創出。欧米企業に販売することでその収益を農家に還元するという仕組みだ。両国とも農業就労人口はなお多くを占めながら、収入が少ないという課題がある。

中部パトゥムターニー県の水田20ヘクタールを利用した実証実験では、米の収量はそのまま、20%もの化学肥料の減量化に成功した。申請済のクレジットの承認が得られ次第、販売も開始する。社名でもあるサグリは、「SATELLITE(衛星データ)×AI(人工知能)×GRID(区画技術)」から。2025年までに国内外100万世帯の農家にサービスを届けるのが目標だ。

https://sagri.tokyo/

TOWING

TOWING

未利用バイオマスを活用した世界初のスマート人工土壌開発技術

名古屋大学発スタートアップとして発足した株式会社TOWING。植物の炭等の未利用バイオマスからできるバイオ炭に、微生物を付加する独自のスマート人工土壌開発技術「高機能ソイル技術」を有しており、人工土壌の高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を研究開発している。

これにより、有機転換した際に通常3〜5年はかかると言われる土壌づくりがわずか1ヵ月で可能となり、広さや耕作期間が限られる農地においても収穫量の増加が期待できる。さらに、本来廃棄されるような植物残渣や有機物等を炭化し、畑へ撒くことにより、炭素固定ができ、焼却・廃棄によるCO2排出削減にも繋がる。既存の有機肥料と合わせて使用することも可能で、各農家が利用する肥料の切り替えが不要なこともメリットの一つだ。

同社は、アメリカやブラジルなど、農業の人手不足や食料不足に悩む地域にも展開を進めている。タイでは現在、製糖会社やキャッサバ生産会社などから食物残渣の有効活用や収量増加に関する引き合いを受け、農地調査や高機能ソイル技術活用のフィージビリティスタディ(FS:事業化調査)を実施している。海外事業開発担当の置塩氏は、「タイでの事業は始めたばかりだが、各土地にあった方法で効果の実証を重ねてきている。将来的には近隣諸国へも展開し、タイを東南アジアにおけるハブ拠点と位置付けたい」と意気込む。

同社は宇宙まで視野に入れており、月面農業という新たな食料生産システムの構築に目が離せない。

https://towing.co.jp/

Melody International

Melody International

小型IoTモニターでいつでもどこでも母子の健康状態を把握

日本初の産婦人科電子カルテの事業化に成功した女性起業家、尾形優子氏が2015年に創業した香川大学発ベンチャー。共同開発した「分娩監視装置iCTG」は、手のひらサイズの可愛らしい2つの計測器だ。胎児の心拍数を測定するピンクのデバイスと子宮の収縮度を測定する水色のデバイスを妊婦のお腹に当てるだけで、計測データがクラウドサーバに送信され、医師は手元のPCやタブレットで胎児の「今」を把握できる。従来、通院が必須であった計測がいつでもどこでも行えるようになることで、近くに分娩施設がない妊婦への遠隔診療の提供やハイリスクの妊婦への早期対処が可能となる。

「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」という理念のもと、タイ、インドネシア、フィリピン、ケニア、ブータンなどにも積極展開している同社。タイではチェンマイ大学内にオフィスを構え、山岳地帯の多い北部において2018年からの4年間で2,600人以上の元気な赤ちゃんの誕生に貢献した実績を持つ。へき地医療の問題に悩むタイ政府の関心も熱く、隣接するチェンライ県でも同様の取り組みが始まっている。

高齢出産によるハイリスク妊産婦の増加や産科医不足による分娩施設の減少が社会問題化する日本だが、将来的にはタイも同じ局面を迎えるのではと神原氏は読む。「地球上で1日に800人の妊婦と5,500人の胎児が亡くなっている。機器だけでなく、妊産婦死亡率・周産期死亡率ともに世界一の低さを誇る日本の周産期医療の教育も含め世界に届けていきたい」(神原氏)。

https://melody.international/

algal bio

algal bio

健康食品の機能性成分、代替たんぱく質、バイオ燃料まで「藻類プラットフォーム」を構築

約30億年前に誕生し、地球上に酸素と生物多様性をもたらした藻類。現在は約30万種存在するとされるが、産業用に利用されるのは約30種と大半は未知のまま。その研究を20年以上続けてきた東京大学の研究者らが設立したのが株式会社アルガルバイオだ。70種以上もの多種多様な種株が保管される「藻類株ライブラリー」や育種技術に培養ノウハウを掛けあわせ、健康・食糧・環境問題に対するプロダクトやソリューションを開発・提供している。

課題解決に最適な種株を見つけるため企業との共同研究が続く。食物や飼料の原料であったり、鉱産資源に代わるクリーンエネルギーであったり、工場の廃液から汚染物質を取り除くものであったりと顧客が求めるモノ・コトは多岐にわたる。
タイでは、昨年開催された「Rock Thailand #4」への登壇をきっかけに、資源や素材を扱う大手企業から引き合いがあり、CO2の回収や排水の浄化のための共同研究に向けて技術協議が進む。「BCG経済モデル」を国家戦略に据えるタイで、それに貢献し得る技術を持つ同社への注目度は高い。

藻類は、雪山から温泉まで一般的な農業や耕作に不適な土地でも、場所を選ばず生育環境にできることから、シンガポール、インドネシア、アメリカ、ヨーロッパなど世界各国への展開も推し進める。「当社は藻類が大好きなマニアの集まり。藻の良さを世界に知ってもらいたい」(木村氏)。そんな純粋な思いが藻類の未知の可能性をカタチにし、タイを循環・共生型社会へと導く。

https://algalbio.co.jp/

KAICO

KAICO

カイコ発の創薬プラットフォームを商業化

110年前から九州大学で行われてきたカイコの研究。効率よくタンパク質を生成する特性に着目し、創薬までの生産プラットフォームの商業化に乗り出したのが、KAICO株式会社だ。目的タンパク質の遺伝子を挿入したバキュロウイルスをカイコに接種することで、カイコ体内でタンパク質が発現。そのタンパク質を利用して製薬につなげる仕組みだ。安全性が高いことからヒトへの接種や投与はもちろん、畜産業や養殖業にも活用でき、実証実験も始まっている。

低コストで大量生産可能なだけでなく、短期間での少量多品種開発にも対応。バキュロウイルスは人体に感染せず無害で、野生回帰能力を完全に失っていることから研究施設外への流出もなく、地球環境に影響しないなど利点が多い。

感染症対策にも有益なのに加え、注目されるのが飼料添加物としての供給だ。すでにベトナムではブタ用飼料添加物としての認可目前で、養豚業の生産性向上が期待される。タイにおいても、この業界大手との事業化を目指す。

養殖漁業への転用も計画されている。養殖魚ごとにワクチンを注射する方法では労働は過酷で生産の拡大も困難。エサに経口ワクチンを混ぜ込めば、こうした課題も解決できるとして水産業が盛んなタイなどで関心が高まっている。カイコが切り拓く産業の創出は無限大だ。

http://www.kaicoltd.jp/

Spiber

Spiber

非石油由来の人工構造タンパク質繊維を量産化

植物由来の人工構造タンパク質繊維「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」の原末をタイ東部ラヨーン県にある工場で生産するのが、慶應義塾大学発スタートアップのSpiber株式会社だ。2022年春に一部商業運転を開始。今年は100t以上の生産を予定しており、フル稼働すると年産500tの規模になるという。現在は衣類や化粧品原料などに用途が止まるものの、将来的に車のパーツなどの工業製品や医療品にも活用される見通しだ。

消費型社会を循環型社会に変えたいという若者たちが起業した同社。着目したのは人工タンパク質。石油由来ではなく自然界から得られた植物由来の糖類を使い、目的の特性に応じて独自にデザインした遺伝子を微生物に組み込み、発酵プロセスによって生産を行うという基盤技術でさまざまな性質のタンパク質を作ることに成功した。

日本との近さや原料が容易に調達できることからタイに工場を構えた。現在は全量を本社のある山形県鶴岡市に向けて輸出し紡糸を行っているが、今後はタイでの販路開拓も目指す。

タイ法人Directorの浅井氏は、「タイで問題となっているマイクロプラスチックによる海洋汚染問題の解決に貢献できるのではないか」と環境課題解決に向けた取り組みにも関心を向ける。ブリュード・プロテイン™は環境生分解性があるため、その代替品として供給できないかを模索している。また、樹脂やフィルムなどにも活用できることから、新素材を求めるタイ企業とのタイアップも進める意向だ。

https://spiber.inc/

Credit Engine

Credit Engine

融資サービスの入り口から出口まで高度にデジタル化

融資や債権回収のプロセスをデジタル化し、融資申込者の利便性向上、金融機関の業務効率化に貢献するのが2018年設立のクレジットエンジン株式会社だ。同社が開発するオンライン融資管理システム「CE Loan」、債権回収システム「CE Collection」は、中小企業融資から住宅ローンまで幅広く対応しており、大手銀行・地銀などで実績を重ねてきた。

2021年にはシンガポール拠点Credit Engine Asia Pte. Ltd.を立ち上げ、タイ、フィリピン、インドネシアへの展開に動き出した。タイでは個人向けウォレットの導入は進んでいるが、債権回収のオペレーションは未だオンプレの古いシステムを使用している。情報を紙で管理し、延滞者には電話で催促、督促状を発送するなど、膨大な労力とコストがかかっていた。その債権回収の管理から延滞者への連絡、回収までのオペレーション全般をデジタルで行える点が他社にはない強みだ。

現地金融機関からの関心も高く、今年に入り、タイのマイクロファイナンス事業者Wealthi社や建設業界における金融サービスを提供するSIAM SAISON社、フィリピンの大手債権回収会社と実証実験を開始している。自動架電やSMSでの自動通知によりマンパワーでの回収業務が解消され、債権管理用のマイページの提供も行えるようになった。タイ語対応している点も受け入れられる大きな理由だ。

https://creditengine.jp/

CADDi

CADDi

図面のデータ化、利活用で最適発注・原価低減を実現

新型コロナウイルス感染拡大や地政学リスクの高まりを背景としたサプライチェーンの混乱により、影響が生じた部品の調達。キャディ株式会社が提供する「CADDi MANUFACTURING」はこうした有事の際はもちろんのこと、近年多様化する消費者のニーズに対応する多品種少量生産においても、低コストで柔軟なサプライチェーンの構築を実現する。同サービスは、メーカーの図面を独自のテクノロジーを駆使して解析し、品質・納期・価格が適合する加工会社を世界中から選定。製造・検査・納品を一貫して担うことで、調達・製造をワンストップで支援する。

そんなプラットフォームを運営する中で、各社各様の膨大な図面データの管理や検索を効率的に行いたいとの考えから、もう一つの主力サービスとなる「CADDi DRAWER」を開発した。過去に受注した図面データは保管していても有効活用できていない企業が多い中、同サービスは、形状・材質・部品名などから誰でも瞬時に図面検索が可能。モノづくりのDX化およびデータのアセット化にも貢献する。

2017年の創業当時から海外進出を念頭に置いていた同社は、22年3月にベトナムに進出。同年11月にはタイにも現地法人を設立した。APACエリアを統括する武居氏は、「タイの製造業は裾野産業まで広く多くの企業が集積しており、高い技術力を有する金属加工会社が多い。周辺国との取引も多い市場で、サービスの需要は増加するだろう」と見る。

https://caddi.com/

FingerVision

FingerVision

細やかな人間の指先を再現する視触覚センサ

株式会社FingerVisionは代表取締役の濃野友紀氏とロボット技術者の山口明彦氏が2021年に立ち上げた大学発のスタートアップ。山口氏が米カーネギーメロン大学在籍時から研究・開発を進める視触覚センサ(複数の特許登録済)「FingerVision」は、人間の指先に見立てた透明の接触部の内部に高解像度小型カメラを埋め込み、皮膚にあたる表面に多数のドットマーカーを配置した構造。わずかでも外圧が加わると表面部が変形し、動いたマーカーをカメラが捉えることで対象物と指先に生じた「力分布」と認識。さらに、対象物の時間的な変化を追うことで「滑り」も認識できる。これを解析して人間の手そっくりの滑らかな動きを実現している。表面部やハンドの着脱が可能なため、導入時や故障時、バージョンアップの際のコストを抑えられる点も強調したい。

すでに工場での実稼働を開始しており、繊細な弁当の盛り付けや、一つ一つ形状の異なる非対称な眼鏡レンズの加工など、多品種生産や柔軟物・不定形物を取り扱う様々な業界・用途で応用が可能だ。

設立直後より東南アジアにも照準を向けていた同社は、今年8月からタイでの本格展開に動き出した。タイでも進むロボットによる自動化。「触覚」の⽋如により進まなかった領域にも手が届くこの技術には、人材不足の解消も期待される。11月には東南アジア最大級の製造業向け展示会「METALEX 2023」にも出展予定で、「視触覚センサの可能性をタイの市場に問いてみたい」と活用分野の広がりに期待する。

https://www.fingervision.jp/

Flare

Flare

スマホだけで不正管理・安全運転管理ができるDXソリューション

2017年にタイで創業した株式会社Flareは、スマートフォンのアプリだけで、社用車ドライバーやセールスエンジニアなど外出の多い従業員の勤怠・業務記録などを管理できるSaaSソリューション「Flare Dash(フレアダッシュ)」を提供している。

Flare Dashは、アプリから業務実施場所・訪問時間や業務レポートを簡単操作で記録可能。記録されたデータは改ざんが出来ないため、虚偽の業務報告や交通費の不正請求などの抑止効果も高い。膨大な紙書類からの転記作業も解消でき、業務効率化にもつながる同サービスは、世界中どこでも利用が可能で、幅広い業種の企業に導入されている。

Flare Dashは同社の基盤技術である、「Flare Analytics(フレアアナリティクス)」との連携にも対応しており、急ブレーキや急発進などの危険運転行動を検知、AIによる分析で運転評価プロセスを自動化できる。また、車載デバイスに依存しないことから、導入までのコストが節約できるのも強みだ。

同社は、他の日系スタートアップ企業とは異なり、元々タイで創業したのが特徴的である。タイ市場に向けたサービスをイチから開発した点が、市場から評価されている大きな要因と言える。現在10ヵ国へのサービスを展開し、今後も事業拡大を狙う。

https://corp.flare.run/ja/

Studist

Studist

誰でも簡単に「伝わる」マニュアル作成

株式会社スタディストが開発・運営するマニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」。2013年のサービス提供開始以降、タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、香港、アメリカなど国内外の2,000社以上で導入がなされてきた。活用事例は製造業などの設備メンテナンス手順共有から飲食サービス業のレシピ共有、接客手順共有など多岐に渡る。人気の背景にあるのは、業種・規模・国を問わない高い操作性だ。

ワードやエクセル、パワーポイントによる従来型のマニュアル作成は人員的・時間的な負担が大きい。一方、Teachme Bizはスマートフォンなどで撮影した写真や動画をテンプレートに従って追加し、説明文を入力するだけ。特に識字率が低い国や接客業において、文字に比べ情報量の多い画像や動画の活用は共通認識を持ちやすい。

2010年設立の同社がタイ進出を果たしたのは18年のこと。紙文化と人材の流動性の高さから度々発生する業務の引継ぎ問題。データがどこにあるのか、どれが最新なのか分からないと悩む企業の属人化解消や人材の早期戦力化に貢献してきた。人材不足により業務の自動化にも注目が集まる中、「自動化の前に、まず①可視化、②標準化、③単純化、④徹底化の順で業務改善を進めることが重要だ」と創業メンバーでもあるタイ法人代表の豆田氏は語る。

実行を管理するタスク配信や活用状況を分析するアクセスログなど多くの機能で組織に根付くまで支援。単なるマニュアル作成に止まらず、業務そのものを正しく整理することで生産性向上を実現する。

https://studist.jp/

なぜタイ人は日系企業を辞めるのか?

 日系企業から競合に人材が引き抜かれている――。そんな話を頻繁に耳にするようになった。ジョブホッピング社会と言われ、もともと日本よりも転職しやすいと言われるタイだが、近年起こっている離職はこれまでとは異質のものだ。日系企業はこの事態をどのように捉えて、どう対策を打てばよいのだろうか。「タイでの変革は、むしろ日本を変える絶好のチャンスでもある」。そう語るのは東南アジア拠点の人事コンサルティングファームAsian Identityの中村勝裕氏だ。同氏に今タイで起こっている問題の紐解きと、打開策について解説いただいた。

タイを失うと日本企業は負ける

「タイは日系企業にとっての203高地だ」。これは以前、私がタイで働き始めたころ、とある先輩ビジネスマンが発した言葉である。ご存じの方も多いと思うが、203高地とは日露戦争の旅順争奪戦における激戦の場となった場所の名称だ。この地を攻略する否かで以降の戦局が大きく変わる、まさにキーポイントであった。そんなかつての戦争における最重要地点になぞらえて、いかにタイという場所が日本にとって重要な国であるかをその先輩は表現したのだった。

筆者がタイに関わってビジネスをするようになったのは2013年。10年ほど前である。当時から「トップ大学の学生が日系企業に入社したがらない」という傾向はすでに始まっていた。これは何とかしなければという想いでタイで会社を立ち上げて、リーダー育成、人事コンサルティングの仕事をしてきた。そんな中、クーデター、国王崩御、コロナなどが起こった激動の10年を通じて、タイの政治経済は大きく変わり、そしてまた日系企業の位置付けはさらに大きく変わった。

海外からタイへの直接投資額(JETRO統計)は、2014年時点では日本が1,819億バーツと投資全体の37.6%を占めていた。ところがそれ以降、17年は897億バーツ(同39.5%)、20年は643億バーツ(同25.5%)と徐々に減少傾向にある。その間、中国は14年時点の382億バーツ(同7.9%)から、20年時点では558億バーツ(同22.1%)と伸びを見せており、日本と肩を並べる存在感になってきている。中核となる自動車産業においてもBEV(バッテリーEV車)が23年1~8月時点で4万3千台販売されており、その大半が中華系メーカーである。国内販売台数が年間70~80万台のタイにおいてEVは既に一定のポジションを得つつあると捉えるべき状況である。全方位外交に長けたタイ政府の後押しもあり、24年には年間15万台の生産を予定するBYD社の工場が稼働予定となっている。今後もタイにおける日系企業と中華系企業の争いは激しくなるだろう。

外国資本によるタイへの直接投資 上位5ヵ国(認可ベース)

人口7,160万人とASEANの中では中位に位置するタイではあるが、一方で日系企業の拠点数では「5,856社」と中国、アメリカに次いで世界三位のポジションに位置する(外務省統計、2021年)。加えて分厚いサプライチェーンを持ちメコン地域やインドへの橋頭保として、タイには単体の経済規模以上の重要度がある。冒頭の「203高地」の意味はそんなところにもあり、依然として日本経済にとって重要な意味を持つ国と考えるべきだ。ユニクロやスシローの躍進などサービス業での明るい話題が多い一方で、日系企業の大多数を占める製造業では人材の引き留めに苦慮している。いったい何が起こっているのだろうか。

WP取得者の推移(日・中)

日系企業が「人材の草刈り場」になる

伝統的に日本企業は「ヒトで勝つ」ということを最大の強みとしてきた。かつて松下幸之助は「松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです。」という言葉を残した。1929年の世界恐慌が起こった際、松下幸之助は「当社は一人の首も切らない。その代わり全員で営業して在庫を売りさばこう」と指示を出し、経営危機を乗り切った。この松下電器の姿勢が昭和の企業経営のロールモデルとなり、終身雇用と年功序列をベースとしたいわゆる「大家族経営」が日本中に広がって行った。こうした伝統的な仕組みは、バブル崩壊以降は逆に成長の足かせとなり、様々な人事改革が行われてきた。令和の今現在も、「メンバーシップ型組織からジョブ型組織へ」という掛け声のもと、改革は進行中である。

一方、タイ現地法人はどうであろうか。日系製造業の進出が加速したのは1985年のプラザ合意以降であり、90年代に進出した企業が多い。労働市場はジョブ型である一方、集団主義の国民性のタイはメンバーシップ型組織と相性が良く、日系企業の経営は比較的うまく機能した。しかしその後30年以上が経つが、進出当時の古い仕組みが残ったままのケースが多々見られる。例えば人事評価一つとっても、私がタイ現地法人にお邪魔すると、日本ではもう長年見かけないような評価シートが残っていて驚くこともある。これは無理もないことである。人事の仕組みを改革するには適切な知見と十分な時間が必要である。タイに赴任する駐在員は製造、経理、営業出身の人材が多く、人事の経験を直接的に持っている人は多くない。また、一般に制度改革は「最低でも3年かかる」と言われ、社員の反発を受け止めながら、強い意志とリーダーシップで改革を行う必要がある。それは限られた任期の中でリスクを取って取り組みづらいテーマである。

タイの電気自動車市場

このような事情により日系企業の変革スピードは遅れ、「体質が古い」とタイ人から思われている。タイ人材の「日系企業離れ」はこのような「日系企業のマネジメント変革の遅れ」に加えて、「中華系企業・タイ系企業の台頭」、そして「コロナによる従業員の意識変化」などが複合的に絡んで加速しているのである。

ある中国人ビジネスパーソンは、私に向かって「中国の企業はどんどん日系企業から優秀なタイ人スタッフを遠慮なく引き抜いていきますよ」と面と向かって言い放った。日系企業の社員はよく教育され、規律が高く、そして給与が安い。彼らが日系企業の社員を狙うことは想像に難くない。いち日本人として、それは起こしてはならないと感じる。ここから先の5年が勝負である。

本特集は、過渡期にあるタイの日系企業で、主に「人事・組織」の観点からいま何が起きているのかをより具体的に明らかにし、処方箋を見出すためのものである。第一部では、「タイ駐在員座談会」の議事録をもとに、いまタイ組織で起こっていることをリアルにレポートする。第二部では、長年タイに関わる識者のコメントをもとにしながら「突破口」を考察してみたい。最後に第三部では課題を整理するとともに、「強みをどう生かすか」という視点から今後に向けた提言をまとめてみたい。

タイの国内自動車販売台数

今、日系企業の組織で何が起きているのか?

タイ組織で起こっている実態を把握するために、製造業管理部の3人の日本人駐在員の方々と覆面座談会を開催してみた。
以下、象徴的なコメント、および筆者のコメントを交えながらお届けする。

最近、若手タイ人の離職が多いと聞きますが、皆さんの会社ではどうでしょうか。

A氏:若手のタイ人スタッフがポジションアップを待てなくなっている傾向が強いです。何ができたら昇格するのかがはっきりしていないので、キャリアパスが見えづらい現状があります。技術系の会社なので2、3年で大きな仕事を任せるのは難しいのですが、一方で「教育」と称して雑用をやらせているだけのケースも多くあり、優秀な若手が1年も経たずに辞めていくことも起こっています。弊社では今、キャリアパスの明確化を進めています。

B氏:最近の若者は、日本企業に勤めていることが自慢にならないので、Facebookの勤務先をあまり書かないみたいです。ファシリティが古い場所も多く、SNS映えもしない。誰もが知るブランドやクールなスタートアップに勤めて、そこの写真をアップすることが重要ですからね。当社も工場のリノベーションをして少なくとも綺麗で快適なオフィスにするよう今掛け合っていますが、簡単には投資許可は下りません。

C氏:やはり給与が課題です。日系企業との比較ではそこそこの水準でも、外資系企業とは大きな差がついています。うちは基本給が低くても様々な手当てが付いているので総合的にみるとタイ企業、欧米企業と遜色なかったりもするのですが、タイ人からは手当てと基本給は別と見られてしまう。また、長期勤続が前提の制度になっていて退職給付の部分がやたら手厚くなっているのですが、20年前ならともかく今はそんなに長く働くつもりで勤務していませんから、お金を有効活用できていないと感じます。日本との比較ではなく、現地で競争力あるベース給与の設定が急務です。

A氏マンネリ化が原因で辞めていくことも多いですね。うちは日本では大手企業で数千人の従業員がいても、タイは200人程度と中小企業の組織規模です。そうすると同じ仕事をずっと担当することになり、組織もタコツボ化しやすい。ジョブローテーションを嫌がるので日本のように異動で目先を変えることも難しい。

非効率さに失望して辞めていく中堅社員

それでは、中堅社員や管理職の方はどうだろうか。

B氏:残念ながら、優秀な中堅社員も退職していきます。今残っている人は、良くも悪くも安定志向のおとなしい人。日系企業は“責任を求められないのが魅力”と思われているフシがあります。
C氏:先日も優秀な人材が一人退職しました。理由は“日系はスピードが遅い”ということでした。タイ企業を相手にしたビジネスでは即断即決が求められますが、弊社では現地で決済できる金額がかなり低く、日本からの承認プロセスを経る必要があります。日本人駐在員ですら決定権はありません。本社への申請書類の差し戻しが4回、5回にわたることもあり、タイ人スタッフも疲弊しやる気を失います。本当はもっと現地で決めた方がよいこともあると思うのですが、過去慣性でそうなっている現状があります。

A氏:中途で人材補強を図るのですが、優秀な候補者ほど、期待成果と権限について質問してきます。外資系企業ではポジションごとに予算権限も明確になっていますが、弊社ではそのような仕組みが無いので、候補者が納得できる説明を用意できず逃げられてしまいます。

B氏:MD(社長)が3年に一回程度変わりますが、そのタイミングでローカルスタッフも辞めます。せっかく良いMDが組織を前向きに変革したのに、新たに赴任したMDが物足りないと、タイ人スタッフはさっさと見切りをつけます。優秀なタイ人は社外に人脈もありお誘いもあるので、そちらに移ることはそんなに難しくありません。

昔の日本人はもっと優秀だった

必死で頑張っても報われない日本人駐在員

ここまでの会話から、タイ人社員の退職理由は「キャリアパス」「給与」「意思決定スピード」「上司」であることがわかる。こうした問題はもともと存在していたが、タイ企業や中華系企業など魅力的な転職先が以前に比べて増えたこと、そしてコロナを引き金にして会社と従業員の距離感が生まれたことが相まって退職に繋がるケースが増加している。
それでも、「タイ人は人につく」と言われるように魅力的なリーダーがいれば忠誠心高く仕事をしてくれる。日本人リーダーについては、どのような課題があるだろうか。

B氏:以前いたMDの話です。直下にいる駐在日本人と話すだけで、タイ人マネージャー陣と全く話そうとしない。雑談もしないし、仕事の情報収集もしない。困った時に、通訳を通じて報告を求めるだけ。そんな姿勢なのでタイ人からMDに対する信頼は全く無かった。日本では優秀だった方が赴任しても、海外で求められるマネジメントの質と合っていないということがあります。特に課題は50歳以上で、日本が絶好調だった時のマインドで仕事をする人が失敗しやすい。あまりにひどい赴任者は帰国させられるのでPDCAは回っていますが、全体としてはまだまだです。

C氏:スキル面では、ローカルスタッフへのフィードバックの仕方が下手です。「なぜ、なぜ」と追求するばかりでモチベーションを下げてしまう。あるいは摩擦を恐れてフィードバックを適当にしてまい、実際の評価の際の評価ギャップが起こり辞めてしまうということが起きます。英語でのフィードバックは難しいですが、言語力よりもヒューマンスキルが課題だと感じます。

A氏:若手駐在員では、タイ人の能力との逆転現象も起こり始めています。よく“昔の日本人はもっと優秀だった”とタイ人は言います。20年以上現場経験を積んできたタイ人の上に若手日本人が上司として赴任したり、何もできないトレーナーを送り込まれてタイ側が困惑するということもあります。この人にはどういうスキルがあって、どういう役割を担うために来ているのか。優秀なタイ人ほどそれを質問してきて、答えに窮することがあります。

C氏:駐在員もコロナで人数が減り仕事が増えて、必死で仕事をしながらも報われない気持ちを持っています。懸命に海外拠点を立て直し、業績を上げて日本に帰ったら、何事も無かったように元の日本の課長ポジションを提示されて、失望して転職していった人がいます。タイでは経営者として振舞わないといけない一方で、日本との会議になるとミドルか、下手したら若手扱いされる。こうした板挟みに苦しんでいる人が多いです。

A氏:そもそも海外駐在員の希望者が減っています。日本でサーベイを取ると「今は考えられない」という回答が多い。そのため、必ずしも適性が無い人を送り込むか、あるいは赴任期間を短くして送り込まざるを得ない。若手に“興味ない?”と聞くんですがあまり色よい返事が無いんですよね。採用段階から希望者が少ないので日本全体の課題だと感じます。日本企業がこれからも海外でお金を稼いでいかないといけない現状と逆行しています。

依然大きい「本社と現地の意識ギャップ」

駐在員も悩みを抱えながら懸命にマネジメントをしている。一方で、海外拠点と本社のコミュニケーションにもどかしさを覚えることも多そうだ。そこで、本社と現地の関係性についても聞いてみた。

B氏:本社は現地のことがわからないから情報収集のために報告を求めるのですが、その業務に追われ続けるという部分があります。とりあえずデータを集めて提出してもそれが使われないことも多く、もう少し現地で稼ぐための仕事に時間を使わせてほしいという想いがあります。

A氏:“本社で働き方改革をしたので、タイでもやれ”など、現地の文化も法律も風習もわからないままに一方的な提案をされると戸惑います。特に、海外のことをわかっている風の役員はより手ごわくて「俺がいたときはこうだった」という論調で命令が降りてくる。ですが、かつてのタイと今のタイは全然違いますし、日系企業のポジションも全く違います。時代は大きく変わっているのですが、日本にいると変化を感じ取りづらいと思います。

C氏:とにかく稟議がネックです。稟議が必要な申請基準の金額が引き下げられました。タイのMDでも“なんでこの程度の決裁権限しか持ってないの?”という金額です。これまで現地側の権限でやれていたことが、本社への稟議が必要になってしまい大きく意思決定がスピードダウンします。英語で稟議書を上げたらダメ、と言われるので稟議の仕事は日本人しかできません。正直、稟議書を書かせるという非効率な仕事をローカルスタッフにやらせたくはない。なので日本人が頑張って巻き取っているんです。

B氏:駐在員の中には“本社の言うことを聞かない勇気”と言っている人もいます。現地でお金を稼ぎ、優秀な現地スタッフを繋ぎとめるためにはそういう意識も時に大切です。本社に嫌われても良いから、その代わり最高の利益という形で結果を出す。その事業会社は実際に良くなっていますが、そういう人はそれ以上偉くなることは無いんですよね。

A氏:私は本社にもいたので少し本社側の立場にも立つと、現地法人がいい加減な経営をしていた過去もかなりあったんです。特に、現地側でちょっと勉強すればわかるような法規制を理解せず経営して問題になったとか、しっかりしろよと思うこともあった。「俺は営業しかわからないから、細かいところは本社で面倒見てよ」という意識のMDもいます。
一つの現地法人でそう言うことがあると、本社の関与を強めざるを得なくなるんです。基本は、現地が主体性と責任をもって取り組み、本社は支援する立場。そういう関係性が理想です。

すでに日本人よりも東南アジアの人材の方が優秀なことも少なくありません

「日本が正しい」という幻想からの脱却

最後に、優先的に変革すべきはどのような領域なのか、考えを聞いてみた。

A氏駐在員制度の変革です。マネジメントポジションとして赴任するのはNo.1、No.2程度に限る、あるいは特殊な技術を対応する人に限るべきです。残りのマネジメントはローカルに委ねる。「タイではこうなんです」というのを説明する役回りは日本人しか担うことはできないので、若い人はジャパンデスク的な役割を担ってもらいながら経験を積んでもらう。赴任の条件は、肩書や年数ではなく、能力と適性でアサインを決めるべきです。そして、どういうミッションを持って送り込むのかをもっと明確にすることが必要だと思います。赴任者の給与も日本の給与に手当をつけるのではなく、海外拠点のジョブに対する給与に設定するべきです。

B氏タイにおける人事制度の改革です。給与制度は、本気で変えようと思えば変えられます。賞与の月数を変えれば総額は変わらないのでベース給与を上げられます。「家族手当」などライフスタイルに応じた手当は、基本給に含めて「手当なし」にするのが、ダイバーシティの原則にもマッチします。つまりパフォーマンスベースの給与に揃えるということです。また、退職面談などを聞いていると、問題は給与額そのものよりも、基準のあいまいさやフィードバックの無さにあります。そうした制度全体の整備が必要です。

C氏責任と権限の見直しです。本社から現地法人に求めているミッションは何かを明確にし、決裁権限を事業部と現地法人の間で交渉する。どこまでを管理してどこまでを任せるかの線引きを決めて、そこから先は任せることで現地側も主体的になれます。その前提としては、「日本が正しい」という考え方からの脱却も必要だと思います。すでに日本人よりも東南アジアの人材の方が優秀なことも少なくありません。何かあったら日本人が出てきて日本基準で決めてしまうという習慣を辞めないと、現地人から愛想を尽かされてしまいます。ローカルスタッフからむしろ学ぶという姿勢を持たないとますます苦しくなるのではないでしょうか。

今後の“突破口”はどこにあるのか

座談会から、日系企業で起こっている問題の輪郭が見えてきた。ここからは、もう少し議論を発展させてチャンスはどこにあるのかを考えていきたい。日本企業にはまだまだ底力はあるし、タイ人からもリスペクトもされている。タイで長く日系企業や日本人を見ている識者とのディスカッションを通じて、「突破口」はどこにあるのかを探ってみたい。

「柔軟性」でタイ人スタッフを惹きつける

まず最初は、30年以上にわたってタイ社会、およびタイの日系企業を見てきたパーソネルコンサルタントの小田原靖氏に、日系企業を取り巻く変化について聞いてみた。

「90年代、2000年代のタイは、良い会社、イコール日系企業でした。今は日系企業だけが良い会社ではなく、タイ企業にも良い会社が十分にあります。そんな中で、雇用条件が日系企業よりも良いタイの会社も沢山あり、優秀な人を日系企業が採用する事が難しくなってきています」   小田原氏が言うように、タイの歴史の中で、90年代以降でタイ人材を育ててきたのは日系企業であることは間違いない。だが、そんな彼らがそのまま日系企業の経営を担うケースは多くなく、自分で独立して商社や部品企業を経営している。

日系企業の幹部に上り詰めるには、日本本社との調整ができたり、または日本語が高いレベルでできないと難しい。タイは良くも悪くも日本語人材が豊富なので、逆に日系企業における英語化はあまり進んでいない。いまだにタイ人からは「日本語が出来ないと偉くなれない」と思われている企業が多いのが事実だ。ではタイ人から選ばれる魅力的な会社づくりはどうしたらできるのだろうか。

「今は日系かタイ系かに関係なく“いい会社”だから選ばれる時代です。日系企業は“こうでなくてはいけない”というルールや思い込みが強すぎる傾向があります。例えばコロナの時期に増えたワーク・フロム・ホームでは、企業の考え方によって対応が分かれました。日本人の方針を押し付けず、タイ人の意見を聞きながら柔軟に制度設計をした会社はうまくやっています」

小田原氏の言う「柔軟性」は多くの企業でキーワードになりそうだ。座談会の中でも、過去慣性で判断したり、旧来の価値観を押し付ける日本人の下にいるタイ人は辞めていくという話が出た。反対に、状況を踏まえて自分自身の思考をアップデートできるようなリーダーは、タイ人の心を掴み続けることができるのではないだろうか。

パーソネルコンサルタント 代表取締役社長 小田原 靖 氏
パーソネルコンサルタント
代表取締役社長 小田原 靖 氏

日本企業のアセットを生かして「新しいこと」で稼ぐ

リブ・コンサルティング・タイランドの香月義嗣氏はタイで日系・非日系問わず多くの企業コンサルティングを行っている。同氏は著書『成功のメカニズム アジア進出企業の経営』の中で、アジアにおける日系企業の問題点と解決策を指摘した。タイにおいてはどのような打開策を取るべきなのだろうか。

「タイの日系企業、特に製造業は事業のトランスフォーム(転換)をしないと厳しくなっています。今の業績は良くても、何か新しいことをやらないと10年後は厳しくなります。危機感を持つべき状況ですが、日本人だけでなくタイ人も危機感が薄い会社も少なくない。むしろタイ企業の方が危機感を持って新たなチャレンジをしている傾向もあり、そうしたスピリットからむしろ日系企業も学ぶべきでしょう。そうでないと挑戦したい人材はタイ企業に流れてしまいます」

新規事業創造」というのは多くの日本企業の課題だ。タイに限らず日本でも新事業を生み出すことはなかなかできていない。タイで新事業を生み出すにはどのような視点が必要なのだろうか。

「安定的な拠点運営が求められてきたタイにおいては、事業開発などの“複雑な問題”を解いたことのあるマネージャーが少ないです。だからこそ、期待できる人材を選抜して鍛えていく必要があります。そうした「事業開発人材」を育成し、既存事業の延長線上ではなく思い切ったチャンレンジを考えるべきです。幸い、日本企業にはまだアセットがあります。高い技術、顧客資産、そしてタイに長く貢献してきた信頼性です。それを生かしてどういうビジネスができるのかを、タイ人スタッフとともに考えていくことです」

人材管理面で様々な問題が噴出しているのは、単純に「昔よりも儲からなくなったから」という面も大きい。身も蓋もない話だが、経営に余裕が無くなればコスト管理も厳しくなり、人材投資もしづらくなる。そして香月氏が指摘するように「タイ拠点でいかに稼ぐか」を考えたことがあるタイ人社員は必ずしも多くない。「稼ぐ力」は一朝一夕には高まらないからこそ、まだ資産があるうちに様々なビジネスを試行錯誤するという視点から学ぶべきことは多い。

リブ・コンサルティング・タイランド 香月 義嗣 氏
リブ・コンサルティング・タイランド
香月 義嗣 氏

タイ人とのパイプを作らずしてタイでは生き残れない

タイと日本を繋ぐプラットフォーム「TJRI」を運営するmeditorのCEO、ガンタトーン氏は最も日本に精通するタイ人の一人だ。長年にわたって日系企業を見てきて、最近の変化をどうとらえているのだろうか。

「残念ながら日系企業に優秀な人材が集まりにくくなっています。そんな中で、能力の足りないタイ人を無理やり幹部に据えて「現地化」するのはリスクがあります。日系企業にいる人材のレベルがどの程度なのかを知るためにも、普段から社外のタイ人とも付き合う必要があると思います。「タイ人はダメだ」と言う日本人もいますが、そういう人に限って自分の周りのタイ人のレベルが低いだけということもあるのではないでしょうか」

タイは巨大な日本人社会があるがゆえに、日本人同士でビジネスが完結する歴史を長らく過ごしてきた。閉じた社会というのは、得てして知らない間に“ガラパゴス化”が進み、周りとの差がついているということが起こりうる。日系社会をもう一度外に向けて「開いて」行くことが重要なのは間違いない。また、ガンタトーン氏は、日系企業についてこんな言葉もくれた。我々日本人ひとりひとりが噛みしめるべきフィードバックだろう。

「日本人の能力はCTO(最高技術責任者)、CFO(最高財務責任者)には向いています。ですが、果たしてCEO(最高経営責任者)としてはどうでしょうか。東芝やシャープは中国や台湾の経営者によって黒字化しました。厳しい言い方ですが、日本人は合意志向で周囲に配慮しすぎて、経営者としての合理的な意思決定力に欠ける面があるのではないでしょうか。優秀なモノづくり力を武器に、経営は外国人に任せる、またはパートナーとして一緒に経営していくという選択肢もあっても良い。100%独資経営は一見するとラクに経営ができますが、一方で時代の変化に合った経営判断に必要な情報を持っているタイ人とのパイプが無くなってしまい、ネットワークが日系に閉じてしまうというデメリットもあります」

meditor CEO ガンタトーン・ワンナワス 氏
mediator CEO
ガンタトーン・ワンナワス 氏

日本人の「精神性」は多くのタイ人経営者が学びたがっている

チュラロンコン大学で教鞭をとるクリッティニー・ポンタラナート氏は、国内トップブロガーであり「理念」「生きがい」などのコンセプトをタイに紹介するインフルエンサーだ。彼女に、タイの企業と日本の企業の現在をどう見るかについて聞いてみた。

「製造業が人気が無いのは日系企業だけではなく、タイ企業も同じです。全体的にホワイトカラーにタイ人が流れているので、タイ企業の工場にいってもミャンマー人、ラオス人が多いですね。大学で一番優秀な子はスタートアップや、IT系の企業に行きます。SNSで友達に見せびらかせるし、履歴書に書いたら自分の価値が上がりますから。ただしどんな業種であっても、タイ人は仲間との関係性、家族のように仲良く過ごせる雰囲気が大事です。日系企業の中でも、タイ人のことを良く理解する日本人が経営している会社はタイ人が定着していますよ。逆に、タイ人のことをよくわからずに一方的に叱責してしまう会社はタイ人が辞めます。日本人は求める経営品質が高いのでもどかしいのかもしれませんが、“なぜできないのか”と問い詰めるのではなく“一緒に考える”という姿勢で臨んでほしいです」
確かに、タイ人に寄り添う姿勢を持って成功してきた日系企業はたくさんある。そうした元々持っている良さを忘れてはいけないだろう。そのうえで、クリッティニー氏は日本の「魅力」をもっと武器にするべきと提案する。

「コロナ以降、日本語の“生きがい(IKIGAI)”というコンセプトが凄く人気になり、沢山の経営者が学びに来ます。みんなお金だけではなく、仕事に意味を求め始めたのです。日本人が仕事のやりがいを大切にするのと同じですよ。また、私は多くのタイのオーナー企業から日本の“おもてなし”を始めとするサービス品質を学んで、経営に取り入れたいという相談をもらいます。日本人の持っている細やかさ、効率の高さなどは、今もタイ人からは魅力があるんです。それらの経営的価値をタイ人社員にもっと伝えたり、日本への研修旅行を通じて体験から学んでもらったり、というのは日本企業がまだまだできることじゃないでしょうか」
チュラロンコン大学 ティニー・ポンタラナート 氏
チュラロンコン大学
クリッティニー・ポンタラナート 氏

クリッティニー氏とお話ししていて、日本人ではなくタイ人が日本の魅力をタイ人に伝えてくれていることに、複雑な気持ちになった。確かに、日本人は自分たちの魅力を自分たちで語ることがあまり得意でない面もある。しかし、今一度自分たちの魅力に目を向け、それを自社のビジョンや事業価値に込めてタイ人に伝えていくことは、今すぐにでもできることなのではないかと感じた。

以上、ディスカッションさせていただいた4名はそれぞれに日本企業の「突破口」への示唆を示してくれた。四者四様の視点ではあったが、共通していることは「健全な危機感を持つこと」、そして「日本企業の良さを生かす」ということであったように感じる。

それらのアドバイスを踏まえながら、第3部において日系企業が取り組むべきアジェンダについてまとめてみたい。

これからのタイ人事戦略の「5つのアジェンダ」

第3部では、「日本企業の強みを生かす」という視点から「5つのアジェンダ」を提言する。しかしその前に、前提として「現地化の是非」について考えてみたい。というのも、長年にわたって議論されている「現地化経営」について私は疑問を持っているからだ。

「現地化」は本当に必要なのか?

日系企業は現地化経営、中でも「人材の現地化」を長年の課題としてきた。それは主に①駐在員コストの抑制、②タイ人キャリアパスの確保、③現地マーケットの開拓の3つの理由を目的としてきたが、それぞれの事情が現在変わりつつある。

①駐在員コストの抑制

駐在員コストの抑制については、駐在員の人数そのものが既に減りつつある。タイにおけるワークパーミット(労働許可証)の発行数はピーク時の2017年の3万6千人から、23年7月時点で2万4千人と33%減少している。以前よりも少ない日本人の人数でタイ拠点が運営されるようになっているのだ。また、タイ人の上級管理職の給与の高騰から、部長クラスになると日本よりタイの方が収入が高いという統計もある。家族帯同コストなども含めれば駐在員のコストの方がまだ高いが、現地化することによるコスト削減メリットは以前に比べ薄れつつあると言える。

②キャリアパスの確保

キャリアパスの確保については、座談会でも語られたように、現地法人の幹部人材は一部の例外を除き「日本人」であってもよいと私は考える。その理由の一つは、日本本社の多国籍化と英語化が進まない中、本社と連携しながら経営トップを担えるローカル人材は極めて希少であり、いたとしても駐在員に近いコストがかかるということである。

もう一つの理由は、タイ拠点が安定的な量産拠点の期待があった時代ならばともかく、今は現地で戦略を描きなおし、新たなビジネスモデルを模索する時代に入っているからである。さらに、競争相手は強いオーナーシップを持ちスピーディな意思決定をする中華系企業やタイ企業となっている。そんな勝負に勝っていくためには、本社と緊密に連携して意思決定できる優秀な人材を、むしろ日本から送り込んで戦わないといけないのではないだろうか。

③現地マーケットの開拓

一方、現地マーケットの開拓については、現地人しか担えない部分である。それゆえ食品や日用品などの消費財メーカーなどはいち早く組織の現地化が進んでおり、それ以外の業種でも営業やマーケティングの責任者の現地化は比較的進んでいる。こうした「現地で稼ぐ」機能の現地化は引き続き必要である。しかし、製造・開発や経理機能、また経営トップについては、上述の理由で「現地化」という命題を目指す理由が薄れつつあるのではないかと私は考えている。あくまで自社にとって、現地化した方がなぜ合理的なのかを考えて判断していくべきであろう。

ではここから先は、具体的な提言をしていきたい。

提言1:新しい日本人リーダー像を作る(シン・日本人)

まず、経営を担う日本人リーダーの質が大きく変わる必要がある。スイスのビジネススクールである国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界人材ランキング2023」では、日本人リーダーのレベルは64ヵ国中過去最低の43位という結果だった。座談会で語られたような旧態依然としたリーダーではなく、タイ人に向けて力強いメッセージを発することが出来る「新しい日本人リーダー像」を作っていくことが必須である。これを「シン・日本人」と呼んでみたい。

下図は、多くの企業で用いられているグローバル・リーダーに求められるコンピテンシー(行動特性)である。一般的なものを8つ並べているが、下の4つがこれまでの駐在員に求められていた「安定型」のコンピテンシーであるのに対し、上の4つが現在の弱みであり、今後強化していくべき「変革型」のコンピテンシーだ。
同調圧力の強い日本社会では、「変革型」のコンピテンシーを持った人材は浮いてしまう。だが、海外拠点ではむしろ「異端児」こそ求められる。現在の変革期においては異端児のリーダーこそ積極的に抜擢し、「シン・日本人」として海外に送り込むべきだろう。

弊社がインタビューさせていただくと「駐在員の選定基準が明確でない」という企業が少なくない。5-8のコンピテンシーが大きく欠落していない前提で、1-4の素養を持っている人材を意図的に海外に送り込み、活躍を支援していくべきなのではないだろうか。そして、駐在員交代のタイミングがリスクとなる現実を踏まえ、素養のある人材は任期を長くして送り込むことがあっても良い。筆者の観察では、任期の長い会社ほど現地経営がうまく行っているように見えるからだ。

また、「現地採用日本人」の可能性の広がりも考えたい。昔は東南アジアで現地採用というと日本のキャリアをドロップアウトした人という偏見を持たれていたが、今は全く違う。若手~中堅で自らの判断で海外に挑戦する日本人は、むしろ優秀層である。そもそも、昭和の日本を切り開いた経営者達はエリートではなく、ベンチャーマインドを持った若者たちだった。
今アジアに自らの判断で飛び込んでいる若者はそれに近いスピリットを持っているのではないか。海外駐在の希望者が減っている時代だからこそ、現地採用社員の積極的な活用を検討したい。

提言2:会社の存在意義(ミッション)を語る

提言1のコンピテンシー「1.ストーリーを語る力」とも関係するが、「当社の存在意義(ミッション)は何か」を再定義し、語ることが重要である。

かつて日本企業が憧れの的だった頃は、わざわざ自社の存在意義を語る必要は無かった。しかし状況が変わった今、それを意識的に語っていくことが必要である。ミッションが明確になれば、従業員は、日々の仕事で顧客や社会に役に立っている実感を得ることが出来る。上述したようにタイ人も「生きがい」「やりがい」を求めているのである。

タイ拠点の日本人リーダーは、「うちの仕事はこんなに面白いんだ!」と自信を持って語ることが出来ているだろうか。普段はわざわざそんな話はしないかもしれない。しかし、年間方針の発表など重要なコミュニケーション機会を用いて、意図的に語っていくべきだ。一見華々しく見える別業界や、高給をちらつかせる競合企業に人材を奪われないように、タイ人を惹きつけ続ける意識を持ちたい。
とはいえ、どういう言葉で語ればよいのだろうか。ヒントとして、先日、日系企業に長年勤めて中華企業に転職したタイ人から聞いた言葉を紹介したい。

彼は「中華企業には、Knowledge(知識)はたくさんあるが、日系企業に比べて表面的なものが多い。一方、日系企業には深くて厚いWisdom(知恵)がある。」と私に言った。ここでいう日系企業の持つ深さ、厚みとはなんだろうか。

日系企業の持つ深さ、厚み

まずひとつは「歴史」である。世界の中でも日系企業の歴史は最も長く、また語り継がれる創業者の逸話などは人の心を動かすものが多い。私は時々クライアント企業の「社史」などを翻訳してタイ人スタッフに読ませるプロジェクトを行うが、例外なく感動し会社に誇りを持ってくれる。そうした歴史の厚みは簡単には真似のできないものだ。

二つ目は「倫理観」である。日本企業の理念には、社会貢献性や利他の精神に基づいたものが多い。多くの場合、それは創業の動機に表れている。SDGsが叫ばれているように、社会の共通善に向けて企業活動をすることは社員にとっての誇りとなり、仕事の喜びをもたらす。

三つ目は「身体知」である。日本には「体で覚える」という文化がある。武道や禅は考える前に体験することを求め、モノづくりでは「現地・現物」を見ずに判断することを否定する。体験することで初めて「わかった!」という感覚を得て、それが価値の高い本質的な知恵となるのだ。これも日本の慣習に深く根差しており、他国には簡単に真似のできないことだ。

こうした要素を生かしながら、今の時代に求められる自社の存在意義とは何かを煎じ詰めて言葉にしていくのだ。その際にはクリッティニー氏も指摘した「日本的なコンセプト」をうまく活用するのも有効だろう。昨今、資生堂は「OMOTENASHI(おもてなし)」という言葉を掲げ、ソニーは「KANDO(感動)」という言葉を掲げるなど、あえて日本的な言葉を用いて存在意義を世界に発信する企業が多い。グローバル化だから英語を使うのではなく、敢えての「日本らしさ」を語った方が自社の魅力が引き立つのではないだろうか。

提言3:タイ人スタッフ主導で魅力的な文化を作る

タイ人スタッフ主導で魅力的な文化を作る
タイ人に働き続けてもらうためには「仲間意識」もカギである。そのためには自分たち主導で会社のカルチャーを作っていくことが重要だ。実際、多くの会社でそうした取り組みは既になされている。

一例を挙げたい。ローム・セミコンダクター・タイランド社(RST)は、タイ人スタッフ主導で「RST WAY」の策定を行った。WAYとは行動指針のことであり、組織としてどういうことを大切にしたいかを定義したものだ。

WAY(行動指針)のような価値観ができると、一人一人の行動も変わる。実際に、現場では「問題が起きても他部署に責任転嫁することが減った」「担当分野以外のスキルを学ぶ人が増えた」「新しいポジションに積極的に応募するようになった」など、行動面でのポジティブな変化が出ているようである。

こうしたプロジェクトは、「やらされ」になってしまうと失敗する。日本人経営者が目的と趣旨を伝え、そこから先はタイ人メンバーを信じて見守る姿勢が重要だ。柔軟性を備えた日本人側の「任せる覚悟」が、タイ人主導の文化を作っていく。コミュニケーションの仕方さえ間違えなければ、そうした「相手を尊重する」姿勢自体は、日本人リーダーの得意技であり、それに感謝をしているローカルスタッフは多い。「一体感」はタイ人が会社を選ぶ際の最重要の項目であり、それを作ることが出来ると「選ばれる会社」に大きく近づくだろう。

出所:RST社作成

出所:RST社作成

提言4:評価基準を透明化し、評価スキルを高める

座談会でも述べられたように、人事制度の改革はキーとなる部分である。タイは年功的でありメンツを重んじる社会であるため、忖度に基づいた昇進や曖昧な評価が行われることが多い。これは日系企業に限らず同じであり、むしろファミリー企業が中心であるタイ企業の方が不透明で属人的な人事が行われ、高い離職率に繋がっている面もある。だからこそ、「評価基準の透明化」を日系企業が率先していくことで、優位性を発揮できると私は考える。意欲ある若手優秀人材にキャリアの階段を明示的にして、やる気を引き出していきたい。

ただし、評価制度はよく「運用が8割」と言われる。一見するとグローバル標準に則った制度でも、現場で忖度した結果、運用が不透明という例はいくらでもある。つまりどれだけ人事制度を改革しても、制度を使う側の意識変革が進まないと有名無実化してしまうのだ。肝心なのは評価者の「部下を理解し支援する姿勢」「双方向のコミュニケーション」「フィードバックの質」などであり、また経営幹部の「企業理念に基づいた適切な評価判断」である。これらは全てマネージャーの力量によって変わってくるため、日本人、タイ人双方の成長が必要である。評価スキルは管理職のスキルの中で最も重要かつ最も難しいスキルである。にもかかわらず教育を施すことなしに評価をさせる企業が多いのではないだろうか。丁寧な教育を得意とする日系企業の強みを生かし、粘り強く制度を定着させていきたい。

また、「評価制度を変えると離職率が上がるのではないか」と懸念する向きもあるが、離職には「良い離職」と「悪い離職」がある。適切な評価がなされ、会社にとって望ましくない人材が離職するのは良い離職であり、適切な新陳代謝である。日系企業の一部には離職率が低すぎてぬるま湯のようになっている組織もあり、それは悪い意味で離職率が低い状態である。タイにおいては年間で5%~10%程度の離職率は適正水準であり、むしろ望ましい状態として目指していきたい。

海外拠点のガバナンス問題

また、座談会でも出た「海外拠点のガバナンス」の問題も非常に大きな課題であるが、本質的には人事評価の問題と同根であると考える。

メンバーシップ型で長年にわたって経営してきた日本企業では、「ヒト起点」での任用と評価が中心となっている。それを「ジョブ起点」に変えていくという改革を、海外拠点の日本人ポジションにも適用していきたい。これはどちらかというと日本本社の仕事となるかもしれないが、海外拠点と連携して行わないと進まない作業だ。そもそも日本以外の世界はジョブ型人事なので海外拠点はすでに「ジョブ型」で運営されているが、駐在員ポジションだけはメンバーシップ型での評価がされているという“ねじれ”がまだあるのではないだろうか。

具体的には、マネジメントポジションにおける「期待成果と権限」「必要なスキルセット」を明確に定義し、そこに基づいて評価をする。期待とスキルセットが明確になれば、海外ポジションへの任用の精度も上がるだろう。よく「適材適所」というが、「適所(=海外拠点マネジメント機能)の定義」が曖昧だからこそ、ミスマッチが起きてしまう。日本側における海外人材プールの不足も大きな課題だが、基準が無ければそこに向けた育成も進まない。期待の定義と育成を並行して進めていくことが必要ではないだろうか。

人事制度改革のポイント

提言5:戦略的採用で優秀人材を「口説く」

最後は、採用である。組織を大きく変革する場合は、外部から相応しい人材を採用してくる必要がある。採用とは、「人材市場における競争」である。マーケットの中で、競合に勝る自社の魅力を訴求することが出来なければ、優秀人材は採用できない。

弊社クライアントの一部を見る限り「面接」はするが「自社アピール」が出来ていない会社が多いように感じる。優秀な候補者は他の会社からもオファーが得られるわけなので、どちらかというと自社にとっては「選ぶ」よりも「選ばれる」ことの方がゴールになる。候補者の日系企業への興味が高くない場合でも、他社よりも自社の方が良かったと思わせる作戦を立てて面接に臨めているだろうか。

私は面接の最初に「5分間の会社紹介」をするように勧めている。通り一遍の会社紹介ではなく、先ほどの「ミッション(存在意義)」や、仕事のやりがいなどを魅力的に語るのだ。誰が語っても魅力的に聞こえるよう面接官それぞれに練習してもらうことも必要だ。マネージャー採用などの重要ポジションであれば、トップマネジメント自ら登場してミッションを語るのも良い。そこまでして「優秀な候補者は絶対に口説く」という意志を持って臨む本気度が必要だ。

ここで一つ大きな問題がある。「そもそも優秀な候補者が面接に来てくれない」かもしれないということだ。再三書いてきたように、日系企業全体の魅力が下がっていると優秀人材の応募が来ず、限られたプールの中で面接をするほかなくなってしまう。

そこで、自社の採用ブランディングの努力が必要だ。人材広告に、企業理念の発信や魅力的な写真を載せてアピールする。またSNSの会社アカウントを開設して日々社内の雰囲気を発信する。日本人リーダーもSNSで積極的に発信したり、Linkedinでタイ人と繋がってみたりと、積極的にタイ社会に開いて会社をアピールしていく努力が必要だ。SNSは何となく苦手と感じる方も、チャレンジしてもらいたい。既に社会のインフラとなっているSNSに精通しておくことも、これからのリーダーの必須条件だと言える。

そこまでする必要があるのかと思われるかもしれないが、「採用は人事の最重要施策」ということを強調しておきたい。特に、人を辞めさせることが難しいタイや日本のような国では、間違った人を採用してしまうとその後に多大なパワーがかかる。それにも関わらず、採用するときはおざなりな面接で済ませてしまうことも少なくなく、アンバランスな状態であると感じる。

その反対に、たった一人の優秀人材の採用が大きなインパクトをもたらすこともある。「採用は会社を変える」ことがあるのだ。だからこそ、採用はトップマネジメントも関与するべき重要マターであることを認識しておきたい。

最後に ~タイから日本を変えよう

日系企業を辞めて中華系企業に転職したタイ人の話を聞くと、「給料は上がったが、上司は数字にしか興味が無く、幸せを感じない。すぐに転職すると思う」と言っていた。その中国企業は離職率が驚くほど高いそうだ。あくまで一例ではあるが、仮に競合に人材を引き抜かれたとしても、その企業が上手く経営しているとは限らない。

冒頭に述べた日本企業の「人を大切にする経営姿勢」、またそのベースとなる「他者を尊重する」「話し合い調和を図る」という日本的な精神性は、決して時代遅れでは無い。むしろ、企業の社会的責任や社会との調和が求められる現代の文脈に合致したものだ。いかに変革が必要と言っても、そうした自らの持つ強みは忘れてはならない。

日系企業が変革するべきは、同質的なカルチャーの行き過ぎに伴い発生した「ハイコンテクスト(言語化しない慣習)」「意志決定の弱さ・遅さ」「基準のあいまいさ」である。日本人同士であれば心地よく仕事が出来ても、海外拠点やグローバル化する組織においてはモチベーションを下げる要因となる。本記事で取り上げたような弱点を克服し失点を防いでいけば、優秀人材を引き留め活用していくことはできると私は確信している。

ここまで様々な課題を見てきたが「海外拠点の課題は、日本社会の課題」でもあると言えるかもしれない。しばしば「変革は辺境から起きる」というが、変化の最先端にいる海外拠点を変えずして日本社会を変えることはできないのではないだろうか。逆に、海外拠点で成功事例を作っていくことにこそ、日本企業のグローバル化のヒントがあると考える。

10年後、タイの日系企業はどうなっているだろうか。悪いシナリオが的中して、存在感を失ってしまうのか。あるいは、タイ経済を再び力強くけん引しているのか。どちらの結果になるのかは、我々一人一人の行動にかかっている。10年後に反省の記事を書かなくても済むように、私も「シン・日本人」として皆さんとともに汗をかいていくことを決意し、筆を置きたい。

寄稿者プロフィール

Asian Identity

  • 中村 勝裕 プロフィール写真
  • Asian Identity Co. Ltd. CEO&FOUNDER中村 勝裕

    バンコクを起点にアジアに特化した人事・コンサルティングファームAsian Identityを経営。ネスレ、リンク&モチベーション、グロービスを経て現職。タイを拠点としながらアジア各国でのコンサルティングや講演活動を手掛ける。近著『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』では日本人らしいリーダーシップをの在り方を提案している。リーダーのためのYoutubeチャンネル「名言ゆるラジオ」運営。

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Email: info@a-identity.asia
Web:http://asian-identity.com
M Thai Tower 5Fl., Unit 2A, All Season Place, 87 Wireless Rd.,Pathumwan, Pathumwan, Bangkok 10330

既存工場システムの脆弱性可視化でリスクを最小化

工場DX化・スマートファクトリー化の裏側で増すサイバーリスク

工場などの製造現場や大規模施設で、設備やシステムを稼働させるための制御技術がOperational Technology(OT)。かつては工場や施設内といった閉ざされた空間だけでやりとりされた情報だが、IoT(モノのインターネット)の普及や工場のスマート化などからサイバー空間と接続され、外部からの攻撃を受けやすくなった。手口の多くはランサムウエア(身代金要求型ウイルス)が添付された電子メールなどを経由して業務システムに侵入後、データを暗号化し金銭を要求するというものだ。KDDIの和才氏はタイで事業展開する企業に早期対策を呼びかけている。

工場のセキュリティの脆弱性を狙ったサイバー攻撃

工場ネットワークの脆弱性が指摘される多くは、古いシステムやPCが導入されたままの工場や施設。現場で働く人たちにとっては機械や設備が問題なく稼働していればそれでよく、攻撃される状態であるかどうかといった意識は低いのが一般的だ。セキュリティを強化するための基本ソフト(OS)のアップデートさえも無頓着なケースは少なくない。世界中のハッカーたちはそうした状態を虎視眈々と狙っている。

「まずは、システムの脆弱性を可視化し、リスクを最小化した上で、DX化やスマートファクトリー化を実現するべき」と和才氏は言う。方策は極めて簡単だ。モニタリングを行うために開発した外部デバイスを物理的に工場等に設置するだけ。後はクラウド上にある管理プログラムが自動で解析し、1ヵ月ほどでレポート結果を提供してくれる。

取引先を巻き込んだセキュリティ対策を

一方的に〝解答〟を導き出すようなことはしない。足下のリスクに向き合い、具体的な対応策を講じるのは顧客次第であるからだ。企業ごとに求めるセキュリティの水準や方策も異なる。いたずらに経費をかければよいというものでもない。だから、問題の提起にこだわっている。

自社内だけでなく取引先や納品先などにも進入し、感染を拡大させていくのがランサムウエアだ。被害が発生してからでは取り返しがつかなくなることも珍しくない。「取引先をも巻き込んだ日頃からの意識の共有が何よりも大切」と和才氏は指摘するが、港湾や空港、貨物施設など一部の施設や業界を除いては、タイ社会ではあまりそこに関心が向けられていないのが現状でもある。

IoTや産業のDX化など成長の裏側で増していくサイバーリスク。そこにいち早く目を向け、対策が講じられるかが今後の企業経営の鍵になる。「日本国内では工場セキュリティ対策が進み始めており、製造業の集積国であるタイにおいても対応が急務だ」(和才氏)。タイでこれまでなかった新しいサービスが動き出そうとしている。


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電力使用量とエア漏れの可視化

タイにおける脱炭素化の第一歩
電力使用量とエア漏れの可視化

世界的なカーボンニュートラルの潮流を受け、脱炭素化への取り組みは企業の生き残り戦略として不可欠な要素となっている。東南アジアにおいては先進国ほど政府支援が手厚くないことから、より費用対効果の高いCO2の可視化やエネルギー使用量の削減などに注力することが重要である。それに応えるのが通信大手KDDIが提供する、工場の電力可視化とコンプレッサーのエア漏れ対策だ。

まずは電力使用量の把握から

タイでカーボンニュートラルを実現するにあたって、第一歩となるのが電力使用量の削減。それを動機付ける電力使用量の適切な把握。どこで、どのように、どの程度使われたかが明らかになって、初めてその対応も進むという考え方からだ。

同社では、工場や現場、各種施設にくまなくセンサーを設置。通信会社ならではの高品質通信網で情報を一元管理する。得られたデータは、インターネット回線を経由してクラウド上のサーバーに。エネルギー消費量可視化プラットフォームに乗せられ、工事設備棟や管理部門へフィードバックされる。結果、工場が稼働していない深夜時間帯に膨大な待機電力のロスが生じているなどの実態が判明する。無駄な経費も一目瞭然となる。

電力使用量の可視化

見過ごされる空気の漏出

こうした中で見過ごされがちなのが、生産ラインや物流施設など様々な場所から漏れ出る空気(エア)だと大森氏は指摘する。工作機械の動力源として、工具の脱着に切り屑のエアブロー、さらには機械類の清掃やネジ締め・梱包などに欠かせないコンプレッサー。ここから多大な電力が浪費されていることは意外と知られていない。例えば、送管の結合部や老朽化したホースのわずかな裂け目などからエア漏れは発生する。しかもその量は微量で、音は人の耳には聞こえない。臭いもなく色もなく、人間が気づくことは通常ではありえない。

エア漏れの可視化

工場設備の最適化と効率化

同社によれば、工場全体のコンプレッサーが消費する電力量は一般的に18~25%で、最大時には全消費量の4分の1にも上る。このコンプレッサー自体の稼働の最適化・効率化を図る上で、実際のエア流量の可視化・定期モニタリングを行う必要があり、想定以上のエア流量が見られた場合、先述の通り配管からのエア漏れなどの可能性が考えられるという訳だ。

工場全体の電力利用量最適化と効率化が進むことで、トータルコストの削減にもつながっていく。2022年後半からの本格営業にも関わらず、タイでの引き合いはすでに10数社に上っているのも、本取り組みが企業におけるカーボンニュートラルの実現に直接的に繋がっているものだからとしている。


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東南アジアにおける 脱炭素トレンドと脱炭素に向けたアプローチ

    今夏は北米や欧州が熱波に襲われ、日本も各地で観測史上の最高気温を更新するなど世界規模での異常気象が続いている。欧米の気候学者らによる国際研究チームは北米や欧州などを襲った熱波について気候変動が大きく影響しているのは確実とする報告書を公表するなど、気候変動対策としての脱炭素の重要性は実感を伴って高まっている。本稿では東南アジアにおける脱炭素のトレンドと各企業が脱炭素に向け取り組むべきアプローチを世界最古の経営コンサルティングファームであるアーサー・ディ・リトルが解説する。

グローバルでの脱炭素のトレンド

2015年にフランスで実施されたCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締約国会議)にて採択されたパリ協定をきっかけに、世界的な脱炭素化の流れが加速した。20年以降の温暖化対策における枠組みが規定された当協定では、平均気温の1.5℃の削減の目標策定と各国の温室効果ガス(詳細後述)の削減量目標の策定・報告が指針が含まれる。21年にイギリスで実施されたCOP26ではさらに一歩踏み込んだ、各国の削減目標の再検討・強化や石炭火力の段階的削減が合意された。

パリ協定の採択による脱炭素化の潮流も相まって、世界全体で環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)を含めた非財務情報を考慮して行うESG投資の動きが拡大した。GSIA(Global Sustainable Investment Alliance)の調査によると、16年で22.8兆ドルだったESG投資額は、20年で35.5兆ドルまで成長しており、25年には53兆ドルまで成長する見込みである。
更に脱炭素化の動きは、民間企業まで広がっている。企業の気候変動への取り組みや影響に関する情報を開示する枠組みであるTCFDや、企業が排出する温室効果ガスを削減することや必要な電力を再エネで賄うことを目指す枠組みであるSBT・RE100などのイニシアティブに賛同・参画する企業は年々増加している(図表1)。

一歩進んだEUでは、政府が主導して、企業が排出するCO2に価格をつけて排出者の行動を変化させる政策手法「カーボンプライシング」を導入することで、企業の排出量の削減に努めている。代表的な例として、炭素税や排出量取引、証書・クレジット制度が挙げられる。更にEUでは、23年5月に炭素リーケージ(海外への排出流出)を防止する為、特定の対象輸入品に対して炭素コストを課す炭素国境調整メカニズム(CBAM)を創設する規制を発行した。本規制が本格導入される26年に向け、移行期間として23年10月から報告義務が導入される。米国も同様の措置を義務付ける施策を26年に導入する準備をしており、EU・米国への輸出事業者は生産工程の見直し等の対策が求められることとなる。

イニシアティブに賛同・参画する企業数の推移

ASEANでの脱炭素の取り組み

ASEAN各国でも脱炭素の取り組みは進められており、温室効果ガスの排出量を30年をピークに減らした上で、50年または可能な限り早期にカーボンニュートラルを達成する目標を示している(図表2)。ただ、化石燃料(特に石炭火力)への依存度が高いASEAN各国では、自国だけでは脱炭素と経済成長の両立が困難であるため、先進国等からの資金・技術・能力育成面での援助が得られることを前提とした目標も同時に設定している。

ASEAN各国の脱炭素の目標

カーボンプライシングといった、企業に直接的に影響がある強制力の強い政策を打ち出している国はシンガポールに留まっているものの、タイやインドネシアを始めとして、各種施策の具体的な計画・試験的導入が始まっており、今後本格化していくことが予想される(図表3)。

ASEAN各国政府による脱炭素に向けた民間企業への施策

脱炭素の基礎

温室効果ガスとは何か

太陽の光は地球の大気を通過し、地表面を暖め、暖まった地表面は熱を赤外線として宇宙空間へ放射し、大気がその熱の一部を吸収する。これは、大気中に熱を吸収する性質を持つガスが存在するためだ。このような性質を持つガスを「温室効果ガス」と呼ぶ。

温室効果ガスには様々なものがあるが、例えば、日本を含む国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の附属書I国(温室効果ガス削減目標に言及のある国)がその排出・吸収量を算定して条約事務局に毎年提出をする対象にはCO2、CH4、N2Oなど7種類がある(図表4)。

温室効果ガスの種類

地球温暖化係数は、CO2を基準にしてほかの温室効果ガスがどれだけ温暖化する能力があるかを表した数字のことである。例えば、冷蔵庫やエアコンの冷媒として使われているハイドロフルオロカーボンは、種類によってはCO2の14,800倍の温室効果がある。

但し、人為的に排出される温室効果ガスの総排出量に占めるガス別排出量(CO2換算ベース)の75%はCO2、18%はCH4、4%はN2Oであり、そのほかのガスが占める割合は僅少である(図表5)。

温室効果ガスの内訳

温室効果ガスの算定範囲

では、各社は温室効果ガスについてどこまでを算定の対象と見做すべきであろうか。温室効果ガスプロトコルでは、温室効果ガスの排出方法、排出主体によって、「Scope1(直接排出量)」「Scope2(間接排出量)」「Scope3(その他の間接排出量)」の3つに区分し、これら3つの合計を「サプライチェーン全体の排出量」と考える。

温室効果ガスプロトコルとは、米国のシンクタンクWRIと持続可能な開発を目指す企業連合WBCSDが主体となり策定した温室効果ガス排出量を算定・報告する際の国際的なガイドラインだ。企業そのものから排出された温室効果ガス排出量だけではなく、サプライチェーン全体における排出量も算定の対象としている点に特徴がある。

Scope1は、燃料の燃焼や工業プロセスにおいて、事業者自体により直接的に排出される温室効果ガスである(直接排出量)。
Scope2は、他社から供給された電気、熱・蒸気を自社が使用することにより間接的に排出される温室効果ガスである(間接排出量)。
Scope3は、製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るサプライチェーン全体で排出される温室効果ガスのうちScope1及びScope2以外、即ち自社の事業活動により自社以外から間接的に排出される温室効果ガスである(その他の間接排出)。

また、Scope3は、サプライチェーンの上流と下流に分類することができる。原材料の調達や調達に係る輸送などが上流、製品の小売店への配送や消費者による使用や廃棄などが下流に該当し、15のカテゴリに分類される(図表6)。

温室効果ガス Scope1~3の概要

温室効果ガスの算定方法

温室効果ガスの算定方法は、自社の活動における排出量を範囲とするScope1、2と、それ以外のサプライチェーン全体の排出量を範囲とするScope3に分けて考えられる。

Scope1、2では、主に①測定対象となる組織範囲の決定、②活動量及び排出係数の収集・算定の2つのステップで算定をする。組織範囲としてGHGプロトコルでは連結子会社を含むグループ全体の排出量の算定を求めている。但し、測定初年度は時間やリソースの制約上、自社単体に絞り排出量を算定する事例もあるので、現実的に測定可能な範囲を設定することが重要である。

範囲の設定後は、活動量及び排出係数を収集し、排出量の算定を行う。活動量とはCO2排出の基となる活動量を指し、排出係数とは活動量一単位あたりのCO2排出量を指す。排出係数は燃料やエネルギー毎に異なり、省庁や自治体が定めた基準数値を使うことが一般的だ。温室効果ガス排出量は活動量と排出係数の掛け算により算出する(図表7)。

温室効果ガスの計算方法

例えば、活動量としてガソリン100,000Lの使用、排出係数として2.32tCO2/kLという情報が収集できた場合、温室効果ガス排出量は232t-CO2となる。
Scope3では、①測定対象範囲の決定、②カテゴリの抽出、③カテゴリ内の算定対象の特定、④活動量及び排出係数の収集・算定の4つのステップで算定をする。①と④はScope1、2と考え方は同様なので、ここでは②及び③につき説明する。

カテゴリの抽出とは、Scope3の全15カテゴリのうち算定範囲含めるカテゴリの設定のことである。原則、全15カテゴリの排出量を算定することが望ましいが、排出量が小さくサプライチェーン排出量全体に与える影響が小さいものや、排出量の算定に必要なデータの収集等が困難なものは算定対象カテゴリから除外することも考えられる。

また、カテゴリ内の算定対象となる活動も、排出量全体に対する影響度やデータ収集等の算定の負荷等を踏まえて、全てではなく一部の活動に算定範囲を限定することも可能である。いずれも算定対象範囲を限定した場合は、限定した理由及び算定対象範囲を開示することが必要になる。

脱炭素に向けて

温室効果ガスの主たる排出源

産業毎のScope別排出量に目を向けると、セメントや電力など川上に位置する一部の産業を除き、Scope3が主な排出源となっていることが分かる。すなわち、多くの産業では、自社の排出量よりも仕入先や販売先など社外における排出量の方が大きい(図表8)。

これは脱炭素に取り組む上では、多くの産業において、自社だけではなく取引先等の社外における温室効果ガスの排出量の削減に向けた取り組みが重要であることを意味している。

Scope1、2、3のセクター別排出量

脱炭素に向けたタイの取り組み事例

タイの証券取引所(SET: the Stock Exchange Thailand)に上場する企業のうちSET100指数(タイ証券取引所メインボードに上場する企業のうち時価総額が大きく流動性の高い100社が対象の時価総額加重平均型株価指数)に選定されている100社における脱炭素の取り組みを通じて、タイでのトレンドを分析した。具体的には、各社のホームページやサステナビリティレポートを通じて、外部へのCO2のScope毎の排出量の開示有無、CO2の削減目標の開示有無を取得し、図表9にまとめた。

タイにおける脱炭素に向けた取り組み状況

排出量の開示では、約8割の企業がScope毎もしくは全社的な排出量の開示を行っている一方、Scope3の情報を開示している企業は約4割に留まっている。

またCO2の削減目標については、タイ政府が掲げる目標と足並みを揃える形で2030年以降の中長期的な目標を設定・開示している企業は5割以上いるが、2030年までの短期的な目標を掲げる企業は約3割と限定的である。内訳を対象業界別でみると、不動産・建設系企業や金融系企業に加え、CO2の排出量とScope3の占める割合が高いエネルギー企業や消費者からのイメージが重要視される消費財系企業が多い。またScope別にみると、会社全体やScope1、2の目標削減量を設定しているが、Scope3の目標削減量を設定している企業は極めて少ない。

Scope3は自社の直接的な排出ではないため、その排出量の測定や削減がScope1、2に比べより困難であることがScope3の目標削減量を設定している企業数の少なさの要因であると考えられる。環境問題への取組が進んでいると考えられる北米や欧州に本拠地を有する企業群ですらScope3の削減目標を掲げることができている企業は3〜4割であり、アジア諸国と比べると割合は大きいものの依然として少数派である(図表10)。

その取り組みづらさからScope3の排出削減は多くの企業が後回しにしがちであるが、上述の通り大半の産業においてScope3が主たる排出源となっており、脱炭素化に向けては避けて通ることのできない論点である。

SBTに参画をする企業のうちScope3の削減目標を掲げる企業の割合

Scope3排出削減に向けたアプローチとKSF(重要成功要因)

脱炭素に向けた不可逆的な流れの中で、環境問題への取り組みが積極的な欧米地域と取引がある企業は、東南アジアにおいても今後Scope3も含めた脱炭素化が求められることが想定される。また、東南アジアでも若い世代を中心に環境意識が高まりつつあるため、現地企業との取引を行う日本企業はScope3も含めた脱炭素化を推進することで取引先に対するアピールとなり、取引拡大・取引先の開拓につながるチャンスがある。裏を返せば、脱炭素化に消極的な企業は今後サプライチェーンから外されるリスクすら孕んでいると言えよう。ここからはScope1、2に比べ排出削減がより困難なScope3に焦点を当てて、脱炭素化に向けたアプローチを紹介したい。
WWFや国連グローバル・コンパクト等による科学に基づく気候目標設定に取り組む共同イニシアティブであるSBTi(Science Based Targets initiative)ではScope3の削減アプローチとして図表11に示す7つの削減レバーを提唱している。

これらの削減レバーはScope3の各カテゴリの排出削減に有効である一方、多くの企業では脱炭素化のKSF(Key Success Factors:重要成功要因)が充足されていないため、これらの削減レバーの適用が困難、あるいは適用したとしても期待した成果につながっていない可能性が高い。では、脱炭素化に向けたKSFにはどのようなものがあるのだろうか。我々、アーサー・ディ・リトルはScope3の排出削減におけるKSFとして次の三点があると考えている。

Scope3削減の7つのレバー

1.本社主導での目標設定と各国・各部門へのサポートの提供
脱炭素の先進企業では2040年などの長期的なグローバル全体の削減目標を掲げるだけでなく、各年の削減目標を設定した上で各国・各部門単位での削減目標に落とし込み、KPIとして評価制度に組み込むことで、全社的な脱炭素に向けた取り組みを進める仕組みを構築している。例えばスイスに本社を置く世界最大の食品・飲料会社のネスレでは脱炭素を含むサステナビリティに関わるKPIを従業員レベルでも設定しており、各個人の意思決定に脱炭素を織り込ませる徹底ぶりだ。さらに脱炭素目標の達成に向けた取り組みを推し進めるためのサポート提供も本社の重要な役割の一つである。先進企業では、脱炭素化のガイドラインの作成・展開に加え、各種トレーニングの提供、各国・各部門での成功事例の他国・他部門への共有といったベストプラクティスの蓄積・横展開といった活動を本社のサステナビリティ管轄部門が率先して行っている。

2.サプライヤーの集約・最適化
特にScope3の上流側の排出削減では、原材料や輸配送サービスなどの各種サプライヤーの巻き込みが不可欠だが、サプライヤーが分散してしまっている場合、対象となるサプライヤー数が多い一方でサプライヤー毎の取引ボリュームが限られるため、サプライヤーの巻き込みに多くの工数・コストを要する割には大した排出削減につながらないといった状況が発生する。対照的に、サプライヤーの集約が一定進展している企業の場合は、調達ボリュームの大きい上位数社のサプライヤーにおける排出削減が実現できれば全体の排出削減に大きなインパクトを与える可能性が高く、更には調達ボリュームの大きさゆえに買い手側企業の交渉力が大きいことから、サプライヤーに対して排出削減を強く働きかけることが可能となる。先進企業では調達ボリュームと排出量の大きさでサプライヤーの優先順位付けを行い、優先度の高いサプライヤーに対して排出削減目標を設定させるとともに、削減に向けたサポートやコラボレーションを行っている。ただし、サプライヤーの集約については、過度な集約はサプライチェーンの分断リスクにつながるため、脱炭素化とリスク分散の双方の観点から最適なバランスが求められる。

3. 排出・削減量を可視化する基盤整備
「測定できないものは改善できない」とはソフトウェア工学で著名なトム・デマルコ氏や経営学者のピーター・ドラッカー氏らの言葉であるが、脱炭素化についても同様のことが言える。すなわち、温室効果ガスの排出量の測定粒度が粗い場合は、排出の原因となっている活動や調達品目・サービス、それらのサプライヤーの特定が難しく、排出削減のために取るべきアクションを明確化することが困難となる。

一方、排出量が詳細に把握できている場合、各活動や調達品目・サービス、サプライヤー毎に優先順位を付けた上で、排出量の大きいものから優先的に取り組むことが可能となる。先進企業の中には調達ボリューム・排出量が大きい優先サプライヤーに対してLCA(ライフサイクルアセスメント)を実施させ、サプライヤー内部における排出量が大きい工程まで特定した上で、排出削減に取り組ませている企業も存在している。

おわりに

これまで見てきたように、排出量の大きいScope3の排出削減に向けては全社的な取り組みや企業内部における抜本的な改革が重要であり、これらは一朝一夕に実現することは難しいため、長期的に取り組む必要がある。一方で、コスト削減などを目的としたサプライヤー集約といった改革は、現場の声が大きい企業や現状維持を志向する文化の強い企業においては大きな抵抗を生むため、通常は実現が困難であるが、脱炭素という大義名分を掲げることで社内を説得しやすくなり、これまで難しかった改革を行う契機にもなり得る。

このように、脱炭素に向けた取り組みを単にコンプライアンスやコスト増要因と捉えるのではなく、新たなビジネス機会の獲得や社内改革と組み合わせることが、脱炭素に関わる投資対効果を最大化する上でのカギである。

寄稿者プロフィール

ARTHUR_LITTLE

アーサー・ディ・リトルは、1886年にマサチューセッツ工科大学のアーサー・D・リトル博士によって創業された世界最初の経営コンサルティングファームであり、米国アポロ計画をはじめ、社会的インパクトが大きいイノベーションの実現をグローバルで数多く支援し、経営コンサルティングに豊富な実績を有する。近年注力する脱炭素領域では、タイ・東南アジア含むグローバルにおいて、各国における個別政府・地場企業に対して、脱炭素に向けた戦略の策定から、脱炭素化を支える組織・オペレーション変革を含む支援を行っている他、データサイエンティストから構成されるDigital Problem Solving(DPS)チームではAI・機械学習を活用した排出量可視化・削減のためのデジタルソリューションを提供している。また、「タイ王国マエモ地区の脱炭素化に向けた協力促進事業」を通じた日本・経済産業省とタイ・エネルギー省間のエネルギー・パートナーシップ実現支援のように、政府間の脱炭素に向けた国際協力も実施している。脱炭素に関するお困りごと、或いは脱炭素を商機とした事業創出にご関心のある際は、是非お気軽に弊社にお声がけいたただきたい。

  • 内田 博教 プロフィール写真
  • タイ代表 東南アジア自動車・製造業統括 パートナー内田 博教

    グローバル総合系、及び会計系コンサルティングファームを経てADLに参画。コロナ前はモビリティ業界を中心に、戦略立案、新規事業立案、実行支援、業務改革、DX導入等を支援。コロナ後は、上記に加えて東南アジア地域における政府・民間企業の脱炭素方針・ロードマップ、トランジション等を支援。タイ・シンガポール・中国(香港)への駐在を通じ、アジア10年以上(タイ8年以上)の海外経験を有する。タイオフィス所属(代表)。

  • 垣下 至徳 プロフィール写真
  • タイ消費財・流通業担当 シニアマネジャー垣下 至徳

    会計系コンサルティングファームを経てADLに参画。消費財を中心に成長戦略、海外事業展開戦略、業務改革、サステナ戦略等を支援するほか、東南アジア地域における政府・民間企業の脱炭素方針・ロードマップ、トランジション等を支援。香港での就学・就労を経て、2020年よりタイ在住。タイオフィス所属。

  • 青木 孝晋 プロフィール写真
  • シンガポールオフィス所属 マネジャー青木 孝晋

    監査法人、政府系投資会社、総合系ファームを経てADLに参画。消費財を中心にM&A戦略、成長戦略、海外事業展開戦略の策定及び実行支援をするほか、東南アジア地域における政府・民間企業の脱炭素方針・ロードマップ、トランジション等を支援。マレーシアでの就労を経て、2022年よりシンガポール在住。シンガポールオフィス所属。

  • 三浦 立輝 プロフィール写真
  • シンガポールオフィス所属  シニアコンサルタント三浦 立輝

    エネルギー系ベンチャー企業を経てADLに参画。エネルギー・消費財の領域を中心に成長戦略、海外事業展開戦略、組織戦略の策定及び実行支援をするほか、東南アジア地域における政府・民間企業の脱炭素方針・ロードマップ、トランジション等を支援。シンガポール在住。シンガポールオフィス所属。

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Tel: +66 93 721 1135
Email: Uchida.Hirotaka@adlittle.com

Charoen Pokphand Foods 「健康にも環境にも良い食品を生産する」というCPFのビジョンに沿った活動を

Charoen Pokphand Foods 「健康にも環境にも良い食品を生産する」というCPFのビジョンに沿った活動を

 飼料製品から畜産、食肉加工品や調理食品まで幅広い製品を生産するタイの大手総合的な農産・食品事業で、17ヵ国でビジネスを展開し、40ヵ国以上に製品を輸出するCPF。さらに、同社は創業以来、持続可能性に向けた事業を行う上で、国・国民・組織の3つの利益を目指すという理念のもと、サステナビリティ活動を推進している。

Q. CPFのサステナビリティ活動について教えてください

CPFは創業以来サステナビリティを重視しており、20~30年前からサステナビリティ活動を実施しています。現在、弊社は7つのSDGs目標に焦点を当て、事業戦略に組み込んでいます。例えば食料安全保障では、CPFは17ヵ国で事業を展開しており、食料安全保障に取り組んでいます。人権の面では従業員を国際労働基準に適合して世話をしています。さらに、水資源の面では水を再利用しているため、鶏を飼育する過程における水使用量は通常より約45%少ないです。また、タイにおける全工場で使用されるエネルギーの30%は再生可能エネルギーで、2022年からタイとベトナムで石炭使用を停止するプロジェクトも行っています。

Q. トヨタと協業でバイオガスによる水素製造を行っていると聞きました

CPFはすでに廃棄物処理からのバイオガスを畜産農場の発電に活用しています。トヨタは当時、水素製造プロジェクトを進めており、さまざまな水素エネルギー源を探していました。そこで、弊社と協業し産卵鶏の糞尿から発生するバイオガスを水素ガスに変換するパイロット・プロジェクトを始めました。現在は、最も効率的な水素の貯蔵プロセスや輸出方法を模索しています。
産卵鶏以外で同社が将来的に可能性を見出しているのは、豚や鶏の糞尿の再利用です。このプロジェクトは「健康にも環境にも良い食品を生産する」というCPFのビジョンに沿ったものです。

Q. 現在使用しているエネルギー源と今後の可能性は

現在、全国112ヵ所のCPF工場で使用されるエネルギーの30%が再生可能エネルギーで、そのうち30%がバイオガスエネルギー、68%がバイオマスエネルギー、2%が太陽エネルギーです。水素エネルギーのほうが効率が良いことがわかれば、今後はそちらも使用するでしょう。将来的には、水素エネルギーのコスト効率をより良くする新しい技術が生まれると信じています。

サステナビリティ活動の一環としてリサイクル可能なパッケージの設計・開発を優先。「2030年までに100%環境にやさしいプラスチック包装を実現する」という目標を掲げている

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CPFの畜産農場・加工事業は、商業用家畜の繁殖、飼育、一次加工を行っている

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Thai Beverage 消費者の行動が変われば、企業も変わる

Thai Beverage 消費者の行動が変われば、企業も変わる

「チャーンビール」でおなじみのタイビバレッジは、タイ国内だけでなくASEAN市場にも進出している。また、社会と環境活動への取り組みも長年行っており、ESGの観点から世界の主要企業の持続可能性を評価し、総合的に優れた企業に与えられる「ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(DJSI)」にも選定されている。

Q. タイビバレッジはどのようにサステナビリティ活動を行っていますか?

弊社は、DJSIに選定されてから約7年間にわたって自社運営、パートナーとの協働、公共プラットフォームの構築という3つの分野でサステナビリティ活動を行っています。

2022年には、パブリック・コミットメントを発表し、次のような目標を掲げています。①環境(Environment):2040年(スコープ1と2)、2050年(スコープ3)までにネット・ゼロ・エミッション達成など ②社会(Social):2030年までにノンアルコール飲料部門の売上の80%を健康飲料が占めるなど ③ガバナンス(Governance):タイビバレッジ・グループ各社における効果的なガバナンス基準の設定など。

Q. 脱炭素に向けた具体的な取り組みについて教えてください。

脱炭素については、主に次の4つに取り組んでいます。①クリーン・エネルギー:2030年までに使用するエネルギーの50%以上を太陽光発電やバイオガス、バイオマスなどのクリーン・エネルギーに変換する ②循環型包装:2040年までに飲料包装の素材を100%再利用可能素材かリサイクル可能素材、生分解性素材にする(同社はペットボトルや紙箱、ビンなどの包装を管理する「Thai Beverage Recycle (TBR)」という組織を持っている) ③工場の効率化:二酸化炭素排出量削減のため、工場の効率を向上させる ④輸送:すべての自動車をEV車に変える。

現在の課題は貨物トラックをEV車に変えることです。さらにより良い基準を設定するために、ESGトレーニングもサプライヤーに提供しています。

Q. 脱炭素に向けた挑戦は?

消費者の意識・行動を変えることが大きな挑戦です。消費者の意識・行動が変わらなければ企業も変わらないため、消費者レベルで環境に配慮する意識を植え付けることが重要です。その一環として、弊社は、サステナビリティ・エキスポ(SX)を毎年開催しています。4回目となる今年は、「B2C2B(Business – to – Customer – to – Business)」というコンセプトのもと9月29日から10月8日にかけてバンコクのクイーン・シリキット国際会議場(QSNCC)で開催予定です。

「消費者の行動が変われば企業も変わる」というコンセプトのもと、サステナビリティを推進している大企業が集まり、消費者にサステナビリティへの理解を深めてもらうことが目的です。展示会やマーケットプレイス、飲食ゾーンがあり、参加者はさまざまな活動を通じてサステナビリティについて学ぶことができます。

また、社内レベルで出来ることとしては幹部層の考え方を変えることです。最近の幹部層は以前よりも脱炭素に対し関心を持ち、重要視もしているように感じます。技術面もまた一つの課題・挑戦ですが、日本企業はニーズに応える技術を持っていると信じています。

サステナビリティ・エキスポ(SX)開会式の様子(2022年)サステナビリティ・エキスポ(SX)開会式の様子(2022年) サステナビリティ・エキスポ(SX)で参加者はさまざまな活動を通じてサステナビリティについて学ぶことができるサステナビリティ・エキスポ(SX)で参加者はさまざまな活動を通じてサステナビリティについて学ぶことができる